第34話 指名依頼
執務室に戻って来たリディアさんの手には大きな麻袋があった。
「魔石の鑑定が終わったわよ、コースケ君」
リディアさんは席に座ると、手に持っていた麻袋をテーブルの上に置き、俺に受け取るように促す。
「全部で金貨1200枚よ。本当はこんな切りの良い金額ではないのだけれど、そこはおまけしておいたわ」
「金貨1200枚? まさかそんなに行くとは……」
俺は金貨の入った麻袋を受け取った。流石に1200枚を数えるのは苦労するので確認はしないが、リディアさんを信用しているので問題はない。
「滅多に手に入らないほどの品質の良い魔石ばかりだったもの。それくらいの金額はするわよ」
これで用件の一つは済んだな。後は――
「話が急に変わるんだけど、ディアとフラムの冒険者登録とパーティー申請をしたいんだ」
俺はリディアさんとアーデルさんにお願いをする。
「わかった。リディア、登録用紙を用意してくれ。紙ならそこの棚に入っている」
アーデルさんがリディアさんに指示をし、紙とペン、そして登録には血液が必要なため針も用意し、席に戻って来た。
「この登録用紙を二人とも記入してちょうだい」
リディアさんは用紙とペンをそれぞれディアとフラムの前に置く。
用紙に記入する前に俺は左隣に座っているディアの耳元で小さな声で話しかける。
「ディア、名前の欄には『ディア』と記入して欲しい。それと年齢の部分は十五歳で頼む」
「わかった」
ディアも小さな声で俺の耳元にそう囁きかけて来たため、その声に俺は少しドキドキしてしまう。
「主よ、私は年齢を覚えていないのだが、どうすればいいのだ?」
フラムのこの発言にリディアさんは首を傾げる。
それもそうだろう。フラムの外見は二十歳前後なのだ。その程度の年齢なのに自分の年齢がわからないと言うのはおかしいと誰だって思うはずだ。
「フラムは確かこの間、二十歳だって言ってたじゃないか」
フラム! 俺のナイスパスを受け取ってくれ!
しかし現実は甘くはないのである。
「主よ、何を言っているのだ? そんな事を言った覚えはないぞ」
ダメか……。フラムに空気を読むことを期待した俺が馬鹿だったよ……。
その後、リディアさんにもフラムの正体を教えることになったのだが、意外な事にリディアさんは驚きはしたが、すんなりと俺の話を信じたのだった。
「これで後はカードに血を一滴つければ登録は完了です」
リディアさんはフラムの正体を聞いてからは、口調を丁寧なものに変えていた。
そしてディアとフラムは指に針を刺し、登録は終わったのだが、アーデルさんが突然こんなことを言い始める。
「リディア、三人の冒険者ランクをCランクとして登録してくれ」
「マスター良いのですか? 昇級試験も無しでいきなりCランクにしても」
「構わない。本来ならSランクにしたいところだが、流石にそれでは不正がバレてしまうからな」
「Cランクなら大して珍しくはないから周りにバレないと言うことですか……。わかりました。その様に登録します。冒険者カードを渡したばかりですが、一旦私に渡してもらえますか? もちろんコースケ君もよ」
「あれ? 今登録終わったんじゃないの?」
俺は疑問に思いながらもカードを渡し、リディアさんに尋ねた。
「Cランクからはカードの種類が変わるのよ。次は黒いカードになるわ」
そういえばCランクからはカードが変わり、それがステータスになるって話をどっかで聞いた覚えがあるな。
そして数分後、カードを変更するために部屋を出ていたリディアさんが黒いカードを三枚持って部屋に帰って来た。
「お待たせしました。これで今度こそ登録完了です。コースケ君もランク昇格おめでとう、と言っておくわ」
「そうは言われても、いきなりランクを上げて良いものなの? 俺はまだEランクだったんだけど」
するとアーデルさんがリディアさんの代わりに返答する。
「前人未到の二十階層を越えた者がEランクと言うのもおかしな話だろう? それにコースケの実力も確かだ。不正にはなるがCランクなら私の力でどうにでもできる」
まあ俺の今の強さだけならCランク冒険者には負けることはないだろうけど、不正にランクが上がるのは頑張っている他の冒険者に悪い気がするんだよなぁ。
「コースケ君、そう言えばパーティーの申請もするって話だけど、何かパーティーの名前は決めてる?」
「え? 名前なんか必要なの?」
「絶対に必要という訳ではないけど、Cランクのパーティーともなると大体は名前があるわね」
んーどうしようかな。正直何も良い案が浮かんでこない。だからと言って名無しも少し寂しい気もするんだよなぁ。
「ディアとフラムは何か良い名前を思い付かない?」
ここは二人に丸投げしてしまうことにする俺であった。
「わたしは何でもいい」
ディアは考える素振りもなく、そう答える。フラムはと言うと――
「なら私が決めても良いのか? 主がリーダーなのだから何か主に因んだ名が良いな……」
フラムは真剣に顎に手をあて考え込む。数十秒ほど待つと顔をバッと上げ、何か閃いた様子を見せる。
「それなら漆黒の――」
「それは却下だ! 俺が恥ずかしくて死ぬ」
おそらくフラムは俺の全身黒い格好から発想を得たのだろうが、それだけは勘弁して欲しかった。
「むぅ。それなら主が決めてくれ。私はお手上げだぞ」
結局俺が決めないといけないのか……。何にすればいいんだろう。こういうチーム名みたいなのはどうしても厨二っぽくなっちゃうんだよなぁ。ネタに走ってもそれはそれで寒いし。でもまあここは異世界だ。厨二なんて誰も思わないか。
「よし、決めた。『
「わたしは良いと思う」
「流石、主だ! 名案だぞ」
少し照れ臭いけど、二人とも賛成してくれたみたいで安心だ。
「それじゃあコースケ君、パーティー名『紅』で登録するわね」
こうして俺たちは正式にパーティーを組むことができたのだった。
話が一段落ついて、アーデルさんが新たな話を切り出す。
「パーティー名も決まったことだ。そろそろ護衛の件について話してもいいだろうか?」
「わかった」
護衛の件とはアーデルさんから『心眼』を貰う際に交わした取引の事だ。
「護衛はコースケたち『紅』に指名依頼として受けて貰うことにするが問題はないか?」
「大丈夫。俺たちも三人で行動したいから、むしろ助かるよ」
「因みに依頼料も支払われる事になった」
「え? でも既に俺は対価をもらってるんだけど」
「気にするな。これは護衛対象である貴族の方から支払われる。なのでギルドの懐も仲介料として潤うのさ」
なるほど、正にWIN WINってことか。
「そういうことならわかったよ。それで護衛はいつになるの?」
「三日後の早朝五時にリーブルの西門に集合だ。それまでに準備をしておいて欲しい」
「それで護衛対象はアーデルさんとリディアさんに後は貴族の人が二人だよね?」
「私とリディアの事はあまり気にしなくても良い。自衛程度なら私だけで十分だ。コースケたちには主に貴族の方を頼む」
確かに前にアーデルさんのスキルを知った俺からしても、アーデルさんはそこらの冒険者よりもかなり強い。心配はしなくても大丈夫だろう。
「それで貴族の人ってこの街の領主だよね? と言うことはその領主と奥さんを護衛することになるのかな?」
「いや、もう一人は奥方ではなく、娘だ」
「あれ? そうなんだ。ちなみにその子の年齢は?」
「確か、まだ十歳を越えたかどうかといったところだったはずだ」
小学生くらいの女の子か……。扱いが難しそうだ。とは言っても、ディアもフラムも子守りなんて無理だろうし、俺が最悪面倒を見なくちゃいけないか。
「それにしても何で貴族が王都に行くのに極秘なんだろう? 普通は堂々とするものかと思ってたけど」
するとアーデルさんは少し真剣な顔付きになり、こう告げる。
「こちらで少し調べた結果、何者かにその娘が狙われている可能性があるとの事だ。どうやらその娘が特殊なスキルを所持していることが原因となっているらしい」
「特殊なスキル?」
「残念ながら、それは私も把握していない。ただ、王都への道中は襲われるかもしれない。大丈夫だとは思うが気を付けてくれ」
何やらきな臭い感じがするが、俺たちは護衛をしっかりとこなせばいいだけだ。
その日はこれで解散となり、俺たち三人は宿に戻る。そして宿に戻った際に、受付嬢にもう一泊延長することを伝えた。
護衛の日までの間は三人で買い物をすることに。
最初にロンベルさんのお店に行き、三人それぞれ着替えの服を大量に買ったのだが、何故か俺の替えの服はロンベルさんに勧められるがまま、またもや黒ばかりになってしまったのだった。
フラムは動きやすい服を、ディアはゴシック系のワンピースを数着購入する。
ディアの試着姿を見たのだが、言葉にならないほど似合っていて、俺はつい見惚れてしまう。
他には三人分の夜営に必要な物と小さなウエストポーチも購入した。ポーチを購入した理由は『
このスキルのおかげで俺はアイテムボックスを必要としなくなった。しかも俺は時間を停止させた空間すら作ることができるため、食料事情が大幅に改善できる。
しかし、アイテムボックスを持たずに何もない場所から物を取り出すと人目に付く恐れがあったため、偽装のためにウエストポーチを購入したのだ。ポーチから物を取り出したフリをすれば、他人に見られてもアイテムボックスを使っているのだと思わせることができると考えついた。
ロンベルさんの店は基本的に高級品ばかりのため、この日はかなりの金額を使ったが、金貨1200枚を手に入れた俺にとっては痛くも痒くもない出費である。
その様な日々を送り、そしてついに護衛の日が訪れたのだった。
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