第39話 今日は、俺と聖子と知花はオフ。

 〇朝霧光史


 今日は、俺と聖子と知花はオフ。

 家に居ても何もする事ないし、やっぱ事務所に行くか…なんて思って外に出ると、聖子に出くわした。



「事務所か?」


「何でよ。オフなのに。」


「デートか。」


「何それ。知花んち行くの。」


「知花んち?」


「うん。ノン君とサクちゃんにも会いたいし。」


「……俺も行く。」


「えっ。」


「さ、手土産何がいいかな。」


「ちょ…光史っ。」



 半ば無理矢理、聖子の腕を引いて。

 表通りのケーキ屋で、フルーツゼリーを買った。



 …神さんは、今…アメリカに行っている。

 一ヶ月、修行するとかで…向こうのバンドとセッションしているらしい。

 極秘情報だが、これだけは親父が教えてくれた。



「…すげーな。」


 噂には聞いてたが…

 桐生院。

 かなりの…豪邸だ。

 て言うか…


「国宝にしちゃいたいぐらいでしょ。」


 大きな門の横にあるドアを開けて入ると、そこは庭園。


「…知花、マジでお嬢様だな。」


 つい、キョロキョロと見渡してしまう。

 陸んちも、立派な門構えで庭も広いが。

 あそこは、やっと芝生が生え揃った感じか…


 緩やかな坂道を上って行くと、知花が玄関の引き戸を開けた。


「いらっしゃ…あれ?光史も一緒?」


「そ。家を出た所でバッタリ。連れてけって。」


「ノン君とサクちゃんに癒されに。」


 そう。

 二人に会いたかった。

 忘れられてないかな。



「さ、どうぞ。」


 知花がスリッパを出してくれて。


「お邪魔します。」


「あ、これお土産。」


「気を遣わなくていいのに。」


 そんな事を言いながら、廊下を歩いてると…


「こー!!」


「こー!!」


 ノン君とサクちゃんが、俺の名前を呼びながら…走って来てくれた。


「あたしはー!?」


 聖子が眉間にしわを寄せて、知花が笑った。


「覚えててくれたかー。」


 しゃがんで、二人をギュッと抱きしめると。


「こー、ピカピカー。」


 ノン君が、俺の手を引いた。


「ちぇ。双子ちゃんは相変わらず光史が大好きね。」


 聖子がそう言いながら、サクちゃんを抱っこした知花に続いて奥の部屋へ。



「お茶とコーヒーと紅茶、どれがいい?」


 知花にそう言われて。


「あたしはコーヒー。光史もコーヒーでいいよね。」


 聖子が答えてくれた。


「ああ。」


 俺はノン君が手にした光るツリーのおもちゃを見ている。


「季節外れだけど、きれいね。」


 聖子が光るツリーを見て言うと。


「片付けようとしたんだけど、二人ともお気に入りみたいで。」


「コンパクトなのに凝ってるよな。ここに小さいサンタとトナカイもいる。」


 本当に、かなり凝った代物だ。



「どこで買ったの?」


「えーと…カナリアって言ってたかな。」


 知花は、立ち上がってコーヒーカップを出しながら言った。


 …カナリア…


「雑貨屋か何か?」


「どうだろ。そこまで聞かなかったけど。」


「誰が買ったの?」


「麗。」


「へー…すっかり、いい叔母ちゃんね。」


 知花と聖子の会話を聞きながら…

 俺は、年末の出来事を思い出していた。



 …神さんだ。


 きっと…これは、神さんが買ったに違いない。

 だが、神さんは…子供達の事を知らないはず。

 …いや、やっぱり知ってるんだ。



「こー。」


 座ってる俺の膝に来たサクちゃんが、おもちゃを俺に差し出した。


「ん?ボタン押せ?」


 サクちゃんに問いかけると、コクコクと頷く。


 …可愛いな。


 リクエストに応えてボタンを押すと、ピカピカと光るツリー。


「ピカピカ!!」


 サクちゃんは、両手を上げて喜ぶ。


「もう…よく飽きないなって思うんだけど、光るたびにやるのよ?」


 知花がそう言って笑ってる横で、ノン君も聖子にボタンを押させて両手を上げている。


 …神さん…子供達に会ってるのか…

 もしかしたら、それで…アメリカに修行に?


 少し…言いようのない気持ちが湧いた。


 これは…ヤキモチか?

 …だとしたら…



 誰に?




 〇高原夏希


「…どちら様ですか。」


 半ば無理矢理サカエさんを追い出して。

 さくらと二人きりで生活をするようになって4日。

 ドアを開けると、知らない男が立っていた。


「うちから派遣したサカエを気に入ってもらえなかったようで。」


「……」


 この男…何者だ?

 サカエさんは、派遣されて来た人物ではないぞ?



「…傷付いた顔をしてらっしゃる。」


 俺の目を見て、男は言った。


「何者だ?」


「……」


 男は小さく笑って一度下を向いて。

 しばらく…何かを考えている様子だったが。


「…さくらの保護者と言ってもいい者です。」


 そう言って、顔を上げた。


「……さくらは、孤児だと。」


「ええ。うちには、そういった者が多くいます。」


「うち?」


「入っても?」


「……」


 さくらの事を知りたい…いや、もうこれ以上…何も知りたくない…


「…いや、帰ってくれ。俺は」


「さくらは、普通に話せるし動けます。」


「……え?」


「私が、さくらを動けなくしました。」


「……」


 男の言っている意味が分からない。

 俺は眉間にしわを寄せたまま、少し途方に暮れた。


「さくらに会わせて下さい。そうすれば…全てあなたにお話しします。」


「……」


 さくらの全て…

 それはもう、知らなくてもいい気がした。

 さくらは桐生院貴司を愛して、結婚して…

 いずれは…俺の元からいなくなる。


 …また。

 いなくなるんだ。



「何も知りたくない。」


 俺がそう言うと。


「…重症ですね。」


 男はそう言って。


「でも、とりあえずさくらに会わせて下さい。」


 半分開いたドアに手を掛けた。


「困る。」


 俺がそれを制しようとすると…


「さくらのためです。」


 手首を掴まれて…


「あ…」


 カクン、と。

 身体の力が抜けた。



 …何だ?今のは…


 男はドアを開けて家の中に入ると、一旦ぐるりと辺りを見渡して…

 教えてもいないのに、さくらの部屋に向かった。


「お…おい、待て…」


「数分お待ちください。」


 男を追いたいのに、力が入らない。

 俺はその場に仰向けに倒れて…しばらく天井を眺める羽目になった。



 …どういう事だ?

 あいつは誰だ?

 さくらの動きを止めたとか…さくらの保護者みたいな者だとか…


 確かにさくらには謎が多かった。

 俺には話せない事だらけだった。


 …桐生院貴司と結婚していた事も含め…

 秘密…だらけだった…。



「大丈夫ですか?」


 気が付いたら、男が俺の顔を覗き込んでいた。

 今…俺は眠っていたのか?


 ゆっくり身体を起こして、立ち上がる。

 男はまるでここが我が家のようにリビングに向かうと、ソファーに座って俺を待った。

 俺は男の姿を見ながら、さくらの部屋に行こうと…


「今は眠っています。」


「……」


「大丈夫。目が覚めた時には、動ける身体になっています。」


 誰が…

 誰が、そんな話、信じられるものか。

 そう思ったが…


「声を出してみて下さい。」


「……」


 声を…出そうとしたが、出ない。

 …何なんだ?

 男は静かに俺を見ていたが。


「今から私が手を叩いたら、声が出るようになります。」


 そう言って…


 パン


 一度、手を叩いた。


「…ん…なんだ…」


 声が…


「…催眠術のような物です。」


 男はそう言って、視線で俺に座るよう促した。



 さくらの事が気になったが…男の話を聞きたい気もして。

 俺は、ゆっくりとソファーに座った。



「…何者なんだ。」


「失礼しました。二階堂にかいどう かけると申します。」


「…二階堂…?」


「息子がお世話になっています。」


「………陸?」


「はい。」


 どういう…事だ…?



「うちは、特殊な家業です。」


 確か、二階堂組…ヤクザだ。


 暴力団の身内を所属させるわけにはいかないと思って調べたが、二階堂組には多くの会社経営等、『二階堂組』とは名ばかりで、やっている事は全てクリーン。

 兄貴のつてで公安委員会にも探りを入れてもらったが、指定暴力団としての名前も挙がってはいなかった。



「さくらは、うちで生まれ育ち…小さな頃から様々な訓練を受けました。」


「…うちで生まれ育ち…とは?」


「二階堂です。」


 その話は…とても不思議な内容だった。


『二階堂』と言われると、とある一家庭に生まれたと思ってしまうが…

『二階堂』は…組織で。

 しかも、警察の秘密機関で。

 そこで生まれ育った者は、そうとしか教育されない。


 …戦士。



「二階堂で…初めて夢を持って外に出たのが、さくらでした。」


「…夢…」


「シンガーになりたい、と。まだ14歳だったさくらは、アメリカの訓練所から逃げ出して…あなたに出会いました。」


「……」


 初めて会った時…

 さくらは、そこそこに売れている俺に、自分もロックシンガーだから歌う所を見に来てくれと言った。

 訓練所…そういう場所から抜け出したなら…分かる。

 さくらが、俺を知らなかったとしても不思議じゃない。


 それはまるで、映画のような話だった。


 世の悪と戦うために育てられたさくら。

 俺と出会った時には、すでにそのような能力に長けていた。

 …確かに、さくらには…変装技術や酷くいい耳や記憶力があった。

 何でも出来て、出来ない事はすぐに出来るようにもなっていた。


 そんなさくらが…なぜ、この男に動けなくさせられたのか。




「…友人を目の前で撃たれ、激昂したさくらは感情のままに走り出しました。」


「……」


「誰よりも、優秀でした。ですが、誰よりも…感情的になると制御不能になりました。それで、二階堂からは不適格者として外の世界に。」


「…目の前で友人を…」


 その話は…思い当たり過ぎた。


 あの事件だ。

 丹野廉。

 廉が銃弾に散った、あの場所に…小さな慰霊碑があった。


『私達は忘れない』


 あれは…


「あの事件…さくらが…関わってたと?」


「さくらは…組織を抜けたにも関わらず、あの事件でテロ組織の全員を射殺しました。」



 そして男は、その事件の直後にさくらから記憶を消したと言った。

 だが、さくらの中で忘れてはいけない…忘れてはならないという感情が強いのか、意識はあってもそれらの葛藤でさくらの心身は長い間…


 …信じられない。

 そう思う反面…その話を聞いた途端、ある出来事が頭をよぎった。

 さくらが…突然立ち上がって、俺をベッドの上に倒すと、のど元に…


 それはまさに…

 戦士の動きだった。



「…この話、サカエさんに…」


 おぼろげだが…聞いた気がする。

 だが、ハッキリ覚えていない。

 今、目の前のこの男が話さなければ、思い出す事もなかったはずだ。


「ええ。話して…また消したようですね。」


「…消した?」


「この事実を知ったまま、あなたがさくらと一緒に居るのは無理だとサカエが判断したのでしょう。」


「……」


 さくらの事なら…何でも受け止めたい。

 ずっと、そう思ってきた。

 だが、そう思い込んでいるだけで…実際はそうじゃないのかもしれない。

 それをサカエさんは身近で見て判断し…そうしたのかもしれない。


 …結局、俺にはさくらを守る器はないって事か…



「私は、さくらに『かしら』と呼ばれていました。」


「……」


「さきほど、私の顔を見ても誰か分からなかったようです。それでいいと思いました。」


「さくらに…何を?」


「二階堂に関わる記憶は出て来ないはずです。ですが…さくらの中で、さくらがそれに関連付けている事も、忘れてしまっているでしょう。」


「…もしかしたら、俺の事も…って事ですか。」


「さすがにあなたの事は忘れないでしょうが…今は…あなたよりも大事な人物がいるようですね。」


 さらりと…傷付く事を言われた。

 俺よりも大事な人物。

 それは…


「…桐生院知花。」


「……」


「陸が言っていました。恐ろしく耳のいいボーカリストだと。」


「…そうですね…」


「さくらの血が、ちゃんと…受け継がれているんでしょう。」


「……相手の…」


「桐生院貴司…大丈夫ですよ。調べてみましたが、真面目な人間です。」


「…調べた?」


「さくらを、桐生院にお返しになるんでしょう?」


「……」


 帰す…返す…

 さくらの居場所は、ここじゃないのか?

 俺じゃないのか?


 何度も…この数日間、何度も自問自答して来たが…

 さくらの幸せを思うと、結局は…それがベストなのだろう…と行き着く。

 だが…認めたくない。

 俺には…さくらが必要だ…。



「…二階堂を抜ける時、さくらが…『イマジン』という歌を歌ってくれました。」


 …プレシズでも聴いた…さくらの『イマジン』

 世界に争いはなく、みんな、ただ…幸せに生きる。

 そんな世界をイメージしてごらん…。



「お恥ずかしい事に、戦う事しか知らなかった私は、その歌が有名な曲とも知りませんでした。さくらの歌に、心打たれました。」


 男は立ち上がると。


「長い間…さくらがお世話になりました。」


 俺に…頭を下げた。


「どうか…色んな事から解放されて下さい。」


「…俺には…」


「……」


「…さくらがいないと…」


「…藤堂周子さんは、どうなさるおつもりですか?」


「……」


「どちらも選べず、苦しんでらしたのでしょう?」


 何でもお見通しか。

 サカエさんは…いつからこうやって…俺を監視してたんだろうな。


 まさか…

 俺が…さくらを選ばないなんて。


 俺はもう…死んだも同然だ。



「あなたは、一度死んだ気になられたでしょう?」


「……」


「私も、何度か死んだ気になりました。」


 ドアの前で、男は笑って。


「一度死んだ気になったら、二度も三度も同じです。」


 そう言って…出て行った。



 …そうか。

 二度も三度も…同じか。


 それなら俺は…また死んだ気になって…

 …さくらの…手を…離せばいいのか…。


 さくらの手を離せば…

 俺は、解放…されるのか…。



 …何から?

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