第6話 ロンベル商会
ロンベルさんの店に向かって歩くこと約15分、守衛の人に教わった場所付近にようやく着いたが、さて一体どの店だろう? ここはその辺の人に聞いてみることにしてみるか。
そう考えていると人の良さそうな顔をしたおばあさんが近くを歩いていたので、話しかけることにした。
「すいません、この辺りにロンベル商会があると聞いたのですが、どこかわかりますか?」
「ロンベル商会でしたら、ほら、目の前の建物ですよ」
そう言うとおばあさんは近くにある建物の中で一際大きく、明らかに高級店だと見ただけで分かる立派な建物を指差した。
ロンベルさんがまさかこんなに大きな店の店主だったとは……。確かに、出会ってすぐに俺が着ているジャージのファスナーに目をつけるほど、お金の匂いを嗅ぎ分ける能力がある人だし、かなり驚いたが納得もできる。
俺はおばあさんにお礼を言ってから、ロンベル商会に足を踏み入れた。
「ようこそ、いらっしゃいませ。何かお求めのものはございますか?」
店に入るとほぼ同時に、店の制服と思われる服を着た眼鏡をかけた美人な女性が丁寧に腰を折りながら話しかけてくる。
こんな丁寧な対応をされるということはやっぱり、ここってかなりの高級店っぽいな。
そう思いながら、俺は少し緊張をしながら美人な店員さんにここへ来た用件を伝える。
「すいません、ロンベルさんにお会いしたいのですが」
「会長に、ですか……? 会長にお会いしたいとのことですが、面会のお約束などはございますか?」
そういうと美人店員は俺の服装を一瞬確認し、少し怪しいと思ったか、ほんの僅かにだが目をすぼめた。
まあ黒のズボンに白いTシャツしか着ていない奴なんて、ただの貧乏人にしか見えないよな。そんなやつがいきなりこの店の会長に会いたいなんて言うんだから、怪しむのもしょうがないか。
「会う時間などは詳しく決めていなかったのですが、この店で会うとの約束はしました」
「しかし、それだけでは……」
流石にただでさえ俺のことを怪しいと思っているのに、そんな奴の言葉だけじゃ信じてもらえないか。
だが、俺にはロンベルさんと交わした取引証明書があるのだ!
俺はポケットから取引証明書を取り出す。
「ならこれを見てもらえますか?」
そういいながら俺は美人店員にポケットから取り出した取引証明書を渡す。
するとその内容を確認した美人店員はほんの一瞬驚いた顔を見せ、俺に頭を下げてくる。
「申し訳ございませんでした。すぐに会長を呼んで参ります」
証明書を俺に返した後、美人店員が店の奥に入っていく所を見送りながら、先ほど見せた驚いた顔を思い出しながら頭の中で、某ご隠居のお供の者が悪役に印籠を叩きつけるシーンを連想していた。
ふふふふふふ。
この紋所が目に入らぬか! なんちゃって。
まあ決して店員さんは悪い人じゃないんだけど。
そんなことを頭の中で妄想していると、先ほどの美人店員が戻ってきた。
「お待たせ致しました。奥の部屋にご案内します」
案内された部屋は高級感がある調度品が飾られているが、それでいて落ち着いた雰囲気もあるとても素晴らしい部屋だった。
その部屋でロンベルさんは牛革のような素材で作られた、いかにも社長室にありそうな椅子に座っていたが、俺の姿を確認すると同時に立ち上がり笑顔を向けてきた。
「コースケ殿! お待ちしておりました! それと先ほどは私の店の従業員がお待たせしてしまいまして申し訳ないですな」
ロンベルさんはそういいながら頭を軽く下げ、俺に椅子を勧める。
「まずは椅子に座ってくだされ」
そう言われ俺はテーブル越しにロンベルさんと向かい会うように牛革のような素材でできた椅子に座る。
これすごい座り心地がいいな。まるで社長気分だ。
そんなことを考えているうちにロンベルさんが話を続けてきた。
「それでコースケ殿、先ほど私の店の者が商人ギルドでファスナーの権利の所在を確認したところ、コースケ殿の言うとおり、権利の申請はされておりませんでしたので、我が商会が権利の申請を行い、権利を得ることができました」
やっぱり俺の予想通り、ファスナーの製造、販売の権利は誰も持っていなかったようでよかった。もし権利が取られていたらこの取引はなかったことになっただろうし、一安心だ。
「それはよかったです。それではこの取引証明書をお渡ししますね」
そして俺は手に持っていた取引証明書をロンベルさんに手渡した。
「これで、正式に取引完了ですな。では、お約束の金貨90枚です。ご確認下され」
俺は袋に入った金貨を受け取りテーブルの上に出し、一枚ずつ数え金貨90枚ぴったりあることを確認した。
「90枚ちゃんとありました。このような取引をしていただき本当にありがとうございました」
本当にロンベルさんには感謝しかない。これで当面の生活には困らないが、ただし無駄使いは厳禁だ。現状収入を得る方法がない以上、少し使ってしまったが、この約金貨100枚を切り崩しながら生活するしかないからな。
「いえいえ、こちらこそ素晴らしい取引ができたと確信しておりますよ。それで話は変わりますがコースケ殿、あれから替えの服などは購入しましたかな?」
そういえば着替えなど何も買ってなかった。まあ食事をしてすぐ、ここに来たのだからしょうがないけど。
「いえ、まだこの街に来てから食事をしたくらいで何も買い物はしていませんでした」
「それなら丁度いい! コースケ殿には素晴らしい取引をさせてもらいましたからな。私の店で扱っている服を何着かお譲り致しましょう」
すごいありがたいけど申し訳ないなあ……。ただこれからお金はかなり大切に使っていかなければならないし、ここはロンベルさんの好意に甘えさせてもらおう。
「それはありがたいです。ロンベルさんにはお世話になってばかりで……。本当にありがとうございます」
「気になさらないで下され。それでどのような服がよろしいですかな?」
どんな服にしようかな。たぶん俺には商売のセンスはないと思うし、ここはせっかく異世界に来たことだし冒険者になりたい。
ラフィーラから一体どんなスキルをもらったのかは未だにわからないけど、やっぱり男なら冒険に憧れる。それならもらう服は商人や貴族が着るような着飾った服ではなく、動きやすい服がいいな。
「なら、動きやすい服をお願いできますか?」
「わかりました。それでは一緒に何着か服を身繕いにいきましょう」
その後、ロンベルさんとあれこれと服を試着し、黒のロングブーツに黒いズボン、黒いインナーシャツに黒い革ジャケットという黒づくしの服をプレゼントされた。
ズボンとインナーシャツは替えを3着ずつもらい、さらにはベルトまで渡される大盤振る舞いっぷり。
服はかなりいい素材を使っているのか、とても着心地のいいものだ。
さらに革ジャケットに関しては、ブラックワイバーンというかなり強力な魔物の革を使っているらしく、防刃、防火など各種の耐性がかなり高いものらしい。
ただ全身黒は正直、厨二みたいでかなり恥ずかしいんだよなぁ。
ロンベルさんと初めて会った時に上下黒のジャージを着ていたからなのか、『コースケ殿は黒が似合いますな』などと言われるがままに勧められてしまったのだ。
プレゼントされる側だった俺は全身黒は嫌だ、なんて言えるはずもなく、勧められるがままに全身黒い服に決まったのだった。
その後、貰った装備をその場で身につけ、ロンベルさんに別れを告げる。
ちなみに元々着ていた白いシャツとジャージのズボンはいらなくなったのでロンベルに引き取って貰った。
「ロンベルさん、服までいただいて本当にお世話になりました」
「コースケ殿、また何かあったらぜひ我が商会に来てくだされ」
そう別れの挨拶をしてから俺はロンベル商会を後にしたのであった。
余談ではあるが、その後ロンベル商会はファスナーの製造に成功し、徐々にファスナーがこの世界で普及するようになり、莫大な利益をあげることになるのはまた別のお話。
……………
…………
………
「会長、ブラックワイバーンのジャケットなんて高価な商品を差し上げてよろしかったのですか?あれだけで金貨30枚はしますが」
「確かに高価な商品ではあるが、私は後悔などしていない」
「それは一体どうしてでしょうか?」
「私の商人としての勘だよ。コースケ殿は今後、かなりの大物になる気がするのだ」
ロンベルは紅介という人間に何かを感じたのであった。
そしてロンベルの勘はその後、間違ってはいないと知ることになる。
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