結局わからないまま

「みんな、テスト週間に入ったけどどうかな? 厳しいなって思う教科があったら言ってね、わかるところなら教えるから」


みんながご飯を食べ終わった頃、里兎先輩がそんな話題を切り出した。


里兎先輩と同じ事を前の寮長も言っていたけど、これも寮長の仕事なんだろうか。


いや、きっとこういう風に気を配れるから寮長になったんだろうな、と思って里兎先輩を見ていたら、視界にトオルが割り込んで来たから手で払う。


「虫扱いせんでもえぇやんか~」


「こんな大きな虫いないから」


そんなやりとりをしているオレ達の隣で、里兎先輩は家茶に話しかけた。


「家茶くんは苦手な科目とかある?」


「ん~、中学ん時一番苦手だったのは技術っスね。でも高校って技術ないんスね」


「うん、そういう科がある高校もあるけどうちの高校にはないんだよ」


「そうなんスね。ん~と、まだテスト勉強してないんスけど、多分わかんないとこいっぱいあるんで後で聞きに行きます」


「うん、誰でも大丈夫だから聞いてね。白玉くんはどうかな?」


里兎先輩は家茶に続いて白玉にも聞いた。


「あ、英語が苦手で…」


「英語? 英語だったら隠立くんが得意だよ」


里兎先輩の言葉に隠立が頷いている。確かに英語のテストでは隠立に勝った事がない。


「日本語は下手くそだけどな」


笑いながら言う根津先輩に、隠立もすかさず言い返した。


「マヨも名前覚えるの下手くそ」


「オレはちゃんと覚えてんだよ、ただ呼ばねーだけ」


「名前呼んだ方が良い」


「ってお前が言うから、お前の事はたまに呼んでるじゃん」


「うん、寝る時」


しばらく根津先輩と隠立の言い合いを聞いていたけど、隠立の言葉が少し気になった。


「寝る時?」


「寝る時ですか?」


同じ様に白玉も気になったみたいで、オレと同時に声を出した。


カブった、と白玉と顔を見合わせてから根津先輩と隠立の方を見ると、頷いている隠立の隣でなぜか根津先輩は真っ赤になっていた。


良くわからなくて周りの反応を窺ったけど、阿荘先輩と里兎先輩は何の反応もなく、家茶はマジですかーと驚き、トオルはやっぱりな~と納得していて、統一感がないからやっぱり良くわからない。


仕方ないからトオルに聞く事にする。


「やっぱりって?」


「ん? 根津さんと隠立は仲がえぇっちゅう事や」


そこでやっと、真っ赤なままの根津先輩が口を開いた。


「違う!! 違うからな!! 違うんだからな!!」


違うしか言ってない根津先輩に返事をしたかったけど、何が違うのかがわからないから返事のしようがない。


「一緒のベッ…」


「お前黙ってろ!!」


隠立がしゃべりだした途端に、根津先輩が大声を出しながら隠立の頬を叩いた。

どういう事か全然わからない。


「ユウちゃんが知りたいんやったら詳しゅう教えたろか?」


肩で息をしている根津先輩と、叩かれたのに平然としている隠立を交互に見ていたら、隣にいるトオルが話しかけて来た。小憎たらしくニヤニヤしながら。


「トオル、オレがわかってないからバカにしてるだろ」


「しとらへんよ~」


「その顔がバカにしてるって言ってんだけど」


まだニヤニヤ顔のままのトオルにイラついて、いつものパンチをおみまいする。


「ユウさんて、そうやって殴るのが癖なのかと思ってたんスけど、殴ってるのトオルさんだけっスよね」


「え…?」


家茶の言葉に里兎先輩や隠立が頷いている。

トオルだけしか殴ってない事よりも、殴るのが癖だと思われていた事に軽くショックを受けた。


そんなに殴ってるだろうか…?


「せやねん、ワイだけや。羨ましいやろ?」


「いや、オレはMじゃないんで羨ましくはないっスね」


「ワイかてMちゃうわ」


そんな2人の会話を聞いて何人かが楽しそうに笑う。

前から思ってたけど、この2人のやりとりは漫才みたいだ。


「まぁ、先輩らは叩かれへんよな~? ユウちゃん」


「というか、トオルしか殴らなきゃいけない様な事言わないし」


「ユウさんてどんな事言われたら怒るんスか?」


「え? えと…」


家茶に質問されてオレが考えていると、さっきまで真っ赤だった根津先輩がすっかりいつも通りに戻ってからかって来た。


「こいつは背が低いの気にしてっから、それ言ったら怒るぜ、な?」


「いや、根津先輩に言われてもあんまり…」


「はぁ!?」


あ、しまった…と思った時にはもう遅く、根津先輩は立ち上がってこっちに走り出していた。


オレは今まで根津先輩に殴られたり蹴られたりした事がないから、内心ドキドキしつつ待っていたのに、根津先輩はオレのところまでは来なかった。


オレと根津先輩の間にいたトオルのところで足を止めて、なぜかトオルの肩を殴った。

それもボグッと音がするくらい強めに。


「痛っ!? なして!?」


「だって、あんな小動物殴る訳にいかねーだろ!!」


トオルの大声と同じくらい大きな声を出しながら根津先輩がオレを指さす。


…小動物ってオレの事だろうか。


「まぁ、本望やけど~」


「うわ、さすがMっスね」


肩をさすりながら言うトオルを見て、家茶が楽しそうに笑う。


「Mやからやないわ、ユウちゃんの代わりやからや」


トオルも家茶と同じ様に笑いながら、家茶の髪の毛をワシャワシャしている。


「あ、そうだ白玉くん、家茶くん」


みんなの様子を楽しそうに見ていた里兎先輩が思い出した様に声を出した。


「はい」


後輩達は元気に返事をする。


「寮長として一応みんなの成績を把握しておきたいんだけど、テストが返って来たらボクにも見せてくれる?」


「はい」


「マジっスか!? ヤッベ…」


また元気良く返事をした白玉とは違って、家茶はあせった様な声を出した。


「あ、無理にとは言わないよ」


家茶の反応を見て里兎先輩が心配そうに付け足す。


「いや、多分…大丈夫っス。赤点は取らない…はず」


「自信なさ気やな~」


「お前、赤点の心配するくらいヤベぇのかよ」


「勉強苦手なんスよ~」


トオルや根津先輩に弱音を吐いてから、家茶は白玉の方を見てお願いする様に手を合わせた。


「キミ、一緒に勉強しねぇ?」


「うん、良いよ」


困った顔をする家茶に白玉は少し笑いながら返事をした。


家茶もそれで安心したのか、もうテストの話をやめて、みんなとマンガの話で盛り上がっている。


そういえば、トオルに詳しく聞けなかったから根津先輩が赤くなった理由も、何を違うと言っていたのかも結局わからないままになった。

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