第32話 「光史、何か口にした方がいいんじゃないの?」

 〇朝霧光史


「光史、何か口にした方がいいんじゃないの?」


「…いらねー…」


「本当…バカね。雪の中、どこ行ってたのよ。」


「…ちょっと…」


「聖子ちゃん、振り袖着て迎えに来てくれたのよ?綺麗だったわ。」


「……」


 今日は…ビートランドでは年始の宴が開かれる。

 俺達には初めての事だし…みんな楽しみにしてた。


 聖子、どの振り袖着たのかな。

 一緒に行こうって約束してたのに…悪かったな。



 …何年かぶりに…高熱を出した。

 だるくてたまらない。


 神さんを見付けて…いてもたってもいられなくなった。

 歌って欲しい。

 その想いでいっぱいになった俺は…

 神さんを追いかけて…神さんが住んでいるらしいマンションの前までついて行って…


 そこで、一時間。

 神さんに…知花の話をした。


 あいつがどれだけ…アメリカで頑張ったか。


 さすがに、ノン君とサクちゃんの事は…言えなかったけど。

 それでも、神さんに奮い立ってほしかったから…



「…おまえ、知花に惚れてんのか?」


「…え?」


「惚れてなきゃ、そこまで言えねーだろ。」


「……」



 違う。

 違う。

 俺が好きなのは…

 あなただ。


 そう言いたかった。

 だけど…嫌われたくない。

 その気持ちの方が、先に出た。



「寒い。もういい加減にしてくれ。」


 神さんは、そう言ってマンションに入って行ったが…

 俺は…

 昨日、また…神さんを待ち伏せた。

 あのマンションの前で。



「…おまえ、バカじゃねーか?」


 そう言われて当然だろう。

 だけど…どうしても、神さんに歌って欲しいんだ。



「おまえにここまで言われなきゃ、歌えないとでも思ってんのか?」


 神さんは、俺の頭を少し乱暴にはたいて。


「帰れ。二度と来るな。」


 低い声で言った。



 諦めて帰った時には…くしゃみ連発だった。



「何があったか知らないけど、光史にも真音みたいな所があるのね。」


 母さんがクスクスと笑いながら、枕元に果物を置いてくれた。


「…似てない。」


 親父に似てると言われると…つい、トーンが低くなる。

 母さんは、そんな俺の前髪に優しく触れて。


「…はいはい。さ、しっかり寝て早く治して。」


 そう言って…部屋を出た。



 …神さん…

 風邪ひいてないかな…




 〇高原夏希


「明けましておめでとう。今年も楽しく働こう。以上。」


 檀上でそう言うと。


「あははは。今年もそれだけか。」


「もっと喋って下さいよー。」


 会場のあちこちから、色んな声が聞こえた。


 今年も正月早々、大勢集まってくれた。

 特に何か特別な催しがあるわけじゃないのに、ビートランドの社員たちは…

 …宴好きだな。



「ナオト。」


 この大勢の中から、探してる誰かを見付けるのは至難の業だ。

 と思ってたが、すぐにナオトを見付ける事が出来た。


「ナッキーさん、明けましておめでとうございます。」


「ああ、愛美ちゃん。よく来てくれたね。」


 今日は愛美ちゃんも同伴。


「この前は朝までナオトを付き合わせて悪かった。寂しかっただろ。」


 俺がそう言うと。


「少し前なら寂しかったけど、真斗が帰って来たから大丈夫。」


 愛美ちゃんは、ニッコリ笑ってそう言った。


「…おいおい。そこは嘘でも寂しかったって言ってくれよ。」


「知らなーい。」


「ふっ。相変わらずだな。」


 なんだかんだ言っても、仲のいい二人。



「で?なんだ?」


「ああ…この中から圭司を見つけ出せるか?」


「圭司?」


「千里から電話があった。体調崩して寝てるから、例の件…圭司に話してくれって。」


 俺がそう言うと、ナオトはみるみる嬉しそうな顔になって。


「おお~…解禁か。京介にはどうする?」


 小声で言った。


「明日、里中とSAYSの今後を話してみようと思う。」


「なるほど…じゃ、あいつにはまだだな。」


 俺とナオトがコソコソと話してると。


「何?また何か企んでるの?」


 愛美ちゃんが俺達の間に割り込んだ。


「……」


「……」


 俺達は顔を見合わせて。


「愛美…ごめん。」


 まずは…ナオトが謝った。


「…何。新年早々、何の謝罪?」


「実は…俺、またバンドを…」


「え?」


「愛美ちゃん、報告が遅れて申し訳ない。ナオトとマノンと…臼井でバンドを組ませたい。」


「……」


 愛美ちゃんはキョトンとして。


「…ボーカルとドラムは?」


 俺達を交互に見ながら言った。


「ドラムは…まだ。ボーカルは千里。」


 ナオトがそう言うと。


「千里って…神君?」


「そう。」


 愛美ちゃんはキョトンとした表情をだんだん……


「…尚斗さん。」


「…はい。」


「……良かったわね。」


「…え?」


「良かった。あなた…ずっとウズウズしてたものね。」


「…愛美…」


「真斗がバンド始めて、ずーっと。」


「……」


「良かった。」


 愛美ちゃんは笑顔で。

 それを見たナオトは…


「…愛美…ありがとう…」


 愛美ちゃんを抱きしめた。


「も…もうっ。こんな…」


 愛美ちゃんは嫌がったけど。


「こんなに人がいたら、何したって分かんねーよ。存分にイチャつけ。」


 俺は笑いながらそう言った。


「…もう…」


「ありがと…本当に。さすが愛美…愛してる…」


「……バカ。」


 二人を見ていると…さくらに会いたくなった。

 今朝は時間がなくて、一緒に風呂も入れなかった。

 早く帰って…



 俺がナオト達から離れて歩き出すと…


「高原さん。」


 声をかけられた。

 振り向くと…


「え?あ…さ…」


 さくら…?



 慌てて…自分の口を塞いだ。

 目の前の…振り袖姿は…


「…知花か。」


 小さく笑ってそう言うと。


「?」


 知花は少しだけ不思議そうに首を傾げた。


「あ、いや。きれいだな。女ってすごい。」


 さくらの振り袖姿なんて見た事ないのに…

 ましてや、赤毛の知花がさくらと似ているわけもないのに。

 …なんだろうな。

 振り返った瞬間…知花がさくらに見えた。


 …早く会いたいと思っていたからか?



「あの、聞きたいことがあるんですけど…」


「何だ?」



 知花とは…あまり会話をする事がない。

 SHE'S-HE'Sが帰国する前に…千里の子供を産んだ話以降…

 …話したか?

 聖子と一緒にいる時に、声をかける事はあっても…

 知花だけにどうこう言う事はない。


 …無意識に、苦手意識を持っているのかもしれない。

 あれだけの才能がある…単なる嫉妬だな。


 …大人げない。



「高原さん、結婚は一度もされてないんですか?」


「え?」


 思いがけない質問に、つい目を丸くした。

 瞳にも…聞かれた事があったな。


「意外な質問だな。」


 俺は小さく笑いながら。


「したよ、一度だけ。」


 夢を見た事を…言った。


「…いつですか?」


「正確には、したはずだった。かな。」


「え?」


「どうした?急に。」


「いえ、そのー…そう、曲作るのにいろんな人の恋の話を聞いたりして…」


「なるほど、勉強か。いい心がけだな。」


 あえて…言わなかったが。

 知花の恋の歌は、千里と別れて…あきらかに抽象的になった。

 まあ、英語の歌詞なんて解釈次第でどうにでもなるが…



「俺のはなー…あんま、参考になんないぜ?」


「いえ、ぜひ聞かせてください。」


「……」


 俺の、恋の話…か。



 さくらとの出会いからなんて話したら…

 一晩じゃ足りない。


 …ふっ。

 本当…昔に遡るほど、今、さらに愛しさが増す。

 あの時は驚かされたな…

 あの時は嬉しかったな…

 あの時は…苦しかったな…


 俺はDeep Redで歌っていたのに。

 さくらの事を考え始めると、ずっとさくらと二人きりだったかのような錯覚に陥る。

 それほど、俺は今も…さくらに夢中だ。



「その人は…今…」


 周子と瞳との事も交えながら簡単に話すと、知花はさくらに興味を示したようだった。


「いるよ。うちに。」


「うち…?」


「ずっと、一緒に暮らしてる。」


「えっ…?」


 なぜか…知花には言う気になった。

 何だろうな…

 ナオトにもマノンにも…瞳にさえ話してないのに、千里と知花には打ち明けるなんて。



「その人に…」


「ん?」


「…会ってみたいな…」


「……」


 俺は、不思議な気持ちになっていた。

 今まで…本当に、ついさっきまで。

 もしかしたら苦手意識を持っていたかもしれない知花に…



 さくらを、会わせたくなった。

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