第50話 新居

 エドガー国王とダニエル副隊長に連れられ、俺たち三人は王城を後にしたのだが、国王がいるにも関わらず何故か馬車を使わずに徒歩で移動することになった。


「国王様が街を徒歩で移動しても平気なんですか?」


 俺は聞かずにはいられなくなり、尋ねることに。


「馬車を使ったら城の奴らにバレるしな。他の理由としては、コースケに渡す屋敷がそれほど遠くないのもある」


「やっぱりバレたら問題があるんですね。それなのにわざわざ案内してくれるってことは重要な話が?」


「王城で働いてる者でも俺の事を良く思っていない奴もいる。そういう奴らに小言を言われるくらいだな。それと俺が案内しているのは気分転換が九割ってところで、話ってのはそれほどの用件じゃない」


 この人は自由すぎる性格だ。段々と接する機会が増えれば増えるほど、本当にこの国の国王なのか怪しくなってくる……。


 


 王城を出て五分程歩くと、周囲の建物は大きな屋敷ばかりが建ち並ぶ区画へと来ていた。そしてその区画に入り、さらに数分歩くとエドガー国王が立ち止まる。


「コースケ、着いたぞ。ここが今日からコースケたちの家になる」


 エドガー国王の視線の先を辿ると、信じられないほど立派な屋敷がそこにはあった。

 二階建てのレンガ造りの屋敷で、中に入るには鉄格子の門を開ける必要があり、門の先にある庭は綺麗に管理されている。木や植物が庭を彩っており、その広さはサッカーグラウンド程はあるだろう。

 屋敷も庭に劣らず美しい造形で、まさに貴族が住む屋敷といったところだ。


 俺は予想を遥かに越えた屋敷に唖然としてしまう。

 ディアはというと、少しワクワクとした雰囲気を醸し出していて、フラムは何やら満足げであった。


「国王様、まさかこれが俺の屋敷になるのですか?」


「そうだ。結構良いだろ? この屋敷」


 いや、結構どころではないぞこれ。明らかに分を越えた屋敷だ。


「もしかして俺を騙してからかっていたり?」


「なわけあるか。ちゃんと屋敷の所有証明書も渡しただろ」


 俺はそう言われ、疑似アイテムボックスから証明書を取り出し、中を確認する。しかし、そこには屋敷を贈与するという記述とその屋敷の住所の様なものが書かれていただけであった。

 もちろん俺は王都の住所など知っている訳がないが、理解した振りをすることに。


「ですが、幾らなんでも、まるで貴族が住むような屋敷なんて……」


「事実ここら一帯は貴族が住んでいる区画だが?」


「え? 俺は貴族じゃありませんよ? それなのにここに住んでもいいのですか?」


「流石に平民ではここの区画に屋敷を持つことは叶わないが、コースケには三等級勲章を渡したから問題はない」


「あの、そもそも三等級勲章とは一体何なのですか? 正直に言うと何なのかわからずに貰ったのですけど」


 俺の言葉にダニエル副隊長は驚きの表情を一瞬見せる。


「知らなかったのか。その勲章は功績などを上げた者に与えられる物なんだが、まぁ簡単に言えば、それを持っていると色々と良いことがあるってことだな」


 説明がざっくりとし過ぎて、全くわからない。


「わかってない顔をしてるな。そうだな……例えば、その勲章を胸に着ければ舞踏会や社交界にも参加できる。要するに平民以上、貴族未満ってところか? だが、その勲章は俺が自ら与えたと他の貴族は知っていることもあり、貴族から無下にされることはないだろう。ダニエル、これであってるよな?」


 エドガー国王は急にダニエル副隊長に話を振り、同意を求める。


「はい。付け加えるとするならば、陛下直々に与えられた勲章です。それはとても栄誉なことであり、無下にされるどころか注目されることとなるでしょう」


 まさか勲章にそこまでの意味があったとは驚きだ。ただの記念品だと思っていた自分が恥ずかしい。


「それよりもこんな所で立ち話なんてしないで中に入らないか?」


 エドガー国王の提案に全員が同意し、屋敷の中へと入った。




 屋敷の中は外観に劣るような事はなかった。

 玄関の扉を開くと、すぐ目の前には二階へと続く階段が待ち構えていた。そして左右に伸びる廊下は五十メートルを越えると見られる。天井には当たり前の様に豪華なシャンデリアが吊るされ、床はワインレッドカラーの絨毯が綺麗に敷かれていた。さらにはそこらに幾つもの絵画や花瓶の様なものまで飾られている。


「すごい……」


 ディアが小さな声で感動の言葉を漏らしていたが、俺の耳にはしっかりと聞こえた。


「ダニエル、この屋敷の見取り図をくれ」


「こちらになります」


 エドガー国王の指示にダニエル副隊長は何処からか見取り図を取り出し、手渡す。


「とりあえず、右手に応接室があるからそこで落ち着くか」


 そして応接室に入ると、そこには八人ほどが座れる様な造りのテーブルと椅子が置かれており、落ち着いた雰囲気の部屋だった。


「国王様、この屋敷に以前住んでいた方は貴族ですか?」


「そうだ。伯爵位を持っていた家だったが没落してしまってな。その後に王家がこの屋敷を接収し、今まで維持してきたんだ。だから一通りの家具などは残っている。それらを含めて、コースケに譲渡するから使ってくれ」


「ありがとうございます。でも本当にいいのですか?」


「気にするな。これはコースケの功績を形にしたものだ。それにこのままこの屋敷を維持していても国に利益があるわけではないし、いい機会だったんだ」


「わかりました。ありがたく頂戴します」


 でもこの広い屋敷を貰ったことは嬉しいけど、どう考えても三人で維持することは無理だろうな……。しかもディアとフラムは片付けが苦手みたいだし。


 俺は何かいい案がないか考えたが、使用人を雇うことしか思い浮かばなかった。しかし、その使用人をどこで雇うのかがわからないため、エドガー国王に聞いてみることに。


「相談があります。この屋敷を俺たち三人で維持することができそうもないので、使用人を雇いたいのですが、どうすればいいのでしょうか?」


「確かに三人で維持するのは無理か。だが、使用人を雇うにもコースケには難しいな」


「お金ならある程度持っているので、数人雇うくらいなら平気だと思います」


 現状、俺たちは金貨2000枚近く持っている。金貨1枚でおおよそ日本円で10万円の価値があるため、約2億円という大金が手元にあるのだった。


「金の問題じゃない。基本的に使用人というのは自ら仕える相手を決めるんだが、なるべく爵位の高い貴族に仕えたいと考える。だがコースケは貴族じゃないからな。おそらく仕えたいと思われないだろう」


 確かにそれなら爵位を持たない俺に仕えたいと思う者はいないだろうな……。そうなると俺にはどうしようもないぞ。


「そうですか……。冒険者ギルドで使用人なんて雇えないだろうし、どうしようかな……」


「一つだけ案があることにはある」


「それは一体何ですか?」


「奴隷を買うことだ。奴隷なら購入費用がかかるが、その後は衣食住を保証するだけで済む」


 奴隷か……。


 正直、その言葉自体が嫌いだ。日本人の俺としては奴隷なんて制度は人権を無視した最悪のものだと思えてならない。


 奴隷という言葉に嫌悪感を顔に出したつもりはなかったが、エドガー国王には気付かれてしまう。


「コースケも奴隷は嫌いか?」


「も、と言うことは国王様もですか?」


「ああ。糞ったれと思うほどにはな。俺が国王になってから性奴隷や強制的に奴隷にすることは禁止にしたが、裏ではまだ存在しているだろう。それに奴隷という制度自体を禁止にすることは無理だった」


「それは何故ですか?」


「いくら国王とはいえ、俺だけの意見を通すことができないのも要因の一つだが、自ら奴隷になるという選択を無くすと生きていけない者も出てきてしまうからな……」


 この世界では社会保障などは存在しないのだろう。

 夫を亡くした女性や怪我や病気で金銭を稼ぐことができなくなり、借金で身を滅ぼす者などが奴隷になるという選択をせざるを得ないのだ。


 だが俺はこの話を聞き、唯一良かったと思うこともあった。

 それはエドガー国王の奴隷に対する考え方だ。奴隷制度をどうにかしようという考えには好感が持てたのである。


「そうですか。でもいつか奴隷になる人がいなくなる世界になればいいですね」


「ああ。さてと暗い話はここまでにして、それでコースケはどうする?」


 奴隷制度を否定する俺が奴隷を買うことは正しいこととは思えない。しかし、このままでは屋敷を維持することができないというのも事実だ。

 俺は悩んだ結果、奴隷を購入する決断をする。


「奴隷を購入しようと思います。ですが、きちんと給与も払うつもりです。もちろんこんな事は偽善でしかありませんが」


「偽善でもいいんじゃないか? 全員を救う事は出来ないだろうが、それでも助かる者もいる。それに民を救うのは俺の役割だ。コースケが気に病む必要はない」


「そう言われると少し救われます」


「なら良かった。それで奴隷を購入するなら大手の商会にした方がいいな。場所を教えるからメモをして後で渡す」


 その後、奴隷商の場所を記したメモを受け取り、話は一段落ついた。




「そう言えば俺に何か話があるのではなかったですか?」


「すっかり忘れてた。話をする前にコースケのパーティーには名前はないのか?」


 言われてみれば、エドガー国王にはパーティーの名前を教えてはいなかった。


「『くれない』という名前で活動していますけど、それが何か関係しますか?」


「『紅』か。良い名前だな。それで話というのは『紅』にある依頼をしたいんだ」


「依頼ですか?」


 国王様直々に依頼ってことは、面倒事の予感しかしないぞ。


「もちろん、報酬はある。それもかなりの報酬だ」


 正直、お金にそれほど困っていない今、面倒な依頼だったら断ることも考えている。


「えっとお金ですか?」


「あってる事にはあってるが、少し違うな」


「ではどういうことですか?」


「コースケはこの屋敷を維持するためにどれ程の金が必要か知ってるか?」


「それは人件費以外ということですよね? それでしたら俺にはさっぱりわかりません」


「だろうな。この屋敷を所持するためにかかる年間の税は約金貨100枚近くになる」


 金貨100枚ってことは1000万円!? 正直払えなくはないが、高過ぎる。タダより高いものはないってまさにこの事だ……。いっそのこと屋敷を返すのもありかな?


 そんな事を考えていると、エドガー国王は話を続ける。


「そ・れ・で・だ。もし俺の依頼を受けてくれるなら今後、コースケが生きている限り、この屋敷の税を免除するというのが報酬だ」


 破格の条件だ。金貨に換算するとあり得ないほどの報酬額になる。しかし、幾らなんでも条件が良すぎるのが、むしろ不安になってしまう。一体どんな無理難題をさせられるかわかったものではない。

 俺はその依頼を引き受ける前に内容を聞くことにした。


「一体どんな依頼内容なのですか? 流石に報酬が良すぎて怖いんですけど」


 するとエドガー国王はニヤリと笑みを浮かべる。


「簡単な事だ。『紅』のメンバー全員に一ヶ月の間、特別講師になってもらいたい」


「特別講師? 一体何の講師になればいいのですか?」


「この王都には王族や貴族の子供が通う学院があってな。そこで武術や魔法を子供たちに教えて欲しいんだ」


 それだけ? とは言っても、ディアとフラムにそんなことができるとは到底思えないんだけど。


「ディアとフラムはこの依頼どうしたい?」


 流石に俺だけで判断するのはどうかと思い、二人に聞いてみることにする。


「わたしは教えることは苦手。だけど、こうすけがやりたいならいいよ」


 ディアは俺に判断を任せてくれる。そしてフラムはというと――


「私もいいぞ。私は武術を教えよう。もちろん手加減するぞ?」


 不安しかない……。


「国王様、一つ聞いても良いですか?」


「何だ?」


「魔法を教えると言っても、剣などを使う武術とは違い、スキルを持っていない子には教えようがないと思うのですが」


 この世界ではスキルを持っていなければ、魔法を使うことは一切できない。


「それなら問題ない。学院に通う生徒は何かしらの戦闘系スキルを持った者しか入学することはできない。さらに魔法系と武術系でクラスも分かれているんだ。まあ武術系の人数の方が圧倒的に多いがな」


「それならその依頼を引き受けます。ディアが魔法系、フラムが武術系、俺が両方を見ると言う形でいいですか?」


「コースケはどっちも自信があるのか。凄いな」


「魔法に関してはそこまで得意ではないですが、学生に教える程度なら問題ないかと」


「そうか。ちなみに俺の娘も通ってるからよろしくな」


「え……。そんな大きな子供がいたんですね」


「ああ、長女だ。ちなみに後、息子も二人いるな。まだ学院には入れる年齢ではないが」


 それじゃあ王妃様は一体何歳なんだろう……。ってそんなことは今考えている場合じゃないな。


「それで学院生は全員俺より身分が高いのですが、様付けで呼んだ方がやっぱりいいのでしょうか?」


「いや、全員呼び捨てでいい。学院では身分で差別するような事はさせない方針を取っている。中には悪ガキもいるかもしれないが」


「わかりました。と言うか、そもそも平民である俺たちの言うことを聞きますかね? もし聞かないのであれば、フラムが心配なのですけど」


「主よ。私はそこまで心配させるような事をした覚えはないぞ」


 俺はフラムのその言葉をスルーすることに決める。そしてエドガー国王も俺と同じ判断をしていた。


「講師には過去に平民の冒険者を雇ったこともあるため、その点はあまり心配はいらない。だがそれでも少数の生徒は反抗的な態度を取る可能性もある。その時は実力差を見せつけてやれば黙るだろう」


「わかりました。それで依頼はいつからになりますか?」


「十日後からやってもらうつもりだ。それで構わないか?」


「大丈夫です」


 するとエドガー国王が俺に小さな声で耳打ちをしてくる。


「フラムのことは頼むぞ。コースケの言うことは聞くだろうからな」


「……はい。注意しときます」


「これで話は終わりだ。俺はそろそろ帰ることにする。長居したら帰った時が怖いからな。行くぞ、ダニエル」


「かしこまりました」


 こうしてエドガー国王は王城へと帰っていったのだった。





 ―――――――――――――――



「陛下、あの様な破格の報酬でどうして依頼を?」


 王城への帰り道、ダニエル副隊長はエドガー国王に失礼だとは思いながらも理由を聞かざるを得なかった。


「ああ、あれな。正直、依頼なんて何でも良かったんだが」


「それなら何故あそこまでの報酬を与えるのでしょうか?」


「コースケにはこの国にいてもらいたいというのが一つ。後はコースケたち『紅』と深い縁を結んでおきたかった」


「そこまで陛下は気に入られたのですか?」


「コースケの人間性を気に入っているのが一番の理由だが、その実力も無視できない。それに――」


「フラム殿ですか?」


「そうだ。フラムの手綱を握ることができるのはコースケだけだ。もしコースケに対してこの国の何者かが危害を加えようものならこの国は間違いなく終わるな」


 そのエドガー国王の言葉にダニエル副隊長は身を固くする。


「やはり、そこまでの存在なのですか。ドラゴンというのは」


「普通の竜ですら、この国の全戦力を集めてどうにかなるかってところだろうな。だがフラムは竜の王だ。どうあがいても勝ち目はない」


「それならむしろ、コースケ殿がこの国にいた方が危険だと判断するのが普通だと思うのですが」


「ダニエルはその辺の事はまだまだだな。もしコースケが他国に手を貸したらその国は脅威となるだろ? まぁコースケはそんな事をする人間ではないと思うが念のためだ」




 会話が終わると、エドガー国王はダニエル副隊長に聞こえない声量でこう呟いた。


「それにコースケならこの国を変えてくれるかもしれないしな」

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