第45話 「ただーいまー。」

 〇桐生院さくら


「ただーいまー。」


 仕方ないけど、寝たきりだったし歳を取ったし…で、体力が落ちた。

 あたし、軽く走って来ようと思って、前にお嫁に来てた時もよく知らなかった、近所の公園まで走りに行ってみた。


 いい汗かいたし、何か美味しい物でも飲もうかなー。って、キッチンに行こうと…


「……」


 あたし、目をゴシゴシ。


「……」


 桐生院は、知花が双子ちゃんを産んだことで、増築されてる。


 だけど…

 元々のザ・お屋敷。は、ちゃんと残ってる。

 あたしは、知花達のために増築された裏側から帰って来たんだけど…

 誓(家族だし、呼び捨てでいっかぁ)が言うには、友達に寺みたいって言われた中庭の向こうに、中の間があって…

 そこに…ごろんと横になってる…双子ちゃんと…


 …あれ、誰。



 あたし、眉間にしわを寄せて、中の間に忍び足で…



 ガシッ


「……」


 腕を掴まれて振り向くと、お義母さんが口の前で人差し指を立てて、あたしをキッチンに引っ張った。


 義母さん、今、足音しなかったよ?

 忍者?



「な…何?あれ…誰?」


「……」


 あたしの質問に、お義母さんは額に手を当ててる。


「さくら…今日は病院に行ってくるって出かけたのでは?」


「え?そんな事言った?」


 身体が鈍ってるから、調べてくる…って…

 病院って感じ?


「…貴司に、知花が結婚して、離婚した事は聞きましたね?」


「…うん。」


「あれは、その相手の方です。」


「…神…千里君?」


「そうです。」


「…彼がうちに来てるって、知花は…?」


「知りません。」


「……」


 あたし、ちょっとポカンとした。

 だって…そんな大変なミッション…


「知花には時間が要るんです。でも…千里さんが立ち直って知花を迎えに来るには、この方法しかなかった。」


「……」


 何だか…

 何だか、よく分かんないけど。


「…これ、貴司さん知ってる?」


「知ってますよ。知花以外は。」


「え?誓も麗も?」


「ええ。」


「……」


 …なんだ。

 チーム桐生院。

 すごい。


 あたし、知花が…相手の人に子供達の存在を伝えてないって貴司さんに聞いて…

 あたしと同じ事を?って…ちょっと苦しくなった。

 …だけど…そうだよね。

 色んな想いって…存在するから…


 もっと、みんなが単純に、好き、嫌い、良い、悪い、って…それ『だけ』なら、簡単なのかもしれないけど…

 複雑だから、深くなるのかもしれない。



「寝顔見て来ていい?」


 あたしがそう言うと、お義母さんは。


「起こしたいんでしょう?」


「ふふっ。バレたか。」


「もう、千里さん帰る時間が近いから、起こしてさしあげて。」


「はーい。」


「…まったく…知花にもう一人妹が出来たみたいだよ…」


 お義母さんの小さなボヤキを聞きながら、あたしは中の間に。

 忍び足で近付くと…すでに起きて天井を見上げてるサクちゃんと目が合った。


「あ。」


「……」


 なぜか、いまだに双子ちゃんはあたしに懐いてくれなくて。

 当然…


「あーん!!」


 サクちゃんが、大声で泣き始めて。


「わっ…」


 神君が飛び起きた。


「あーんはこっちよ~。なんで泣いちゃうかな~?」


 あたしがサクちゃんに近付いて言うと。


「咲……え?」


 飛び起きた神君はあたしを見て、キョトンとしてる。


「…さくらさん?」


「はい…こんにちは…」


「こん……え?」


「…戻りました…」


「あーん!!」


「あ…ああ、よしよし…」


「ずるい。神君には懐いてる…」


 あたしが唇を尖らせると。


「…高原さん…は?」


 神君は…サクちゃんをあやしながら…あたしに言った。


「…幸せになれ…って。」


「……」


 サクちゃんは神君の腕で泣き止んで。

 その代わり…あたしが泣きたくなった。


 …なっちゃん、あたしは…幸せだよ。

 うん。

 幸せ…。


 でも…なっちゃんは?

 どうしてる?


「……」


 神君の前だと言うのに、ちょっと唇が震えてしまって。

 眉間に力を入れると、余計…泣きたくないのに、涙が出そうになった。

 すると…


「らめ。」


「……」


 突然、神君の腕からサクちゃんが降りて。


「らーめ。」


 あたしの肩に手を掛けて、膝に上がって、あたしの頬…ピタピタって…


「…こいつら、どういうわけか、人が泣くの嫌いみたいで。」


「…あたし、泣いてない…」


「泣きそうですよ。」


「……」


「らめっ。」


「……サクちゃん…」


 あたしの膝に来てくれた。

 あんなに、懐いてくれなかったのに。


「…これ…長年あっちに居たから…ホームシックなだけだから…」


 あたしがそう言って、ポロポロ泣いちゃうと…


「…当然でしょう。17年暮らしてたんですから。」


 神君はそう言って立ち上がって。


「俺、ばーさんと茶飲んでますから。」


 出て行った。


「…らめよ?」


 サクちゃんが…悲しそうな顔で、あたしを覗き込む。


「…ダメなの?でも…ちょっと…泣いちゃいたい…」


 あたしがそう言うと、サクちゃんは…


「…しゃく、よちよち、しゅる。」


 あたしの頭…撫でてくれた…


「…サクちゃん…ありがと…」


 サクちゃんをゆっくり抱きしめて、泣きながら頭を撫でてもらってると…


「…しゃくりゃちゃん…よちよち…」


 後ろから…いつの間にか起きたノン君が、あたしの背中を摩ってくれた。


 …しゃくりゃちゃん…?

 …なんだろ。

 なんだか、懐かしいや。



 懐いてくれなかった二人に、頭を撫でてもらって。

 あたしは…心底癒されたし…幸せだなって思った。

 だけど…

 幸せを感じれば感じるほど…


 なっちゃんへの罪悪感は…

 膨らんでいくばかりだった…。



 〇神 千里


「いよいよ始動だな。」


 会議室。

 高原さんが、テーブルに肘をついて言った。

 俺が帰国して…初めての、高原さんを交えてのバンドミーティング。


 俺が渡米している間に、SAYSはギターボーカルの里中がソロになりたいと発言して、事実上解散となった。

 浅香京介を引き抜きたいと思ってた俺にとっては、好都合だった。

 揉め事を起こさずに済んだ。


 それで…朝霧さんから新バンドについて説明された浅香京介は。

 今、カチコチになって…俺の斜め前に座っている。



「で、バンド名はどうするんだ?」


「は?あれちゃうのん?」


 高原さんの問いかけに、朝霧さんがボールペンをプラプラさせながら。


「毎回封筒に書いてたやんな。」


 みんなに同意を求めた。


「え?『F's』か?」


「ナッキーが書いたんやろ?」


「おまえが『F』だけ書いてたから、他の資料と混ざると思って『's』を付け足しただけだ。」


「俺は朝霧さんがそう決めたのかと。」


 俺が朝霧さんにそう言うと。


「ちゃうわ。みんなで案出し合うた時に、みんな『F』から始まるのんばっかやったから、とりあえず頭文字だけ書いてただけやん。」


 朝霧さんは首をすくめた。



 アメリカ滞在中、朝霧さんから電話があって。


『千里、好きな言葉とか、英単語あるか?』


 と、聞かれた。


「…好きな言葉か英単語?」


『バンド名、全然やで。』



 渡米前に、バンド名をどうするかと聞かれて…


「ああ…何かカッコいいの考えて下さいよ。」


 と、お願いした。



『臼井に言うたら、『豪華絢爛』とか言うし。漢字の名前って頭にあったか?』


「……」


 正直…豪華絢爛はないよな。


「ゴージャスって事ですか?」


 面子的には、それでもいいが…


『ゴージャスやとお姉ちゃんら想像するやん?せやから、漢字四文字がええ言うねん。』


「…豪華絢爛でもお姉ちゃん想像しますけど…」


『それぞれ何か好きな英単語出してみて、そっから関連付けしてみるんもええかな思うてん。』


「なるほど…」


 誘っておいて、丸投げもないよな。

 自分でした事とは言え、少し反省して…真面目に考えた。


「……」


 俺はポケットから、財布を取り出して…そこから写真を手にした。

 華音と咲華…そして、知花の三人が写っている物だ。

 三人の笑顔は…今の俺の勇気と力になっている。

 何としても…俺は成功してみせる。

 …しなくちゃいけないんだ。



「結局、臼井は『Face』て言うた。」


 朝霧さんが、封筒の『F's』を指でトントンとしながら言った。


「思い出のバンドですからね…」


 臼井さんが…感慨深そうに言った。

 Faceは…第二のDeep Redと呼ばれるほどの実力を持っていた。

 活動が軌道に乗って、まだまだこれからを期待されたバンドだったのに。

 ボーカルの丹野廉が、銃弾に散った。

 臼井さんは、あれ以来…バンドを組んでいない。



 アズは『Flag』だった。

 確か、瞳のファーストアルバムのタイトルだ。

 色々意味を込めてつけられたそのタイトルを、アズはとても気に入っている。



「好きな英単語って言われたら、そりゃあ『Family』だよな。」


 ナオトさんは、奥さんと息子たち…そして、バンドメンバー、事務所のみんな。

 全てが家族だと言う。

 確かに、高原さんを長として…ビートランドは大家族のようなもんだ。



「俺は『Forever』やな。永遠て、そうそうない言われるけど、俺らの熱みたいなもんは絶対やん?」


 そう言いながら、朝霧さんはナオトさんとハイタッチをした。

 …いつ見ても、Deep Redのメンバーの…こういう場面は胸に来る。

 TOYSに足りなかったのは…こういう熱と信頼関係だ。

 朝霧さんとナオトさんから…それをしっかり学びたい。



「京介はクソ真面目に考えて来たよな。」


 ナオトさんに突っこまれた京介は。


「そっ…それはっ…そりゃあ…必死だったんで…」


 背筋を伸ばして、小刻みに頷いた。

 京介が選んで来たのは『Focus To Win』

 成功するために焦点を絞れ


「…ふっ。」


 小さく笑ったのは、高原さんだった。


「ああ、悪い。京介、不安なのは分かるが、おまえには実力も伸びしろもある。」


「…ありますか?」


「千里がずっと狙ってたんだ。間違いない。」


「……」


 京介が無言で俺を見る。

 実は、まだ人見知りされてるのか…あまり話した事がない。



「で、千里は何を選んだんだ?」


 高原さんが指を組んで俺を見る。


「…めちゃくちゃ個人的な気持ちで選びました。」


「個人的?」


 知花と…華音と咲華の写真だけじゃない。

 桐生院家の家族写真を見ていると、いつも花を想像する。

 そこに花は写っていなくても…

 いつも…笑顔が咲いているんだ。



「…『Flower』です。」


「……」


 たぶん…子供達の事を知ってる高原さんと、朝霧さん…そしてナオトさんが少し間を空けてアイコンタクトを取った。

 いや、バレバレですよ。



「昔の神がそんなの言ったら、ちょっとゾゾッとしてたけど…今はなんか似合うね。」


 アズがそう言って、足を組みながら笑うと。


「似合うとは思わねーけど…まあ…ギャップとして…悪くはねえな…」


 京介がボソッとつぶやいた。



 色んな想いのある…『F』がある。

 俺は…


「…『F's』でいきましょう。」


 封筒の、高原さんの文字を見て言う。


「あ?おいおい…世界に出て行くバンドになるのに、そんなふざけた名前やめろ。」


 高原さんは眉間にしわを寄せたが。


「あっはっは。ええやんな。最後にナッキーがまとめてくれた。みたいで、丸くおさまるで?」


「同感。」


 朝霧さんとナオトさんは、笑顔で同意。


「誰も『F』じゃない所がまたねー。」


 アズも笑う。

 京介は、高原さんが付けた名前に文句なんて言えるわけがない。



「じゃ、決定って事で。」


 まさかの『F's』に、高原さんは頭を抱えたが。


「よっしゃ。F'sで深紫も深紅も超えるで。」


 朝霧さんの言葉に。


「…やってもらおうじゃねーか。」


 久しぶりに…力強い口調を聞かせてくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る