黒猫スー(2)
口止めが出来ない以上、後輩達の様子を良く見ておかなくちゃいけない。
そう思って心配の種である後輩達の方を見ると、2人は里兎先輩が買って来てくれたドーナツを見ながら、どれにしようか悩んでいるみたいだった。
このままさっきの事は忘れてくれると良いんだけど。
そんな淡い期待を持ちながら2人を観察していたら、帰って来たばかりのトオルが寄って来た。
「ユウちゃん、ただいま」
「お帰り」
「今日は何しとったん?」
「別に…昼寝。トオルは?」
「ん? ワイは映画行って来てん」
「映画?」
トオルが1人で映画に行くなんて珍しい。いつもは誘って来るのに今日は一言も…。
「観たい映画がある言うからな」
「…ふーん、夏休み初日からデートですか」
ずっと落ち着かない1日を過ごしたオレとは違って、トオルは誰かと楽しく過ごしたらしい。
明らかに自分がムカムカしているのがわかる。
その事に余計イラついて、ついトオルに嫌な言い方をしてしまった。
「デートちゃうよ~、相手妹やし」
そう言ってオレの髪を触って来るトオルは、オレの言葉に怒っている感じでもなくいつも通りの口調だった。
そんなトオルの態度や、デートの相手を聞いて安心している自分がいる。
いつからこんな風になったんだろう。
「ユウちゃん、ここ寝癖付いとる」
「え…」
どうやらトオルがずっとオレの後ろ髪を触っていたのは寝癖が付いていたかららしい。
何だ、だから触ってたのか…。
自分らしくない事を考えてまた動揺する。
そんな気持ちをごまかすためと、自分で寝癖を直すために後頭部に手を伸ばしたら、髪ではなくトオルの手を握ってしまった。
驚いて慌てて手を離すと、今度はトオルの方がニヤニヤしながらオレの手を握って来た。
「離さんでもえぇやん」
「何か…バカにされてる気がする」
「え~? しとらへんよ~」
トオルに握られている手を振りほどこうと上下左右に腕を振ってみたけど、思ったより強く握られていて無理だった…悔しい。
「トオルさんとユウさんはドーナツどれにしますー?」
遠くの方から家茶が声をかけて来る。
そこでやっと、当初の目的である後輩達の観察をしていなかった事に気付いた。
今度はちゃんと見ておかないと…と、みんなの方に歩いて行こうとしたけど、トオルが動かないせいでオレも歩き出す事が出来なかった。
「トオル? 家茶が呼んでるから…」
動かないトオルを不思議に思ってそっちを見ると、トオルは大声でとんでもない事を言った。
「ワイら今イチャイチャ中やから後で選ぶわー」
「なっ…」
「ははっ、了解っス」
トオルの返事を聞いた家茶は、またすぐにみんなと話し始める。
向こうの会話の内容も気になるけど、まずはやる事をやろうと、首だけじゃなくて体全体をトオルに向けた。
「どうして、トオルは、そういう事、言うかな」
久しぶりに連打パンチを出してしまった。
「あた、あいたっ、予防やんか~」
「予防? 何の?」
「ユウちゃんの隣ポジションを死守するためのや」
「意味がわからない」
「わからんでもえぇよ」
「オレが良くない」
眉間にシワを寄せてオレがまたブンブンと腕を振ると、トオルは楽しそうに笑った。
「ははっ、不機嫌な顔も可愛ぇな~。やっぱりユウちゃんの隣は誰にも譲られへんわ」
「良く言う、今日オレを1人にしたくせに」
…今、オレは何を言ったんだろう。
自分でも良くわからなくなって混乱しているオレの横で、トオルも目を見開いている。
こんなに驚いたところを見たのは初めてかもしれない。
珍しくて目を離せずにいると、トオルはすぐに嬉しそうな表情に変わった。
「うん、明日からは隣におるな」
恥ずかしくなる様な事を言うその顔が、なぜかいつもより男らしく見えて、今度は直視が出来ない。
本当ならさっき言った事を訂正しないといけないのに、胸がムズムズして無理だった。
「ユウちゃん明日は何するん?」
「…昼寝」
トオルのせいで今日の夜はきっと寝付けないだろうから、多分明日も昼寝をする事になる。
「ほな、2人で昼寝しよか」
またペースを乱す様な事を言って来た。
「一緒に昼寝とか変だから」
「ワイの部屋で寝よか? ユウちゃんの部屋にしよか?」
オレの抗議を聞いていないトオルは、楽しそうに話を進めて来る。
明日の昼までにどうやって断ろう…。
オレの落ち着かない1日は、何だか明日も続きそうな気がする。
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