第15話 俺の名前は東 圭司。
〇
俺の名前は東 圭司。
TOYSのギタリスト。
憧れのギタリストは、当然、朝霧真音さん。
目指す人も、朝霧真音さん。
本当、かっちょいいんだよね~。
髪型も、ちょっと真似してたりする。
誰も気付いてくれないけど。
雑誌の取材なんかで、よく『変わってますね』って言われるんだけど…
俺から見たら、神の方が変わってるんだよね~。
だってさ、お弁当買うとするじゃん?
最初に白米を全部食べるだよ!!
神!!その食い方おかしいって!!
色んな事はさておき…
今、TOYSは念願の全国ツアー中。
行く先々でソールドアウトって文字見ると…ほんっと嬉しい。
今まで頑張ってやって来た甲斐があるって、しみじみ思う。
…だけどさー…
なんて言うか…
神が、イマイチなんだよね…
タモツとマサシ、それとサポートメンバーのベーシストは、神ノリノリだなー!!なんて言うんだけど。
俺から見たら…
やけっぱち。
そんな感じに見えちゃうんだよねー…
昔っから…上手く自分を出せなかったり…大事な人の事ほど…突き放したりしちゃう所、あるからな…
タモツとも、よく揉めちゃってたけど…
神は、タモツの事好きなんだよねー…
だって、バンド組んで初めて練習した日…
タモツが、神の声をすっげ褒めて…褒めちぎって…
神、あの時真っ赤になって黙ってたなあ…
でも、ほんと…カッコ良かったんだよ。
ビジュアル的にボーカルだなって勝手に決めて誘ったんだけど、間違いなかったよ。
今、TOYSは上手くいってる。
ように思われてる。
でも…
俺としては…
心ここに非ずの神で上手くいってるなんて…
ちょっと…
やなんだよねー。
なぜか、俺と二人きりで飲むときに限って…ベラベラ本音を喋ってくれる神。
だけど、俺にベラベラ喋ったのを知ってからと言うもの…
あまり誘いに乗ってくれない。
でも、これは…近い内に一度。
無理矢理にでも、連れ出さなきゃかなあ。
…その前に。
俺は、一人で地方での楽しい夜を過ごすとするかなー♡
年が明けても、TOYSのツアーは続いた。
俺は地方に行くのが好きだったけど、神は知らない場所が苦手みたいで、俺が飲みに行こうって誘っても全然だった。
反対に、タモツとマサシはノリノリでさ。
いつも三人で夜の繁華街を警備した。
もちろん、美味しい想いもした♡
ツアーの最後は、憧れの日本武道館。
チケットは完売。
なんだー。
俺達、人気者じゃんー。
なんて、ちょっといい気になったよ。
…相変わらず、神はやけっぱちっぽかったけどね。
で。
その武道館当日。
若干…みんな変な緊張をした。
取材陣の数、すごかったし。
浮足立つ俺達をよそに、神だけは…冷静に見えた…はずなのに。
「おい…どうなってんだよ…」
タモツが青い顔をした。
「まさか…今から中止なんて…しないよな?」
マサシも。
神が…声が出ないって言って、楽屋に引っ込んだまま出て来ない。
マジか!!って、スタッフも全員大慌て…
とりあえず、神の機嫌を伺おうと楽屋に入ろうにも…鍵がかかってる。
…うーん…
「あっちの窓から覗いてみたら?」
はす向かいにある部屋を指差して言うと。
「その手があったか!!」
みんなは、そこ目掛けて走って行った。
…ほんとに楽屋にいるのかな?
俺はキョロキョロしながら…とりあえず、廊下を歩いた。
神って、落ち込むと公園とか…ちょっと緑がある所に行くんだよねー。
だから、何となくだけど…外に出てるかな?って思った。
もう開場されてるから、お客さんは中に入ってるし…
ちょっと俺も散歩してこよー。
「いない!!」
「どこだ!?」
スタッフがバタバタしてる中、俺は適当に衣装の上にコートを羽織って外に出る。
あー、さむー。
神、凍えてないかな。
少し歩いてると…やっぱりね。
俺の思った通り。
神って、分かり易いな。
黒いコートを着て、公園の木の柵に寄りかかってる神がいた。
まー、いきなり声かけるのもあれだし…
ちょっと遠巻きに近付いて驚かしてやろうかな。
そうしたら、声も出たりして。
そっとそっと近付いた。
神は今にも雪が降りそうな空を見上げたり…自分の爪先を見下ろしたり…
何、センチメンタルな顔してるんだよ。って、ちょっとイラッとしたけど、カッコいいなとも思った。
何度目かの、空を見上げた時…
「…知花…」
神が、小さくつぶやいた。
…………あー、ほんとイラつく。
神ってバカ。
瞳ちゃんと付き合い始めたと思ったら…
『あんなダメ男、無理』なんてさ…
瞳ちゃんに、そんな事言わせて。
神から瞳ちゃんと付き合う事にしたって聞いた時は…
ちょっと意外だったけど、それでも神が選んだ事なら…って思った。
でもさ、ダメだよね。
付き合うなら、ちゃんと…知花ちゃんの事、消化すればいいのに。
神は、全然だよ。
そりゃあ…知花ちゃんは、料理が上手くて、女の子らしくて、歌もすごいし…
…うーん…
非の打ちどころがないなあ。
「……」
しばらく、神の後で腕を組んで考え込んでたけど。
ガツッ
俺は、神の背中にケリを入れた。
「いっ…」
俺に蹴られた神は、前につんのめって…転ぶかと思ったけど、踏ん張った。
「な…何しやがる。」
「あ、声出てる。」
「……」
「聞いたよ。知花ちゃんの名前呼んでるとこ。」
俺がそう言うと、神は目を細めて嫌そうな顔をした。
だけど、ダメだよ。
そんな顔したって。
怖くないもんねー。
「何してんのさ。こんなとこで。」
「……」
「夢の武道館に来たって言うのに、神、そんなのでいいわけ?」
「……」
「あれ?もしかして緊張しちゃってる?」
「…うるさい。」
「知花ちゃん達は、もっともっとすごい事してるんだよ?俺らも頑張ろうよ。」
「……」
逆効果かなーとは思いつつ、名前を出した。
だって、SHE'S-HE'Sは本当にすごい。
同じ土俵になんて上がれないよ。
先月、彼らはデビューライヴもこなした。
その時の映像が事務所の至る所で流されたけど…
いや、本当…圧巻だった。
俺のお気に入りの七生ちゃん…
何度もデートに誘ったんだけど、結局一度もOKくれなかった。
遠い存在になっちゃったなあ…
大抵の人達が、SHE'S-HE'Sを聴いたり見たりして、ちょっと…自信喪失って言うか…
まあ、俺も最初ホールオーディション見た時…ちょっと落ち込んだけどさ。
でも、同じ事務所にこんなにすごいバンドがいるって、俺は自慢なんだけどなー。
それに、刺激もされるよ。
こいつら何だ!?って。
すげー奴らだ!!って。
…ま、神の場合…
可愛い可愛い知花ちゃんが、そのすごいバンドのフロントだから…
色々複雑に入り組んだ感情を持っただろうとは思う。
だって、神…
すっげー、知花ちゃんの事好きだし。
「さ、行こうよ。」
「……」
俺の言葉に、神は無言。
もー。
まだ、だんまり?
ほんっと、じれったいなあ。
「せっかくやけっぱちになって頑張って来たんだからさ、最後までやけっぱちで行こうよ。」
俺がそう言うと、神は一度目を伏せて…それから俺を見て。
「…誰かやけっぱちだ。」
低くて、突き刺さるみたいな…
俺の好きな神の声で、そう言った。
さあ。
やーっと。
TOYSの全国ツアー最終日。
始まるよ~。
〇高原 瞳
「すごかった~!!」
あたしが控室に入ると、なぜかそこは…
「……」
「……」
「……」
「……」
あ…あれ?
なんで…みんな無言…?
今日はTOYSの全国ツアー最終日。
武道館でのライヴだった。
それはもう…鬼気迫る千里の歌とか…
今まで見た事ないほどノリノリの圭司とか…
ざっくり過ぎるけど、他のメンバーもいい出来だった。
あたし、客席で泣けて仕方なかった。
千里とは…別れてもいい関係の位置にいると思ってる。
…ま、ツアーに出てたから、あまり会う事はなかったんだけど…
ツアーの合間にはマンションには全然帰らなくて、ほぼ事務所にいた千里と圭司。
だから、会うのは久しぶり!!
なんだけど…
この沈黙…。
スタッフも全員…なぜか…
「………本当に、今日までお疲れ様でした。」
不意に、千里が低い声で言って。
「最後の最後に、迷惑かけて、すいませんでした。」
みんなを前に、深々と頭を下げた。
…え?何々?
千里が頭下げるって、何事⁉︎
何があったの⁉︎
興味津々なんだけど、誰にも聞けずにいると…
「……TOYS、全国ツアー終了!!」
そう叫んだのは、圭司だった。
その声と共に…スタッフ全員がクラッカーを鳴らして。
千里がしかめっ面をする。
「お疲れ様ー!!みんな、ありがとう!!」
「こちらこそ!!楽しい現場だった!!」
「飲もう!!乾杯!!」
「わー!!まだ明日もやりてーよー!!」
圭司やスタッフ…タモツ達がそんな風に叫んで。
ふっ…と、千里の表情が和らいだ。
「あっ、瞳ちゃん来てくれてたんだ?」
ビール片手の圭司が来て。
「無事終わったよ!!」
あたしに…ハグした。
「あっ…う、うん。見てた。良かったよ、すごく。」
「ほんと!?もう、すっごく楽しかった!!」
「そんな感じだった。圭司、ノリノリだったね。」
「だってさ、みんなサイコーなんだもん。」
「……」
…いいなあって思った。
ソロシンガーだと、こんな感情は生まれない。
そりゃあ、スタッフには感謝してるけど…
振り向いたら、そこに誰かがいる安心感って…ソロでは味わえないもんなあ…
「千里の謝罪、あれ何?」
圭司に小声で問いかけると。
「あー、開演が少し押したでしょ。あれ。」
確か…20分押した。
だけど、アンコールが濃くて文句なしだったけど…
「千里が関係してたの?」
「ビビっちゃってさー。」
「えっ、本当?」
「ほんとほんと。」
あたしと圭司がそんな会話をしてると。
「ビビってなんかねーよ。」
千里が、圭司の膝の裏を蹴った。
「いてっ。ひどいなあ。」
「おまえが余計な事言うから。」
「今更瞳ちゃんに、カッコつけなくたっていいじゃんね。」
「ほんとほんと。」
「うるさい。」
千里はそう言いながらあたしの前に立つと。
「…来てくれてサンキュ。」
変わらない、冷たい視線と低い声。
「どういたしまして。良かったわよ。」
あたしがそう言うと、千里は少し首を傾げて圭司の腕を引くと。
「…迎えに来てくれて、サンキュ。」
そう言って…抱きしめた。
「おおおお⁉︎なんだ⁉︎あいつら、デキてたのか⁉︎」
「アズ‼︎やっと片想いが成就したな‼︎」
周りはみんな、冷やかしと笑い声なんだけど…
「……」
千里に抱きしめられた圭司は、目を真ん丸にして。
だけどそれは…だんだん涙目になって。
あたしがそれをポカンと見ながらも…だんだん笑顔になると…
「…神のバカー…泣くじゃんか…」
千里の背中をガシッと抱きしめて。
「もー、ほんと…神のバカー…」
「何なんだよアズ‼︎泣いてやんの‼︎」
周りから笑われながらも…
「神のバカー…」
そう言い続けた。
…ちょっと、もらい泣き。
男同士って…いいな。
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