第17話 「ただいま。」
〇桐生院貴司
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
「おかえりなさーい。」
仕事から帰ると、麗と誓が玄関まで出迎えに来てくれた。
「…どうした?」
滅多にない事をされて、私が目を丸くしていると…
「じゃーん。」
二人はニヤニヤした後で…誓が後ろに持っていたそれを目の前に差し出した。
それ。
写真だった。
「…華音と咲華か。」
手にしていた鞄を誓が持ってくれて。
「そう。まだたくさんあるの。早く早く。」
麗はそう言うと、私の腕を引いた。
…今夜は今までにない事を、さらりとしてくれるな。
知花はこうして時々、子供達の写真を送ってくれる。
麗と誓は高校生にして甥と姪が出来てしまったが、自分達と同じ双子という事も手伝ってなのか…知花の子供達が可愛くて仕方ないらしい。
特に麗は、あれだけ冷たくあたっていた知花に『姉さん』と呼びかけもした。
そして、子供達の写真も、毎回とても喜んで大事にアルバムを作っている。
「おや、おかえり。遅かったね。」
テーブルの上に並べられた写真を手にして、母は笑顔だった。
「歩き始めたようですよ。」
「…大きくなったなあ…」
写真を見てつぶやく。
本当に…成長しているのが目に見えて分かる。
そこには、知花も一緒に写っていたり…バンドメンバーのみんなも居る。
…千里君には知らせていないが…
こうやって、みんなが父親のように知花の子供達を可愛がってくれているのが分かる。
不思議な事に、二人の写真は全てが笑顔で。
いつだったか…
「泣き顔は撮らないのか?」
と、電話で聞いた事があった。
『それが…あまり泣かなくて。』
麗と誓は泣いてばかりだったから…少し驚いた。
そう言えば、知花もあまり泣かない子だったな…と、急に思い出したりもした。
『いつも二人で顔を見合わせて、急に笑ったりして…それ見てたら、こっちも笑えちゃって。』
その光景を想像して、なんて可愛らしいのだろう…と思った。
そして…千里君を、少し不憫にも思った。
私は、彼を許せなかった。
だが…
あんなに可愛らしい子供達の存在を、知らないままだなんて…
…私は、さくらにも同じ事をした。
もし…さくらがどこかで生きているのなら…
いつか…と、思う。
いつか…知花が歌っている事。
さくらの血を引いて…シンガーになっている事を…知って欲しいと願う。
そして…
知花の歌を聴いて…
何かを感じてくれるならば…と。
「ねえ、おばあちゃま。あたし、この写真もらっていいかな。」
麗が一枚の写真を大事そうに手にして言った。
「どれだい?」
「これ。」
麗がそう言って見せたのは、華音と咲華が頬を合わせて、大きな口を開けて笑っている写真だった。
「えっ、ずるいな麗。それ、僕も欲しかったのに。」
「えーっ。早い者勝ちでしょ?」
「貸しなさい。」
二人がケンカになる前に、私はそれを手にする。
「明日、会社で同じものを作って来よう。」
私がそう言うと。
「えっ、そんな事出来るの!?じゃあ、この写真もして来て!?」
麗はアルバムを手にして、笑顔。
…いつもこうだと、私も接しやすいのだが。
麗がこんなにテンションが高いのは、知花から子供達の写真が届いた日と。
誓の帰りが遅い日だ。
〇
「……」
俺は…ただただ、呆然とするしかなかった。
だって…
オフの日、タモツに呼び出されてルームに来たら…
そこには、マサシも神もいた。
あれ?俺だけかと思ってたのに、俺が最後だったんだ?って。
口には出さなかったけど、たぶん表情で分かってくれたと思う。
武道館ライヴから、四ヶ月。
季節はすっかり春だよ。
そう言えば、もうすぐ神の誕生日じゃん。
新曲もいい感じになってるし、そろそろ次のCDの話が出て来てもいい頃だよねー。
って。
俺は色々先の事を考えて笑顔だったんだけど。
「解散しようぜ。」
タモツは、そう言ったんだ。
「………えっ…なんで?」
俺は、ちょっとしたドッキリ?なんて思って、笑顔で問いかけたよ。
だって、おかしいもん。
ほんっと、おかしいもん。
解散しようって言ってるタモツが、笑顔だしさ。
頷いてるマサシも…笑顔だし。
神は、穏やかーな、顔しちゃってるし…
どーゆーことー!?
「…なんかさ、俺とマサシ…もう、すげー満足しちゃったんだよな。」
タモツの言葉に、マサシが頷いた。
お…
おいおい。
頷くだけって、どうだよー。
マサシも、自分の意見言えよー。
「武道館…なんかさ、まるで夢みたいっつーか…まさか自分が…って、本当…うん。」
マサシはそう言いながら、目がうるうるしてる。
「この前、高原さんに…次はどうする?って聞かれたんだ。」
「そ。俺とマサシにさ…次はどうする?って。今までだったら、もっと違う事言われたよ。神を持ち腐れにしてるとかさ…もういい加減にしとけとかさ…」
「高原さんが…俺達に、よくやったな。ってさ…奇跡だよな。」
タモツとマサシって…
なんでこう…
志し低いかなーーー!?
奇跡が起きたから、満足って事!?
バカじゃん!!
「俺達、もう十分だよ。」
二人は立ち上がって俺と神に向かって。
「おまえらは、もっと上狙えよ。」
そう言った。
「神、俺らに合わせてくれて…ほんっと…サンキューな。」
「…合わせてなんかねーよ。」
「嘘つけ。100%のおまえとなんか、合わせられねーもん。」
「……」
「もう、いいんだ。おまえは全力でやれよ。アズは…神に置いていかれないよう、頑張って食らい付いてけよ。」
「…何言ってんだよ…せっかく…やっとここまで来れたのにさ…」
俺が二人の肩を掴んで言うと。
「俺達だって…神のファンなんだぜ?」
二人は…すごい笑顔なんだよ。
神に向かって…すごい笑顔で…
「な。俺達、解散しても…根っこは繋がってるって思ってるからさ。」
「だから、周りの期待に応えて…世界に行ってくれよ。」
…俺は、蚊帳の外?
置いてかれないように、食らい付けだけ?
二人の言葉に、神はしばらく無言だったけど…
「…言いたい放題だな…」
神は指を組んで、一度下を向いて。
大きく溜息をついた。
「…アズ。」
「…何。」
「おまえ…一生ギタリストか?」
「え?ドラマーかベーシストかキーボーディストになれって言ってんの?」
「……」
俺のその言葉には、神だけじゃなく、タモツ達も黙ってしまった。
なんだよー。
意外と器用なのになー。
ま、いいけどさ。
「…高原さんに報告に行こうか。」
そう言ったのは、神だった。
「…だな。」
「報告って、何の報告?」
歩き始めた三人の背中に問いかける。
三人は同時に振り返って、少し目を細めた。
「…解散の報告だよ。」
「そんな大事な事をさあ、今ここで五分ぐらいで決めるのって、良くないんじゃない?」
「またおまえは…潮時っつーのがあるだろ?俺とマサシはそれを読んだの。っつーか、遅すぎるぐらだぜ?」
タモツは笑いながら、そんな事言うんだよ…
ひどいな…。
みんなでエレベーターに乗って、最上階に行った。
会長室なんて、恐れ多いけど…神は普通にドアをノックして、『神です』っていつもの低い声。
で…ドアを開けたら、中には高原さんと朝霧さん。
「どうした。全員揃って。」
二人がソファーで俺達を見て言うと。
「…TOYSは解散します。」
神が、少し元気のない声で言った。
「…本気か?」
「…本気です。」
高原さんの問いかけと、神の答え。
それ以降、会長室はしばらく沈黙に包まれたけど…
「…分かった。今後の事を個別に話し合おう。」
高原さんがそう言ったかと思うと…
「………っ…」
「…神…」
「…な…くなよ……っ…」
神が…泣いちゃってさ…
タモツとマサシも、それに…つられて泣き始めて…
俺はー…何となく、もらわなかった。
…けど。
「あっ、圭司。今日もう帰る?」
個別相談、俺は三番目だった。
今は、神が残ってる。
俺は用もないのに、何となく八階で降りたら…瞳ちゃんがいた。
「…まだちょっと帰れないけど…いつもよりは早く帰るよ。」
「……どうしたの?」
「何が?」
瞳ちゃんが、俺の頬に手を当てた。
「え?何してんのさー。」
俺が笑うと。
「…圭司、泣いてるのに笑わなくていいよ?」
「…え?」
あ…あれ?
俺…泣いてる?
「……」
瞳ちゃんは何も聞かないままだけど。
「よしよし。」
俺をゆっくりハグして、背中をポンポンとしてくれた。
「……ごめん。」
そう言った途端、涙が溢れたのが自分でも分かった。
…なんだよ…
俺…TOYS…大好きだったんだよ…
悲しいよ。
なのに、嫌だって…言えなかった…。
解散したくないよ…って。
言えなかった…。
* * *
「ここにいたんだ?」
俺がそう声をかけると、神は振り向きもしないでタバコの煙を吐き出した。
事務所から裏に向かって少し歩いた所にある、小さな公園。
やっぱり緑がある所が好きだなあ。
そう言えば、神のお祖父さんちって、ゴルフコースがありそうな広いお屋敷で、緑はいっぱいだもんなあ。
あ…
それに、前にお酒飲んで言ってたっけ。
知花ちゃんの実家の庭が、すっげーお気に入りだって。
芝生も植木も桜も完璧って。
ああいうのを好むって、神って癒しを求めてるんだろうなって思ったんだよね…
「…これから、どうする?」
神の隣に座って問いかけると。
「…そーだなー…」
神は…空を見上げて…それきり何も言わなくなった。
今日…
TOYSは解散した。
全国ツアーの間中…神のやけっぱちぶりに気付いてたのは…俺だけじゃなかったんだなあ…
タモツもマサシも…
神が自分達に合わせてくれてるって。
身に染みるほど分かってたんだな…
「…何のために歌えばいいか、分からなくなった。」
10分以上無言だったけど、急に神がそう言って足元を見た。
「……」
俺はその神の言葉に…何も言わなかった。
俺が、神をバンドに誘った。
あの頃の神は…何だか何をしてもつまんなさそうで…
学校サボってケンカしたり、どこで知り合ったのか、女子大生とか社会人のおねーさん達と、イチャイチャしたり。
だから…バンド組もうって誘いに乗ってくれたのもだけど、意外と…ボーカルにのめり込んでくれたのも嬉しかった。
「…高原さん、なんて?」
神に聞かれた。
解散の話をしに会長室に行って。
そのまま…一人ずつ会長室に残って、今後の事を聞かれた。
まずは…タモツからだった。
それから、マサシ。
俺で…最後が、神。
「んー。おまえは続けるんだろ?って言われた。神は?」
「…思うように、好きな事でもしてみろってさ。」
「は?何それ。」
「新人のプロデュースでもしてみるかな。」
神はそう言って立ち上がると。
「人に曲書くのも悪くないし…しばらくはそうやって…その間に自分の身の振り方考えるのも悪くない。」
また空を見上げて…自分に言い聞かせてるみたいだった。
「…ルームの私物、持って帰れよ?」
「あ。そっか。」
「おまえのが一番多いぜ。」
「そっかなー…」
歩き始めた神の隣に並んで。
「…神、またバンドするよね?」
問いかける。
「…さあな。今は何も考えたくねーや。」
がーん。
心の中で、頭の上に石が落ちた。
即答とは言わなくても…やるって言って欲しかったんだけど…
…また、瞳ちゃんにポンポンってして欲しくなった。
もうしてもらわないけど。
だって、男として情けないし。
だけど…
なんか…
寂しくて、寂しくて…
中学生のあの頃を思い出した。
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