第34話 少し…記憶が戻ってて…

 〇森崎さくら


 少し…記憶が戻ってて…

 ドキドキしながら…なっちゃん、早く帰らないかなあ…って…

 思ってる所へ…


「さくら、お客さんだよ。」


 …なっちゃん?

 え?もう…帰って来たの?

 すごく…すごく嬉しい…けど…


 お客さん…?


「……」


 ゆっくり…顔を動かして…なっちゃんを見た。

 なっちゃんは…笑顔…

 そして…その後ろに…


「……」


 あたし…

 すぐ…

 すぐ、分かった…

 その、なっちゃんの…後ろにいる…

 着物姿の…女の子…


 …どうして?

 どうして…?



「あ…」


 あたしが…近付いたその子の手を取ると…


「知花は気に入られたな。」


 なっちゃんが…笑った…


「気に入った人には、そうするんだ。」


 なっちゃん…どうして…?

 どうして…この子…連れて来たの?

 何か…何か…知った…の?

 あたしは…なっちゃんを見つめた。


 だけど…


「ちょっと着替えてくるから。」


 なっちゃんが…そう言って…部屋を出て…

 あたしは…ドキドキしながら…

 だけど…その子の顔…見れない…



「お母さん…知花です。」


 …お母さん…


「あなたの娘です。」


 娘…

 そう言われて…ゆっくりと…視線を…『知花』に向ける…


「…この歌、わかりますか?」


 そう言って…『知花』が…口ずさんだのは…

 …If it's love…


「母さん、いつも歌ってくれてたよね…あたしに。」


 ……どうして?

 どうして…覚えてるの?

 本当に…

 あなたは…あたしの娘なの…?

 貴司さんは…死んだ…って…


 頭の中…すごく…混乱した…

 あんなに…

 想い続けてた…あたしの子供…


 神君から聞いて…

 会いたい…

 そう…思わない事も…なかった…けど…



「~♪…」


 …かすれるファの音が…なっちゃんに…似て聴こえた…

 心地いい…声…



「今日は新年会だけだったのか?」


 あたしが…気持ち良くなってると…

 なっちゃんが…入って来て…


「…優しい顔になってるな、さくら。」


 あたしの…頬に触れた…


 …なっちゃん。

 ごめんね…

 ごめん…

 言えなくて…ごめん…



 あたし、あなたに…内緒で…赤ちゃん産んだの…

 周子さんと…同じだよ…

 だけど…

 赤ちゃん…死んだって言われて…

 あたし…それを…内緒にしたまま…

 また…なっちゃんと…幸せになろうとしたんだよね…



 周子さん…泣いてた…

 あたしの手を握って…

 ごめんなさい…って…

 だけど…『夏希の事、今でも愛してる…』って…



 あたし…

 貴司さんと結婚して…なっちゃんとの赤ちゃん産んで…

 そんな…そんな、大きな秘密…持ったまま…

 幸せになろうとしてたなんて…


 裏切りだよね…



 ねえ…なっちゃん…

 今…なっちゃんの目の前にいるのは…

 あなたの…娘なんだよ…


 娘…




 …なっちゃんは…

 子供を欲しがらなかったんだよ…

 …そうだ…

 だから…周子さん…

 瞳ちゃんの事…一人で産んで…育てた…



「高原さん…」


「ん?」


「あたし、時々さくらさんに会いに来ていいですか?」


『知花』が…そう言って…

 あたしは…心臓が…壊れそうになった…



 …ダメ…

 来ないで…


 これ以上…



 なっちゃんを…苦しめたくない…。





「知花を気に入ったか?」


『知花』が来た…夜…

 なっちゃんが…ベッドであたしの髪の毛を撫でながら…言った。


 …嫌いじゃ…ないよ…

 だけど…どう言えば…?


 なっちゃんは…

 何か…知ってるの?


 あたしが、一度…瞬きをすると…


「そうか。あいつ…うちの事務所の稼ぎ頭なんだぜ?」


「……」


 ゆっくり、なっちゃんを見た。


 シンガーだ…とは…聞いた…よ。

 神君が…言ってた…

 才能あふれる…シンガーだ…って…



「意外だろ。あんな、ふわっとした雰囲気なのにな。歌うとすごいんだぜ。去年はアメリカでロクフェスも出て、大御所を唸らせたからな。」


「……」


 アメリカで…ロクフェス…


「華道の家の娘なのに、ハードロック歌うって…ふっ…ちょっと笑えるよな。」


 なっちゃんは…何も知らない…

 そう感じた。

 それで…少しホッとしたけど…

 だからこそ…あの子には…近付いて欲しくない気がした…



 あたしの…

 あたしと…なっちゃんの…娘…


 それがもし…本当なら…

 …ううん…きっと本当だと思う…

 神君…強い…目…してた…



「…神…」


「ん?千里?あいつがどうかしたか?」


「…歌…」


「ああ…あいつ、マノンとナオトとバンド組んで、再デビューするんだぜ。」


 …えっ?


「な…なっちゃ…」


「ああ…俺は俺で忙しいから。今はバンドより育てる方を頑張りたいし。」


 …でも!!



 あたしの目には…涙が溜まってたのかもしれない…

 なっちゃんは小さく笑うと…


「別に、マノンとナオトを取られるとか、そう言うんじゃない。むしろ…俺に付き合わせてプレイを止めさせてた事が申し訳なかったから…ちょうど良かった。」


 あたしの頬にキスをした。


「あいつらがまた世界に出てくれたら…そう思うと、俺の方が緊張するんだよな。」


「…な…ちゃ…」


 あたしは…ゆっくりと、なっちゃんの頬に触れて…


「…歌…て…」


 目を閉じた。


「…珍しいな。さくらがリクエストしてくれるなんて。」


 なっちゃんは嬉しそうにそう言うと。


「じゃあ…久しぶりに…」


 If it's loveを…歌い始めた…



 今日…二度目だよ…その歌…



 朝起きたらさ、おまえが隣に居る


 おかしいな…これはリアルなのか?って


 毎朝そんな気持ちになるなんて…夢みたいな幸せって事だよな



 もしおまえに悲しみが訪れたら、俺がおまえを殺してやる


 おまえを悲しませない


 俺が苦しむとしても



 それは愛なのか?って、誰もが言うんだ


 俺は笑顔で、全力で言うさ


 愛だ


 いや


 愛以上だ


 愛以上なんだ



 もしおまえに苦しみが訪れたら、俺がおまえを殺してやる


 おまえを苦しませない


 俺に罰が与えられるとしても



 それは愛なのか?って、誰もが言うんだ


 俺は笑顔で、全力で言うさ


 愛だ


 いや


 愛以上だ


 愛以上なんだ





 愛…以上よ…なっちゃん…


 あたし…

 あなたを…



 苦しませない…。





 それから…

『知花』は…あたしの所に…通って来た…

 十日に…一度ぐらいのペース…


 …来てほしくない…

 ううん…来てほしい…


 あたしと…なっちゃんの…娘…

 愛しくない…わけがない…


 …でも…


 あたしの感情は…揺れてた…

 いつも。



「さくらさん、今日は指のマッサージをしますね。」


『知花』は…あれから…あたしに『お母さん』って…言わなくなった。

 それに…

 なっちゃんの事も…

 話さない…


 天気とか…好きな食べ物とか…

 昨日…仕事の帰り道で…可愛い犬を見たとか…

 すごく…日常的な事…


 貴司さんの事も…

 お義母さんの事も…

 何も…言わない。



 あたしは…

『知花』に対して…

 言葉を発さなかった。


 出来れば…もう…本当に…

 来ないで欲しいのに…


 あたし…

 どこかで…

 やっぱり…『知花』っていう…あたしの娘かもしれない存在…

 …神くんが…教えてくれた…

『知花』って…存在…


 認めたいのに…

 怖いんだ…


 なっちゃんに…知られたら…どうしようって…

 怖い…



 …こんなに…愛しい存在なのに…

 あの時の…あたしの行動が…

 みんなを…苦しませてしまう…



「さくらさん、あたし、初めて来た時から気に入っちゃって…刺繍してみたんです。」


 突然…『知花』がそう言って…

 ハンカチを…差し出した。


「……」


 そこには…天使の刺繍…

 あたしが『知花』を見ると。


「サイドボードの…似てないですか?」


『知花』は…照れ笑いをしながら…ずっと…あたしのそばにあった…木彫りの天使を指差した。


 …あれは…

 どこで…手に入れたのかな…

 それは…

 分からないけど…

 あたしの…死んでしまった赤ちゃんの代わり…って…

 そう思ったような…気がする…



「目が、真ん丸で可愛いんですよね。いつも…さくらさんの事、見守ってるのかなって思うと…何だか愛しくなっちゃって…」


「……」


 すごく…

 すごく、嬉しくなった…

『知花』の事…抱きしめたくなった…


 …なんて、可愛いの?

 なんて…優しいの?

 本当に…こんな、小さな気持ちしか持てない…あたしの娘なの…?



 だけど…ごめん…

 あたし…

 なっちゃんを…傷付けたくない…

 苦しめたくない…


 もし…

 もし、なっちゃん…

『知花』が…あたしと、なっちゃんの娘だ…って知ったら…




「……」


 その時…

 あたしの中に…一つの光が浮かんだ…



 …『知花』が…

 あたしと、貴司さんの…娘…だったら?

 もし…そうだったら…

 なっちゃん…苦しまない?



「…何か要りますか?」


 あたしが…じっと見つめると…

『知花』は首を傾げて…あたしを見た。



 あたし…

 ここにいたら…

 なっちゃんを苦しめる。


 だったら…

 だったら…




 どうしたら…いい?


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