第36話 エリスを狙う者

 翌朝、日の出と共に朝食を素早く取り、馬車は出発する。


 昨晩はシャレット伯爵の騎士が見張りをしてくれたおかげで、俺たち『くれない』のメンバーはゆっくりと睡眠を取ることができた。

 護衛が寝ていてもいいのか、とも思ったが、シャレット伯爵からも見張りはしなくてもいいと言われたこともあり、お言葉に甘えることに。



 馬車の中では昨日と同じ様に、ディアとエリス嬢が会話に花を咲かせている。実際はエリス嬢から一方的に話題を振るといったものだが。


 俺はというと、アーデルさん、そしてシャレット伯爵と雑談をしていたのだが、雑談が一段落つくと突然シャレット伯爵の纏う雰囲気が変わると共に別の話題に移る。


「ベルナール男爵、本人がいる前で聞くのもあれだが、コースケ君のパーティーの実力は一体どれ程のものだろうか?」


 シャレット伯爵は俺たち三人の実力を把握しておきたいらしい。やはり襲撃される可能性が高いのだろう。


「コースケたちの冒険者ランクは全員Cランクだ」


 アーデルさんから俺たちの冒険者ランクを聞いたシャレット伯爵は鋭い視線になる。


「私は腕利きの冒険者を護衛に用意して欲しいと依頼をしたはずだが、これはどういう事だろうか?」


 その言葉には少しの怒気が入り交じっていた。しかし、それも仕方のない事だ。大切な娘が襲われる可能性があるのだから。


「シャレット伯爵、落ち着いて欲しい。私はコースケたちの冒険者ランクを答えただけだ」


「失礼。少し冷静さを失ってしまった。コースケ君もすまない」


 シャレット伯爵は俺とアーデルさんに軽く頭を下げ謝罪をしてきた。そして一度深呼吸をし、アーデルさんの話の続きを尋ねる。


「それでは冒険者ランクではなく、実力はどうなのだろうか?」


 するとアーデルさんは口元を緩め、こう告げた。


「リーブルの街にいる、どの冒険者よりもコースケは強い」


 その言葉にシャレット伯爵は驚きの表情を見せる。


「それほどまでの実力があると? 私の知る限り、リーブルに滞在している冒険者にはAランクの者もいると聞いていたが……」


「比べるまでもないな。今回の護衛依頼はシャレット伯爵から私に直接依頼されたものだ。その様な依頼を信用できない者に任せる訳がないだろう?」


 二人の会話に口を出せない……。っていうか本人を前にして「強い」なんてハードルを上げないで欲しいんだけどなぁ。


 そんな事を考えながらも二人の会話に耳を傾ける。


「ハッハッハ! 流石、ベルナール男爵と言わせて貰おう。そして感謝する。それほどまでの実力者であるコースケ君を護衛にしてくれたことを」


「はははははは……」


 俺は乾いた笑い声を上げることしかできなかった。




「それでシャレット伯爵。そろそろ理由を聞かせてもらえないだろうか? 何故、娘のエリスが狙われるのかを」


 アーデルさんのこの言葉を聞いたシャレット伯爵はやれやれといった仕草を見せた後、真剣な顔付きに戻る。


「やはり知っておられたか。今から話す内容は口外しないで貰いたい」


 俺とアーデルさんは首肯し、続きを促した。


「エリスは『英雄級ヒーロースキル:空間魔法』を持っているのだよ」


「なるほど……。それで狙われていたのか……」


 ……へ? それだけで狙われるの? アーデルさんの顔を見ると凄く納得顔しているけど、何でなんだ? 確かに英雄級スキルだけどさ。


 俺は頭にハテナマークを浮かべていると、アーデルさんが俺の疑問を解消してくれる。


「コースケはピンと来ていない様だな。『空間魔法』は金に飢えている者ほど手に入れたいスキルなのだよ」


「と言うと?」


「アイテムボックスが高価な事は前に教えただろう。そして『空間魔法』の使い手ならアイテムボックスを作成する事ができるということも」


 それを聞いてようやく俺は理解する。

 エリス嬢を狙う者はアイテムボックスを量産させる事で大金を得る腹積もりだという事に。


「そういう事だ。エリスを狙う不届き者はエリスの事を金のなる木としか見てはいない」


 シャレット伯爵は握り拳を強く握りながらそう告げた。


「シャレット伯爵。それで犯人に目星は?」


 その言葉に首を横に振る。


「それが様々な情報を入手しようとはしているのだが、これといった成果は……。これは私の勘なのだが、おそらくは同じ貴族の者の可能性が高い」


「それはどうしてですか?」


 その根拠が気になり、つい聞いてしまった。


「エリスのスキルは秘匿していたのだが、それにも関わらず、私の情報封鎖を破る様な者となるとそれなりの地位の者ではないと不可能と判断したのだよ。それにここ最近、エリスに見合いの申し込みをする者が急に増えていることも気になっていた」


「なるほど……」


 確かにお見合いの申し込みが急に増えたとなると、どこからか情報が漏れている可能性がありそうだ。


「しかし、いくら『空間魔法』のスキルを持っているからといってもアイテムボックスを量産などできるのでしょうか?」


 俺はこれが気になっていた。『空間魔法』を使える者は少なからずいるのだ。それにも関わらず、アイテムボックスの流通量が少ないとなれば量産が出来ないという事ではないのかと。


「現状のエリスでは量産など不可能だ。しかし、スキルは進化する。エリスほどの若さで『空間魔法』のスキルを持っているとなると、将来は量産できるかもしれないと考えてもおかしくはない」


 シャレット伯爵は俺にそう教えてくれた。さらにその話を補足するようにアーデルさんが話す。


「アイテムボックスを作成するとなると膨大な魔力が必要となるのだ。通常なら『空間魔法』のスキルを持っていても、一つ作成するのに一ヶ月は掛かってしまう。しかも一ヶ月間、毎日魔力を消費して、だ」


 道理でアイテムボックスが高価な訳か。だけど俺なら何となくだが、一日一個は余裕で作成できる気がする。お金に困ったらアイテムボックスを売るのもいいかもしれないな。




 馬車は徐々に深い森へと走っていた。

 周りは木々に囲まれているが、道がない訳ではない。しかし、この辺りは魔物が出現する可能性もあり、騎士たちは周囲を警戒しながら移動をしている。


 もちろん俺も『気配探知』を使い、気を配っていた。すると馬車の移動する先に複数の人間の反応を感じる。それもかなりの数だ。


「主よ!」


 フラムが声を張り、俺に異変を報告する。


「ああ、わかってる! シャレット伯爵、この先の道にかなりの数の人間が潜伏しています」


「それは本当か!? イザック! 警戒せよ!」


 シャレット伯爵が呼んだイザックと言う者は騎士隊長の事だ。

 イザックはその声を聞くと、他の騎士に合図を送り、警戒を強化させた。そして一度馬車を止め、騎士が馬車の周囲を取り囲むように守りを固める。


「全部で三十人か。ディアは馬車の中で待機しててくれ。いざとなったら馬車の中の皆を守って欲しい」


「うん。わかった」


 エリス嬢はディアの服の袖を掴み、少し怯えた様子を見せていた。


「フラムは俺と一緒に馬車の外に出て戦おう。一応言っておくけど、なるべく殺さないようにね。捕まえた奴らを尋問する必要があるだろうし」


「了解したぞ」


 馬車が止まったことに気付いたのだろう。道の先で待機していた者たちがこちらに急速に近付いてくる。

 後、数十秒でこちらに到着するというタイミングで俺とフラムは馬車から降りた。




 前方から現れた集団は盗賊の様な身なりをしている。しかし、盗賊ではないだろう。明らかに一人一人の装備が整い過ぎている。


「貴族様の馬車か? 金目の物と女を置いていけ。そうすれば命までは取らないでやるぜ?」


 リーダーと思しき人物が腰から剣を抜き、こちらを脅す。その脅しに答えたのは騎士隊長であるイザックだった。


「貴様ら! 誰を襲おうと思っているのだ! この馬車にいらっしゃるのはシャレット伯爵様であるぞ!」


 大きな怒声を上げ、逆に相手を萎縮させようとした様だが、効果は期待できない。相手はこちらの正体をわかっていながら襲うつもりなのだ。


「騎士が十人と黒い格好の男、それに上玉の女だけで俺らと戦おうっていうのか? 笑わせてくれるぜ! なぁお前たち?」


 リーダーの言葉に同意するかの様に下卑た笑い声を上げる男たちに対し、騎士たちは怒りに震えていた。


 俺は横目でフラムを見てみると、いつの間にか召喚した竜王剣を肩に乗せ、暇そうに欠伸をしている。


「さて、そろそろこいつらを殺して金目の物と女を奪うとするか!」


 その言葉を合図に盗賊の身なりをした者たちが攻撃を仕掛ける。


 俺は戦闘に入る前に『神眼リヴィール・アイ』を使い、敵の情報を調べていたが大した奴はいなかった。


 俺とフラムは盗賊と騎士の間に割り込み、盗賊を殺さない様に手加減をしながら倒していく。

 俺は剣で相手を殴り、気絶させるような戦い方を取る。フラムはと言うと、剣を持っているのにも拘わらず、蹴りと空いた片手で殴りつけていた。


 瞬く間に俺とフラムで五人ずつ、計十人を倒したところで、盗賊たちは攻撃をやめ、間合いを取り始める。


「お、おい! あいつら二人、かなりヤバいぞ!」


「お頭! これ以上やられると人数的にも不利になっちまいやす!」


 かなり怯えた様子でリーダーに撤退をするように進言し始める者まで現れた。しかし、逃がすつもりはない。


「フラム、後は俺が倒してもいいかな?」


「こいつらと戦っても、雑魚ばかりでつまらないからいいぞ」


 フラムは興味がなくなったのだろう。手を振りながら俺に投げやりな感じで任せる。


「それじゃあ盗賊?の皆さん、終わりにしよう」


 俺は『暴風魔法』を使い、残った盗賊を中心に巨大な竜巻を作り、全員を空中へ巻き上げ、地面に叩き落とすことで意識を刈り取ったのだった。


「騎士の皆さん、こいつらを捕縛するのを手伝ってもらえませんか?」


 戦いを呆然と見ていた騎士たちに言葉を掛けると、やるべき事を思い出したかの様にキビキビと動き始める。


 そして全員を捕縛した後、俺とフラムは馬車に戻る。


 ちなみに盗賊たちに死者は出なかったが、骨折などの重傷者は多数確認されたのだった。






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