第51話 奴隷商

 エドガー国王とダニエル副隊長がいなくなり、俺たち三人は部屋割りなどを決めるため先程までいた応接室に戻り、話し合いをすることに。


「とりあえず、今日からここが俺たちの家になったわけだけど……。部屋割りとかどうしようか?」


「主よ、とりあえずはこの屋敷を全てまわってみないか?」


「それもそうだね。ディアもそれでいいかな?」


「うん。わたしも見たいと思ってた」


 話し合いの結果、まずは屋敷の間取りを調べることになった。


 この屋敷の構造は一階にキッチンがあり、隣接する部屋は広々とした食堂となっている。その他にも大きな浴室やトイレも複数あり、一階だけでも部屋数は十部屋以上あり、二階を使うまでもなく生活を送ることが可能だ。


 ちなみにこの世界のトイレは基本的には水洗トイレだ。正しくは魔石を利用した魔道具の一種なのだが、魔石さえ交換すれば誰でも利用できる仕組みとなっている。もちろんお風呂にお湯をはったり、キッチンで蛇口から水を出したりとあらゆる所で魔石は利用される。


 次に二階を調べてみるとそこにも浴室があり、一階の浴室よりもさらに大きな造りとなっていた。さらに各部屋の広さも一階の部屋と比べると二倍ほどの広さ。その分、一階と比較すると部屋数は少ない。


 俺たちは全ての部屋を確認し終えると、再び応接室へと戻ってきていた。


「流石にこれは広すぎじゃないかな? 絶対に毎日掃除とか無理……」


「でもわたしは気に入った」


 ディアは屋敷をまわっている最中、ずっと目を輝かせていたのだ。言葉の通り、余程この屋敷を気に入ったのだろう。


「私もこの屋敷は良いと思うぞ。ただ主の言うとおり、掃除は無理だ。そもそも私は掃除が苦手だからな」


「わたしも……」


 この二人の掃除への苦手意識は相当なものの様で、互いに顔を合わせながら、頷き合っていた。


「取り敢えずは部屋割りを決めよう。どこがいいとか希望はある? 俺は折角だから広い二階の部屋を使った方がいいと思うんだけど」


「それなら三人とも近い部屋にしよう。わざわざ離れた部屋にする必要はないと思うのだが」


「わたしもそれでいいと思う」


 フラムの意見にディアが賛成したことによって、二階を上がった左手側にある部屋を奥から三部屋使用することに決まる。

 ちなみに奥からフラム、ディア、俺という順番になった。その理由は強盗など来ないとは思うが、もしもの場合に男である俺の部屋が階段を上がった近くにあった方が何かと安全だと思ったためだ。それとフラムが単純に奥にある部屋がいいと言い出したことも理由の一つだった。




 ひとまずはやるべきことを終え、時刻はおおよそ午後の二時くらいになり、昼食を食べていなかったため街へと俺たち三人は繰り出した。

 最初は食材を買って屋敷にあるキッチンを使い、料理をすることも考えたのだが、言うまでもなくディアとフラムは料理ができないこともあり、外食をすることとなったのだ。一応俺は料理が出来ないこともないが、人に食べさせるような腕前ではない。


 結局、昼食は近くにあったそこそこ値の張るお洒落なレストランで肉料理を食べ、今はぶらぶらと王都を三人で散策している。


「ディア、フラム。ちょっと相談があるんだけどいい?」


 俺は二人に屋敷を維持するために奴隷を購入するかどうかを相談することに決め、王都を歩きながら聞くことにした。


「うん」「構わないぞ」


 二人は同じタイミングで俺へと返事をして、こちらに視線を向ける。


「屋敷を維持するために奴隷を買おうと思っているんだけど、二人の意見も聞こうと思ったんだ。俺だけで決めてもいいのかなってさ」


 二人が奴隷を購入することにどのような反応を示すのかも気になっていた。もし、二人が拒絶するのならばこの話はなかったことにするつもりだ。


「わたしはこうすけが決めたことなら賛成だよ」


「私は奴隷というものをあまり理解していないが、要は人をお金で買うということなのか?」


「その認識であってるよ。正直、人をお金というもので購入するのは良いことではないと俺は思ってるんだ。でも、このままじゃ俺たちの家を維持することができない」


「主よ、深く考えすぎだぞ。奴隷となった者が主に買われて良かったと思えるようにすればいいのではないか?」


 俺はフラムの言葉に感銘を受ける。


 そうか。確かにフラムの言うとおりだ。奴隷を奴隷として扱うのではなく、一人の人間として接してあげることで、その人が幸せだと少しでも感じてもらえれば……。


 俺の考えは自己満足で偽善的かもしれないが、少し心が軽くなった気がした。


「フラム、ありがとう」


「なんだ? 急に」


「それにディアも俺のわがままに賛成してくれてありがとう」


「?」


 二人は突然の感謝の言葉に困惑していたが、気にしないことにする。ただ伝えたいことを伝えただけなのだ。


「よし、それじゃあ早速、国王様から教えてもらった商会へ行ってみよう」




 エドガー国王から渡されたメモに書いてあった商会の場所は大通りを少し外れた場所にあった。

 やはり、奴隷を商品にしていることから大通りのような目立つ場所にあるのは奴隷を買う人からしても不向きなのだろう。

 しかし、建物自体はかなり立派なものであり、外観だけでは奴隷を販売しているようには見えない。


「国王様から教えてもらった場所はここみたいだ。入ってみよう」


 二人に入店を促し、俺たち三人は建物の扉を開けて入店した。

 店の中は俺の想像しているような暗い雰囲気で不衛生な場所などではなく、普通の商店の様に清掃が行き届いており、店内の雰囲気も明るい。


「いらっしゃいませ。本日はどのような用件で来られましたか?」


 俺たち三人が入店してから数秒で、店の奥から四十代であろう中肉中背の男性が現れた。


「奴隷を見せて欲しいんだ」


「かしこまりました。ですが奴隷と言っても千差万別です。戦闘をこなせる者、家事ができる者、肉体労働をする者などがいます。その前に先に言っておきたいことがございます。こちらの店では違法な奴隷は販売しておりませんので、その様な目的で来られたのであれば、お帰りいただくしかございません」


 流石にエドガー国王に紹介してもらった店だけあり、禁止奴隷のことはしっかりとしている。


「今日の目的は家事ができる人だから問題はないよ」


 俺が家事ができる者を欲していると聞いた奴隷商は俺のことを疑うような表情を僅かに浮かべた。


「……家事ができる者でしょうか? 失礼ですが、お客様は貴族の方ではなく、冒険者の方とお見受けしましたが」


「そうだけど、何か問題があったり?」


「基本的に冒険者の方で家を所持している方は少ないのです。加えて、もし家を所持していたとしても奴隷が必要な程の大きな家を持っている方は今までお会いしたことがありません」


 確かに冒険者は各地を転々とする人が多いし、家を持っている人が少ないと言うのはわかるけど、それの何が問題なんだろう?


 俺がそう考えていると、商人の話には続きがあった。


「ですので、家事ができる者を購入すると偽り、性奴隷にしようと考える者がたびたび存在するのです。そういった行為を防ぐため、我が商会では基本的には爵位の低い貴族の方に、家事ができる奴隷を販売しています」


 爵位の低い貴族では使用人が集まらないから、奴隷を購入することがあるのか。それ以外の人間には奴隷の身を案じて基本的には販売をしないってことかな。そうだとすると購入するにはどうすればいいんだろう?


 どうするか少しの間考えると、一つの案が浮かぶ。


「要は家を持っていることを証明できればいいってことかな?」


「そうなります。ですがお客様がお持ちの家に使用人が必要だと私が判断した場合に限り、販売を致します」


「わかった。それならこれを見て欲しいんだ」


 俺はポーチからエドガー国王からもらった、屋敷の所有証明書を取り出し、商人に見せる。


「拝見させていただきます」


 俺が渡した証明書に商人が目を通す。証明書には屋敷の住所は書かれているが、屋敷の大きさなどを示すものはない。

 だが、商人はこの住所に心当たりがあったようだ。驚いた表情を見せ、俺に証明書を返却した。


「お客様は貴族の方ではないと仰っていましたが、この証明書に書かれている場所は貴族の方の屋敷がある区画です。それに、この証明書には王家の印章が……」


 商人の興味は俺がどの様に屋敷を手に入れたのかに移っているのがわかる。


「それで、これなら家事ができる人を買うことができるかな?」


「失礼致しました。確かにこの区画にある屋敷をお持ちのお客様なら販売致しましょう。それでは家事ができる者がいる場所へ案内致しますので、ついてきて下さい」


 そう言い、店の奥にある扉に商人は向かって行き、俺たち三人もその後ろをついていった。




「この部屋の中に家事ができる者がいます」


 商人に案内された場所はごく普通の部屋の扉の前。


「俺はてっきり牢屋の様な場所を想像してたけど、そんな事はないのか」


「奴隷商によってはその様な場所で奴隷を管理する者もいますが、我が商会ではその様な事は致しません。もちろん、食事も充分に取らせています」


「それだと結構な費用がかかるんじゃ?」


「そうですね。ですがその分、奴隷たちの見栄えも良くなります。それに我が商会のお客様は裕福な方に絞っていますので、経営が回るのです」


 要するに高級奴隷のみを扱っているということみたいだ。まぁ国王様が直々に紹介してくれた店だし、やっぱり信用のある商会なんだろうな。


「それでは中をご案内しましょう」


 商人が扉を開けると中には十人ほどの奴隷がいた。中には十歳にも満たない小さな少女までおり、その少女は母親とおぼしき女性に抱きついている。


 俺はその光景を見て、胸が苦しくなるような感覚に襲われる。

 ある程度の覚悟はしていた。しかし、実際に奴隷という存在を認識してしまうと、その脆い覚悟は砕け散っていく。

 特に小さな少女が奴隷になっているという現実に目眩を覚えてしまう。


「こうすけ、大丈夫?」


 そんな俺の様子を見たディアが声をかけてくれる。


「心配させちゃったみたいでごめん。もう大丈夫だよ」


 俺は誰にも悟られない様に軽く深呼吸をし、気持ちを整えるのだった。


 そして商人は部屋にいた奴隷たちを一人一人紹介していく。


「この者は以前、飲食店を経営していまして、料理の腕は――」


 奴隷たちの得意な事、苦手な事を細かく紹介していき、そして最後に紹介されたのは少女とその母親であった。


「この二人は親子なのですが、父親が借金を抱えたまま亡くなってしまい、奴隷となりました。母親は家事全般を得意としておりますが、少女はまだ年齢が低いため家事などはまだ難しいでしょう」


 少女は商人に紹介されている事を自覚し、身体を強張らせている。だが、それも仕方のないことだ。母親と離ればなれになってしまう可能性があることを理解しているのだろう。


「私としても二人には同じ方に購入してもらいたいのですが、料金が二人となると高額となってしまい、買い手がつかないのが現状です。このままでは親子別々になるしかありません……」


 その商人の言葉を聞いた少女は母親の事を強く抱き締め、今にも泣き出しそうな悲痛な表情を浮かべる。


 俺はその少女を見て、決心を固めた。


「ディア、フラム。俺が決めてもいいかな?」


「うん」


「主の好きにすればいいと思うぞ?」


 二人には俺の考えが既にわかっているのだろう。微笑みながら俺に決定権を譲ってくれたのだ。


「それじゃあその親子を購入しようと思う」


 俺は商人にそう告げる。それと同時に、他の奴隷になった人全員を救えない虚無感の様なものが押し寄せる。


 全員を救うことはできない……。でも俺はこの親子だけは離ればなれになって欲しくないんだ。


「お客様、よろしいのですか? ちなみに料金は二人で金貨100枚になります」


 おそらく普通の奴隷商に比べ、この店の奴隷は料金設定が高いのだろう。

 奴隷二人で金貨100枚。おおそよ日本円で1000万円。これが人間を買うという値段に相応しいのかはわからない。だが俺は迷わず金貨100枚を取り出し、商人に支払った。


「金貨100枚あるか確認して欲しい」


 商人は一枚一枚丁寧に金貨を数え、丁度金貨100枚があることを確認する。


「確認が終わりました。しっかり金貨100枚、頂戴致します。それでお客様、奴隷紋はどうなさいますか? 二人を買っていただけたのです。無料でやらせていただきます」


「奴隷紋っていうのは?」


「奴隷紋とは登録した主の命令に背いたり、逃亡をしようとすると奴隷に痛みが生じさせるといった効果のある契約魔法の一つです。このスキルが無ければ奴隷商人にはなることは難しいので、奴隷商人なら大体の者が持っています」


「なるほど。好意はありがたいけど奴隷紋はいらないよ」


「かしこまりました。では二人には準備をさせますので、応接室でお待ち下さい」


 俺たち三人は奴隷がいた部屋から出て、別の部屋に案内され、ソファーに腰を掛けた。


「二人ともごめん。俺が決めちゃって」


「わたしもあの親子は一緒に居させてあげたい」


「そんな主の考えは嫌いじゃないぞ。やはり家族は一緒にいるのが一番だ」


「ありがとう」




 その後、準備を終えた親子と商人が応接室に入ってきたのだった。

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