第20話 協力者

 今伝説級レジェンドって言ってたよな。もしかしたらアーデルさんは神話級ミソロジースキルの存在を知っているのかもしれない。

 たが、ここであえて神話級スキルを持っていることを教えるメリットは何もない。


「……もし、そうだとしたら?」


「いや、別にどうこうしたりしないさ。ただ私の好奇心を満たしたかっただけだ」


「ということは、それだけのためにわざわざ俺に話し掛けたと?」


 そう俺は問いかけたが、そんな訳がないというのは問いかけるまでもなく分かっている。


「半分正解と言うところだな」


「じゃあもう半分は?」


「もう半分を話す前にまだ聞きたいことがある。コースケ……いや、アカギ・コウスケ、お前は一体どこから来た? 私が持っている情報ではこの街で冒険者登録をするまで、どこかの村で生活していたとなっているが、私でも見ることができないスキルを持っていながら、ひっそりと辺境で暮らしていた、なんてことはあまり考えられない」


 違う世界から来た、なんて言えるはずもないし、ここは誤魔化すしかなさそうだ。


「どこから来たのかと聞かれても、遠い所にある田舎の村から来たとしか言い様がないんだけど」


「遠い所とはどの国を指しているんだ?」


 やばい、そういえばこの世界の国の名前なんて一つも知らないまま今まで過ごして来てたぞ……。


「他国じゃなくて、この国の辺境にある村だよ」


「では聞くが、何と言う名前の村なんだ?」


「本当に小さな村で名前なんてなかったんだ」


 もう嘘を吐いているのはバレているとは思うが、ここは無理を承知で押し通すしかない。


「ほう、まだ意地を張るのか。では最後に聞くがこの国の名前は?」


「………」


 俺はもう何も言うことができなかった。大人しく白旗を掲げよう……。




 そこから俺は、神様であるラフィーラとの出来事以外の全てを正直に話した。いきなり別の世界からこの世界へやって来て、それから今日までどんな事をしてきたのかを。

 そんな俺の話を聞いたリディアさんは口を開け、まるで壊れたロボットの様な姿を見せていた。


「それにしてもアーデルさんはどうして俺の正体が怪しいと思ったんだ?」


「それは簡単なことだ。私のスキルは名前を知ることができるんだが、アカギ・コウスケなんていう奇妙な名前をしていたからな。後は冒険者登録に偽名を使っていた時点で何か隠したいことがあるのだと踏んでいた」


「ああ……なるほど……」


 この世界ではやっぱり変わった名前に決まってるよな。


「俺が別の世界から来たと言うことは頼むから秘密にして欲しい。余計なトラブルに巻き込まれたくないんだ」


「えっ、ええ……。こんなこと、誰にも言えないものね」


 リディアさんは未だに普段の調子を取り戻せていないようだ。


「私も黙っておくことしてやろう。その代わりといっては何だが、もう一つ知りたいことがある」


 アーデルさんは相当なことを要求してきそうな悪どい顔をしているし。もうここまで話してしまったんだ、今さら何を聞かれたって構わない。


「これ以上、一体何を知りたいと?」


「私にも見えないコースケのスキルのことだよ。一体どんな力なのかを知りたいんだ。おおよその見当はついているんだが、気になって仕方ない」


「話すのは構わないけど、その前にアーデルさんの予想を聞いてみたいかな」


「私の予想では、対象にした相手のスキルを奪うか複写する能力だと考えている」


 この人は本当に頭が良いみたいだ。ほぼ正解にたどり着いている。


「なんでそう考えたのかを聞いても?」


「まず一つは、コースケのスキル獲得が速すぎる点だ。どんなに才能がある者でも一週間やそこらでスキルを獲得することはできない」


 ゴブリンの討伐依頼で複数のスキルを一気に獲得したのが仇となったのか。


「次に、コースケの持っているスキルの種類を見て、スキルを自由に創造できるスキルだとしたのなら、ノーマルスキルなど創造しないはずだ。その辺りを踏まえ、私はコースケのスキルがスキルを創造できるようなものではないと考えた」


 確かにそれならわざわざノーマルスキルなんて創造しないで強力なスキルだけをひたすら創造するだろう。


「アーデルさんの予想は大体あってる。ただ少し違う点は、相手のスキルを複写することはできるけど、奪うことはできないって点と無条件で複写できるわけではないということかな」


「ほう、無条件という訳ではなかったのか。それで、その条件は厳しいものなのか?」


「人間相手では難しいというか、やりにくいってだけで厳しい条件はないよ。条件は一つ。ただ相手の血液に触れるだけ。ただし、一人からは一つまでしかスキルを複写することができないのが難点かな」


「どうりで急にそんなにスキルが増えていた訳か。……想像はしていたが、改めて訊かされると、とんでもない能力だな。今までそのようなスキルがあるなんてことを一度も聞いたことがないぞ」


 それはたぶん神様であるラフィーラから貰ったスキルだからだろう。他に持っている人間はいないのではないかと考えている。


「それで、そのスキルのレアリティは何なんだ?」


 たぶんアーデルさんは神話級というレアリティがあることを知っているんだと思う。ただそこまで話すのは完全な敗北を認めるみたいな感じがするので、少しだけ意地悪をしよう。


「それは秘密にしておくよ」

 

 俺はニコリと可愛げのない笑みを浮かべてそう答えた。




 その後『一息入れよう』とアーデルさんが提案し、リディアさんが用意してくれた紅茶を飲みながら話の続きを行うことになった。


「俺の話は大体全部話したと思う。それでアーデルさんが言っていた俺に話しかけるに至ったもう半分の理由って?」


「ああ……そのことなら、早目にコースケに忠告をしておいたほうがいいと考えていた、ただそれだけの話だ」


「忠告?」


「私のスキルは上級アドバンススキル『鑑定』の上に位置するものなんだが、『鑑定』のスキル自体はさほど珍しいものではない。もし『鑑定』を持つ者がコースケのことを幾度か見る機会があれば、スキルが異常なペースで増えている不自然さに気付く者も出てくるだろう。そんなことになれば面倒事が起きると思わないか?」


 ごもっともすぎて反論の余地がまるで見当たらない。

『鑑定』のスキルで見ることが出来ないスキルを幾つか持っているだけでは、然程騒がれることはないだろう。だが、スキルの数が次々と増えている人物を見かけたら、その異常性は必ずや注目を集め、いずれは俺に厄災……もとい、面倒事が降り掛かってくるかもしれない。

 そう考えると、俺は知らず知らずのうちにかなり危ない綱渡りをしていたことになる。もしアーデルさんがここで忠告をしてくれなかったら、俺はどうなっていたことやら……。

 ヤバい、想像するだけでも怖くなってきた。


 これまでは何も考えずにバンバンとスキルをコピーしまくってしまっていたが、何かしらの対策を講じる必要がある。コピーを控えるか、根無し草のように各地を転々とするか。パッと思いつく限りでは二つに一つだろうか。


「だとしても、俺にはどうしようもないんだけど……」


 俺がそんな弱音吐くと、アーデルさんは何故か突然、テーブルの上に身を乗り出しながら俺に顔を近づけた。


「そこでだ、コースケ。私と取引をしようではないか」


「取引?」


 無理難題を押し付けられそうな予感がするけど、何かしらの打開策があるのだとしたらその提案に乗るしかない。選択肢は残されていないのだ。


「私と取引をすれば、私のスキルを複写させてやろうという非常にうまい話だ。先程から話に出ていた他人の情報を見ることができるという私のスキルには、自身の情報を偽装するという力も備わっている。それを使えばこの問題が解決できるとは思わないか?」


 他人の情報を見ることができる能力と偽装の能力があるスキルなのか。

 正直、喉から手が出るほど欲しい。けれどアーデルさんのことだ。付き合いこそ短いが、それなりの代価を要求される気しかしない。


「確かにそのスキルを複写させてもらえるなら、こちらとしてはありがたいけど、俺に一体何を要求するつもり? それ次第で決めたいと思ってる」


「そんな無理な要求をするつもりはないさ。だが、今から話すことは他言無用だ」


 他言無用とか言われると一層怖いんですけど。


 そう思いながらも首を縦に振り、続きを促す。


「今から約一ヶ月後、ラバール王国の王都であるプロスペリテに、私とリディアの護衛として、一緒について来てもらいたい」


 すると、リディアさんが俺よりも先にその言葉に反応した。


「……えっ!? 私もですか!? そんな話、聞いませんよ!?」


「ああ、そういえば伝え忘れていたな。リディアには最近忙しいと告げていたが、それには理由があったんだ。それは私とリディアが王都の冒険者ギルドへ転勤になったために、その引き継ぎのための手続きをしていたのが原因だったわけだ」


「転勤? それも王都へ? そんないきなり言われても困りますよ!」


「別にリディアは結婚している訳でもあるまいし、それどころか恋人だっていないのだから問題あるまい」


「余計なお世話です! はぁ……。もう私は疲れました。もう勝手にしてください」


 アーデルさんの言葉でリディアさんはわずかに大声を上げたが、すぐに呆れ果てたのか、項垂れた後はそのまま何も言わなくなった。


 そのタイミングで俺は話を戻すことにする。


「それで話を戻すけど、ラバール王国ってどこにある国?」


「おそらく今この街にいる人間で、ラバール王国がどこの国かを知らない人間はお前だけだよ、コースケ。この街、商業都市リーブルはラバール王国だ。よくそんなことも知らずに今まで過ごして来たものだ。呆れを通り越して感心してしまうな」


「はははははは……」


 おっしゃる通りすぎて、もはや俺の十八番となりつつある乾いた笑い声を上げるしかない。

 この国だけではなく、そのうち周辺国家のことについても調べなくては。俺はそう決心した。


「それで取引って二人を護衛して王都にいくだけってこと? なんでそんなことが他言無用にする必要が?」


「この話には続きがある。私たちを連れてとは言ったが、もう二人程連れて行ってもらいたい」


「そのもう二人っていうのは?」


「この商業都市リーブルの領主である貴族の方々だ。今回、極秘で王都に行きたいという依頼でな、私とリディアの王都へ行く予定もそれに合わせたということだ」


 貴族絡みの話にはあまり関わりたくないが護衛するだけならその後、接点を持つこともないだろうし大丈夫かな。


「わかった、その取引を受けようと思う。でも何でわざわざ俺にそんな護衛をやらせる必要が?」


「今回の依頼が極秘なのはさっき話した通りだ。その依頼を信用できる人物にやってもらう必要があったが、中々適任だと思う冒険者がいなくてな。それでコースケにやってもらおうと思ったんだよ」


「今日初めて話した俺を信用すると?」


「話してみて悪い人間ではないと思ったこともあるが、何よりも私はお前の弱みを握っているようなものだからな。まだ信頼まではしてないが、信用はできると思っているさ」


 アーデルさんは笑いながらそう告げる。


 確かにまだ信頼はできないが、裏切られることはないとそれなりに信用してるってことか。上手く人をコントロールしてくるな、この人は。




 取引をすることに決めた後、何故リディアさんにまで俺のスキルの話などを聞かせたかったのかを聞くと、リディアさんを俺の担当にするためだったとのことだ。


 俺の能力の異常性を理解している職員がいなければ、今後上位ランクの魔物を何かの拍子で倒してしまった場合、誰が倒したのかなどの情報が漏れてしまう可能性を考え、俺をリディアさんに担当させることにしたらしい。

 リディアさんならいくらでも他の職員を誤魔化すことができる立場にあるからだ。




 そして取引が始まった。

 とは言っても俺が対価を支払うのは一ヶ月後になるのだが。


 アーデルさんは自らの指をナイフで軽く切り、出血させると俺にその指を差し向けた。


「この程度の血量で足りるか?」


「問題ない。それじゃあ早速複写させてもらうね」


「ああ、ちなみにスキルの名前は『心眼』だ」


 アーデルさんの血に触れるといつものように身体が熱くなり、頭の中に言葉が浮かぶ。


英雄級ヒーロースキル:心眼Lv4』 『上級アドバンススキル:暴風魔法Lv8』『上級アドバンススキル:強弓Lv6』『スキル:気配察知Lv8』


 この人に護衛なんて必要ないんじゃないか? スキル4つも持ってるし。


 そう考えながらも俺は『心眼』を獲得した。


「これで完了っと」


「ずいぶんと早く終わるものだな。確かに今コースケを『心眼』で見てみたが何も見えなくなっている。コースケも『心眼』を使って私を見てみるといい」


 そう言われ『心眼』を発動させてみると、アーデルさんの情報は隠蔽されているためなのか、一瞬ノイズの様なものが視界に走り、何も見ることができなかった。


 次にリディアさんの方を見てみると視界に情報が表示され、そこには――



 リディア


 スキル:直感Lv3


 という様に見ることができた。


 これはかなり便利なスキルだ。魔物相手にも使えるだろうし、戦う上で相手のスキルを知ることができるのは大きなアドバンテージになるな。


「アーデルさんの情報は見ることができなかったよ。でもこれで俺も隠蔽ができるようになったわけだし、取引とはいえ感謝するよ。ありがとう」


 正直、今回の取引について、思うところがないわけではない。

 あまりにも俺に都合が良すぎる取引に、俺はアーデルさんの真意を見誤っていたのではないかと考えを改め直していたのだ。

 アーデルさんは興味本位で俺に近付いてきたと言っていた。しかし、実際アーデルさんが俺にしてくれたことは情報の隠蔽を可能とするスキルの譲渡と、その対価として簡単な依頼を斡旋されただけ。

 もちろん、アーデルさんが人のスキルを覗き見たことは決して褒められるような行いではないが、事実として俺が助けられたことには変わりない。


 もしかしたらアーデルさんは俺のことを一目見たその時から俺の正体が異世界人であると気付き、そして気にかけ、大事になる前にこうして助け舟を出してくれたのかもしれない。


 ……いや、いくらなんでも考えすぎか。


「では一ヶ月後に依頼の方は頼んだぞ。それでコースケは依頼までの期間、何か予定はあるのか?」


 剣を買う予定はあるけど、そんなものは一日もかからないし他に何も考えてなかった。


「特にこれといったことは何も考えてないや。適当に依頼でも受けようかなって程度かな」


「それなら依頼ではないが、金も稼げて強くなることもできるいい場所があるが、そこへ行ってみたらどうだ?」


「そんな場所があるなんて知らなかったけど、一体どこにそんな場所が?」


「ダンジョンのことだ。この街から馬車で3日ほどで行ける」


 ダンジョンがあるとはリディアさんから聞いたことがあったけど、こんなに近くにあったなんて驚きだ。


「ダンジョンのことは聞いたことあるけど、世界中に何ヶ所もあったりするの?」


「ああ、何ヵ所もあるぞ。しかし、今私が教えようとしているダンジョンには、ある異名があってな――別名『邪神が眠る地』と呼ばれている」



「『邪神が眠る地』……?」

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