第7話 冒険者登録

 ロンベル商会を出て、空を見上げてみるとまだ日が暮れるにはまだ時間がありそうだった。


 んーこの後どうしようかな。

 ご飯は食べたばかりだし、宿を探すにはまだ早いしなあ。


 そう思いながら、ロンベルさんから貰った替えの服が入った袋を片手に持ちつつ、宛もなく街の大通りを歩いていると、この街に来てから見た建造物の中で間違いなく一番大きな石材造りの建物が目に入る。見たところ3階建て以上の高さがあった。

 その建物には、剣と盾が交差したエンブレムが描かれた青い旗が掲げてあり、入り口の上にある看板には『冒険者ギルド』と書かれていた。


 いつかは冒険者ギルドには行きたいと思っていたし、日が暮れるまでまだ時間もあるから入ってみるか。


 そう決心し、冒険者ギルドの入り口の扉を開き、中に足を踏み入れて見ると、建物の中は喧騒に包まれており、活気に溢れていた。

 建物の中にいた冒険者と思われる人々は皆、鎧やローブなどを身に纏い、剣や槍、杖など様々な装備をしている。そこには男性に比べると人数は少ないが、女性の姿もあった。


 そんな中、俺は冒険者登録をするために受付を探しながら辺りを見回してみると、俺に対して数多くの視線を感じた。中には小さな笑い声まで聞こえてくる。


 なんかやけに注目されてる気がするけど何なんだろ? 何か俺に用があったりするのかな?


 すると、俺に視線を向けていた一人の柄の悪そうなスキンヘッドの大男が笑みを浮かべながら近づいてきた。


 うわあ、これ絶対絡まれるやつだよ……いきなり殴ってきたりしないよな!?


得てして嫌な予感というものは当たるものだ。


「おうおう、坊主見ない顔だな! 全身黒なんて随分と格好いい装備してるじゃねえか! なあ、お前らもそう思うだろ?」


 そう言うとその大男の取り巻きと思われる連中が大声で笑いながら同意していた。


 これは所謂、新人いびりってやつかな? っていうか全身黒い服はお前らに言われなくても俺だって恥ずかしいと思ってるからな……。


 そう心の中で悪態を吐いていると、大男はさらに言葉を続ける。


「しかもこの坊主、武器を持ってないときた! ここは冒険者が来るところだぞ? 魔物を倒す武器もないやつが遊びで来るところじゃねえんだよ」


 確かに武器は持っていないけど、今日俺はここへ冒険者登録をしに来ただけだ。なのにここまで言われるなんて、そんな筋合いはないはずだ。


 かなり頭に来ていたが、軽く頭を振って冷静になるよう心を落ち着かせる。

 争いごとはまずいし、もしこれが大事にでもなった場合、冒険者登録を拒否されることになるかもしれない。それだけは避けなくてはならない。


 ここは穏便に話をすすめよう。


「いえ、自分は冒険者登録に来ただけですので、武器を用意していなかったんですよ」


 丁寧な口調にすることで、相手をヒートアップさせないように気遣いながらそう告げた。だが、どうやら相手は挑発的な態度を変えるつもりは微塵もないらしい。


「ってことはよ、まだ冒険者にもなってない坊主がそんな高そうな格好をしてるってことは、金持ちのボンボンってわけか。いいねえ〜金持ちは。パパにでも買って貰っ――― 」


「あなたたち! ギルドの中では争いごとは禁止よ! 冒険者カードを取り上げられたくなかったら散った散った!」


 大男が俺を馬鹿にするように話している途中、突然若い女性の声が響き渡った。


「ちっ! 副マスターかよ。お前ら行くぞ!」


 大男は舌打ちをしながら、取り巻き連中を連れ、建物から出ていった。


 俺はこの騒動が終わったことに安心し、大きなため息をした後、助けてくれたその声の主に視線を向けると、そこには茶色いセミロングの髪型のOL風な格好をした女性が立っていた。


 少しキツい吊り目をしているけど、かなりの美人だ。年齢は俺より少し上くら―――


「ちょっとあなた、失礼なことを考えてない?」


 いきなりそんなことを言われて驚いた。この人、かなり鋭いぞ。


「いえ、そんな! 滅相もない!」


「そう? ならいいけど」


 ひとまず納得してくれたようで助かった……。この人を怒らせると怖いことはさっきの場面を見れば馬鹿でもわかる。


「それであなた、冒険者登録に来たんでしょ? それならあっちの受付よ。登録してあげるからついてきなさい」


 そういわれるがまま俺はその女性についていった。




「それじゃあ、まず登録する前に自己紹介しておくわね。私は冒険者ギルド・ルーブル支部の副マスターをしているリディアよ」


 かなり若そうに見えるのに副マスターなのか。実はやっぱり結構年齢いってたり……。


「あなた、また失礼なことを考えてるんじゃ―――」


 やばい、やっぱりこの人かなり鋭いぞ。


「いえ! そんなことありません! ただ、随分と若いのに副マスターなんてすごいな、と。あっ、そう言えば自己紹介でしたね、名前はコースケといいます」


「コースケ君ね、わかったわ。ちなみに私が副マスターをやってるのは、まあ……成り行きみたいなものよ。ここのマスターが全然仕事をしないから、それを手伝ってるうちに無理やりマスターに任されただけ」


 そんな理由で副マスターにさせられてるのか。ちょっと不憫な人なのかもしれない。


「そんな話より冒険者登録をするんだったわね。それじゃ、まずはこの紙の空欄を埋めてちょうだい。最悪、名前だけでも書けばいいから。あとは注意事項にも目を通しといてね」


 そう言われ、紙とペンを渡された。


 そういえばこの世界にも植物紙はあったのか。てっきり商人のロンベルさんと取引した時、証明書は羊皮紙だったから紙はないのかと思っていた。

 紙について少し疑問に思ったのでリディアさんに聞いてみることにしよう。


「羊皮紙じゃなくてちゃんとした紙に書くんですね。前に商人の方と取引した時に書いた証明書は羊皮紙だったので驚きました」


「大袈裟ね。紙は少し高いけれど、驚くほどのことではないわよ。証明書に羊皮紙を使ったのは、紙よりも丈夫だから使ったのだと思うわ」


 確かに耐久性の面では羊皮紙の方が優れているだろう。だからロンベルさんは羊皮紙を使ったのかもしれない。


 ある程度納得したところで、俺は紙に目を向けた。


 記入項目は、名前、年齢、性別、出身地、得意武器(魔法)、そして所持スキルという項目があった。

 そして注意事項には、年齢が15歳以上であること、重大な犯罪行為があった場合に冒険者資格が剥奪されること、冒険者ギルドに多大な不利益をもたらした場合、損害賠償請求がなされる可能性があることなどが書いてあった。


 俺は紙に――、


 名前   コースケ

 年齢   18歳 

 性別   男

 出身地

 得意武器(魔法)

 スキル


 と記入し、リディアさんに紙とペンを渡した。


「確認させてもらうわね」


 そう言ってリディアさんは登録用紙に目を通す。


「出身地はまあ空白でいいとして、得意武器や得意魔法とか、何かないの?」


「今まで魔物を倒した経験も武術などを習ったこともないので……まずいですかね?」


「まずいということはないわよ。そんな人、過去にいくらでもいたから。ただ、素人がいきなり魔物と戦うのはかなり危険だから気を付けることね」


 リディアさんはツンツンしてるけど、なんだかんだ赤の他人である俺を心配してくれるなんて、かなり優しい人みたいだ。


「コースケ君、あなたまた余計なこと考えてない?」


 げっ! というか本当にこの人は鋭いな。まあ、懲りずに失礼なことを考えてる俺もそろそろ学習しないと。


「いいわ、気にしないことにしておく。それでコースケ君、スキルの欄が空欄だけど、わざと空欄にしてるのかしら? まあ、大体の冒険者は自分のスキルを隠すからそれでも構わないのだけれど」


 そう言われても、正直に自分のスキルがわからないって言ってもいいのだろうか。この世界の常識を知らない俺からすると、スキルはどこかのタイミングで自覚するものなのか、それとも調べることができるのかがわからないんだよな。

 ここは一か八かだ。聞いてみるしかない。


「実は自分が何のスキルを持っているか、まだわかっていないんです」


 どんな反応をされるか不安になりながらリディアさんの言葉を待つ。


「あら、そうだったのね。でも、自分のスキルを知らない人は別に珍しくもないんだから、そんな不安そうな顔をしなくても平気よ」


 良かった、賭けに勝った。まさにちょっとした宝くじを当てたかのような気分だ。


「コースケ君、自分のスキルを知りたいのなら調べてみる? ギルドにある魔道具で簡単に調べることができるわよ。私も自分のスキルはここで働くようになってから知ったくらいだから」


「ぜひお願いします!」


 俺は食いつくようにリディアさんにお願いした。


 ついにラフィーラからもらったスキルが判明するのか。正直かなり楽しみだ。


 俺はその前に気になったことをリディアさんに聞いてみた。


「あの、聞いていいことなのかわからないんですが、リディアさんはどんなスキルを持っているんですか?」


「私は別に冒険者じゃないから聞いてくれてかまわないけど、他の冒険者にはあまり聞かないほうがいいわよ? スキルっていうのは冒険者にとっては武器であり、それを知られてしまうと自分の力がどれほどのものなのか相手に知られてしまう可能性があるから。だから下手に聞くと嫌な顔をされることがあるから気を付けることね」


 確かにスキルは切り札みたいなものかもしれない。

 リディアさんに忠告してもらえてよかった。聞いてなかったらいつの日か、他の冒険者に普通に聞いてしまっていたと思う。


「そうだったんですね。忠告ありがとうございます」


「役に立てたのなら話した甲斐はあったわ。それで私のスキルだけど――」


 そういい、リディアさんはニヤリと笑った。


「『直感』というスキルよ。効果は人より直感が働くというものなのだけど、意外と便利なスキルだって私は思っているわ。例えば、この人は嘘を吐いているな、とか私に対して酷いことを考えているな、とかがなんとなくわかるのよ」


 そういいながら俺のことをジトっとした目をしながら口だけに笑みを浮かべて見つめてくる。


 だから俺が失礼なことを考えているとすぐにばれたのか! 鋭い人だとは思ったけどまさかスキルの力だったなんて。


 俺はリディアさんから目からを反らし、乾いた笑い声を上げるので精一杯だった。




 その後、その場をなんとかしのぎ、話を戻す。


「それじゃコースケ君、スキルを調べるのなら、左奥にある扉の中に、四角い鏡のような魔道具があるからそれを使って調べていらっしゃい。使い方は自分の血をその魔道具につけるだけだから。あと、扉には鍵が付いているから必ず鍵を掛けなさい。他の冒険者に見られる可能性があるから、絶対に忘れないようにしなさいよ。スキルを調べ終わったら冒険者登録の続きと冒険者のルールを説明するから」


 そう説明を受けた後、リディアさんから指から血を出すために使うのであろう針を一本渡され、俺はその扉の中に一人で入っていったのであった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る