第30話 幕間

 精巧な細工が施された数々の調度品に、天井から吊るされたジャンデリア、さらに床には見るからに柔らかな赤いカーペットが敷かれている。


 ここはありとあらゆる贅が尽くされた豪奢な場所であった。その広さは例え百人の来客が来て、社交界を開いたとしてもまるで問題にならない様な広さだ。


 しかし、その様な広い場所には現在、三人の人影しか見られない。その内の二人は横に二つ並べられた、まるで玉座のような椅子で寛いでおり、もう一人はその二人の近くで直立不動のまま待機している。


 椅子に腰を掛けているのは二人の男女。

 男性は四十代ほどの年齢でありながらその肉体は、細かな刺繍が施された見るからに高級な服装の下に隠れているにも関わらず、力強さを感じさせるほどのものだった。


 そしてもう一脚の椅子に掛けている女性は、明らかに異様な雰囲気を放っている。年齢は二十代半ば程にしか見えず、その容姿を知っている者たちからは「まるで美の女神だ」などと言われるまでの美貌を誇る、シルクのような白い長髪を持つ女性である。

 その女性の服装は白い髪とは対照的な漆黒のドレスで着飾っており、胸元や手首には、見るものを虜にする程の輝きを持つ宝石をあしらったアクセサリーを着けていた。




 そのアクセサリーのうち、手首に着けていたブレスレットが突如『パリンッ』という音をたて、細かい粒子状になりながら砕け散る。

 しかし、その様な異変が起きたにも関わらず、その場所に居る誰一人も慌てるような素振りすら見せず、静寂を保ったままであった。



 その静寂を最初に破ったのは、美の女神と称される美しい女性だ。


「あの封印が破られてしまったみたい」


 その女性の一言に反応を示したのは隣に座る男性ではなく、直立不動で居たもう一人の男性であった。

 反応を示した男性の外見は簡単に表現することができる。騎士、それ以外の言葉は当てはまらないであろう。それほどにまで騎士の姿が様になっているのだ。

 だが、騎士と言ってもそこらにいる有象無象の騎士とは明らかに違う。持っているその獰猛な目つきで一睨みすれば、多くの敵対者が逃げ去るほどの威圧感があるのだ。


 そしてその男性が口を開く。


「と言うことは、あの封印の地が冒険者に攻略されたという事ですか? 俄には信じられませぬ」


「そうなるわね。このブレスレットが壊れたということはジュールが何者かの手によって殺された、という何よりの証よ。そしておそらく、あの子はもうあそこに封印されてはいないでしょうね」


 女性は陶器の様な白い指を顎にあてながら騎士姿の男性の言葉に同意を示す。


「あのジュールが負けるなど……」


 女性の返答を聞いても信じることができない。いや、女性は間違いなく事実を語っている、ということには疑いを一切持っていない。だが、その騎士はジュールの強さを知るからこそ信じられないのだ。


「ジュールはあの地の封印を維持し、守護する者よ。その能力は封印の維持に特化していたわ。確かにただの冒険者に負ける程弱くはないのは確かだけれど、武に特化した者ほどの強さはなかったもの」


 女性の言うことは何一つとして間違ってはいない。騎士の男性もジュールの強さは認めてはいるが、ジュールが男性が知る者の中で最強か、と問われれば首を横に振るだろう。そして何よりも己の方が強いという自負もある。


「しかし、それでもジュールを倒すことができる者が何処かに存在する、という事実は変えられませぬ。そして何よりも封印が解かれてしまったのです。必ず封印を解いたその者は我々の障害となるでしょう」


「貴方の言う通り、近い将来その者は邪魔な存在になるでしょうね」


 二人の会話に終わりが見えたその時、女性の隣に座っていた男性が、低いが良く通る覇気のある声で話に加わる。


「余の覇道の邪魔をする者は排除せねばならぬ。だが、まずは封印を解いた者を探し、調査をするのだ」


 その言葉には覇王の風格が備わっていた。その言葉を聞き終えた騎士の男性は片膝をその場でつき、敬意を示しながらその命令を遂行するために動く事を誓う。



「はっ! 私の配下にその様な調査が得意な者がおりますゆえ、その者に任せようかと」


「それで良い。可能と判断したならば、その場で排除しても構わぬ。だが、最低でも何かしらの情報を得て来れば良い」


「寛大なご配慮に感謝致します。ではさっそく私は命令をして参りますので、この場を失礼致します」


 そう告げると頭を下げ、この場所を後にして行った。





 そしてこの場には椅子に腰を掛ける二人の男女だけが残る。


「貴方にしては随分と慎重な判断をしたのね」


 女性は表情に少しの笑みを浮かべながら、隣に座る男性に話しかけた。


「ああ、余の覇道がなるのも時間の問題だ。その計画を狂わせたくはないのでな」


 騎士がいた先ほどまでとは違い、僅かに柔らかな雰囲気を出しながら女性に答える。


「だから、貴方の直属の者たちを今回は動かさなかったのかしら?」


「そうなる。余の《四武神アレーズ》を動かすにはまだ早すぎるであろう」


 二人には封印を解かれたことによる焦りなど微塵もない。


 そこにあるのは自分たちがこの世界を統べる事ができるという揺らぐ事のない自信だけであった――


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る