第25話 召喚されし者

 自棄になり、召喚魔法に魔力を全て注ぎ込み気絶してからどれ程の時間が経ったのだろうか。


 俺の意識は徐々に覚醒していく。

 まだ頭に靄がかかっている状態だが、硬い地面で仰向けに寝転がっているはずの俺の後頭部に何か柔らかい物を感じる。


 うっ……気絶していたのか……。

 ん? 頭に感じるこの柔らかい感触は一体なんだろう?


 身じろぎをしながら少しずつ目を開いていくと、視線の先には見知らぬ女性が俺の事を上から覗き込んでいて、その女性と視線が合う。


「……へ? 誰!?」


 俺はいきなりの事に驚き、見知らぬ女性にされていた膝枕から飛び起き、即座に戦闘態勢を取り、身構える。


「誰と言われてもな……。私を召喚したのはお主だぞ?」


 そんな訳の分からないことを言い始めた女性を俺は遠慮のない視線で観察してしまう。


 その女性は健康的な小麦色の肌をしていて、身長はおおよそ170センチはあるだろうか。

 髪は激しく燃え盛る炎を連想させるような真っ赤な色をした長髪をポニーテールの様に一纏めにしている。

 容姿は文句のつけようがない程の美人だ。それなのにどこか親しみを持てるような雰囲気がある不思議な女性だ。


 さらにはその女性はスタイルも良く、そのスタイルの良さを見せつけるような、目のやり場に困る服装をしていた。

 上半身は黒色の丈の短いタンクトップだけを着て、下は白色のショートパンツに、ヒールの低いブーツを履いている。



「確かに俺が召喚魔法を使ったけど……」


 召喚魔法は魔物等を召喚し、契約を結ぶという魔法だったはずだ。それなのに目の前にいるのは明らかに人間だ。それもエルフやドワーフ等でもなく、ただの人間にしか見えない。


 そして続けざまに俺は赤髪の女性に話しかける。


「魔物を召喚して、契約するっていう魔法を使ったはずなんだけど……君はどうみても人間だよね……? 実は魔物だったり?」


 俺がそう言うと彼女は少しムスっとした表情を見せる。


「私を魔物風情と一緒にしないでくれ。そして今はこのような姿をしているが人族でもないぞ、我が主よ」


「魔物でもない、人族でもないってことはじゃあ一体何者なんだ?」


 すると彼女は少し誇らしげに、その大きな胸を張りながらこう告げるのだ。


「私は竜族だ」


 竜族なんて聞いたこともない。まさか彼女が言う竜族ってドラゴンのこと?


 俺は以前、竜にまつわる話を噂程度に耳にしたことがあった。

 竜とは魔物とは違い魔石などは持たず、遥か太古から存在しているらしいが、何処に生息しているのかもわかってはおらず、滅多に人目につくことはないという。

 さらに、その強さは人では計ることができないとまで言われている。

 過去には竜を討伐して国の名声を高めようとした国が一匹の竜の逆鱗に触れ、滅ぼされたという記録まで残っているらしいのだ。


「竜族っていうのは、俺たち人間が言うところの竜で合ってる?」


「その認識で合っているぞ、我が主よ」


「でも今は人の姿だけど、もしかして竜の姿にもなれる?」


「もちろんなれるぞ。ただ私は人の姿の方が気に入っているからそうしているだけだ」


 もしかしたら、とんでもない者を召喚してしまったのかもしれない……。けど、召喚してしまったものはしょうがない。


 俺はそう開き直ることにしたのだった。

 そして俺は竜の能力がどれ程のものなのかという興味が湧き、『心眼』を使って調べてみることにしたのだが――



 俺の視界には彼女の情報が表示されることはなかった。


「我が主よ、私の情報を見ることはできたか?」


 彼女はニヤリとした表情をしながら俺に問いかけてきた。


 何一つ情報を見ることができなかったとはいうことは隠蔽されているみたいだ。それに俺が『心眼』を使ったことまで気付いているようだし。


 俺は正直に白旗を挙げることにする。


「いや、全く見えなかった。諦めて聞くことにするよ。まずは自己紹介からだな。俺はアカギ・コウスケっていうんだ」


不思議と俺は自然に本名を名乗っていた。


「そういう正直な性格は好きだぞ。私の名はフラムという。四大元素の中の火を司る炎竜王ファイア・ロードだ」


「ありがとう、フラム。今の話で一つわからないことがあるんだけど、炎竜王って何?」


「んー、そうだな。火属性を持つ竜の中では一番偉いということだ」


 俺は火属性の竜の王様を召喚したことになるのか?

 とりあえずとんでもない者を召喚してしまったことは理解できたけど、俺が使った召喚魔法は所詮上級アドバンススキルだ。その程度のスキルで炎竜王であるフラムと契約することができているのか?

 もし契約出来てなくて、勝手に召喚したことでフラムの怒りに触れてしまっていたら俺は殺されてしまう。


 そんな事を考えてしまい、びびった俺は急激に態度を変えて返答をする。


「へ、へぇー、そうなんですか。少しお尋ねしたいことがあるのですが」


「……」


 や、やばい、なんか黙っちゃったぞ! 何か怒らせることでもしたか!?


「あ、あの――」


「我が主がいきなりよそよそしい言葉使いをするから驚いたぞ。一体どうしたのだ?」


 良かった。別に怒ってないらしい。むしろ元の言葉使いの方が良さそうだ。


「ごめん、なんでもない。気にしないでほしい。それで聞きたいことなんだけど、俺とフラムってちゃんと契約できてるの?」


「もちろんだ。ちょっと右手を出してくれ」


 そう言われ俺は右手をフラムに出す。

 するとフラムも右手を出し、互いの指が交互に絡まるように手を繋ぐと、互いの右手の甲に炎をモチーフにした様なデザインの紋様が赤く光ながら浮かび上がってきた。


「これは一体……?」


「これが我が主と私の契約紋だ。これがあれば、いつ何処にいても私を呼び出すことができるぞ。後は契約の力によって、私に命令をすることがしれない」


なんか今不穏な事を言っていなかったか? まあ気のせいだろう。


「ということは、フラムは常に俺と一緒に行動することはできないってこと?」


「そんなことはないが、時々竜族の元へ帰らないと他の竜たちからうるさく言われるからな。問題はそのくらいだ。再召喚の際は少しの魔力で私を呼び出せるから、今回みたいに倒れることはないはずだぞ」


 フラムは炎竜王だというし、他の竜たちと色々あるのかな。


「わかった。帰らないと行けない時は教えてほしい」


「一言言ってから行くつもりだ。他に何か聞きたいことはあるか? 我が主よ」


 他に聞きたいことか……。俺は一つ知りたいことが思い浮かぶ。


「竜でも召喚魔法で呼び出されたら強制的に召喚されちゃうものなのか? もしそうなら俺の他にも竜を召喚している人間は居るのかもしれないな」


「いや、あの程度の魔法では魔物ならともかく、竜を強制することは不可能だぞ」


「なら、何でフラムは俺に召喚されたんだ?」


「我が主の魔力量の多さに興味が湧いたのと、何故だか懐かしい感じがしたのだ」


 懐かしい感じって何だろうか? まぁフラムは自由奔放な性格みたいだし、気にしても仕方ないか。


「フラム、さっきからずっと気になってたんだけど、その『我が主』って呼び方はやめない? 普通にコースケって呼んでほしいんだけど」


「それは嫌だぞ。断固拒否する!」


 え、なんでそんなに頑ななの? っていうか我が主とか呼ぶくせに言うこと聞かないのかよ! 契約とは一体なんなのか。


「というかフラム、召喚主に逆らえるものなのか?」


「私ほどの力があれば、正直に言ってしまうと召喚魔法で交わした契約ごときの強制力に逆らうことなど、児戯に等しいぞ」


 それなら契約の意味ないじゃんか!



 俺はその後、フラムに何度も頼み込み『我が主』と呼ぶことを止めて貰えたのだった。

 しかし代わりの呼び方は『我が』を取って『主』だけにしてもらうのが精一杯であった。



「主よ、それでここは一体何処なのだ?」


「ここはダンジョンだよ。ダンジョンの攻略中に色々と悲しい出来事があって召喚魔法を覚えたんだけど、それを使ってフラムを召喚したんだ」


「ダンジョンか。それなら私も久々に暴れることができそうだぞ。それで主よ、悲しい出来事とは一体何があったんだ?」


「ある一人の馬鹿が馬鹿な事をしてしまったってだけの話だよ……」


「???」


「まあ、そのおかげでフラムという仲間ができたんだ。これからよろしくね」


「ああ。こちらこそ、これからよろしく頼むぞ、主」



 こうして俺に、この世界に来てから初めて仲間と呼べる者ができたのだった。


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