第50話 生まれて初めて持ったポイントカード。

 〇神 千里


 生まれて初めて持ったポイントカード。

 子供服、おもちゃ、雑貨の店、カナリアの物だ。

 スタンプが溜まって行くサマの…楽しい事…楽しい事…

 しかも、これがいっぱいになったら、特別カタログの中から、欲しい物を一つ選ぶ事が出来る。


 俺が狙っているのは…ズバリ、木製の二人掛けブランコだ。

 サイズ的には大人も座れる。

 広縁に置いて、あれに座って庭を眺めるなんて…最高のはずだ。

 庭に持ち出してもいい。


 …いや、もちろん…華音と咲華に座らせてやりたいから、あれを選ぶんだが。



「…ニヤニヤしてるで?」


 突然、朝霧さんがアップで迫って来て、俺は少しだけのけ反った。


 …ビックリした。

 …間近で見ても…

 やっぱ、世界のDeep Redの朝霧真音なんだな…って…

 当たり前か。


「ちょっと、昼飯付き合うてくれ。」


 朝霧さんにそう言われて、俺はルームを見渡す。

 そこには、アズも京介もいるが…俺だけ?


「あ、悪い。ちょっとプライベートな話やから。」


 気付いた朝霧さんが、アズと京介にそう言って、顔の前で手を合わせた。


「いいですよー。俺らはまた別日に美味いもんごちそうしてくださーい。」


 アズがのんきにそう言うと。


「…俺は朝霧さんと飯なんて…食った気しないだろうな…」


 京介は、聴こえるかどうかぐらいの小声で、そう言った。


 …まだ人見知りしてんのかよ。



 朝霧さんは、なぜか少し緊張した面持ちで。

 無言で並んで歩いて、着いた先は中華料理屋。


「お待ちしてましたー。」


 …お待ちしてました?


「さ、奥へどうぞー。」


 …奥?


 どうやら朝霧さんは、個室を予約していたらしい。


 …内密な事か?

 俺まで少し緊張して来た。


 店員と朝霧さんの後をついて店の奥の部屋に。

 朝霧さんが中華?って、意外だったから、少し突っ込もうと思ってたのに…それさえどうでも良くなった。



「…千里、率直に聞くが…」


 まるで怪しい組織が密談に使う部屋のようだ。

 そう思いながら、漆塗りの柱を眺めていると、朝霧さんが言った。


「今も、知花を好きなんか?」


「……」


 高原さんに聞かれる事は想定できたが…朝霧さん?

 その驚きに、無言になってしまうと。


「んー…好きか…」


 それを返事と受け取ったようで。

 朝霧さんは、腕組みをしてうつむいた。


「…なんすか?」


「…まず、謝らせてくれ。」


「え?」


「すまん。ホンマ、悪かった。」


 朝霧さんに頭を下げられて、俺はつい椅子から立ち上がる。


「い…いやいやいやいや…意味分からないっすよ。止めて下さい。」


「知花が、おまえの子供を産んだ。」


「……は?」


 これまた…思いがけない人からの告白に、俺は固まる。


「しかも双子や。向こうで妊娠が分かって…出産した。」


「……」


「…俺が向こう行った時、知花は…もう、でっかい腹になってて…」


「……」


「みんなから、口止めされた…けど…なんて言うか…」


 俺は立ち上がったまま、朝霧さんを見下ろした。

 けど、別に怒りとか…そういう感情はない。

 むしろ、そんな事をずっと抱えてた朝霧さんを、気の毒に思った。


「めちゃくちゃ可愛いねん。あの子らに会うたんびに、千里がこの存在を知らんて…って、悶々として…」


 朝霧さんは、まだ顔を上げない。


「確かにな?知花と千里は離婚して終わったかもしれん。せやけど、子供は…な?」


「……」


 俺は静かに椅子に座る。


「知花がナッキーの娘やった、って聞いて…21年もそれを知らんままでおったって聞いて…色んな事情があったにせよ、なんちゅーか…ホンマ、ナッキーが不憫に思えてな…」


「…そうですね。」


「せやから…俺も決心して…おまえに話す事にした。ホンマ、黙ってて悪かった。」


 そう言って、朝霧さんはより深く頭を下げる。

 俺は…無言で財布から写真を出すと。


「…朝霧さん、これ。」


 それを、朝霧さんの目の前に差し出した。


「…ん?………えっ!?」


 俺が、華音と咲華を抱えてる写真を見て、朝霧さんは写真と俺を交互に見た。


「えっ?ええっ?なん…なんで?」


「…桐生院家の皆さんが、会わせてくれました。」


「……」


 朝霧さんは口を開けて写真を見入って…


「…はあ…はー…えかったなあ…えかったな、千里。」


 笑顔になった。


「でも、あいつは知らないんです。俺が…子供達に会ってる事。」


「え!?」


「…だから、どうしても…成功して迎えに行きたいんです。」


「……」


「ダシに使ったみたいで、すみません。」


 今度は俺が頭を下げた。



 どうしても成功したい。

 成功して…知花を取り戻したい。

 確かに…その想いが強くて…俺はバンドを組むなら、もうこのメンバーしかいないと決めた。


 ま…一生やっていけるバンドを、とも思った時、その顔しか浮かばなかったんだから仕方ない。



「…もう一つ、謝らなあかん事が。」


「なんすか。」


 朝霧さんは、まだ…手元の写真を眺めてたが…

 ふいに、財布から一枚、写真を取り出した。


「…俺にとっても孫みたいに思えて、持ち歩いてもうてた。」


 苦笑いしながら差し出された写真は、華音と咲華が俺と会う随分前の物。


「これ、何の写真ですか?」


 笑いながら問いかける。

 二人は口元に何かを当てられて、何とも複雑な顔。

 いつも笑顔の二人には珍しい表情で、俺はマジマジとそれを見入った。

 桐生院家にもなかった写真だな…



「…向こうで、お食い初め式やったんやて。」


「お食い初め式?」


「生後百日の祝いみたいなもんやな。」


「へえ…」


 どんな表情をしていても、華音と咲華は可愛い。

 俺も相当な親ばかだな…なんて笑うと…


「…俺も、こないだ聞いた話なんやけど…」


「はい。」


「…向こうで、光史と知花、一緒に暮らしてたらしいんや。」


「……」


 つい…瞬きが増えて…そして、顔を上げるタイミングを逃した。

 そのまま写真を見入ったフリをしながら…頭の中に、知花と朝霧の歩く姿を思い浮かべた。


「聖子が寮生やったいうのもあんねんけど、光史が暮らしてたアパートが一番治安がえかったのと、あれで…光史は面倒見のええ奴でな。」


「……分かります。」


 かろうじて…震えずに答えられた。

 が…俺は…動揺している。

 朝霧は、知花の事が好きだ。

 どこかで、そう気付いてたクセに…

 実際、一緒に暮らしてたと聞くと…



「…付き合ってるんですか?」


 写真に視線を落としたまま問いかけると。


「…それはない思うけど…光史の奴、もうすぐうちを出て一人暮らし始める言いよってん。」


「……」


「それが、一人暮らしなんか…知花が一緒なんかは…聞けへんかった。」



 俺はどこかで…

 知花は、俺をまだ好きでいてくれる…と、勝手に思っていたのだと思う。

 …バカだな。



「…色々、抱えさせてしまって、すみませんでした。」


 そう言いながら写真を返すと、朝霧さんは。


「俺にとっては、千里も知花も、我が子みたいなもんや。」


 写真を受け取りながら、真顔で。


「みんなが…幸せんなってくれるのが一番や思う。」


 そう言って…目を伏せた。


 …誰もが幸せに…なんて、夢の話かもしれない。


 だが…

 俺は…


 やるしかないんだ。

 これから先、俺が…ずっと歌い続けるためにも…



 知花が…必要なんだ。



 〇東 圭司


「……」


「……」


 俺と京介は、顔を見合わせて首をすくめたよ。

 だってさ…神がさ…


「…あれって、どう見てもおもちゃ屋とかのじゃねーか?」


 すっごい小声で京介が俺に言った。

 何を見て言ったのかと言うと…

 神が手にしてる、ポイントカードみたいな物。

 黄色で、ゾウとかキリンのイラストがあって、そりゃあ神には似合わないのは当然‼︎


 この前からさ、ちょくちょくそれを手にしてはニヤニヤしてるんだよ。

 俺の知ってる神は、そんな物持たないのに。

 そして、ポイントが貯まってくのをニヤニヤするような男じゃないのに。



「…あいつ、あんなキャラだったっけ?」


 相変わらず、小声の京介。

 俺から言わせたら、京介の人見知りも見た目とギャップ有り過ぎだよ。

 人見知りって言うか、もう、人間恐怖症ぐらいのやつ。

 いまだに、俺以外のメンバーとは飯にも行けないし。


 しばらく、そんな神の様子を遠巻きに眺めてると、朝霧さんがやって来て…神を昼飯に連れ出した。

 残された俺と京介は…


「俺らも昼飯行く?午後から夜までは缶詰状態になるし。」


「そうするか…」


 また。

 また、二人で飯に行った。



「おまえ、嫁さんが弁当とか作ってくんないの。」


 事務所の中にあるフードコートでそばをすすりながら、京介が言った。


「俺が作る事はあっても、嫁さんは作らないなあ。」


「何だよそれ、寂しいな。」


「別にいいんだよ。俺、瞳の料理下手な所も好きだし。」


「はいはい。ごちそーさま。」


「京介、彼女いないの?」


「俺?今は特定の女はいなくていーかな。」


「ふーん…ま、忙しくなったら、かまってあげられないしね。」


 京介は超人見知りなクセに、女の子にモテモテなんだよねー。

 女の子となら喋れちゃうのかな?

 あ、でも女の子達を引き連れて歩いてるけど、喋ってるのは見た事ないかなあ。



「…なあ、SHE'S-HE'Sでベース弾いてる女って、なかなかだと思わねー?」


 俺が京介の人見知りを心配してると、目の前の京介がちょっといい顔でそう言った。


「えっ、七生ちゃん?なかなかだなんて、彼女はサイコーだと思うよ?」


「おま…嫁がいるクセに…」


「前に好きだったんだー。カッコ良くて憧れたけど、全然誘いに乗ってくれなかったー。」


「…手強そうだよな。ああいうタイプ、落としてみたくなる。」


「あはは、無理無理ー。七生ちゃん、結構理想高いと思うし。」


「何だよ。俺じゃクリアできないって事か?」


「うん。」


「うわ、ムカつく。」


「だって喋れんの?」


「うっ…」


「わー、やっぱダメなんだ?なのに、どうやって入れ食いしてんのさー。」


「…別に、俺が喋らなくても女は喋るだろ…」


「…なるほどー…」


 そっか。

 女の子の話を聞いてあげて、いただいちゃうわけだ。

 こんな、見た目ガツガツいっちゃいそうなのに。

 ま、そのギャップに女の子もやられちゃうのかな。


「勉強になるよ。」


「何の勉強だよ。」


 そんな会話を楽しみながら、昼飯食って…

 ルームに帰ったら、臼井さんが一人で猛練習してて、慌てて二人で『一緒にやってもいいですかー!?』って、参加させてもらって。

 一時間ぐらいしてからかな?

 神が、一人で帰って来た。


「あれ?朝霧さんは?」


 俺が問いかけると。


「…あ?あー…高原さんとこ行って、それからスタジオ行くってさ。」


「仲いいよねー。Deep Redって。ナオトさんも会長室から行くって。ルーム、四人占めだよね。」


「ふっ…四人占めって何だよ。」


 あれ?

 神、何だか元気ない?

 さっきまで、ポイントカードでニヤニヤしちゃってたのに。



「そろそろ入ろうぜ。」


 臼井さんにそう言われて、俺達はスタジオに入る準備をする。

 もう、最近はスタジオに入り浸りで…瞳と出かける事もままならない。

 あ~…呆れられてないかなあ。

 今日は帰ったら、瞳の好物作ろうっと。



「神、どしたの。なんか元気ないけど。朝霧さんに、説教でもされた?」


 神の隣に並んで歩き始める。


「…別に。」


 あ。

 不機嫌だー。

 …ちょっと、いじめちゃお。



「あのさー…俺、神が行方不明の時にね、知花ちゃんと話したんだよねー。」


「……」


 俺の言葉に、神はチラリと…一瞬だけ、俺を見た。


「歌わない彼に、魅力なんて感じません。って言ってたよ。」


「……」


「良かったね。歌ったら、神の魅力、知花ちゃん解ってくれるよ。」


 神に顔を近付けて言うと。


「…るさい。」


 いきなり、頭突きが来た。


「あたっ!!」


 大袈裟にのけぞって、頭を押さえると。


「…ったく…どいつもこいつも…」


 神は、そんな事をつぶやいた。


 …は?何?

 どいつもこいつもって…


 どいつが朝霧さんで、こいつが俺って事かな?

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