第29話 真実

「あなたは……」


 月明かりに照らされた名も知らない少女は振り向き、小さな声でたった一言だけそう口にする。


 その声はまだ幼さの残る可憐な声で、小さな声であっても俺には何故かはっきりと聞こえた。


「俺は――」


 言葉が続かない。なんて説明すればいいのかが俺にはわからない。


 君に会いたかった。

 君のことをずっと夢で見ていた。


 そんな事を言っても少女には理解されないだろう。でもそう言葉にするしか説明ができない。


 俺は意を決して言葉を続ける。


「俺は……君の事を何度も夢で見ていたんだ。だから君の事を知っている。でも君の事は何もわからない。ただ――」


 言っている言葉が矛盾している事に俺は気付かない。

 それでも一度溢れだした言葉は止めることができなかった。


「君に会いたかった」


 心臓が破裂してしまいそうだ。いきなり初対面の相手にこんな言葉を言われても困惑されるだけだとわかっているのに止まらなかった……。


 若干の後悔をしながらも少女の反応を待つ。


「……わたしもあなたのことを夢で見ていた」


 俺はその声を聞き、抑揚が乏しい話し方をする少女だなと感じた。だが決して感情がないと感じた訳ではない。ただ、物静かでありながら、どこか安心する様な印象を受けたのだ。


「なぜそんな夢を見たのか、わたしにはわからない。だけど、わたしもあなたに会いたかった」


 そう少女が話すとほんの僅かにだが、微笑んだ表情を見せてくれる。


 少しだけだが、互いに会話を交わした事で話しやすい雰囲気が出来上がってきたため、俺は質問を投げ掛けることにした。


「俺の名前は赤木紅介。君の名前は?」


『心眼』を使えば名前を知ることはできる。しかし、そんな事をしたいとは思わない。彼女の口から聞きたいと思ったのだ。


「わたしの名前はフロディア」


「何故、そんな傷だらけの格好でここにいたんだ?」


「それは……」


 フロディアはそう口にしたが、その後の言葉が続かない。

 俺が続きを促そうとしたその瞬間、胸に着けていたペンダントが再び輝き出した。


「そのペンダント……」


 ペンダントの事を何か知っている様な素振りをフロディアは見せるが、俺はペンダントに変化が起きたことに気を取られていた。


 するとペンダントから声が周囲に響き渡る。


『やあ紅介、元気にしているかい?』


 これと全く同じセリフを以前聞いた覚えがあった。それもこの世界へ転移させられたその日に。


「ラフィーラ?」


『正解だよ。でも以前は、さん付けで僕の事を呼んでなかったかい?』


 そういえばそうだった。でもラフィーラに敬称を付ける気は全く起きないんだよな。ぶっちゃけ性格悪いし。


「それより、このペンダントでは一方的な通話しかできないんじゃなかったっけ?」


『僕、そんな事言ったかい? 全然覚えていないな』


 ほらやっぱり性格が最悪だ! 絶対覚えてるだろ!


『紅介、ペンダントを外して地面に置いてもらえないかな?』


 話を反らした事に文句を言おうと思ったが、俺も話を反らしたこともあり、大人しくラフィーラの指示に従いペンダントを地面に置いた。


 地面に置くと共に、ペンダントからホログラムの様にラフィーラが姿を現す。


『助かる。これで話しやすくなったよ。それにしても久しぶりだね、フロディア』


「久しぶり。ラフィーラ」


 ん? この二人は互いの事を知っているのか?


『一体どれ程の時間、フロディアと会っていなかったかもはや覚えて――』


「ちょっと待ってくれないか? 二人は一体どんな関係なんだ?」


 二人の会話に水を差すのは悪いと思いながらも、聞かずにはいられなくなり、つい口を出してしまう。


『全くしょうがないな、紅介は。僕とフロディアの関係は同じ種族である友人かな? いや、種族と言うのには少し語弊があるかもしれない。と言った方が適切だね』


「……同じ存在?」


『僕とフロディアは君たちの言うところの神様ってやつさ』


 フロディアが神様? まさかそんな事があるのか?


 俺は視線でフロディアに尋ねる。俺の意思が通じたのか、フロディアがゆっくりとした口調で話始めた。


「ラフィーラの言っていることは間違いない。わたしはこの世界を管理する者の一柱


「だった? 何で過去形なんだ?」


『とても長い話になるよ。それでも聞くかい?』


「ああ。頼むよ」


『フロディアは喋るのがあまり得意ではないから、僕が説明するとしよう――』


 そう告げ、ラフィーラが語り始める。その内容は俺を驚嘆させるものだった。






 ラフィーラの話を要約すると、この様な内容である。


 それは遥か昔の出来事。

 この世界は三柱の神様が管理をしていた。それがラフィーラとフロディア、そしてアーテと呼ばれる者の三柱だ。


 当初は三柱で協力し、この世界を管理していたのだと言う。

 人々が幸せに、そして豊かに暮らせるようにと、時には雨を降らせて大地に潤いを与え、またある時には陽の光を。

 その様にして人々に恵みを与え、幸せに暮らせるようにと見守る存在であった。


 しかし、そんな平穏な世界は突如終わりを迎えることになる。

 その原因はアーテと呼ばれる一柱。

 まず最初に、アーテはこの世界に人類の敵となる魔物を生み出し、人々の平穏を破壊した。そして全ての生物にスキルを与えたのだ。

 そしてアーテは管理の座から自ら降り、地上へと顕現し、さらに混沌を巻き起こす。



 アーテが地上へと顕現する前に、ラフィーラとフロディアは何故この様な事をしたのかと問い詰めると、アーテは二柱にこの様に言った。


「誰もが幸福な世界は腐っていくのよ。だから強者がこの世界全てを導いていかなくてはいけないの」


 そう告げ、アーテは管理の座から消えたのだという。

 もちろんそれを許すつもりはラフィーラとフロディアにはなかった。二柱は相談し、ラフィーラがこの世界を管理するために残り、フロディアがアーテを止めるために地上へと降りたのだ。


 そしてフロディアはアーテの居場所を突き止め、二柱もとい、管理の座から降りた二人は戦うことになった。

 戦いは甚大な被害を地上にもたらしたが、ラフィーラが人類を守り、人的被害は最小限に留まりを見せる。


 しかし、戦いの結果は最悪なものとなったのだ。そう、フロディアの敗北という結果に。


 フロディアはアーテに敗北し、現在はダンジョンと呼ばれているこの地に、力を奪われ封印されたという話であった。






『僕はアーテとフロディアの戦いから人類を守った神様として現在に至りこの世界の人間に奉られているんだよ』


 ラフィーラは苦笑いを浮かべながら俺にそう話す。


『そしてフロディアは、人類に被害を与えた邪神として忌み嫌われているのが現状さ』


「だからこのダンジョンの異名が『邪神の眠る地』と呼ばれているのか……。それじゃあアーテという元神様は今どうなっているんだ?」


『人間には邪神フロディアと戦い、そして倒したとされ、英雄の様に扱われているんだ。そして現在アーテは名前を隠して、消息不明になってる。おそらくどこかの国に紛れ込んでいると僕は考えているよ』


 一連の話を聞き、腑に落ちないことがあった。それは何故フロディアが封印されていることを知りながら、ラフィーラは助けようとしなかったのか、という事だ。


「何故ラフィーラはフロディアを助けなかったんだ? 封印されていたことは知っていたんだよね?」


『いくら僕が神だとしてもそれは難しいものがあったんだよ。いや逆かな。神だからこそ封印を解くことができないようになっているんだ。この地の封印は神威を持つ者の力を無力化するようになっててね。どうしても人間の手で封印を破る必要があったんだよ』


 それでも何かできることがあったのではないか、とは思うが、口には出さなかった。しかし、ラフィーラには俺の不満が伝わってしまったようだ。


『そんな怒らないで欲しいな。これでもやれることはやったんだ』


「やれること?」


 少し棘のある言い方になってしまったが、ラフィーラは俺を落ち着かせるように微笑みながら説明を行う。


『この地は昔、人が一切寄りつかなかったんだ。なんていったって邪神が眠る地と呼ばれるくらいだからね。だから僕はここに人が来るように細工をしたって訳さ』


「どんな細工をしたって言うんだ?」


『紅介も知っているとは思うけど、ここにいる魔物を倒すと叡智の書スキル・ブックなどのアイテムを落とすことがあるんだよ』


 叡智の書の苦い思い出が脳裏を過ったが、頭を振って追い出す。


『元来、ここを守る様に仕掛けられた魔物はそんなものを落とさなかったんだ』


「それを落とすように細工したのがラフィーラってことなのか。そしてそれをエサに冒険者たちを集めたと?」


『大正解だよ。そうでもしないと、この地はいつまで経っても人が寄りつかなかったからね。でも誤算が二つあったんだ』


「誤算?」


『一つ目の誤算は、アーテに気付かれてしまった事だよ。そのおかげで、アーテによって似たようなダミーが各地に造られてしまい、冒険者が分散してしまったんだ』


 だから色々な場所にダンジョン何て言うものが存在していたのか。


『後一つはこの地を守る魔物の強さだよ。どれだけの時を待ってもここを攻略できる人間が現れなかったんだ。そこで僕は考えた。この世界の人間に攻略できないのなら別の世界の人間に僕が直接、力を与えて攻略させればいいと』


「それが俺って訳か……」


『そういうことになるね』


 なるほど、全て繋がった気がする。ラフィーラは最初から俺という外部の人間を利用するために『血の支配者ブラッド・ルーラー』なんてとんでもない力を与えたってことか。ということは――


「俺にフロディアの夢を見させていたのはラフィーラってことか」


『正解だよ。僕の力では紅介のいる世界に、一度に大きな影響を与えることができなかったんだ。それで紅介に夢を見させ、徐々に影響を与えていったという訳さ。そしてフロディアにも同じ夢を見させ、二人の繋がりを確立させたことによって、紅介をこちらの世界へと転移させることができるようになったんだ』


 全ては仕組まれていたって訳か。こんな事をする神を信用してもいいのか? 利用するためだけに俺をこの世界へと転移させるような神に。そんな事は思いたくないが、実はラフィーラとフロディアが邪神という事も考えられなくもないよな。


 俺は疑心暗鬼になっていた。

 信じていた者に裏切られた、という様な憎しみの感情が沸々と湧き上がる。


 そんな感情に支配されそうになった時、右手の甲にある契約紋が赤く光を放ち、地面に魔法陣が浮かび上がる。そしてそこから現れたのはフラムだった。


「主よ、待たせてしまったな。ようやく用事が済み、戻ってくることができたぞ」


「フラム……」


 俺は憎しみの感情に支配される寸前に現れたフラムに、弱々しく、そして情けない声で呼び掛けてしまう。


「どうしたのだ、主よ。というかここはどこだ? ダンジョンは攻略してしまったのか?」


 そしてフラムは辺りを見渡すと、急に驚いた表情を浮かべた。


「……まさかお主、フロディアか?」


「……フラム? わたしだよ」


「おぉ! まさか再会できる日が来ようとは驚いたぞ! 今までどこに居たのだ?」


 まさかの展開に憎しみの感情が一時的に鎮まっていく。そしてまずは二人の関係を聞くことにした。


「フラムとフロディアは知り合いなのか?」


 フロディアは首を縦に振りながら肯定をした。


「私とフロディアは遥か昔に出会い、そして一緒に旅をしたこともあるほどの仲だぞ」


「わたしがアーテと戦う前のこと。アーテを探す途中で知り合ったの」


「そうだったのか……。フラム、フロディアの事情は知っているか?」


「事情というのは、ある者を倒すためにフロディアが地上に降りて来たということか? その者の名前は忘れたが、それなら知っているぞ。なんと言っても探すのを手伝っていたのだからな」


 フラムはこの世界で出来た俺の初めての仲間だ。そんなフラムがフロディアを手伝っていたという過去があるならフロディアを信用できる。でも、ラフィーラの事は許せそうにない。それにしても何故俺を異世界へ転移させたんだ。元の世界には何十億もの人間がいたのに偶然俺が選ばれたのか?


「ラフィーラ、聞きたいことがある」


『紅介。それは一体何だい?』


 俺が真剣な表情をしていることに気付いたのか、ラフィーラも普段に比べ、少し真面目な表情をしていた。


「何故俺だったんだ? 全くの偶然なのか?」


『それは夢を見させ、こちらの世界に転移させたことについてかい?』


「ああ」


『偶然……ではないと僕は思う。何かしらのえにしが紅介とフロディアを結び付けた……そんな気がするんだ。曖昧な表現になってしまっているけど、僕はそう確信しているよ』


 縁か……。夢でフロディアを見たことがあったから、出会った時に胸が高鳴っていた訳ではないと自分でも思う。よく分からないが、それだけではない気がする。懐かしい、そんな気持ちを思い起こさせたのだ。


「わたしも……偶然じゃない気がする。上手く言えないけど、違うと思う」


 フロディアが突然、自ら偶然ではないと否定してくる。俺はそんな事を言ってくれたフロディアに不思議と喜びを感じてしまう。


 さっきまであれほど心が憎しみで満たされていたのにフロディアにそう言われただけで心が晴れ渡る様な気持ちになるなんて俺はチョロい男かもな。


 そんな事を考えていると、ホログラムの様なもので映し出されていたラフィーラの姿が乱れてきていた。


『そろそろ限界の様だね。封印の結界が破壊されたとはいえ、流石に長時間の干渉は厳しいみたいだ。紅介、図々しいとは思うがフロディアの事を――』


「ラフィーラ、待って。そこから先はわたしが言うから」


 そうフロディアがラフィーラに告げると、俺に向き直り、その赤い瞳で真っ直ぐに見つめてくる。


「こうすけって呼んでもいい?」


 俺は首肯で返答する。


「こうすけ、わたしの事を……助けてくれませんか?」


「俺は君を助けるよ」


 自然とこんな言葉が出てしまう。この気持ちはラフィーラに仕組まれたものではない。これが俺の気持ちだとはっきりと断言できる。


 俺とフロディアを月明かりがスポットライトのように照らす。まるでこの世界には二人しかいないのではないかと思うような雰囲気がそこにはあった。




「ラフィーラ、それでこれからどうすればいいんだ?」


『フロディアが力を奪われてしまっている事は話をしたよね。それで紅介にはそれを取り戻してもらいたい』


「取り戻せと言われても物体じゃない物をどうやって?」


『おそらくアーテはフロディアの力を神器にして利用しているはずだ』


「神器? それってどんな物なんだ?」


『小さい水晶の様な物だよ。それに神の力を封じ込めた物を神器って呼んでいるんだ』


 それってもしかして……ジュールを倒した時に拾ったやつのことか?


 そう考え、アイテムボックスに入れてあった拳ほどの大きさの水晶を取り出す。


「もしかしてこれのことだったりしないか?」


『それのことだよ! やっぱり、ここの封印をするために神器を使っていたみたいだね。それをフロディアに渡してあげて』


 俺は言われたまま、フロディアに神器と呼ばれる水晶を手渡した。


 フロディアの手に神器が渡った瞬間、光を失っていた水晶が白く輝きを放ち、そのままフロディアの身体の中に吸い込まれていったのだ。


 するとフロディアの全身にあった傷がみるみるうちに回復を見せる。


「こうすけ、ありがとう。これで少しは力を使えるようになった」


 微笑を浮かながらお礼を言ってくるその姿にドキリとしてしまう。


『少なくともあと四つの神器がどこかにあるはずだよ。それをアーテから取り戻すんだ』


 そう言うラフィーラの姿はさらに乱れていく。


『僕の姿が消えたらこのペンダントをフロディアに着けてあげて。このペンダントには神威を抑える力があるんだ。これを着ければ少なくともアーテやその手の者たちに気付かれることはないはずだよ』


「わかった。それで俺たちはここからどうやって出ればいいんだ?」


『最後の力で僕が地上まで転移させ――る―よ。フロディアにペンダン―トを着けた――ら、フロディアの近くに――』


 そう最後に言い、ラフィーラの姿が消えた。

 そして地面に置いていたペンダントを拾い、フロディアに渡す。


「フロディアこれを、ってフロディアって呼べばいいのかな?」


 するとフロディアは首を横に振り俺にこう言った。


「ディアって呼んでほしい」


「わかった。ディア、このペンダントを着けて」


 ディアと呼ぶのに若干照れながらも、そう促し、ディアがペンダントを首に着ける。


「よし、フラムもこっちに近づいてくれ」


「私の事を忘れていなくて安心したぞ。主よ」


 そうして俺たち三人はダンジョンの入り口である神殿付近の地上へと転移したのだった。

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