第16話 二年契約でアメリカに来た。
〇朝霧光史
二年契約でアメリカに来た。
アメリカデビューと言われても、そんなに甘くなんかないよな…って思ったけど…
俺達SHE'S-HE'Sは、あれよあれよとデビューしてしまった。
そして、デビューライヴも経験し…
あー…本当に俺ら、デビューしたんだなー…って実感できた。
夏にはグランドロックフェスティバルに出演も決まってる。
この数年…本当に驚くスピードで自分の環境が変わった気がした。
そもそも…
昔から男しか好きになれない俺が…
「光史、今夜はパスタでいいかな。」
「いいよ。って言うか、俺が作るから少し休めよ。今日ハードだっただろ。」
「ハードって…歌っただけよ?」
「おまえの歌は体力が要る。」
「光史の方が体力使ってるじゃない。あんなにハードなドラム叩いてるんだから。」
「俺の有り余る体力は、ドラム叩くぐらいじゃ尽きないぜ?」
メンバーである知花と一緒に暮らし始めて…半年。
季節は春になった。
キッカケは、知花が男に襲われた事だった。
知花は、去年双子を産んで二児の母。
たまたま俺が通り掛かったからいいような物を…
もしそれがなかったら、二人の子供と共に、どうなっていたか分からない。
知花を守ってやりたいと思う気持ちが湧いた。
実際は角材を振り回して、たまたま男が倒れ込んだ所を、子供達と知花を連れて逃げただけだが。
もしかしたら…初めてだったかもしれない。
女に対して…そう思ったのは。
人気が出て、俺達男は美味しい想いをする事はあっても…知花と聖子は、もしかしたら危険な事もあるのかもしれない。
実際、知花は数日誰かに尾行されてる気配があったと言っていた。
陸に頼んで…二階堂の人に知花を襲った奴を捕まえてもらった。
表向きヤクザの二階堂家は、警察の秘密機関で。
ここ、アメリカにもその拠点がある。
捕まえられた男は、ライヴで知花を見染めて以来、ずっと狙っていたらしい。
小さな悪事を繰り返す厄介な男で、二階堂にかかるほどではなかったが、地元警察も手を焼いていたそうだ。
「あー。」
「ははっ。ノン君、もう歩きそうだな。」
「あっ、咲華がっ…」
「おっと…危ない危ない…」
「ごめんね…気が休まらないね。」
「俺的には超癒されてるんだけど。」
「…本当に?」
「ああ。」
知花の子供達は…本当に可愛い。
来月で一歳。
ノン君もサクちゃんも、自力で立ち上がっては…自分で拍手をする。
その仕草の可愛い事可愛い事…
…神さんの子供。
今も俺は…彼が好きだ。
TOYSの全国ツアーの様子も、知花に知られないよう…チェックしていた。
親父に頼んで、映像も手に入れた。
アパートでは知花がいるから見れないし、当然…事務所でも見れない。
知花の出産は、神さんには秘密だ。
バンド内でも、自然とTOYSの話題がタブーになった。
俺はいつもその映像を持ち歩いて、バーで知り合った都合のいい女と会う時に…彼女のアパートで、それを見た。
たぶん彼女は、TOYSの歌を知っている唯一のアメリカ人だ。
男が好きだが…男とは寝ない。
それに、俺の想い人は…俺にはなびかない。
その分、俺は女と寝る。
気持ちはなくても。
…知花とも…一度だけ、寝た。
男に襲われた夜。
恐怖に震える知花を守ってやりたいと思って…抱きしめた。
知花を抱きしめた瞬間、俺の中に芽生えた感情は…
…もしかして…
俺はこれで、神 千里に近付けるんじゃないか…?
…そんな、気持ちだった…。
知花と寝た事は、俺にとって力にも罪にもなった。
神 千里に近付けたかもしれない。
そういう…ある意味危ない感覚の力と。
神 千里の大事な存在を…汚してしまったという罪悪感。
だが…その罪悪感の分まで、俺は知花を大事にしようと思った。
「気持ちいいか?」
「…うん…寝ちゃいそう…」
ここ半年の間、知花の髪の毛を切るのは俺の役目。
少しだけ毛先を切って、全体的に軽くした。
疲れてるであろう知花の頭をマッサージしてると、知花はウトウトし始めた。
昔好きだった男の職業が美容師で、まだ当時中学生だった俺は…色々理由をつけては店に通った。
その人は店が休みの日に、俺をわざわざ店に呼び出してくれたりもした。
二人きりで、ハサミの持ち方や髪の毛の切り方を…
身体を密着させながら、手を握って教えてくれた。
…思えば、唯一俺の気持ちに応えてくれた人かもしれない。
お互い想いは口にしなかったが。
その人が結婚するまでの一年半。
俺は夢のような時間を過ごし、将来美容師にでもなるのかと言われるような技術を身に着けた。
「……知花、眠いならベッドで横になれよ。」
首がカクッとなった知花に言うと。
「あ…あ、ごめん。ううん。大丈夫。」
「無理すんなって。最近ちょっとハードだったし。」
「光史がこんな気持ちいいマッサージなんてしてくれるからよ。もうスッキリしたし、大丈夫。」
そう言って立ち上がると、知花は満面の笑み。
「……」
俺は、そんな知花を無言で抱きしめる。
「…光史?」
「…おまえって、ほんと癒し系だな。」
「な…ななな何?」
…満たされない。
分かってる。
知花は神さんじゃないし、知花を抱きしめても…神さんが手に入るわけじゃない。
なのに…
俺は知花を抱きしめて、どうにか…満足したいと思っている。
「…子供達の昼寝に付き合おうぜ。」
知花を抱きしめたまま言うと、知花はずっと困ってたであろう両手を俺の腰元に置いた。
…本当に困ってるんだろうな。
分かってる。
だけど、俺は…止められなかった。
「えっ…」
知花を抱えてベッドに下ろすと…
「……」
「……」
「…おやすみ。」
軽く…キスをして、そのまま抱きしめて目を閉じた。
「……」
何か言いたそうな知花の言葉を。
俺は言わせなかった。
目を閉じて…
ただ、夢を見たかった。
俺が…
神 千里になっている夢を…。
〇七生聖子
「ここ、こんな感じでいいか?」
「うん。いいねえ。殺風景な部屋が、一気に賑やかになったわ。」
今日は知花の子供達、ノン君とサクちゃんの誕生日。
そこで、あたしと陸ちゃんとセンとまこちゃんは。
光史と知花が子供達を連れて買い物に行ってる間に、部屋の飾りつけをしてる。
知花の事…今でも好き。
だけど、今の知花見てたら…光史とくっついちゃえばいいのに…って思っちゃう。
とは言え。
光史は男しか好きになんない。
…だから、光史ならいいって思ってるのかな…あたし。
光史には妹と弟がいて。
ほんっと、面倒見のいい兄貴なんだよね。
特に、弟の渉とは10歳違うせいか…まるで我が子とでも思ってるかのような可愛がり方。
そんな光史が、子供を可愛がらないわけがない。
知花の子供達の事、本当に…父親みたいに世話してる。
そんな光史を見てると、幼馴染として本当に誇りに思っちゃうと言うか…
あたしの大事な知花を、大事にしてくれる光史に、心から感謝したくなる。
「あ、帰って来たよ。」
見張り役をしてたまこちゃんが、窓の下を見て言った。
「おっ、準備準備。」
「そっち引っ張って。」
「あ、そこ、足気を付けて。」
各自持ち場について。
「ただいまー。」
光史がドアを開けた瞬間…
~♪♪
まこちゃんが、小さなキーボードでイントロを弾き始めた。
カーテンを閉めて、薄暗い部屋の中で。
あたし達は全員で色とりどりのペンライトを振りながら、HAPPY BIRTHDAYを歌った。
光史はサクちゃんを、知花がノン君を抱っこしてて。
双子ちゃんは目を真ん丸にして、ペンライトの動きを見て…
「あー。」
「ぴー。」
それぞれ、光史と知花の顔を見て、何かアピールしてる。
そして、拍手を始めた。
ああ~…
可愛いーーーーー!!
歌いながらも、あたし達はみんなノンくんとサクちゃんにメロメロになっちゃってて。
歌い終わると同時に。
「一歳の誕生日おめでとう~!!」
あたしは、二人に頬擦りした。
「きゃはっ。」
「ひゅはっ。」
二人とも笑顔で…ほんっと可愛い!!
天使だよ!!この子達!!
「みんな、今の間に飾り付けしてくれたの?」
知花がノン君を下ろしながら言った。
あたしはカーテンを開けながら。
「そ。もー、リハーサルも三回したわ。」
「いい物聴かせてもらえた。な、知花。」
光史がサクちゃんを下ろそうとすると、サクちゃんはやだやだって光史に抱きついた。
「ああ…はいはい。」
「こら、咲華。」
「いいよ。これ、あっちに置いといて。」
「あ、うん…ありがとう。」
ん~…もうパパだよ…あんた。
そして、知花の旦那みたいに見えるよ…。
もう、二人がそんな感じでも、みんな何も言わない。
それだけ自然な事なんだよね。
「ノン君、歩くようになった?」
座ってるセンの膝につかまって、『んば』って言ってるノン君。
も~…
それをセンがメロメロになりながら、あやしてる。
帰国したら、すぐに結婚する予定のセン。
これって、子育ての免疫ついていいよね。
「それが、まだなの。」
つたい歩きはするものの、手を離すと転んじゃうらしいノン君。
サクちゃんは、先々週歩き始めた。
女子、強し。
「ま、サクちゃんに感化されて歩くようになるかもね。」
冷蔵庫に入れてたケーキを取り出す。
「サクちゃん、俺の所においで~。」
陸ちゃんが、光史から離れないサクちゃんに両手を差し出してるけど…
「……」
「……」
「……(ぷいっ)」
「なんで~!!」
「あはははは。陸ちゃん、フラれた~。」
「笑うな!!聖子!!」
「あっ!!やだ!!八つ当たりしないでよー!!」
楽しい。
毎日が、本当に楽しい。
ベース弾いて、みんなと笑って…
知花の子供達の成長を、みんな家族みたいに見守って…
「あ。」
光史が目を丸くして、マヌケな声を出した。
「ん?」
みんなで光史の視線の先を追うと…
「…え?」
まこちゃんが、振り返った。
そこには、まこちゃんのジーンズのお尻ポケットから出てるリボンを追って、歩いてるノン君。
「……」
まこちゃんが無言でポケットからリボンを取り出すと。
「あー。」
ノン君はそれを両手を伸ばして取ろうと…
「あっ…まこ、なんて意地悪な…」
まこちゃん、ゆっくりゆっくり、後ずさりしながら、ノン君の歩く距離を伸ばしてる。
「わー…歩いてる歩いてる…」
「貴重な場面に出くわした~…」
「見ろよ…あの足の出し方…」
「ぶはっ…不格好なのに…めちゃくちゃ愛しいぜ…」
みんな小声で、そう言って。
「…むー。」
サクちゃんが、光史に何か言って。
「ん?降りるか?」
え!?何で分かったの!?光史!!
あたし達、たぶんみんなそんな顔しちゃったよ。
光史の腕から降りたサクちゃんは、ノン君に並んで、まこちゃんの手から伸びるリボン目掛けて歩いた。
途中で一度ノン君が転んで、サクちゃんがそれを助け起こそうとして一緒に転ぶという微笑ましい光景もあって。
みんなで…すごく優しい気持ちになれた。
ああ…
あたしら、本当に幸せだなあ。
このまま…
アメリカにいたいよ…。
だけど、あたし達は…
7月には帰国する事が…決まってた。
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