第19話 翌朝、俺は瞳ちゃんのベッドで朝を迎えた。
〇東 圭司
翌朝、俺は瞳ちゃんのベッドで朝を迎えた。
神は帰って来なかったみたいで、そこはちょっと感謝した。
それと同時に…心配にもなった。
昨日の会議であんな事があって…
本当は、飲みに行って来るって言われた時は、付き合うって言いたかったんだけど。
瞳ちゃん、アルバム出すのが決まった日だし、一人にしたくなかったんだよね。
ごめん、神。
で。
ありがたく続きをしたわけだけど。
なんて言うかー…
もう、瞳ちゃんサイコー。
そんな感じ。
ぶっちゃけ、最近ずっとイライラしてたし、将来に迷いもあったし、俺らしくないかもだけど…
自分に幻滅もしてた。
だけど、瞳ちゃんと結婚しようって自分の中で決まって、そこからは…霧が晴れたみたいになった。
もう…瞳ちゃんって、俺の女神だね。
何もかも上手くいく気がするよ。
「ダメだ。」
上手くいく気がした俺は、勢いのまま、会長室を訪れた。
もちろん、瞳ちゃんも一緒に。
高原さんの顔を見てすぐ…
「瞳ちゃんと結婚させて下さい。」
って言ったんだけど…
即答だったなあ。
気持ちいいぐらいの。
「パパ、どうしてよ。」
瞳ちゃんが、食い下がる。
「まず、圭司はまだ先の事が決まってない。」
あっ、痛いとこ突かれたっ。
「だから、それは置いといて…結婚の承諾だけでも…」
うーん…それは都合良すぎるのかなあ?
言った後で納得するのも…だけど。
「おまえもファーストアルバム作るんだろ?それが終わってからにしろ。」
あっ、そうだったよ…
「…なんだかんだ言って、あたしが結婚するのがイヤって事?」
瞳ちゃん、今までで一番の、低い声‼︎
「相手が圭司なのが気に入らないって言うの!?」
えっ!?そこ!?
「…誰も圭司が嫌だなんて言ってない。」
うーん。
そう言われたら、ちょっとくじけちゃうかも?
「でも千里が良かったんでしょ!!」
あっ…やっぱそうなのかな?
「……」
えっ!!否定しないの!?高原さん!!
「残念だけど千里は今も知花ちゃんの事が好きで、あたしには全っ然なびかなかったわよ!!だから圭司にするってわけじゃないけど、圭司はあたしの事きれいな女の子だって言ってくれたのよ!?見た目の事じゃないわよ!!見た目じゃなくてって、あたしが、あたしが…」
「瞳ちゃん。」
「…あたしが…」
まくしたてるように、言葉を吐き出す瞳ちゃんの背中に手を当てた。
どうどう。なんて言ったら怒られちゃうんだろうけど、俺は心の中でそう言っちゃったよ。
ごめん。
「…高原さん。」
俺は瞳ちゃんの隣に並ぶと、高原さんの目をじっと見て言った。
「神に比べたら、俺なんて全然頼りないって思われてるって分かります。」
「……」
高原さんは、組んでた足を組み直して、ついでに腕も組んだ。
「先の事も決まってないから、任せたくないって気持ちも解らなくはないんですけど、決まってないからこそ、可能性が無限の男であるとも言える気がするんですよねー。」
カクッ。
隣で瞳ちゃんが肩を揺らした気がした。
「瞳ちゃんは、俺が今まで出会った女の子の中で、一番純粋できれいな子だなって思いました。」
「圭司…」
瞳ちゃんが、俺の腕に手を絡めてくれた。
あー、嬉しいな。
そういうの、さらっとしてくれるなんてさ。
「高原さんから見たら、俺は欲がなくてつまんない男に映ってるかもしれませんが、実はすごく貪欲なんですよ。」
「…どんな所が?」
「ダメって言われても、瞳ちゃんをお嫁さんにするって決めました。」
ニッと笑ってそう言うと。
「もう…圭司…」
瞳ちゃんは、そう言いながらも嬉しそうに笑ってくれた。
だけど、目の前の高原さんは…ずーっと不機嫌そう。
まあねー。
一発でOKもらえるなんて思ってないもん。
長期戦でもいいんだー。
あ…でも、マンション出てけって言われたらどうしよう…
急に住処の事が気になって無言になると。
「今からママの所行って来る。」
瞳ちゃんが、そう言った。
「あ?」
「圭司の事、ママに紹介したいの。」
「待て。周子は調子が悪いって、担当医も言ってただろ?」
「今日はいいかもしれないじゃない。それに、あたしがハッピーな報告したら、きっとママ笑顔になるわよ。」
…瞳ちゃんに聞いた話だと…
瞳ちゃんのママは、精神的に病んだまま施設にいる。
帰国して二年。
高原さんは、まだ…二度しか会えてないらしい。
色んなトラウマがあるみたいだけど…
高原さんも辛いよね。
「瞳ちゃん、こういうのはゆっくりにしようよ。」
瞳ちゃんの頭をポンポンとしながら言うと。
「怖気づいたの?夕べはあんなに積極的だったのに。」
その言葉に高原さんは目を細めて。
「…圭司。」
「はい。」
「マンションから出てけ。」
「ガーン。」
言われるとは思ってたけど…
「じゃあ、あたしも出てく。」
「何言ってる。」
「パパなんて嫌い!!」
「子供みたいな事言うな。」
「あ~…ちょっと落ち着こうよ…」
「おまえが言うな。」
「…はい…」
って。
どうなるのかな?
俺のプロポーズ大作戦‼︎
〇高原夏希
「……」
俺は…呆然としてしまっている。
周子が帰国して二年。
ずっと、施設に入ったまま。
相変わらず…俺を見ると『殺される!!』と叫ぶ事が多くて…
刺激しないように。と、俺は会う事を許可されなかった。
俺が周子に会ったのは…この二年で二度だけだ。
それが、今日…圭司が瞳と結婚したいと会長室に来た流れで…
「それでね、ママ。」
「ふふ…大丈夫なの?瞳、料理…下手なのに…」
「俺が教えてもいいんだけど、途中で飽きちゃうんだろうなあ。」
「もう!!何よー!!何とかなるって言ってくれたのに!!」
「圭司さん、本当に瞳でいいの?」
「あっ、ママまで~!!」
「だって、ねえ、夏希。」
「…そうだな。」
周子が…幸せそうに笑う。
そして、俺の名前を呼んだ。
部屋に入った時…周子は俺を見なかった。
ベッドから足を投げ出して座って。
瞳だけに視線を向けて、瞳の手を取って話し始めて。
瞳が圭司を紹介すると…ゆっくりと、圭司を見た。
そして…
「はじめまして。東 圭司といいます。」
圭司が、ニッコリと笑って…周子の前に跪いて…手を握った。
そして、その手に残る傷を…ゆっくりと触って。
「もう、大丈夫ですよ。瞳ちゃんは、俺が守りますから。」
周子を見上げながら…
圭司は…こんなに優しい声をしていたのか…と思うような優しい声で、そう言った。
圭司にそう言われた周子は、最初はキョトンとして圭司を見ていたが…
「ママ、あたしの彼氏なの。パパは反対してるけど、結婚したいなって思ってる。どう?」
瞳がそう言うと…
「夏希、どうして反対してるの?」
周子が…ドアの前に立ったままだった俺を見て、言った。
「…え…えっ?」
「いい人じゃない…どうして反対するの?」
「……」
周子の向こう側で、瞳が驚いた顔をして。
そんな瞳を…圭司が優しく見上げる。
「…周子は知らないかもしれないが、圭司は…」
俺が一歩距離を縮めると。
「え?何?近くに来て話して。」
「……」
俺は…ゆっくりと周子に近付くと、圭司の隣に膝をついて。
「圭司は、行き当たりばったりな所があるんだ。」
そう言うと。
「まあ、夏希と同じね。」
…周子は…笑顔で言った。
「この人ったらね、里帰りから帰って来たと思ったら、急に一緒に暮らそうって言い始めて…」
「えっ、そういう話聞きたーい。」
瞳が周子の隣に座って、周子に抱きついた。
「高原さんも、ノープラン系?」
圭司が俺を見て笑う。
「…余計な事言うなよ、周子。」
泣きそうになりながらそう言うと。
「なんで二人とも跪いてるの?座ってちょうだい?」
周子は…自分の左側をポンポンと叩いた。
それを見た圭司は、部屋の隅から椅子を持って来て周子の向かい側に座って。
俺に…周子の隣を目配せした。
「……」
殺される。
そう言われたら…と、少し戸惑っていると。
「何してるの?」
周子が…俺の手を取って、引っ張った。
「…ママ…」
瞳が周子の肩に頭を乗せる。
「あらあら、どうしたのかしら。ね、夏希。」
「…本当だな…」
俺は…周子の髪の毛を撫でて…そのまま、瞳の頭も撫でた。
圭司は、俺の知っているマヌケな笑顔じゃなく…
幸せな写真でも見ているかのような、いい笑顔で俺達を見た。
周子の記憶の中から…
俺と暮らしていた頃以降の記憶が消えた。
それは、いい事なのか悪い事なのか、分からない。
ただ、瞳の事は自分の娘として認識していて。
ジェフとの間に生まれた…グレイスの事は…忘れてしまっていた。
辛い記憶は…なくしたままでいい。
思い出すな、周子。
そう思うと同時に…
俺の中に…さくらへの罪悪感が、再び…芽生えた。
「ママ…笑ってくれた。」
施設の帰り道、瞳が伏し目がちに言った。
助手席に瞳。
圭司は後部座席。
俺は運転しながら…混乱した頭の中を鎮めようと…必死だった。
先週…SHE'S-HE'Sがロクフェスに出た。
今までイギリスの新しい事務所にばかり気を向けて、アメリカはマノンにまかせっきりだった。
だが…色んな成功や今週末帰国するあいつらのパーティーには顔を出そうと、俺は先週末渡米した。
そこで…マノンが…
「…あのな、ナッキー…」
パーティーが行われるホテルへ行く前に、事務所に寄ると。
「どうした?」
こんな申し訳なさそうな顔のマノンは…いつぶりだ?
「何か悪さでもしたのか。」
冗談ぽく言ったものの…マノンは眉毛を八の字にして…
…これは…相当なものじゃないか?
「…るーちゃんに言えないような事でもしたんじゃないだろうな。」
俺が低い声で問いかけると。
「ちゃうわ。って…まあ、誰にも言うてへんのやけど…」
マノンは少しだけ周りを気にして。
「あのな…」
俺の腕を引いて、空いた会議室を見付けると、そこに入った。
「知花の事やねんけど…」
「知花?」
「実は…こっち来て妊娠が分かって…」
「………は?」
「…去年、出産したんや。」
「…………はあ?」
俺は何度も瞬きをして、口も開けっ放しになった。
今マノンは…
知花が妊娠して出産した…と言ったか?
「…千里の子供…だよな?」
「ああ。」
「千里はこの事…」
「言うてない。」
「バカな。何で言わない?」
「もう別れてるし、認知してもらうつもりもないらしい。」
「……」
不意に…周子に瞳の事を打ち明けられた、あの日の事を思い出した。
さくらに…プロポーズしようと考えていた…さくらの誕生日。
あの日の午後、俺は…周子に、瞳の存在を打ち明けられた。
「…桐生院家は知ってるのか?」
小さな溜息と共に問いかけると。
「ああ。家族全員で来て、名付けもして帰りはったで。」
「……」
複雑な気持ちだった。
千里は…まだ知花の事を想っているはずだ。
もし、子供の事を話せば…
熱の無くなった千里は奮起するんじゃないだろうか。
TOYSが解散してからと言うもの…いや、それ以前から…
…知花と別れて…知花が渡米してからだ。
千里には、熱がない。
以前、あいつから感じとれていたギラギラしたような物が…一切なくなった。
それからパーティー会場に移動した。
現地スタッフやSHE'S-HE'Sのメンバーと挨拶を交わして…知花とも、話をした。
TOYSが解散した事…千里の現状…
そして…子供の事を、千里に打ち明けないのか…と。
知花の決意は固かった。
もう違う道を歩いている、と。
「ね、パパ…」
ずっと、助手席で嬉しそうに口元を緩めたり…小さく溜息をついたりしていた瞳が言った。
「…ん?」
「お願いがあるの。」
「何だ?」
「Deep Redの…パパの歌…歌っていい?」
「……」
赤信号で停まって、瞳の目を見る。
「あたしなんかが歌うのは…おこがましい気がして言えなかったんだけど…あたし、パパの歌…アルバムに入れたい。」
周子が俺の子供を産んだと聞いた時は…頭の中が真っ白になった。
さくらとの幸せを掴むことに必死で…
周子が一人で…瞳を産んで育てていたなんて…
「…どの曲だ?」
「All about loving you…大好きなの。」
さくらに…歌った曲だ。
色んなアーティストから、カバーしたいと言われたが…俺は頑なに断って来た。
さくらに作った曲だけは、誰にも歌わせない…と。
だけど…
誰でもない、瞳が歌いたいと言うんだ。
それで…俺のさくらへの愛が減るわけじゃない。
「…いいだろう。」
俺がそう答えると、瞳は満面の笑み。
「あたし、絶対頑張るから。」
…瞳を…娘として愛している。
今では、周子に感謝の気持ちしかない。
あんなに子供は要らないと言い張っていた俺でも…
こんな愛が持てた。
「…圭司。」
ずっと後部座席でおとなしくしている圭司に声をかける。
「はい。」
寝てると思ったが、起きていた。
「…新居を探せ。」
「パパ!!どうしてそんな事!?」
瞳がとびかかる勢いで、俺に顔を近付けた。
「瞳と暮らす新居だ。」
「…え…」
驚いた声の瞳をよそに。
「高原さん、ついに瞳ちゃんと暮らす気になりましたか〜。」
圭司は、のほほんとした声で言った。
「…圭司、分かってるの?パパ、結婚OKって言ってくれてるのよ?」
瞳が半ば呆れた口調で言うと。
「えっ!?」
「…まあ、遠回しに言ったつもりはないんだが…圭司には難しかったんだな…」
「えーっ!!本当ですか!?新居って、俺と瞳ちゃんの⁉︎」
「全く…大丈夫なのか?この男は…」
「俺、頑張ります!!ありがとうございます!!」
圭司は後ろから乗り出すようにして顔を出した。
「…ごめんね、パパ。こんな人で。」
「えーっ、瞳ちゃん酷いなあ。」
「ふふっ。」
…瞳が笑うと、俺は幸せな気分になる。
まさか…瞳をこうして笑わせてくれるのが…圭司とはな…
『もう、大丈夫ですよ。瞳ちゃんは、俺が守りますから。』
圭司が…周子にそう言った時。
もう、俺は…こいつに全てをやってもいいと思った。
掴みどころのない奴だと思ってたが…
もしかしたら…
誰よりも、痛みの分かる奴なのかもしれない…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます