アイスを食べたのは…(1)

「オレのアイスがない!!」


お風呂上がりの根津先輩が、そう叫びながらリビングに飛び込んで来た。


リビングで各々の時間を過ごしていたメンバーの視線が、一斉に根津先輩に集まる。


「あ、風呂空きました? ほならワイ入って来よ」


「おい、待てこら」


入って来た根津先輩の横を通って出て行こうとしたトオルの腕を、根津先輩が勢い良く掴んだ。


「はい?」


「お前怪しい」


「え? ワイ、今アイス食うてませんけど?」


「今食ったとは限んねーだろ、部屋から出たら犯人とみなす」


「え~」


横暴やわ~とトオルがオレの隣に戻って来た。


…どうしよう。今この部屋でアイスを食べているのはオレと白玉の2人しかいない。


今食べたとは限らない、と根津先輩はさっき言っていたけど、今食べている人間が真っ先に疑われるのは間違いない。


その証拠に、根津先輩はオレと白玉を交互に何度も見ている。


オレと白玉が動きを止めてその様子を見守っていると、根津先輩ではなく家茶が口を開いた。


「キミ、アイス溶けるから食ったら?」


「え? あ、うん…」


見ると確かに白玉が持っている棒アイスの下の部分が垂れそうになっているけど、このタイミングで言い出すのがすごい…。


家茶に言われた白玉は根津先輩の方を気にしつつも、またアイスを食べ始めた。


さすがに根津先輩も食べてる途中のアイスを差し出されても困るだろうから、オレも自分のアイスを食べよう、と思った時だった。


突然トオルがオレの手首を掴んで、オレの手を舐めた。


「ぅわっ…トオル!!」


「アイス垂れとったんやもん、もったいないやろ?」


子供の様な言い訳をしてニヤニヤしているトオルは、オレが睨んでも気にする様子はない。殴ってやろうか。


顔が熱くなって来るのを少しでも冷やすために、急いでアイスを食べた。


「さて、お前らのイチャイチャが終わったとこで聞くけど、それオレのアイスじゃなかったんだよな?」


「…はい」


本当は、イチャイチャはしてません、と否定したかったけど、早く疑いを晴らした方が良いと思って返事だけしておいた。


その返事で満足してくれたのか、根津先輩はオレにはもう何も言わず、今度は白玉に質問し始めた。

1人ずつ聞いて行くつもりなのかもしれない。


「疑いが晴れて良かったな、ユウちゃん」


「トオルは怪しいって言われてたんだから、自分の心配した方が良いと思うけど」


トオルに返事をしながら根津先輩の様子を窺おうとそっちを見ると、もう白玉への質問も終わっていた。


「まぁ、この2人じゃねぇとは思ってたけどな」


腰に手をあてて言う根津先輩に、家茶が不思議そうに質問した。


「え? じゃあ何でキミとユウさんの方、ジロジロ見てたんスか?」


「ジロジロ見てたのはアイスだっつの、一応確認は必要だろ。怪しいのはお前とお前とお前だから」


お前、と連呼しながら根津先輩は、家茶、トオル、阿荘先輩を順番に指さした。


「え~、なしてワイら3人だけなんですか?」


「お前ら以外のヤツは、間違って食ったら自分から言うだろ」


「隠立やったら自分のや思うて食うんやないですか?」


トオルの言葉を聞いて、根津先輩がハッとした表情になった。

そのまま早足で隠立の方に歩いて行く。


「お前、昨日も今日もアイス食ってねーよな?」


「食べてない」


「よし」


首を振って即答する隠立を見て、根津先輩も納得した様に頷いた。


「どうして昨日と今日なの?」


「それ以前の可能性もあるだろ」


それまで静かに成り行きを見守っていた里兎先輩と阿荘先輩が、続けて口を開いた。


こうやってみんなで集まって話をしている時、里兎先輩と阿荘先輩は聞き役をしている事が多いから、あまり口数は多くない。特に阿荘先輩は、何だか久しぶりに声を聞いた気さえする。


そんな失礼な事を考えていると、根津先輩が2人からの質問に答えた。


「アイスは昨日買って来たから、誰かが食ったなら昨日か今日しかねーんだよ」


それを聞いて里兎先輩も阿荘先輩も、そういう事かと頷いている。


「で? お前ら3人の中の誰がオレのアイス食ったんだよ?」


「食ってない」


「ワイちゃいますよ」


「食ってないっス」


疑いをかけられた3人は順番に否定をした。


何だか2時間ドラマのサスペンスを観ている様で、ちょっと面白い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る