好き(1)
今日は登校日だった。
帰りが一緒になった隠立と並んで歩いていると、後ろからすごい勢いでトオルが抱き付いて来た。
「ユーウちゃん、一緒に帰ろや」
…獣が体当たりして来たのかと思って寿命が縮んだ。
こういうヤツは怒っても反省しないだろうと無視していると、トオルが珍しくあせって謝って来たから、コッコーのコロッケで許してやる事にした。
コッコーに向かう間、ほとんどしゃべらないオレや隠立にトオルは楽しそうに話しかけて来る。
トオルとキスをしてから数日…トオルとの関係は前と変わってない。
次の日、トオルの顔を直視出来ないくらい緊張していたオレに対して、意外にもトオルは何も言って来なくて、いつも通り笑っていた。
もしかしたらトオルの方はなかった事にしたいのかもしれない…とも思ったけど、前よりもスキンシップの回数が増えているから、どうやらそうじゃないらしい。
オレもあれから毎日トオルの姿を目で追う様になった。
そうしていると、いつも胸がじんわりとあったかくなって、オレの中がトオルでいっぱいになる。
いつの間にこんなに惹かれる様になったんだろう。
ただ、そうやって自分の気持ちを自覚しても、恥ずかしくてまだトオルには伝えられずにいる。
トオルに隠立の分もおごらせて、3人でコロッケをかじりながら帰ると、玄関に根津先輩が仁王立ちしていた。
「遅ぇ!!」
「え…すいません」
「今日、根津さんと何や約束しとりました?」
「お前らじゃねーよ」
「え?」
「すぐ着替える」
そう言って隠立は、最後の一口になったコロッケを根津先輩の口に押し込んで、自分の部屋の方へ走って行った。隠立が走るなんて珍しい。
オレ達の隣では根津先輩がもぐもぐと口の中のコロッケを食べている。
そんな根津先輩にトオルが声をかけた。
「どこ行くんです?」
「祭り」
そういえば今日は夏祭りの日だ。
登校日とお祭りがカブるから嫌だと、夏休み前にクラスの誰かが言っていた。
オレは元々行くつもりがないから別にどっちでも良いけど。
根津先輩と隠立が出かけて行くのを見送った後、オレ達も着替えるために一旦部屋に向かった。
トオルと違って元々は部屋にいる事が多かったオレも、トオルが寮に来てからは誘われる事が増えたから、いつからかリビングで過ごすのが当たり前になった。
だから今日も数分後にはリビングに集合していて、今は2人並んでソファーに座っている。
「他の人らも全員祭り行っとんやて、書き置きあったわ」
「…そう」
ダメだ…寮にいるのが自分達だけだとわかると少しそわそわしてしまう。
「トオルはお祭り行かないの?」
「んー? ユウちゃん行かへんのやろ? なら一緒に留守番するわ」
まただ。トオルはいつもこうやって、簡単にオレといる事を選ぶ。
「ユウちゃん?」
「…動揺させるな」
「あいたっ」
トオルが顔を覗き込んで来たから、ついつい手を出してしまった。
「え? 今のどういう事やったん?」
「別に何でもない」
「ははっ、何でもないんや」
笑っているトオルを見ていたら、何だか気持ちが落ち着いて来た。
さっきまでのそわそわが少しずつ薄れて行く。
多分オレは、何度もこの笑顔に助けられて来たんだと思う。
それから何をするでもなく2人で過ごして、トオルが作ってくれた親子丼を食べた後、リビングでダラダラしていると、急にトオルが何かに気付いたみたいにガラス戸の外を見た。
「そろそろ花火始まるんちゃう?」
一瞬、霊的なものが見えたのかと思ってあせったけど、どうやらそうじゃなかったみたいだ。
見ると確かに外はもうかなり暗くなっている。
「見てみよか」
そう言ってトオルが中庭に続くガラス戸を開けると、夏特有の湿り気のある風が入って来た。
今は体が冷えているから丁度良いけど、もう少ししたらきっと暑くなって来る。
「お」
「あ」
トオルと同じ様に縁側まで歩いて行った時、小さくではあるけど空に花火が上がったのが見えた。
「見えたな」
「うん」
そのまま2人揃って縁側に座る。
この距離で充分綺麗なのに、どうしてみんな人の多いところにわざわざ行くんだろう…。
花火を見ながらそんな事を考えていたら、いつの間にかオレの左手をトオルの右手が包んでいた。
「…トオル、手」
「えぇやん。キスした仲やし」
「あれは…」
ヘラヘラしながら言うから怒ってやろうと思ったのに、トオルの手がいつもより熱くて言葉が止まってしまった。
そういえば、トオルがキスの話題を出すのはあれから初めての事だ。
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