好き(2)
重なった手に視線を向ける。
オレよりもずっと男らしいトオルの手を見ていたら、いつもの様に頬を触って欲しくなった。
それはわがままかもしれないけど。
それでも思わず少しだけトオルの指に自分の指を絡めると、トオルはそれに応える様にオレの手を強く握ってくれた。
…今言わないと。きっともう、チャンスは来ない。
「…トオル」
「ん?」
どうしてもトオルの顔を見ながら言う事は出来そうになくて、抱えたひざに少しだけ顔を埋めた。
「オレ、トオルの事…好き、に…なってる」
「え?」
…最悪だ、何でこんなにみっともない言い方しか出来ないんだろう。
しかも丁度オレの声と重なる様に、遠くではじけた花火の音が簡単にオレの小さな声を消してしまった。
だからトオルが聞き返して来るのは当然の事だ。
そう思っていたのに、次に花火の音が聞こえた時、オレはトオルの腕の中にいた。
「…え?」
数秒経って、やっと抱きしめられている事に気付いた。
顔だけじゃなくて体まで熱くなって来る。
「トオル、あの…」
「アカン…めっちゃ嬉しい」
その絞り出した様なトオルの声に胸が締め付けられて、どうしてもトオルの顔が見たくなった。
強めに抱きしめられている体は無理だから、首だけを動かしてトオルの顔を見る。
あぁ…恥ずかしくて死にそうだ。
声が聞こえていた事も、今の2人の距離も、トオルのこの嬉しそうな顔も、全部恥ずかしい。
「ユウちゃん泣きそうやん、恥ずかしいん?」
「…うん」
オレが望んだ通りに、トオルが頬をなでてくれる。
「ワイは嬉しゅうて泣きそうやわ、ははっ」
楽しそうにそう言って、トオルはオレを抱きしめたまま後ろに倒れた。
そして自分の上に乗っているオレの顔を両手で包むと、優しく引き寄せてキスをする。
「ユウちゃん、好きや」
「…うん」
これ以上情けない顔を見せていられなくて、トオルの胸に顔を押し付けた。
オレも、とか言えば少しは可愛げがあるのに…どうしてオレはこうなんだろう。少しも素直になれない。
そんなオレの頭を、トオルが優しくなでてくれる。
それだけで何だかホッとした。
オレが上にいたら重くて苦しいだろうけど、それでも離れる気になれないから、このまま甘えてしまう事にする。
トオルの心臓の鼓動が伝わって来た。
せわしなく動くオレの音より少し遅いから、やっぱりトオルの方が余裕があるんだろう。
ズルい…と思いながらも、何だかおかしくなって少し笑ってしまった。
「んー?」
オレが笑っている事に気付いたトオルも楽しそうな声を出す。
こうやってトオルといると、体の力が抜けて行くみたいに安心する時がある。
ドキドキしながら気が緩むなんて変な話だけど、これからもきっと当たり前の様に毎日一緒にいるだろうから、しばらくはこういうのが続くんだろう。
それも楽しいかもしれない。
そんな風にこれからの事を考えながら、トオルの心地良い体温を体中で感じた。
「…」
何でオレは自分の部屋で寝てるんだろう…。
昨日、トオルの上にいた後の事を良く覚えてない。
考えながらリビングに行くと、阿荘先輩がもう起きて来ていた。
オレも今日は早起きしたのに…阿荘先輩はいつも何時に起きてるんだろう。
挨拶をしてから昨日の事をそれとなく聞いてみたところ、阿荘先輩達が帰って来た時、あろうことかオレはトオルの上で寝ていたらしい。
その姿を見られた事も問題だけど、あの場面で寝るなんて…。
さすがに申し訳ない気持ちになって、すぐにトオルの部屋に謝りに向かった。
必然的にトオルを起こす事になってしまったけど。
起こされたトオルは怒りもせずにニヤニヤしながら、謝らんでもチューでえぇよ、なんてバカな事を言って来る。
昨日寝たオレが悪いけど殴ってやろうか…と思った時、ハッとした。
もしかしたらオレが知らないだけで、好きな相手とはそうやって仲直りするのかもしれない。
起こした事もあるし、それなら少しは頑張ろう…とは思うものの、自分からキスなんて恥ずかし過ぎてなかなか動き出す事が出来ない。
黙ったまま立っているオレを、トオルは少し首をかしげながら見ている。
…トオルの視線が気になって顔が熱くなって来た。
何だかいつもこんな顔を見られている気がする。
それから数分経った頃にやっと心を決めたオレは、ベッドの側に素早く近寄ってトオルの頬に唇を押し付けた。
唇にはどうしても無理だった。これがオレの限界だった。
「…これで良いんだろ」
自分でも呆れるくらい、無愛想で可愛げがない言い方しか出来ない。
トオルもそう思ってるかもしれない…さっきから何も言わないし。
トオルの反応が怖くて視線を落としていると、静かにベッドから下りたトオルが、少し強引にオレを抱き寄せた。
そして、ユウちゃん可愛ぇなぁ、とか言いながら本当に嬉しそうに破顔した。
ちなみに、好きな相手とはキスで仲直りする、というオレの勘違いはこの日から約半年後まで続く事になる。
オレがその間違いに気付いた時、トオルは一瞬しまった…という顔をした。
オレが勝手に勘違いしたのが悪いけど、間違いを訂正しなかったトオルにもイラついたオレは、笑いながら謝るトオルを追いかけ回して連打パンチを食らわせてやった。
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