第19話 露呈

「無視しているのか? お前のことだよ、アカギ・コウスケ」


 その言葉に対して驚きのあまり、動かしていた足を止め、一瞬硬直してしまう。

 何故ならこの異世界に来てからというもの、一度も本名を誰かに話したことなど一切なかったからだ。


 頭が軽くパニックを起こしていたが、俺が呼び掛けられているという事実を思い出し、ゆっくりと恐る恐る後ろを振り返る。


 そこにいたのは恐ろしいほどの美しさを持った女性だった。黄金色に輝く長い髪を靡かせ、瞳はエメラルドグリーン、背丈は170センチ前後ほどあり、まるでモデルの様なスタイルと外見を持っている。

 そして何よりも目を引く特徴を持った部分がその女性にはあった。それは長く尖った耳の形だ。


「エルフ……」


 思わず声に出してしまっていたが間違いなくその女性はエルフだった。


「ん? まるで今までエルフを見たことが無いような反応だな。確かにエルフは数が少ないため、見かけることはあまり無いとは思うが、そこまで珍しいものでもあるまい」


「あ、いえ、あまり見かけたことがなかったものでそう口に出してしまったんです。気に障ったのならすいません」


 俺はこのエルフの女性が放つオーラの様なものに圧倒され、つい敬語を使っていた。


「別に気になどしていないし、そう畏まるな。それでアカギ・コウスケ、お前に話が――」


 そう言い切る前に俺が口を挟んでしまう。


「一体どうして……」


 この言葉を聞き、エルフの女性はまるで獲物を見つけたかのような目をしながら俺と瞳を合わせ、僅かに笑みを浮かべた。


「何故私が名前を知っているのかが気になるのか? それなら私に付いてくるといい。私もお前に興味があって話しかけたのだからちょうどいいだろう」


 これは付いていくしかなさそうだな。もし俺の全てを知っているのだとしたら、知った経緯や原因を知り、そして秘密にして貰えるように説得しなければ。

 もし言いふらされでもしたら、どんな事になるのかわかったもんじゃない。


「わかりました。それで何処へ向かうのですか?」


「私の執務室兼私室だよ。ギルドの三階にあるからすぐに着く」


 そしてエルフの女性は目的地に向かうために一歩を踏み出そうとしたところで再びこちらに振り返る。


「一つ伝え忘れていたことがあった。リディアを連れていってもいいか?」


「リディアさんもですか……?」


 正直乗り気はしない。この後に話す内容は俺にとって、なるべく他人に知られたくない話だろう。そう考えると聞かれる人間は一人でも少ない方がいいに決まっている。


 俺が少し渋ったような態度を取ったことから、嫌がっているのを察したのかエルフの女性からフォローを入れられた。


「気乗りしないという気持ちは分かるが、リディアにも話を聞いてもらった方がお前の為になるはずだ」


 俺の為になるはずか……そうまで言われてしまえば頷くしかない。これがリディアさん以外の人物だったら拒否しただろうけど、リディアさんは数少ない信用できる人だと俺は思っているし。


「わかりました。リディアさんを呼んでも構いません」


「それならリディアに先に声を掛けてから三階に行くとしよう」


 受付にいるリディアさんの元へ二人で向かっている途中に、徐々に冷静になってきた頭で考えてみると、このエルフの女性は何者なんだと、ふと気になった。

 態度からしてリディアさんの上司みたいだけど……。っていうかリディアさんはこのギルドの副マスターだからその上司っていうと――


「マスター、何か用ですか? 資料なら執務室の机に置いときましたけど」


 そうだよな。リディアさんの上司だったらそれはギルドマスターに決まってるよな。


「そのことではない。今から少し時間を貰えるか、リディア」


「はぁ、今からですか? 構いませんが、コースケ君がマスターの隣にいますが、彼に関する話だったりします?」


 リディアさんは『直感』のスキルで何かを感じ取ったのだろう。わずかにその目は鋭くなっていた。


「まあそんなところだ。それでは執務室に行くから着いてきてくれ。受付の引き継ぎは適当な職員にやらせればいい」


 そう言われリディアさんは近くにいたギルド職員に受付を任せ、俺、リディアさん、そしてギルドマスターであるエルフの女性と一緒に執務室へ向かったのだった。




 執務室に入るとそこには仕事を行うであろうための机と椅子が正面奥にあり、その手前には二人掛けの黒い革のソファーがテーブルを挟んで二つ置かれていた。

 室内は必要最低限の物しか置かれてなく、シンプルで綺麗な部屋だった。


「立ったまま話す訳にもいくまいし、そこのソファーに掛けてくれ」


 ソファーに座ることを促され、俺とリディアさんが同じソファーに座り、ギルドマスターの女性がその対面に一人で座った。


 着席と同時に口をまず開いたのは俺だ。


「まず始めに聞きたいのですが、何故いきなり自分に声を掛けてきたのでしょうか?」


 真っ先に聞きたいことはこれだった。何故俺は話したこともない人物に声を掛けられたのか、その理由が知りたかったのだ。


「そう急かなくてもいいだろう。まずは私がどんな人物かは分かっているかもしれないが、リーブル支部のギルドマスターをしているアーデル・ベルナールだ。気軽にアーデルと呼んでくれ」


 そういえば、この世界で初めて姓を名乗った人と会ったな。姓を持っているということは平民ではないということなのか?


 この世界の平民は基本的には姓を持っていないということを以前どこかで聞いたことがあった。


「わかりました。アーデルさんと呼ばせていただきます」


「アーデルさんと呼ぶのはいいのだが、部下でもないお前にそこまで畏まった話し方をされたら、こちらまで肩が凝ってしまいそうになる。だから普段通りの言葉使いで構わない。それとお前のことは何と呼べばいい?」


 そう言われてもこの人に砕けた話し方はしにくいんだよな。


「わかった。俺のことはコースケと呼んで欲しい。それで話の続きをしてもらっても?」


か。ならそう呼ばせて貰うとしよう。それで何故私がコースケに話し掛けたのかというと、以前見かけた時に興味を持ったからだ」


 以前見かけた時ということはギルドの中で俺のことを見つけたのか? だが、興味を持たれる理由がイマイチわからない。


「何故俺に興味を? 以前見かけた時じゃなくて今回話し掛けた理由も何かあったり?」


 そう訪ねるとアーデルさんは楽しそうな表情を浮かべた。そしてリディアさんに視線を向ける。


「その前にリディア、ここから先の話は他言無用だ。何よりもコースケが嫌がるだろうからな」


 そんなことを言うってことはやっぱり何か俺の秘密を知っているということか。


「わかりました、マスター。というか、それなら最初から私に聞かせなければいいのでは?」


「いや、リディアにもコースケのことを知ってもらっていた方がコースケにとっても何かとメリットがあると私が判断した」


 俺にもメリットがあるという判断ならその言葉を信じよう。いや、信じるしかないと言うべきかもしれない。それに、不思議とこの人は嘘を言う様な人間ではないと思えてならない。無論、ただの勘でしかないが。


「それでコースケ、何故私が興味を持ったのかというと、お前のスキルの一つが私でさえもからだ。そして以前見かけた時に比べ、異常な程スキルが増えていたことも今回話し掛けようと思った理由の一つにあたる」


「………」


 俺は言葉が口から出て来なかった。冷静なつもりだったが、それほどまでに内心は動揺していた。


 言葉は出なくても頭の中で今の状況を必死に考える。


 アーデルさんは他人のスキルを見ることができる特別なスキルを持っている……いや、スキルだけじゃない。俺の本名まで知られているということは、それ以上の能力を持っているはずだ。


 そして頭の中を整理し終えた後にようやく言葉を出す。


「アーデルさんは他人の情報を読み取るスキルを持っているってことであってる?」


「概ねその通りだ。私は自分だけではなく、他人の情報を見ることができるスキルを持っている。しかし他人のスキルを見るには条件があるんだ。それは自分のスキルと同じかそれより下のレアリティのスキルしか見ることができない」


 ということは俺の神話級ミソロジースキルである『血の支配者ブラッド・ルーラー』を見ることができなかったことで興味を持ったのか。


 アーデルさんはさらに言葉を続ける。


「そして私のスキルのレアリティは英雄級ヒーローだ。それでも見ることができないと言うことは――」


 ニヤリと口元を歪めながらこう告げた。



「コースケ、お前は伝説級レジェンドのスキルを持っているな?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る