第22話 混雑

 階段を降りた先は、ゴブリン討伐の依頼で以前行ったゴブリンたちの根城となっていた洞窟のような景色が広がっていた。

 明かりとなるものは光苔から発せられる光だけの薄暗い場所で、道幅は人が三人横に並ぶと若干窮屈になる程度の広さだ。


 まさに俺がイメージしていたダンジョンそのものだったが、唯一違うところがある。それは人の多さだ。


 ダンジョンに多くの冒険者が訪れているのは、ダンジョンに入る際に、列に並んで待つほどだったためにわかってはいた。

 だがまさかダンジョンの中でさえも列をなし、ぞろぞろと冒険者が歩いている光景を誰が想像できただろうか。


 少なくとも俺はそんな想像をしていなかった。


 ダンジョン内は迷宮の様になっているのだが、下層に降りるためのルートは低層なら知れ渡っているのか、新人冒険者の様な者以外は横道に逸れることなく、皆同じルートを進み続ける。


 魔物との戦闘に関しては、数多くの冒険者がいるため、魔物を見ることすらほとんどない。たまに魔物が突如地面から湧き出たとしても近くにいる冒険者が倒してしまい、俺が戦闘を行うことはダンジョンに入ってから一時間が経った今もゼロであった。


 その後さらに三十分ほど冒険者たちの後ろを付いていくと、下層へと続く階段が現れた。


 どうやら二階層へ行くための階段のようだ。俺はただ歩いているだけで一階層目を突破したらしい。なんだか拍子抜けだな。


 しかし、楽なダンジョン攻略は二階層までのようだった。何故なら二階層に入ってからというもの、冒険者たちがそれぞれ別の道へと別れ始め、徐々に冒険者の列が減っていったのだ。


 俺はここまでの道のりで、もう少し下層へ行ってから魔物と戦えばいいかと考えを変えていた。そのため下層へと続く正解のルートを知りたい俺は、前を歩く冒険者に尋ねることにしたのだった。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、下層へ行くためのルートってこのまま前を歩いている冒険者たちに付いていけばいいのかな?」


 俺は同年代と思われる、人の良さそうな冒険者にそう尋ねた。


「ん? ルートを聞いてくるってことは、お前はこのダンジョンに入るのは初めてみたいだな。もっと下層へ行きたいんだったら少し前を歩くあいつ等に付いていけば、少なくても五階層までは行けると思うぞ」


 人のよさそうな冒険者はそういいながら指を指した。指の先にいたのは男女二人ずつの四人組パーティーで各々が質の良い装備を身に付けていた。

 前を歩く彼らはB級ランクのパーティーで、普段から五階層を越えて狩りをしていると彼は言っていた。


「教えてくれて助かったよ。ありがとう」


 そうお礼を言うと、人のよさそうな彼は別のルートへと向かっていった。




 それから数時間ほど、前を歩くBランクパーティーに後ろから付いていき、一度も戦闘をすることなく四階層に到着した。ここに来るまでに現れた魔物は前を歩くパーティーが全て倒してくれていたために俺が戦闘をすることはなかったのだ。


 四階層に着いた頃には他の冒険者の姿は前を歩く四人組を除くとなくなっていた。


 俺はそろそろ魔物と戦闘をする場面が来るだろうと考え、緩んでいた気を引きしめる。俺が気を引きしめたタイミングと共に前を歩く冒険者が歩みを止めた。


 魔物が現れたのか? 俺もいつ魔物が近くに現れても対応できるように戦闘準備をするか。


 そんなことを考えていたのだが、どうやら魔物が現れた訳ではないらしい。

 何故なら前にいるパーティー全員が急にこちらへと振り返り、俺に視線を向けてきたからだ。


 そしてそのパーティーのリーダーなのか、20代半ばの槍を持った気の強そうな女性が代表して俺に話しかけてくる。


「君、ここまで一度も戦闘をしないで私たちにずっと付いてきているみたいだけど何か用?」


 あれ? 何か俺、怪しい人物か何かと思われてる? でもこのルートって五階層へ向かうはずだし、俺が後ろを付いていっても不思議な事ではないと思うんだけど、どうして話しかけられたんだ?


「別に何も用はないよ。ただ五階層に向かってるだけなんだけど」


 俺がそう告げると四人は視線を交わし、何かを話し合っている。そして数秒程待つと、先ほどの女性がまた俺に話し出す。


「まさか一人で五階層へといくつもり? 君、ダンジョン初めてしょ? 危険だから戻ったほうがいいわ」


 何で俺が初めてダンジョンに潜ったのだと知ってるんだ? そんな素振りはしてないはずなのに。


「なんで俺がダンジョンに入るのが初めてだと?」


「そんなの君の行動ですぐにわかるわよ。ダンジョンには暗黙のルールがあって、人が少なくなってきたら魔物を奪い合ったり、揉め事が起きないように、わざと他のパーティーと距離を取るの。それなのに君ときたら、私たちのパーティーと離れずにいたからわかったわけ」


 そんな暗黙のルールがあったのか。そんな事二階層で話した人から聞いてないぞ。


「そんなルールがあったなんて知らなかった。気を悪くしたなら謝る」


 俺は頭を下げ謝罪をした。


「わかったのならいいわ。それよりここから先は本当に危険だから引き返した方が君のためよ」


「いや、それに関しては気にしないでくれて大丈夫。それじゃあ俺は少し距離を取ることにするから先に行ってほしい」


「忠告はしたから。死んでも知らないわよ」


 そういって彼女らは先へと進んでいった。

 しかし俺はこの先のルートを知らない訳で、彼女らに気づかれないであろうギリギリの距離を保ちながら付いていくのだった。


 それからさらに一時間ほど、彼女らをストーカーの如く、気付かれないように後をつけながら付いていくと、彼女らが五階層へと降りていくところを目にした。


 この先がようやく五階層か。ということはボスみたいな魔物がいるんだよな。どれほどの強さかはわからないけど、最悪逃げれば良いか。


 俺は彼女らが降りていった階段を目前にしたところで突如、近くの地面から三体の魔物が涌き出てきた。

 その魔物は剣と盾を装備した骸骨で、口をカタカタと鳴らしながら俺に斬りかかってくる。


 俺は「そういえばゴブリン以来、久々の戦闘だな」と思いながらもその剣を半身になりながら回避する。


 あれ? なんかやけに剣速が遅く感じるな。かなり余裕をもって避けられるぞ。もしかして『心眼』の能力で動体視力が上昇したけど、それのおかげなのかな?


 俺は三体の骸骨に囲まれ攻撃をかわしつつ、今の自分の力を確認していく。

 ある程度の確認を終えたところで腰から剣を抜き、あっさりと三体の魔物を仕留め、魔石を回収したのだった。


 骸骨みたいな血の通っていない魔物には『血の支配者ブラッド・ルーラー』が使えないな。こんな魔物ばかりだったらスキルを獲得できないぞ……。そうだとしたらダンジョンに来た意味が薄れるなぁ。


 少し気落ちしつつも俺は五階層の階段を降りていくのだった。


 実は一階層から四階層の魔物のほとんどは死霊系の魔物ばかりで、スキルの獲得には向かないということを後日俺は知る。




 階段を降りるとそこは今までの階層とは違い、少し先に大きな金属の扉が鎮座していた。その扉の手前には開けた空間があり、そこには俺より先に階段を降りていた、彼女ら四人組が座りながら休憩を取っていた。


「結局戻らないでここまで来たのね」


 彼女は俺の事を視認するとそう話しかけてくる。俺はその言葉には返事をせず、聞きたいことがあったので質問することにした。


「ここで何をしてるんだ? この扉の先のボスを倒しに行かないの?」


「私たちはボスと戦う前にここで休憩しているの。知らなさそうだから教えておくけど、扉の前にある空間とボス部屋の奥にある扉の先の空間には魔物が発生しないから安全なのよ」


 そうだったのか。それは良い話が聞けた。俺もこれからは活用することにしよう。


「そうだったんだ。もう一つ聞きたいことがあるんだけど、他の階層には休憩できる様なところはある?」


「あるわよ。各階層に最低でも一ヶ所は安全な空間が存在するわ。一度見ればすぐにわかると思うけど、その場所には白く光る水晶が置いてあるの。その水晶がある空間は魔物が近寄ることができないから安全よ」


 またもや役立つ情報を聞くことができた。これから先、一日五階層ずつ進めればいいがルートがわからない以上、一階層あたりの攻略時間はかなり遅くなるだろう。

 流石に魔物がいつ出でくるかわからない所で寝ることはできないので、これから先は水晶のある安全な空間か下層に降りるための階段を探しながら攻略していくことになりそうだ。


「教えてくれて助かった。それでまだ休憩をするようなら俺が先に扉の先にいってもいいかな?」


「私たちはまだ休憩するつもりだから先に行ってくれて構わないわ。教えておいてあげるけど、ここのボスは蛇の魔物よ。毒のブレスには気を付けることね」


 最後に彼女は俺にそうアドバイスをし、俺から視線を反らした。


 これはあれか? ツンデレってやつ? 一見ツンツンしてるけど何だかんだアドバイスしてくれるし。


 俺はリアルツンデレを見たことに少し感動しながらも扉を押し開ける。

 重厚な扉に見えたので開けるのにかなりの力が必要なのかと思ったが、僅かに力を込めるだけで後は勝手に扉は開いた。


 俺が扉の先へ通り、10秒もしないうちに扉は自動で閉まっていった。途中から他のパーティーが入らないように扉が閉まったのか、それとも侵入者を逃さないために閉まったのかは判断できない。


 入った空間に目をやると、100メートル四方はあると思われる広大な空間が広がっていた。

 そしてその空間の中央には体長10メートルを越える巨大な蛇の魔物が舌を出しながらこちらを睨み付けていたのだった。



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