第35話 シャレット伯爵

 護衛当日になる。


 俺たち三人は朝五時より一時間早い、四時には集合場所である西門に到着していた。

 ちなみに武器を装備しているのは俺だけだ。フラムは武器をいつでも召喚することができ、ディアに限っては魔法以外は使えないこともあり、何も持っていない。その他の荷物は俺の擬似アイテムボックスに入れてある。


「主よ、早く来すぎたのではないか?」


 ディアも首をコクコクと縦に振り、同意を示す。


「護衛対象は貴族だからね。先に来ないと失礼になるかと思ったんだよ」


「貴族って偉い?」


 珍しくディアが質問をしてくる。俺は自発的に発言をしたディアに少し嬉しくなってしまう。


「そうだね。俺みたいな平民より偉い人だよ。って言っても俺の元いた世界の住んでいた国では貴族制度はなかったから、あくまでも知識の上でしか知らないんだけどね」


「こうすけより偉いなら早く来て正解」


 ディアは納得してくれたみたいだ。しかし、フラムは逆に顔をしかめている。


「む。主より貴族とやらは偉いのか? 私にとってはそんな事はありえないぞ」


「まぁフラムは竜族だからその辺の事はピンと来ないかもね。あ、そう言えばフラムに言わないといけないことがあったんだ」


「言わないといけない事とは何だ?」


「フラムが竜族っていうのは内緒にして欲しいんだ。普通の人間はドラゴンの事を恐れているからさ」


「主がそう言うなら従うぞ。私も自分が竜族だということを話すと面倒な事になると、この間わかったからな」


 この間の事というと、アーデルさんとの事か。確かにあれは大変だったなぁ。



 俺たちがそんな雑談をすること約三十分、西門に二人の人影が近付いて来る。その影の正体は、アーデルさんとリディアさんだった。


「コースケ、随分と早くから来ていたのだな」


「流石に相手は貴族だからね。最後に到着したら怒られそうだし」


「その心がけは素晴らしいが、今回は心配しなくても平気だ。何より護衛対象であるシャレット伯爵は人柄が良い」


 俺はその言葉を聞いて安心する。横柄な貴族だったらフラムが暴れる心配があったからだ。


「え? 今回の護衛対象って伯爵なの? それってかなり偉い人なんじゃ……」


「それはそうだろう。この商業都市リーブルの領主だぞ? そのくらいの爵位は持っていて当然だ」


 当然って言われてもなぁ。俺にはその辺がピンと来ないんだよね。


 すると今度はリディアさんが話し掛けてくる。


「コースケ君おはよう。荷物はどうしたの?」


 俺たちが手ぶらでいることに疑問を持ったのだろう。


「リディアさんおはよう。この間手に入ったお金でアイテムボックスを買ったんだ」


 俺は腰に着けているウエストポーチを叩きながら、少しの罪悪感を覚えながらも嘘を吐く。


「まぁあれだけの大金を稼いだものね」




 そしてもうじき約束の時間になるというところで、一台の大きな馬車とそれを守るように十人の騎士が西門に近付いてくる。


「来たようだ」


「あれ? アーデルさん、今回は極秘で王都に行くんじゃなかったっけ?」


「ああ。しかしいくら極秘と言えども、貴族には体裁がある。騎士も連れずに王都には行けんよ。それに顔も知らない冒険者だけを護衛にする者などいないさ」


 アーデルさんの言うとおりだ。いくら冒険者ギルドに依頼をしたといっても、顔さえ知らない冒険者を信用なんてできない。



 馬車が俺たちの所へ到着すると、一人の騎士が馬車の扉を開ける。そこから二人の人物が降りてきた。


 最初に降りてきたのは三十歳を少し過ぎたであろう男性だ。短い茶色の髪を綺麗に纏め、口にはカイゼル髭を生やした、いかにも貴族といった人物である。


 次にその貴族の手を借りながら馬車を降りてきたのは、中学生になる前の年齢と思われる少女。父親とは違い、長い金色の髪を靡かせ、ピンク色のドレスで着飾った可愛らしい少女であった。


「お待たせしてしまったようだ。申し訳ない。ベルナール男爵」


 ベルナール男爵? 誰のことだ?


 そんなことを思っていたが、その言葉に返事をしたのはアーデルさんだった。


「いや、時間通りに来られたのだ。全く問題はない」


 え? ベルナール男爵ってアーデルさんの事なのか? そういえば、アーデルさんの姓はベルナールだったはずだ。


 すると貴族の男性は俺たちに顔を向け、自己紹介をしてくる。


「私の名はシモン・ド・シャレット。王より伯爵位を戴き、このリーブルの街を任されている者だ」


 次に自己紹介をしたのは、その横に立っていた少女である。ドレスの裾を掴み、優雅にお辞儀をしながら話始める。


「私の名前はエリス・ド・シャレットと申します」


 まだ幼いながらもエリスと名乗った少女の仕草は様になっていた。


「俺の……じゃない。……失礼しました。私の名前はコースケと申します。今回冒険者ギルドより依頼を受け、護衛をさせていただく冒険者パーティーのリーダーをしています」


「「……」」


 俺の後にディアとフラムが自己紹介をすると思いきや、だんまりしていた。すかさず二人に視線で自己紹介をするように促す。


「私はディア……です」


 小声ながらもディアはなんとか自己紹介をしてくれた。


「私はフラムと言う名だ――」


 砕けた口調で自己紹介をしようとしたフラムを俺は肘でつつく。


「私はフラムと言いますです」


 フラムは敬語に慣れていないのか、変な言葉使いになっていた。


 フラムに敬語は無理があるな……。頭が痛く、いやフラム流に言うなら頭痛が痛くなる……。


 そんな俺らの自己紹介を聞き、シャレット伯爵は笑みを浮かべていた。


「君たちは冒険者なのだろう? そんな無理をする必要はないし、強いるつもりもないから安心して欲しい。王都までは一週間はかかる長い道のりだ。私たちの護衛をよろしく頼む」


 この人は貴族でありながら、俺たちに気遣いをしてくれる良い人みたいだ。


「ありがとうございます。敬語に慣れてなく、幾度か失礼な事を話してしまうかもしれませんが、こちらこそよろしくお願いします」



 その後、そつなくリディアさんが自己紹介を行い、次の話に移る。



「では、そろそろ出発をしよう。皆、馬車に乗ってくれたまえ」


 護衛なのに俺たちも馬車に乗るのか、と疑問に思い、尋ねることにしてみる。


「私たちは護衛ですが、馬車に乗ってもよろしいのですか?」


「ああ。馬車の中で話をしたいのもあるが、君たち冒険者は隠し玉にしたいのだ。基本的には私の騎士が周辺の警戒を行い、危機が迫ったときに騎士の手助けをしてもらいたい」


 なるほど。それなら納得だ。それにシャレット伯爵はおそらく襲撃される事を半ば確信しているのだろう。騎士だけしか守りがいないと見せ掛け、相手を油断させるつもりなのかもしれない。


「わかりました。ディア、フラム乗ろう」


 シャレット伯爵とエリス嬢が馬車に乗り込み、その後に俺らは続いた。

 馬車の中は外見通りに広く、俺たちとアーデルさん、リディアさんを含む七人が乗ってもまだ余裕がある。


 そして全員が馬車に乗り込むと、シャレット伯爵が御者台に座っていた老執事に馬車を出発させるように指示を出し、リーブルを出たのだった。



 馬車の中では気まずい沈黙が訪れるかと思っていたが、そんな事はなかった。切っ掛けはエリス嬢だ。

 馬車に乗り込み、数分も経たないうちにエリス嬢がこちらにチラチラと視線を向けていた。その視線はディアに主に向けられていることに気付いた俺は、エリス嬢にどうしたのかと聞いてみることにしたのだ。


「エリス様、どうかなさいましたか?」


 俺は様付けで呼ぶのか悩みながらもそう尋ねる。するとエリス嬢はもじもじしながら恥ずかしそうに俯いた。


 トイレでも行きたいのかな?


 そんな俺の予想は外れる。エリス嬢の言葉を代弁するようにシャレット伯爵がエリス嬢の事を教えてくれたのだ。


「エリスはおそらく、ディアさんに興味があるのだろう」


 するとエリス嬢は顔を赤くしながら、父親に抗議をする。


「お父様!」


「ははは! エリス、話したい事があるのなら、ちゃんと言いなさい。そうしなければ相手には伝わらない」


 シャレット伯爵の教育はしっかりとしている様だ。子供を甘やかす様な真似はしないが、優しい雰囲気で娘が何をしたいのかを促していた。


「……はい。ええっと……、ディアさんとお話したいのです」


「わたし?」


 ディアはまさか自分に話が飛んでくるとは思っていなかったようだ。


「はい。ディアさんはとっても綺麗で憧れてしまいました……」


 顔を真っ赤にしながらエリス嬢はそんな事を言う。

 そんな姿を見たディアは微笑みながらエリス嬢に語りかける。


「ありがとう。それならわたしの隣に座る?」


「はい!」


 エリス嬢は席を移動し、ディアの隣に座ると楽しそうにディアと話し始める。

 ディアはあまり自分から話す事は得意ではないが、話し掛ければしっかりと返事をしてくれるのだ。その事をエリス嬢が気付いたのかはわからないが、終始、エリス嬢が質問し、それにディアが答えるという様子であった。



 ディアを取られ、手持ちぶさたになった俺はアーデルさんに話しかけることにする。ちなみにフラムは馬車から見える外の景色を眺めていた。


「アーデルさん、さっきアーデルさんが男爵だと聞いたんだけど、まさか本当に貴族なの?」


「コースケには言ってなかったな。私はこれでも男爵の爵位を先代の王から貰っている。まあ、だからと言って貴族らしい事は何もしてはいない」


「これからはベルナール男爵と呼んだほうがいいのかな? 後、言葉使いも」


「やめてくれ。言っただろう? 貴族らしい事はしていないと。私は先代の王と知人だった経緯で男爵位を貰っただけだ」


 すると俺とアーデルさんの話にシャレット伯爵が加わる。


「ベルナール男爵は貴族の集まりなどには顔を出さないが、男爵位を世襲ではなく、先代の王から直接貰った事もあり、他の貴族から一目置かれる存在なのだ。爵位は私の方が上だが、ベルナール男爵には頭が上がらない」


 シャレット伯爵は笑いながらそんな事を話す。その話にアーデルさんは軽いため息を吐いていた。


「冗談はよしてくれ。シャレット伯爵。話を戻すが、コースケは今まで通りに私に接してくれ。それに――」


 そう言いながらアーデルさんは視線をフラムに向ける。


 アーデルさんはフラムに何かを言われないかと心配している様子だった。俺はそんなアーデルさんに苦笑いを浮かべることしかできない。


「それに?」


 シャレット伯爵は話の続きが気になる様であったが、アーデルさんは首を横に振る。


「いや、すまない。なんでもない」




 日が沈み、近くに街や村がなかったため夜営を行うことに。その日は特にトラブルや襲撃などは何もなく平穏な一日だった。


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