第33話 「おー、圭司。」

 〇東 圭司


「おー、圭司。」


「探したぜ。」


 俺が瞳ちゃんとオードブルを堪能してると、ナオトさんと朝霧さんが俺の肩に手を掛けた。


「えっ…何ですか?」


「ちょっと、こっち来い。」


「え?え?」


 二人に腕を掴まれて、半ば引っ張られるように会場から連れ出される。

 俺が困った顔してるのに、瞳ちゃんはご馳走の乗ったお皿を片手に、笑顔で『バイバーイ』なんて言うんだ。


 酷いよー。瞳ちゃん。



「な…何ですか…?」


 調子に乗って食べてる所、注意される…って事はないよね。

 それだったら、『千里にも持って帰ってあげようよ!!』って、スタッフに持ち帰り用を作らせてた瞳ちゃんの方が…

 あっ、でも瞳ちゃんは高原さんの娘だから、そんなの大目に見てもらえるかー。



 二階のエレベーターホールの奥にある、普段あまり使われてない会議室。

 ここって、何だかヒンヤリしてて怖いんだよね~…


「千里から譜面を渡されたか。」


 ナオトさんが、俺の前に仁王立ちして言った。


「えっ…」


 わ…渡されたけど…

 あれって、言ってもいい話なのかな?


「えーと…えー…と…」


「なんだ。練習してないのか?」


「…え?」


「俺は弾いてるで?」


「はっ…?」


「二曲めカッコ良かったな。」


「俺は最初のもええ思う。て言うか、どれも疾走感あってええよな。」


 俺は…口が開いたままだよ。

 だって、だって…


「ど…どーいう事ですか…?」


 なんて言うか…

 半分『マジで!?』で、半分『嘘だよね!?』って感じ…かな…

 分かってるクセに、問いかけてみると。


「一緒にやるんだよ。俺達と、おまえ。」


「……」


「覚悟せえよ。組むからには、手加減せえへんで。」


「……」


 か…

 か…


 ……神!!


 おまえっ…おまえ!!

 悪魔だ!!鬼だ!!

 なんでなんでなんで!!

 こんな大御所…こんなスーパーヒーローの二人と、なんでー!?



 俺が無言のまま、眉間にしわを寄せたり泡を吹きそうになったり、顔を忙しく動かしてると。


「おまえなあ、千里がどんな思いで俺達に声をかけたと思ってんだ?」


「せやで?千里の期待に応えろや。」


 二人はそう言って、俺の胸を拳で軽く突いた。


「…神の思い…?」


「おまえを、世界に引っ張り上げてくれってさ。」


「……」


「俺達がDeep Redやったっていうのを忘れさせるぐらい、すげーバンドにしてくれるらしいで?」


「……」



 神…

 おまえ…なんだよ…

 そういうの…ちゃんと相談とか…さ…


「圭司。」


 少しうつむいて泣きそうになってると、朝霧さんの強い声。


「…はい…」


 ゆっくり顔を上げると。


「これからは、メンバーや。」


 朝霧さんは、そう言って俺に拳を突きだした。


「全力以上で来いよ。」


 ナオトさんも…


「……」


 自信なんか…あるわけない…



 …けど。


 もう、やるしかないよね!!

 だって俺、四月には瞳ちゃんと結婚するし!!

 その俺が、Deep Redの二人とバンドメンバーだなんてさ…

 絶対、瞳ちゃんの自慢にもなる!!


 うん!!


「よろしくお願いします!!」


 そう言って、二人の拳をパッと掴むと。


「……圭司は圭司やなあ…」


「…ほんっと…大丈夫かよ…ナッキー…瞳ちゃんが圭司と結婚なんて…」


 二人は眉を下げてそう言った。


 …なんでー!?


 * * *


 ナオトさんと朝霧さんに解放された後、俺は宴の会場に戻って…


「…瞳ちゃん。」


 まだオードブルを前にフォークを持ってる瞳ちゃんに声をかけた。

 ふふふ…食いしん坊だなあ。



「長かったね。」


「え?そう?」


「うん。一人で寂しかった。」


「……」


 瞳ちゃん…

 そういう事は、目を見て言ってくれると…嬉しいんだけど。

 瞳ちゃんの視線は、酢豚に向けられてる。



「…瞳。」


 瞳ちゃんの腰を抱き寄せて、耳元でささやくと。


「……」


 瞳ちゃんは、ゆっくり顔を上げた。


「…って、呼んでいい?」


 首を傾げて問いかけると。


「…急にどうしたの?」


 瞳ちゃんは、目をクルクルさせて言った。


「んー…なんて言うか…」


「……」


「神がずっと呼び捨てにしてたから、違うように呼ぼうかなって思ってたんだけど…」


「そうなの?」


「うん。でも…もしかしたら、俺、自分に自信がないから呼び捨てに出来なかったのかも。」


「……」


 瞳ちゃんはじっと俺を見てたけど、フォークとお皿をテーブルに置いて。


「圭司って、自信とかそういうの関係ないって思ってるのかなって…」


 意外そうな顔で言った。


「えー?俺ってそんなにどうでも良さそう?」


「どうでも良さそうって言うか…んー…なるようになるから、まあいいかなって。」


「う…うん…それは、確かに…そう思うけどさ…」


「だから、自信なんてあってもなくても同じなのかなって。」


「……」


「でも、何か自信がついたから、あたしを呼び捨てにしようって思ったって事?」


 瞳ちゃんは、そう言って…俺の首に腕を回した。


 …いいのかな?

 周り、大勢人がいるけど。


「おあついね~。」


「羨ましいなあ。」


 ほら。

 瞳ちゃん、こういうの平気?


 俺が黙って瞳ちゃんを見てると。


「いいでしょ。あたしの彼、サイコー。」


 瞳ちゃん…俺の首に腕を回したまま、周りにそう言ったんだ。


「はっ!!年明け早々のろけられた!!」


「アズさん羨ましい!!」


「どっかよそでやってくれよ~!!」


「ふふっ。だって。圭司、あたしのルームで話そ?」


「う…うん…」


 瞳ちゃんはそう言うと、ビールを何本かと、少し大きめの器に料理を適当に詰め込んで歩き始めた。


 …料理は下手だけど、こういう手際はいいんだよね。



 瞳ちゃんについて会場を出て、エレベーターに乗って…瞳ちゃんのプライベートルームへ。

 ここって、バンドにはメンバーの人数とか機材に合った広さのルームをもらえるけど、ソロの人には…

 まあ、ないよりはいいけど、ちょっと狭いかなあ?



「さ、食べよ。で、話して?」


 瞳ちゃんが椅子を出してくれて、俺はそこに座る。

 て言うか、瞳ちゃん、まだ食べるんだ?


「あのさ…」


「うん。」


 俺は、瞳ちゃんと向かい合って話し始める。


「まだ…秘密って言われたんだけど…瞳ちゃんにだけは話すね。」


「瞳って呼ぶんじゃないの?」


「あっ…え…うーん…ちょっと、まだ慣れないから、少しずつ。」


「ふふっ。ま、いいわ。で?秘密って?」


「…バンド、組む事になった。」


「千里から渡された譜面で?」


「うん。」


「良かったじゃない。メンバーも決まったの?」


 瞳ちゃんはビールを開けて一つを俺に持たせると。


「乾杯。」


 笑顔で言ってくれた。


「あ、乾杯。」


 …可愛いなあ。

 ほんと、俺って幸せ者だよ。



「メンバーは…」


「うん。」


「ドラムがまだ決まってないみたいなんだけど…」


「うん。」


「ギターが…俺と…朝霧さんで…」


「えっ!?」


 瞳ちゃんの驚きは…予想以上だった。


「あっああ朝霧さんって!!マママノンさん!?」


 立ち上がって…俺の肩を揺さぶるとか…

 どれだけ驚いてくれてる?


「キーボードは…ナオトさん…」


「……」


 俺の肩に手をかけたまま、瞳ちゃんは目を大きく開けて口も開けて、これ以上ビックリしないって顔。


「ベ…ベースは…ゼブラさんって言うんじゃないわよね…」


 瞳ちゃんは額に手をあてながら、ヨロヨロとイスに座った。


「…ベースは、臼井さん。」


 俺の言葉に、瞳ちゃんは…


「う…臼井さんですってーーー!?」


 また立ち上がって、今度は…俺の首を絞めた!!


「うわっ!!ひっ瞳ちゃ…!!」


「臼井さんのベース!!最高なのよー!?て事は、もうあたしのレコーディングには入ってくれないって事!?あーん!!なんでー!?千里贅沢過ぎー!!」


 瞳ちゃんはそう叫びながら、俺の首を前後に揺らす。

 って…し…死ぬよ!!


「はっ…は…」


 瞳ちゃんの手が離れて、大袈裟に息を弾ませると。


「…ごめん…圭司、嬉しい事なのに…」


「いや…」


「妬いちゃった…そんな豪華なメンバーで歌える千里…羨ましいって…」


「……」


 ああ…

 瞳ちゃんって…やっぱシンガーなんだな…

 あらためて、そう感じた。



「俺さ…」


 瞳ちゃんの手を取って、抱き寄せる。


「ずっと…俺も神に妬いてたのかも。」


「え…?」


「ほら、神って何でも出来ちゃうじゃん?歌もすごいし…楽器だって、一通り何でも出来ちゃってさ。」


「…うん…」


「みんなから認められてるし…ま、それでも俺、神の事大好きなんだけどね。」


 瞳ちゃんの手が、背中に回って来た。


「神が凄すぎて…俺、ついて行けてない自分にイライラしたりさ…だから、どこかで引け目も感じてたし…」


「圭司は頑張ってるよ?」


「そんな事ないよ…今回もさ…本当は、凄い事だし嬉しいけど…やっぱりプレッシャーも……でも、胸張ってバンドメンバーだって言えるようになりたいんだ。」


 俺がそう言い切ると。


「…うん。頑張れ。応援してる。」


 瞳ちゃんはそう言って、俺の頬にキスをした。


「…瞳。」


「…なあに?」


「大好き。」


「ふふっ。あたしも。」


 こんな可愛らしい子をお嫁さんにもらえるなんてさ…

 俺、もっと頑張らないとー!!


 よーし!!

 えいえいおー!!

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