第53話 「華音!!」

 〇桐生院さくら


「華音!!」


「きゃはははは!!」


 今日も知花はオフだったんだけど。

 急遽事務所に行って来るって出かけた。

 ちょっと遅くなるかもって。


 うーん…

 何とか…前に進んでくれるといいんだけどな…



 今日はお義母さんと麗とで、お茶しながら千里さんと子供達の笑顔を見て…

 ちょっと、癒されたりなんかしてる。

 …いいよね…やっぱり。

 家族って。



「…千里さん元気ねー。」


 あたしがそう言いながらお義母さんの隣に座ると。


「見かけによらず自転車通勤だもんね。体力あるわよ。」


 麗がお茶を飲み干して言った。


「疲れてても、可愛くて仕方ないんですよ。わが子が。」


 お義母さんは…千里さんと子供達が戯れる姿に、すごく嬉しそうな眼差し。


 うん…

 優しい光景だよね…

 愛に溢れてて…。



「そうよね…また、手がかかってかわいい頃だしね。」


 つい…遠い目をしてしまう。

 あたしも、知花を…

 小さな知花を、抱っこしたかったな…



「貴司さんも、麗達をあんな感じであやしてた?」


 ダメダメ。って思って、気分を切り替えて。

 お義母さんに問いかけると。


「貴司はオロオロしてばかりでしたよ。」


 お義母さんは、ずずってお茶をすすった。


「じゃ、容子さんが面倒みてたの?」


「容子さんと私もオロオロしてました。」


「じゃ、誰が?」


「知花が歌を歌ってやったり、絵を描いたりしてやってたかね。」


「知花が?」


「姉さんが?」


 麗と同時に言って、お義母さんがあたし達の顔を交互に見て。


「容子さんは産後の肥立ちがよくなくてね。それでなくても、麗と誓はよく泣く子で、私も貴司もオロオロして。」


 首をすくめて言った。


「泣き虫だったの?あたし。」


「そう。そのたびに、知花がよくわからない歌を歌って…それでも麗達はいい子になってたから、みんなは大助かり。」


「……」


 知花…お姉さんだったんだな…

 貴司さんは仕事に行ってたから、きっと…お義母さんしか知らないような話なのかもしれない。

 知花の小さな頃の話が聞けて…うん。

 あたし、ラッキーだよ。



「いいなあ、可愛かったんだろうな。麗のちっちゃい時。」


 麗の髪の毛を手にしてそう言うと。


「…ちっちゃい時って言い方、おかしくない?」


 麗は目を細めて、あたしを見た。


 ふふっ。

 可愛いなあ、麗も。



「ただいまー。」


 ふいに玄関から大きな声が聞こえて…


「!!!!!!!!!!」


 あたし達は肩を揺らせて顔を見合わせた。


 知花だ!!

 なんで!?



「うっ麗、玄関へお行き!!さくらは千里さんに!!」


「はいっ!!」


「ラジャー!!」


 お義母さんに言われた通り、麗は玄関へ走って、あたしは千里さんと子供達のいる奥の間に。

 すると、千里さんにも知花の声は聞こえてたみたいで…


「帰ったみたいっすね。」


 帰り支度を始めてる。


「うん…ごめんね。遅くなるって言ってたのに…」


「いや、こっそり来るのも…もう潮時なんで。」


「……」


 千里さんは、少し…寂しそうな横顔。

 どういう…意味なのかな。


「…とーしゃん、かえゆ?」


 ノン君が千里さんを見上げながら言うと…


「…いい子してるんだぞ?そしたら…また会えるから。」


 千里さんが、ノン君とサクちゃんの頭を交互に撫でながら言って…

 何だか、あたし…

 胸がいっぱいになった。


 ねえ、千里さん。

 このまま…もう、知花に会って、ちゃんと話し合おうよ。

 そう…のど元まで言葉が出かけた時…



「母さーん、姉さん帰ったわよー。」


 ドタバタという足音と共に…聞こえて来た麗の声。


「……」


「……」


 あたしと千里さん…顔を見合わせてしまった。

 だって…今…麗…


「玄関、平気なのか?」


 入って来た麗に千里さんが言うと。


「うん。今おばあちゃまが、姉さんに花を買いに行くように言ってる。」


 そんな麗に…


「…今日のおまえは、格別に可愛いな。」


 千里さんが、そう言って…麗の頭を撫でた。


「え?」


 なんて言うか…

 あたし…

 ちょっと、感極まった。


 知花から『母さん』って呼ばれるのも、もちろん…嬉しいんだけど。

 …麗からそう呼ばれるの…

 すごく、すごくすごく、嬉しかった。


「も1回。もう1回言って?」


 涙目になりながら、アンコールすると。

 麗は少し赤い顔をして。


「しっ…知らないわよっ。」


 バタバタと、キッチンに向かって歩いて行ってしまった。

 そんな麗の後姿を見ながら。


「…前進っすね。」


 千里さんが…優しく笑ってくれて。


 あたし…



 幸せだな…って、思った…。



 〇神 千里


「さ、千里さん。今のうちに。」


 ばーさんにそう言われて、俺は裏口から出る。


「…知花は?」


「買い物に行かせました。」


「花を?」


「ええ。」


「…どこの花屋ですか?」


「え?」


「とーしゃん!!」


「とーしゃん!!」


 俺が座って靴を履いていると、背中に華音と咲華がしがみついて来た。


「うわっ…ははっ。おまえら力強くなったな。」


 二人を抱き寄せて…しばらくその温もりを堪能する。

 …こんなにコソコソする理由なんて…もう、ないよな。

 今まで、桐生院家のみんなの好意に甘えてたけど…

 それも、もうじき…終わる。



「表通りの『映華えいか』さんですよ。」


 ばーさんがそう言って、その店からもらったらしい葉書を見せてくれた。

 そこには、店の地図と写真。

 …音楽屋の近くか。


「ありがとうございます。」


 ばーさんに礼を言って、華音と咲華の頭を撫でて。


「またな。」


 目線を合わせて言うと。


「……」


「……」


 二人は同時に、唇を尖らせた。


 …そんな顔すんなよ…

 心の中でそう思いながら…俺は自転車を押して外に出る。



 自転車を走らせて、表通りへ。

 映華という店は、音楽屋とは反対側の…俺が普段通らない場所にあった。

 …最近は、ここを通るとカナリアに一直線だったからな…

 花屋なんて、気にも留めなかった。


 ゆっくりと花屋の前を通り過ぎようとして…


「……」


 知花…どうした?

 長かった髪の毛…

 バッサリ…ショートカットになっている。

 俺はその後ろ姿…そして横顔を見つめた。


 …ガキみてーじゃんかよ。


 つい、小さく笑った。



「何悩んでんだ。」


 自転車に寄りかかって、後ろから声をかけると。


「…千里…」


 知花は驚いた顔で振り返った。


「また思いきって切ったな。髪の毛。」


「…よく後ろから見て、あたしだってわかったね。」


「足だけでもわかるさ。」


 ああ。

 本当に。

 手だけでも…足だけでも分かる。


「飾んのか?」


 もっと近くで顔を見たくて…

 自転車を立てかけて、知花の隣に並ぶ。


「…母さんが、アレンジメントするって…」


「アレンジ?」


「あの…ほら、そこにあるようなの。」


 店を見渡すふりをして…さりげなく、知花を見る。

 あの頃より…少し痩せたんじゃないか?

 ちゃんと食ってんのかよ。



「お待たせ…あ、いらっしゃい。」


 ふいに、店の奥から女性店員が花を持って出て来た。


「こんにちは。」


 知花のリクエストなのか…二人はその花を手にして、何か意見を出し合っている。

 俺はその辺にある花を眺めて…


「おまえの好みでいいじゃん。」


 口を挟んだ。


「え?」


「親子だから似たようなもんだろ。おまえが使いたいの、選べばいいじゃねーの。」


「……」


 さくらさんは…ずっと眠ったままだったからなのか、俺から見ると…知花と双子のように思える時がある。

 だったら、知花が好きな物は、きっと好きだ。

 そう感じた。



「なんだっけ、これ。おまえが玄関でおっことしたやつ。」


 見覚えのある花に触れて言うと。


「あ…あれは、千里が悪いのよ。」


「なんで俺?」


「いきなり帰ってきたから驚いて…」


「おー、これも見たことあるな。サラダん中入ってたやつ。」


「…別にわざと入れたわけじゃ…」


「あ、俺、これが好き。これに赤い花とか合わせてたよな。」


「…うん。」


 …何だろうな。

 あのマンションの…最後の思い出は、最悪だった。

 部屋の中だけじゃない。

 あちこちで暴れて…迷惑をかけた。

 …知花との思い出を、消し去りたかった。


 なのに…今は。

 幸せと思えた日々が蘇る。

 知花はまだ…俺の事なんて、ただの偽装結婚相手としてしか思ってなかった頃かもしれねーけど。

 …俺には…


 穏やかで、柔らかい空気。

 俺の居場所。


 …あの頃が…懐かしい。



「ブルースターって花なんですよ。」


 店員がそう言った。


「なんか、そのまんまの名前ですね。」


 ブルースター…な。

 それを手にしたままでいると。


「花言葉は、信じ合う心…だったかな?」


「……」


 つい、黙ってしまった。

 …信じ合う心…



「ど…どれにしようかな…」


 相変わらず、動揺が表に出るタイプだな。

 知花の様子を見て小さく笑いながら。


「ま、早く選んで帰れよ。暗くなんぞ。」


 知花の頭を突いた。


「……」


「じゃあな。」


「待って。」


 自転車に手を掛けた所で…呼び止められた。


「…あたしに…」


「あ?」


「あたしに、花を贈るとしたら、どれをくれる?」


「…俺が?おまえに?」


「…うん。」


 いきなりハードルの高い質問をされて…内心…かなり真剣に考えた。

 が、俺に花の名前なんて分かるはずもない。


 だが…


 知花は…俺の知ってる可愛い花に似てる。

 気がする。


「さあなー…チューリップかカーネーションかヒマワリか…」


「知ってる花じゃなくて、あたしに…贈りたい花よ?」


 図星を突かれて、笑いを堪える。

 男が知ってる花なんて、せいぜいこれにバラとすみれぐらいだ。


「おまえのイメージで言ったんだけどな…」


 俺は前髪をかきあげながら、店を見渡して…

 …あ、あれかな。


「あれあれ。レジの横んとこのカップに入ってるやつ。」


 知花から見たら、たぶん…ガッカリする花だったかもしれない。

 でも、今俺が知花に贈りたいのは…

 豪華な花束でも、高価な花でもない。

 ただ、そこにある花…

 そんな感じのもの。



「じゃあな、俺は帰るぜ。」


「…うん…」


 案の定、知花は少し拗ねた唇だったが…

 俺は正直に言ったまでだ。



 それにしても…

 ショートカットの知花…

 可愛かったな。


 …ちくしょー。


 抱きしめてーな…。

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