第55話 Sクラス

 中央棟の三階にやって来た俺たち三人は目的の場所であるSクラスの教室を探していた。


 校舎の中は王族や貴族の子息や令嬢が通う学舎なだけあり、贅を尽くした造りになっている。

 廊下には何故か壺や絵画などが飾られており、まるで貴族の屋敷に迷い混んだと錯覚するほどだ。そもそも勉強をする場所にこんな物が必要あるのかと疑問にさえ思うのであった。


 ちなみに現在歩いている廊下には生徒の姿は一人も見えない。何故なら俺たちがこの中央棟に入る直前に始業を告げる鐘がなっていたためである。

 つまり、完全に俺たちは遅刻をしている訳だ。


「これ俺たち遅刻してるよね……? ていうか教室はどこなんだ一体」


 すると、肩をとんとんとディアに叩かれる。


「こうすけ、あれ」


 ディアが指を指したその先に『Sクラス』と書かれた教室があった。


「遅刻してるし、早く中に入ろう。フラム、変な騒ぎを起こさないようにね」


「主よ。何故私をそこまで心配するのだ?」


 え? 自覚なし? 今まで結構やらかしてると思うんだけど。


 心の中でそうは思ったが、口には出さない。横目でディアを見ると、聞こえていない風に装っていた。


「ゴホン、じゃあ扉を開けたら二人ともついてきてね」


 そして若干の緊張感を覚えながら教室の扉を開け、中へと進む。


 教室の造りは日本の高校の様なものではなく、どちらかと言えば大学の教室の様な造りである。

 一段に長机が三つずつ置かれ、それが四段になっていた。とはいっても俺は大学には受験でしか行ったことはないのだが。


 パッと見たところクラス構成は男女がほぼ半々で、人数はおおよそ四十人程。

 優秀な生徒だけを集めたクラスと聞いていたが、予想以上に人数が多いようだ。


 俺たちが教室に入ると共に、教室の中がざわめきだした。


 あれ? 普通は教師が来たら静かになりそうなものなんだけどな。


 このまま突っ立っているのもどうかと考え、俺たちは取り敢えず教壇に上がることに。だが、俺たちが教壇へ上がると一層教室の中が騒がしくなる。

 どうしたものかと考えていると、突然一人の女子生徒が席を立ち上がり、俺たちに質問を投げ掛けてきた。


「失礼ですが、貴方方は一体どなたなのでしょう?」


 その女子生徒は艶のある長い金髪でとても綺麗な容姿をしている。しかし、どこかで見たことのある顔立ちだ。


 何かこの顔に見覚えがあるんだよなぁ。えーっと……あ! 思い出した! セリア王妃様か! ってあの人が学院生のわけがない。ということはもしかして、国王様の娘?


 そんなことを考えていると、さらにその女子生徒から声をかけられる。


「質問には答えていただけないのでしょうか?」


「ああ、ごめん。少し考え事をしてた。それで俺たちが誰かって質問の答えだけど、今日から一ヶ月間、君たちの特別講師を依頼された冒険者だ」


 質問に答えたにも関わらず、教室内の生徒はより一層騒ぎ出す。


「特別講師ですか? そのようなお話は私たち生徒には知らされていませんが……」


「え?」


 うっかり声に出しちゃったけど、何で生徒たちに知らされてないんだよ! おかげで面倒な事になりそうだ。


「いや、本当に俺たちは特別講師だよ。ある人から依頼されて来たんだ。それに学院長にもお願いされた」


「ですが、貴方方はどうみても私たちと年齢があまり変わらない様に見えますが」


 確かに俺とは一つしか生徒と年齢は変わらない。しかもディアに限っては見た目が生徒よりも若く見える。唯一フラムだけが、教師であってもおかしくはない見た目だ。そう女子生徒に言われても仕方がない。


 どうやって信じてもらえるか考えた結果、席を立ち上がっている女子生徒に手招きをして呼ぶことにした。


「ちょっとこっちに来てくれないかな? 君に話したいことがある」


「話ですか? わかりました」


 しかし、その女子生徒がこちらへ歩こうとしたところで別の女子生徒から待ったがかかる。


「アリシア様! 得たいの知れぬ者に近付くのは危険ですので、おやめください!」


「リゼット、大丈夫です」


 アリシアって名前なのか。この国王様の娘であろう生徒は。


 そしてアリシアは俺に近付き、目の前で立ち止まる。

 そこで俺はアリシアに他の生徒には聞こえない声量で質問をしてみた。


「君ってエドガー国王様の娘である王女様なのかな? セリア王妃様と顔が似てるからそうじゃないかと思ったんだけど」


「そうですが、それがどうしたのでしょうか?」


 アリシアは少し警戒している様子で、俺に視線を向けている。


「警戒しなくても大丈夫。俺たちはエドガー国王様から特別講師をやってくれって依頼されたんだよ」


「お父様からですか? もし嘘ならそれ相応の罪となりますが」


「城に帰ったら聞いてみればいいよ。コースケという冒険者を知っていますか? ってね」


「わかりました。そこまで仰るのなら信じることにします」


 アリシアは納得した様子で自分の席へと戻ったところで、ようやく俺たちは自己紹介を始めることにした。


「俺の名前はコースケ。これでも一応上級冒険者だよ」


「ディア」


「フラムだ」


「この三人で普段からパーティーを組んで依頼を受けてる。それで今回の依頼がこの学院の特別講師って訳なんだ。一ヶ月の間だけど皆よろしく」


 しかし生徒たちの反応はイマイチ。先ほどよりは静かになったのだが、ヒソヒソと近くの生徒同士で話している様子が伺える。

 その会話の中には「平民みたいだな」といったような会話まで聞こえてくる始末だった。


 国王様は過去には平民の講師を雇ったこともあるから平気みたいなことを言っていたけど、ダメそうな予感しかしないな。


 すると、一人の男子生徒が挙手をしてくる。


「先生、一つ聞いてもいいかな?」


 その男子生徒は金髪をオールバックに纏め、まさに典型的な貴族といった態度で俺たちへ見下した視線を向けていた。だが、その男子生徒には人望があるのかはわからないが、取り巻きの様な近くに座っている生徒が彼に注目していることがわかる。


「何かな?」


「先生は上級冒険者だと言っていたが、ランクを教えて欲しい」


 貴族の子息でも冒険者ランクなんて知っているのかと思いながらも答えることに。


「俺たちは全員Cランク冒険者だよ」


 俺がそう答えると、質問をした男子生徒とその取り巻きと思われる生徒が盛大に笑い声を上げる。


「ふふ、はははは! Cランク冒険者といったら上級冒険者の中では最底辺じゃないか。そんな平民の冒険者が僕たち貴族の、さらには優秀なSクラスの生徒を教えるなんてね。冗談もほどほどにして欲しいね」


 何だこいつ、温厚な俺でもかなり頭に来るぞ。


 ふとフラムが暴れだすのではないかと横目で確認すると、意外な事にそんな様子はない。むしろ興味すらなさそうだ。


 そんな俺の視線に気付いたのかフラムが小声で話しかけてくる。


「主よ、あの様な低俗な者は放置でいいぞ。相手をしてやるレベルでもない」


 なるほど。フラムにとっては眼中にすらないということか。


 俺はフラムに軽く頷き、生徒たちに話をする。


「冗談じゃなくて本気だよ。それよりもこの後、実技の授業をしなくちゃいけないんだけど、どこで授業をやればいいのかな? 校庭?」


 俺の質問に答えてくれたのはアリシアだ。


「それでしたら、実技棟がありますのでおそらくそこだと思います」


「ありがとう。それじゃあ皆、準備が終わり次第実技棟に集合して欲しい。そこで皆の実力を見せてもらうから」




 そして俺たち三人は生徒たちより先に教室を後にしたのだった。




――――――――――――――――――――


「平民の分際で僕たちSクラスの講師だなんてふざけてるね。全く」


 講師が去った後の教室で、金髪をオールバックに纏めた男性生徒がそう悪態をつく。


「ディオン卿のおっしゃる通りです」


 するとその言葉に取り巻きの生徒たちが同意の声をあげた。


「本当にその通りですな。この後の実技で上級冒険者とやらの実力を見せてもらいしょう」


 下卑た笑みを浮かべ、取り巻きの一人がディオンにそう提案を行う。


「それは面白そうだ。むしろ僕たちが教師役になってしまうかもしれないがね」

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