結果は4対4

今日は入学式だった。


半日だけの学校が終わり寮に帰ると、1年生達はもう先に帰っていた様で、家茶が白玉に麦茶の入ったコップを渡してあげていた。


珍しい、いつもと逆だ。白玉は世話を焼かれるより世話を焼くタイプなのに…。


「あ、お帰りなさい」


オレに気付いた2人が揃ってそう言ってくれたけど、元気な家茶とは違って白玉はちょっと疲れている様に見える。


そんな白玉に、いつの間にか帰って来ていた隠立が近付いて行く。


「たまご元気ない」


結局1年生達が入寮した日に、隠立は白玉にたまごというあだ名を付けた。

今回のあだ名もまぎらわしいと思っていたけど、うちの寮の中ではもう定着している。


「あ、キミは入学式で緊張したらしくてちょっと疲れてんスよ」


「白玉、大丈夫?」


「あ、はい、大丈夫です。ありがとうございます」


「あ、ユウちゃんが心配しとる」


隠立に続いて、またいつの間にか帰って来ていたトオルがそんな失礼な事を言うから睨んでやった。


「オレだって心配ぐらいする」


「ワイの事はそないに心配してくれへんやん」


「え、そうなんスか?」


「オレの事可愛いって言ってる時はいつも頭と目の心配してるけど」


「いやそれ心配の意味ちゃうやん!!」


トオルの大げさなリアクションを見て、家茶だけじゃなく白玉も笑っていたから少し安心した。


「というか隠立もそうだけど、トオルいつ帰って来たの?」


「ん? ユウちゃんの少し後やで」


「あ、一緒に?」


「いや、別や」


「別」


トオルの後に隠立も返事をした。でも帰って来た時間にほとんど差はなかったと思うけど…。


「え、トオルさんとソルトさんって仲悪いんスか?」


「え? なして? 仲えぇよ」


「友達」


「だったらトオルさんがソルトさんに声かけて一緒に帰って来たら良かったのに」


家茶も同じ様な事を思ったみたいだけど、普通本人に向かって仲が悪いかどうかは聞かない気がする…。


「確かにユウちゃんも隠立も見えとって声もかけよ思うたんやけど、隠立が何やコソコソしとって気になったさかい、そのまま後ろから見とってん」


「え? ソルトさんコソコソしてたんスか?」


トオルの話を聞いた家茶が隠立に確認する。

普通はそう聞かれたら否定したり黙ったりすると思うけど、隠立の場合はそうはならなかった。


「うん」


あっさりと認めるところが隠立らしい。


「何でコソコソしてたんスか?」


「しょうゆを尾行した」


「は?」


隠立がコソコソしていたという事を聞いても驚きはしなかったけど、コソコソしていた理由を聞いて驚いてしまった。


「…何でオレを尾行してたの?」


「みんなしてる」


「みんな? 寮のみんな?」


「そう」


理由を聞いたつもりだったけど意味のわからない返事が返って来た。


…みんながオレの尾行をしてるって事?


「…トオル、わかった?」


自分では処理出来ないと判断してトオルに助けを求めた。


「ん~、つまり隠立は普段から寮のメンバーを見かけたら尾行しとるっちゅー事やない?」


トオルの言葉に隠立は頷いている。

どうやらオレの考えは間違いだったみたいだけど、さすがにメンバー全員から尾行されるのは嫌だから間違いで良かった。


「せやけど尾行の理由はわからへんな」


言いながら隠立の方に顔を向けたトオルに合わせて、みんなが隠立に注目する。


「楽しい」


「…尾行が楽しいの?」


「うん」


確認のために聞くと隠立はすぐに返事をした。


「嫌?」


「え?」


「尾行」


「え、いや、別に良いけど…」


「うん」


何が楽しいのか理解は出来ないけど、隠立が楽しんでやっているなら無理にやめさせる事もない気がした。


「確かに尾行は楽しいっスよね」


「せやな」


「え…」


まさか隠立の楽しみを理解する人間がここに2人もいるなんて思わなかった。


「小学生ん時オレも良くやってましたよ」


「…尾行を?」


「はい、集団でやったりとか」


「あ~、わかるわ~」


家茶に同意しているトオルとは違って、隠立は首を横に振っている。


「あ、ソルトさんは1人でやってました?」


「群れない」


「お~」


トオルと家茶が感心した様に声を出した。

何が、お~なのかわからない。


「ああいうのって男の間じゃすぐ広まるから、周りみんなやってましたよね?」


「やっとったな、まぁ男やったらみんなした事あるんちゃう?」


「しょうゆの尾行成功率80%」


隠立の言っている事はともかく、トオルと家茶の言っている事に引っかかった。


「いや、オレの周りには尾行してた人なんていなかったと思うけど」


「え? マジっスか?」


「うん」


「ほならユウちゃんもした事あらへんの?」


「ない。さっきトオルも家茶もした事あるのが普通みたいな言い方してたけど、した事ある人の方が少ないと思う」


「えー? そんな事ないっスよ」


「ここだけでも過半数の人間がした事あるんやし」


「絶滅危惧種」


オレの言葉を聞いて、した事ある派の3人が反論して来た。


隠立のは多分…した事ない派のオレが珍しいって事が言いたいんだと思う。


「キミはした事あるよな?」


「え?」


ずっとみんなの話を聞いていた白玉は、急に家茶に話しかけられて少し驚いたみたいだった。


「あ…ううん、ボクもした事ないよ」


「マジか!?」


逆に家茶は白玉の返事に驚いている。仲間が増えると思っていたのかもしれない。


「続、絶滅危惧種」


「続って…」


「ほならユウちゃん、した事ないんやったら今度一緒にやってみようや~」


「いや、別にしたいと思ってないし」


「じゃあキミは?」


「え?」


オレがトオルの誘いを断ると、すぐに今度は家茶が白玉を勧誘し始めた。


「えと、ボクも遠慮しとこうかな、向いてないと思うし」


「そっか? でも尾行した事ない人って意外といるんスね、オレ国民的な遊びだと思ってましたよ」


家茶の言葉に、せやな~とトオルが頷いている。

尾行が国民的な遊びって…。


「あ、3年の先輩達が帰って来たら先輩達にも聞いてみましょうよ、した事あるかどうか。気になりません?」


「せやな、先輩らから話聞いたらユウちゃんもしたなるかもしれへんし」


「ならない。だいたい今トオルが尾行なんかしたら完全にストーカーだと思うけど」


「ユウちゃんひどいわ~」



という訳で、帰って来た3年生にも聞いたところ、尾行をした事がある人は3人中1人だけだった。


結局、した事ある派とない派は4対4という結果に終わった。

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