第32話 帰還と休息
夕暮れ前に商業都市リーブルに着いた俺たちは、馬車での移動に加え、道中の夜営などで疲労が溜まっていたため、その日は宿を取って休むことにしようと俺は二人に提案する。
「今日は流石に宿をどこかで取って休もうと思うんだけど、二人もそれでいいかな?」
「私はそれで構わないぞ。後は美味しい食事をしたい」
「うん。わたしもご飯を食べたい」
ディアは長い間あの場所に封印されていた事だし、ちゃんとした食事を取ったのは一体どれ程昔の事なんだろう?
そんな事を考えてしまうと、ディアに美味しい料理をご馳走しなければという気持ちになってしまう俺だった。
「それじゃあ、今日は良い宿を取って美味しいご飯を食べて、ゆっくりしようか」
俺はリーブルに滞在していたこともあり、高級な宿には心当たりがある。
その宿は街の中心近くに建っており、上級冒険者やこの地に訪れる貴族などが利用するらしい。らしいという言葉を使ったのには理由があり、俺は今までに一度もその宿を利用したことがなく、冒険者ギルドでこの宿に泊まることを目標にしていると冒険者が話しているのを立ち聞きしたことがあったからだ。
そして俺たちはその宿にたどり着き、その宿の外観にディアとフラムは目を輝かせている様に見える。
宿の外観はもはやホテルと言っても過言ではない。この世界では珍しい高層建築で、さらに宿の入り口には二人の黒いスーツの様な制服を着た従業員らしき者が、出入りする客に深々と頭を下げている姿があった。
「主よ、ここに泊まるのか?」
フラムはワクワクしている様子を隠そうともしない。
「そうだよ。俺もずっとダンジョンに潜っていた事だし、ちょっと久々に贅沢をしようと思ってね」
そうフラムには言ったが、俺一人であったら普通の宿に泊まっていただろう。しかしそれは口にはしなかった。
「お金は大丈夫?」
ディアが俺の懐事情を心配してくれる。
「大丈夫だよ。それじゃあ行こうか」
俺を先頭にして宿に入るとそこはさらにホテルを思わせる構造になっていた。
広いエントランスが俺たちを出迎え、その奥にはフロントと思われる場所まである。
俺は二人を引き連れ、受付嬢に宿泊する旨を伝える事にした。
「すいません。宿泊したいのですが」
冒険者たるもの敬語はやめた方がいい、とリディアさんに言われたが、流石にこの様な場所では敬語を使ってしまう。
「畏まりました。お部屋は一部屋でよろしいでしょうか?」
「………」
「お客様?」
完全に失念していた! 流石に男女が同じ部屋はまずいよな。
「あ、えっと――」
「主よ、何やら悩んでいる様だが、別に同じ部屋でも私は構わないぞ」
いや、フラムは良くてもディアもいる事だし……。
「わたしも平気」
まさかディアまで平気と言うとは思いもしなかったが、この会話を聞いていた受付嬢がこう告げてきた。
「当宿では四人部屋があるのですが、その部屋でしたら寝室が二部屋に別れておりますよ」
それなら問題ないかな。二人が同じ部屋でも平気だと言うので、少しドキドキしてしまった……。
「それならその部屋でお願いします」
「畏まりました。料金は朝と夜に食事が付き、一泊金貨1枚になります。それと大浴場がございますので、お気軽にご利用下さい」
日本円に換算したら、およそ一泊10万円する宿って事か! お金には余裕があるし問題ないけど、小市民な俺からすると驚きの価格だ。
「とりあえず二泊でお願いします」
俺は金貨2枚を取り出し、料金を支払った。
そして部屋の鍵を渡され、俺たちは部屋へ入る。
「すごい……」
部屋に入ると真っ先にディアが声を上げ、驚く。
それに続き、俺とフラムも部屋に入るとディアが驚いたことにも納得した。
その部屋は王城の一室と言われても頷けるほどの見事な部屋であった。シャンデリアに絵画、それにソファーやテーブル、どれをとっても高級品だと思われる。部屋の広さもリビングだけで十人以上の人間が寝泊まりできるだろう。
その後俺たちは寝室を決め、まずは大浴場で一汗流すことにしたのだった。
ちなみに部屋割りは俺が一人で一部屋使い、ディアとフラムが同じ部屋を使うことに。
まあ当たり前の事だけど……。
―――――――――――――
「久々の湯船だ」
「わたしもそう」
大浴場は二人の貸し切り状態であった。この宿の利用客は女性が男性に比べ少ないため、この様な状態になっている。
二人は身体を洗い、汚れを落としてから湯船に浸かることにした。その辺りの常識は日本と同じで、フロディアとフラムにも備わっている。
「フロディアは一体どれ程の間、あの場所に封印されていたのだ?」
「わたしにもわからない。ただ、こうすけが夢に出て来る様になってからは眠る事が少し楽しみになっていたの」
「そうか。主の存在がフロディアにとっては救いになっていたみたいだな」
「うん。何だかこうすけといると安心する」
「主は不思議な雰囲気を持っているからな。私も主に召喚されるまでは人間の事など興味はなかったが、主の召喚魔法に答えてしまったぞ」
二人で紅介の事を語り合う。その二人の表情はとても穏やかで和やかな雰囲気になっていた。
しかし――
「それにしても、フロディアは成長していないな!」
「……?」
フロディアは何の事を指しているのか、最初は理解できていなかったが、フラムの視線を辿るとフロディアの身体に向けられていた。
「………」
「ははははは! 私には一生勝てないみたいだな!」
そして勝ち誇った表情をフラムに見せられ、フロディアにしては珍しく少し怒りを覚える。
「……ばか」
「すまん、すまん。しかし、そんな表情がフロディアから見られて私は嬉しいぞ。長い間、封印されていたからな。感情表現ができなくなってしまったのではないかと少し心配していたのだが、大丈夫な様だ」
そう言い、フラムは優しい表情をフロディアへ向けた。
「大丈夫」
「それなら良い。これからは主と私が一緒にいるのだ。楽しくやろうではないか」
「うん」
二人は互いに笑みを浮かべ、その後部屋に戻るのだった。
――――――――――――
その日俺たちは豪華な食事を心行くまで楽しみ、就寝することに。
翌朝、全員が目覚め、朝食を済ませた後、俺たちは冒険者ギルドへ向かうことにした。
理由はいくつかある。ディアとフラムの冒険者登録をしてパーティーを組むため、ダンジョンで得た魔石の換金、そしてギルドマスターであるアーデルさんとの約束があったからだ。
約束の日までは数日あるが、リーブルへ帰って来た事を知らせた方が良いと判断した。
冒険者ギルドに着くと、何故か数多くの冒険者たちの視線が俺たちに向けられていることに気付く。
ん? この視線はなんだ?
冒険者の視線を追うと、その視線は俺には向けられていないことが判明した。
すると一人の大男がこちらに近づいてくる。
この男、どこかで見たような……。
「ほぉ。こいつはとんだべっぴんさんだな! しかもそれが二人もいるときた!」
思い出した! 俺が初めてここへ来たときに絡んできた奴か! っていうかまた絡んできたのかよっ!
「俺様とパーティーを組まねえか? それとも俺様と今夜楽しい事でもするか?」
大男は俺の存在を完全に無視し、ディアとフラムに話し掛ける。
「……」
ディアは大男を無視することにしたようだ。明後日の方向に視線を向けていた。そしてフラムはというと――
「何だお主? 私たちは主とパーティーを組むためにここを訪れたのだぞ」
「主? まさかこの全身黒い格好の奴のことか? こいつはまだ冒険者になったばかりの雑魚だぞ? そんな奴と組むより俺様と組んだ方が良いぜ」
そう言いながら、大男はフラムに手を伸ばし、その腕を掴もうとする。
「私に触れるな」
フラムが無表情になりながら、その大男の手を払う。
「てめえ、少し美人だからと調子に乗りやがって!」
大男は額に血管を浮かばせ、フラムを強引に引き寄せようとするが――
「消えろ」
まるで感情のない様子でそう言葉を告げた後、常人では目で追えない速度でフラムは大男を殴り飛ばしたのだった。
「――グェッ!」
大男は床を転がりながらそのまま壁へと激突し、気を失う。あまりの光景に辺りは静寂に包まれたのだった。
「主を愚弄したのにも関わらず、命は取らなかったのだぞ。感謝するが良い」
その言葉で周りにいた冒険者たちは凍りついた様に動かなくなる。
そんな最悪の空気を吹き飛ばしたのは、受付の奥にある扉から現れたこのギルドの副マスターことリディアさんだった。
「この倒れている男はまた問題を起こしたみたいね。ちょっとそこのあなたたち、同じパーティーメンバーでしょう? ギルドにある医務室にこの男を連れて行きなさい。その男が目を覚ましたら受付へ報告に来るように」
リディアさんは大男のパーティーメンバーと思われる男たちにそう指示し、こちらに近づいてくる。
「コースケ君、久しぶりね。元気そうで何よりだわ」
「リディアさんも元気そうで良かったよ」
「仕事に追われているけれどね。それでコースケ君、後ろにいる二人は?」
リディアさんは俺の後ろにいつの間にか移動していたフラムとディアに視線を向けた。
なんて説明しようか。火属性の
「二人とはダンジョンで知り合ってね。それから仲良くなって一緒にパーティーを組むことにしたんだ」
よし、嘘は言っていない。ダンジョンで二人と出会ったのは事実だ。
「そうなのね。それじゃあもうギルドにパーティーの申請はしたの?」
「今日申請しに来たんだよ。それと二人の冒険者登録も」
「……はぁ。何だか訳ありみたいね」
あれ? 何でわかったんだ? リディアさんのスキル『直感』のおかげなのか?
「もしかして『直感』が働いた?」
「違うわ。あなたの話を少し聞けば、さっきの話が破綻してると誰でもわかるわよ」
「あ……」
俺はリディアさんにそう言われ思い出した。ダンジョンには冒険者登録をしていないと入ることができないということに。
「もうそれはいいわ。それよりマスターからコースケ君がギルドに来たら呼ぶように言われてるの。着いて来てくれるかしら」
俺たちはリディアさんに着いて行き、アーデルさんのいる執務室へと向かったのだった。
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