第33話 一悶着

 リディアさんについて行き、執務室に俺たち三人は入室した。そんな俺たちを椅子に座り、何やら書類仕事をしていたアーデルさんはその手を止め、出迎えてくれる。


「コースケ、戻ってきたのか。ん? 後ろの二人は誰だ?」


 俺の後ろにいるディアとフラムに視線を向け、アーデルさんは問いかけてきた。


「ダンジョンで知り合って、パーティーを組むことにした新しい仲間だよ」


「そうか。コースケがパーティーを組むなど、少し意外だな」


「まあ、成り行きでこうなったというか何と言うか」


 するとアーデルさんはディアとフラムを交互に見つめる。


「……なるほどな。どうやら訳ありの様だ」


 アーデルさんの反応からすると『心眼』を使って、二人の事を調べようとしたのか。それで見ることができなかったから、そういう結論に至ったのかな。


「あ、そういえばこれを返さないと」


 俺は持っていたアーデルさんから借りていたアイテムボックスを返却しようとしたが、まだアイテムボックスの中には大量の魔石が入っていることを思い出す。


「その前にアイテムボックスに入っている魔石を買い取ってほしいんだった」


「わかった。とりあえず立ったままではあれだろう。まずは皆、ソファーに掛けてくれ。とは言っても四人しか座れないな」


 するとリディアさんが「私は立っているので気にしないで下さい」と断りを入れた。


「いや、少し窮屈だけど俺たち三人で片方のソファーに座った方が話しやすいから、リディアさんも座りなよ」


 そして片方のソファーには俺たち三人が、もう片方にはアーデルさんとリディアさんが座り、話を続けることに。


「それで魔石なんだけど――」


 俺はアイテムボックスからダンジョンで広い集めた魔石をテーブルの上に山の様に積み上げた。それと使用済みの叡智の書スキルブックも一緒に。


「えっ! こんなに多くの魔石が!?」


 その魔石の量にリディアさんが驚きの表情を見せた。


「ほう、これは叡智の書ではないか」


 アーデルさんはというと、魔石よりも叡智の書に興味を示している。


 でも、それは使用済みなんだよな……。


「これらを買い取って欲しいんだ。ただ、ちょっとした訳があって叡智の書は使用済みなんだけど、これってそれでも売れたりしないよね?」


「残念だが、使用済みの叡智の書には価値がない。魔石に関しては買い取らせてもらおう。それでコースケ、ダンジョンはどこまで攻略できたのだ? 魔石の大きさを見る限り、かなり進んだ様だが」


 んー、流石に全階層を攻略したことは言わない方がいいよな。ディアのことを説明しないといけなくなってしまうし。


「二十階層を攻略して少し進んだところで、アーデルさんとの約束の日が近づいたから帰って来たんだ」


「それはすまなかった。たがそれでも前人未到の階層を越えたのか……。相当強くなったみたいだな」


「まあね。アーデルさんは俺のスキルを知ってるでしょ? 魔物と戦えば戦うほど強くなれるから」


「そうだったな。それでは話を進める前に魔石の鑑定をリディアに任せる。他の職員に見つからないようにしてくれ。これだけの魔石だ。誰が持ち込んだかが知られてしまえば、ちょっとした騒ぎになってしまうからな」


「わかりました。それでは一旦席を外しますね」


 そしてリディアさんは魔石を先ほど返したアイテムボックスに入れ直してから、部屋から退出して行く。




「それでコースケ、他の二人の紹介はしてくれないのか?」


 リディアさんがいなくなったタイミングを見計らってなのか、そうアーデルさんは尋ねてきた。


 ディアの名前はフロディアとは言わない方がいいか。邪神としてその名前は知れ渡っているみたいだし。


「こっちの小柄な女の子の名前はディア。で、もう一人の方がフラムって言うんだ」


「わたしがディア」


 ディアは俺の考えを読み取ってくれたみたいだ。フロディアではなく、ディアと名乗った。


「私がフラムだぞ。主と契約した者だ」


「契約?」


「私が主の召喚魔法に答え、契約を結んだのだ」


 あ! フラムに口止めしていなかった……。ドラゴンなんてバレたら大騒ぎになるって事くらいわかって欲しかった……。


「召喚魔法は知っているが、あれは魔物を召喚し、使役する魔法だったはずだ。まさか、フラムとやらは魔物なのか?」


 この言葉を聞いたフラムは一瞬身体をピクリとさせると、みるみるうちに不機嫌になっていく、


 ……やばい。フラムが少し怒ってる。


「私を魔物風情と一緒にするではないぞ、小娘よ」


 フラムを止めようと思ったが、遅かったみたいだ。明らかにアーデルさんに敵意を向けている。


「私が小娘だと? 私は見ての通りエルフだ。見た目で年齢を判断しない方がいい」


 売り言葉に買い言葉でアーデルさんも返答をした。


 流石にこれは止めなくちゃまずいな。しょうがない、フラムの正体を明かすことにするか。このままではアーデルさんも納得してくれないだろうし。


「二人とも落ち着いて。フラムも機嫌を直してくれよ」


「主の言葉だ、従うことにしよう」


 渋々だが、フラムは矛を収める。しかし、アーデルさんは納得していないという表情をしていた。


「コースケが説明してれるのか?」


「そうするよ。ただ、フラムの事は他言無用で」


 首を縦に振り、アーデルさんは了承する。


「フラムは竜族なんだよ。竜族っていうのは人で言うところのドラゴンの事」


 その一言を聞き、アーデルさんは驚いた表情を見せた。


「竜だと……? いや、そんなことはあり得ない。竜とは基本的に人と関わりを持とうとしない。ましてや人に従うなど……」


「これは本当の事なんだ。だから他言無用でとお願いしたんだよ」


「いくらコースケの話でも信じられん。何か証拠はないのか?」


 証拠か……。とは言ってもそんなものないんだよね。


 するとフラムが俺の代わりに話始めた。


「お主、エルフだったな。それならルヴァンの事を知っているはずだ。そしてその名前をエルフではない私が知っているという事が証拠にはならないか?」


 ルヴァンと言う名前を出した瞬間、アーデルさんは目を見開き、愕然としていた。


「何故その名を……」


 俺は二人の会話についていけず、フラムに聞くことにする。


「ごめん。話がよくわからないんだけど、ルヴァンって誰なんだ?」


「主はエルフではないからな。知らないのも無理はないぞ。ルヴァンというのはエルフのほとんどの者が信仰している竜の名なのだ。そしてその名をエルフは他の種族の者には秘匿している」


 なるほど、だからアーデルさんは驚いていたのか。


「その名を知っていると言う事は確かに貴方は竜の様だ。しかし、いくら同じ竜だと言っても風竜王ウィンド・ロードであるルヴァン様は他の竜とは格が違う。呼び捨てにするなど、エルフとして到底許すことができない」


 アーデルさんはフラムを竜だと認めたのに関わらず、ルヴァンと呼び捨てにしたフラムに怒りの感情を見せる。それ程までにエルフのルヴァンへの信仰は深いのだろう。


「私がルヴァンに様付けなどする訳がない。確かに竜族にも位の高い者、低い者がいる。しかし、お主は私に対して勘違いをしているぞ」


「勘違い?」


「私もルヴァンと同じだと言うことだぞ。私は炎竜王ファイア・ロードであるのだ」


「なっ……!」


 アーデルさんが驚くのと同時にソファーから立ち上がるとソファーの横へ移動しその場で片膝をつき、深々と頭を下げた。


「申し訳ございません。ここまでの数々の無礼をお許し下さい」


「ちょ! アーデルさん!?」


 俺は慌ててアーデルさんの元へ駆け寄り、立ち上がらせようとする。


「コースケ、私はルヴァン様と同格であるお方にあの様な口を聞いてしまったのだ。謝罪をしなければ自分を許せそうにない」


 そう言い、頭を下げることを止めようとはしなかった。


「フラム、何とかしてくれ!」


 流石にギルドマスターであるアーデルさんにここまでされては俺ではどうしようもないのでフラムに頼むことにする。


「頭を上げるがいい。そして謝罪をする必要もない。エルフが信仰しているのはルヴァンなのだ。私にまでへりくだる必要はないぞ」


「ですが……」


「私は主を困らせたくはないのだ。お主が頭を下げ続けると私も困るぞ」


 その言葉でアーデルさんは頭を上げ、ソファーに座り直したのだった。それに続き、俺もソファーに掛ける。


 まさかアーデルさんがあそこまでするなんて……。これからはフラムの正体は絶対に秘密にしなければ。


 俺は密かにそう決意した。


「取り乱して申し訳ないな、コースケ。まさか炎竜王であるフラム様と契約するなど想像もしていなかった」


 いつの間にかフラムの事を様付けで呼んでいるけど、もうしょうがないか。


「まあ、自分でも召喚したらフラムが出て来てびっくりしたけどね」


「魔物で召喚魔法を使える個体は確認されていないが、まさか叡智の書でコースケは召喚魔法を覚えたのか?」


「そうだよ。叡智の書は売るつもりだったんだけど、間違えて使っちゃったんだ。それで自棄になって叡智の書で覚えた召喚魔法に魔力を全て注いだらフラムが来たって訳。叡智の書を間違えて使った時は絶望したよ」


「何を贅沢な事を言っている。フラム様を召喚し、契約してもらえたのだぞ? その価値は叡智の書如きでは比べようもない程だ」


「まあね。結果としてフラムという仲間が出来た事は幸運だと思ってる」


 そしてディアとも出会えたんだ。ダンジョンに行ってよかったと今なら確信できる。




 その数分後リディアさんが魔石の鑑定を済ませ、部屋に戻って来たのだった。


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