第13話 って事が、引っ越し初日にあって。

 〇高原 瞳


 って事が、引っ越し初日にあって。

 あれだけ千里の彼女になりたいって思ってたのに…

 いざ彼女になってみると…


 …誰にも言えなかった。


 パパにも。

 圭司にも。


 …千里は、誰かに言ったのかな…って、気にならない事もなかったけど…



「あははは。今のってすごく簡単なトリックだよね。」


「…俺には全然分からなかった。」


「神って純粋だな~。意外と騙されやすいかもしれないから、気をつけなよ?」


「おまえに言われたくない。」



 圭司と千里は、テレビでやってるトリックショーで盛り上がってる。



 蓋を開けてみると…二人のスケジュールはほぼ同じなわけで。

 あたしと千里が二人きりになる事なんて…そうそうなかった。


 しまったな…

 あの日が最高のチャンスだったって事だよね…


 結局、あたしのスケジュールも毎日バラバラだから…二人きりどころか、三人揃う事すら難しい。


 あーん。

 つまんない。



「…俺、そろそろ寝よっと。」


 突然、圭司がわざとらしいアクビをしながら立ち上がった。


「え?まだ九時よ?」


「最近、疲れが取れなくてさ~。」


「……」


 千里を見ると、白けたような顔で圭司を見てる。


「じゃ、おやすみー。」


 圭司が手をヒラヒラさせて部屋に入って行って。


「…余計な気を…」


 千里がボヤいた。


「…圭司に話したの?」


「…何を。」


「あたしと…その…付き合うって…」


 千里の隣に座って問いかけると。


「……覚えてない。」


「……」


 まさか。

 千里…

 圭司に飲まされて喋っちゃったパターン!?

 あたしが一緒の時は、飲んでも全然喋らないのに!!


「……」


「……」


 あたし的には…

 こないだの続きを…なんて思うけど…


「…瞳。」


「はっ…はい?」


「おまえ、最近ラジオばっかやってるけど、ボイトレやってんのか?」


「……」


 い…

 痛い所突かれた…。

 本当…最近のあたし、全然歌ってない。

 ラジオ番組が人気出ちゃって…喋ってばかり。


 せっかくデビューしたのに、喋ってばかりのあたしに呆れてるのか…

 パパも、次作の話を出さない。


 …そっか。

 歌わなきゃ、千里もあたしの事、認めてくれないよね。

 だって…元妻は…

 アメリカデビューするぐらいの実力の持ち主だもん。



「…明日から頑張る。」


 あたしがそう言うと。


「明日から?」


 千里は…眉間にしわを寄せた。


「…今から…?」


「腹筋ぐらいできるだろ。」


「…何、千里毎日してんの?」


「してるさ。」


「…腹筋だけ?」


「ストレッチとか腕立ても。」


「…いつ?」


「空いた時間に。」


「……」


 し…知らなかった。

 千里って…結構ストイックだったんだ…


 はっ。


 そう言えば、知り合った頃も、あたしのボイトレしてない日はジョギングだの腹筋だのしてるって言ってたような…



「怠けんなよ。」


 千里はそう言って立ち上がった。


「…え?どこ行くの?」


「走って来る。」


「え?今から?」


「走りたくなった。」


「…あたしも行く。」


 ソファーから立ち上がって言うと。


「…無理だから着いてくんな。」


 千里は…少し冷たい声。


「……」


 な…何よ。

 何よ何よ。

 やる前から無理だなんて…


 千里のバカ!!



 千里が走りに行って。

 ムカムカしてたあたしは、圭司の部屋のドアをノックした。

 ノックしたけど…反応なくて。

 ガチャリとドアを開けたら…

 寝ると言った圭司はヘッドフォンしてギターを弾いてた。


「わっ!!び…びっくりした…」


 あたしがヘッドフォンを外すと、圭司は本当に驚いたみたいで。

 胸を押さえて頭を揺らせた。



「神は?」


「…走りに行った。」


「も~何だよ…気を利かせたのに…」


「別に、そんな気遣い要らない。」


「機嫌悪くなるぐらいなら、ついてけば良かったのに。」


「…無理だからついてくんなって言われた。」


 あたしが唇を尖らせてベッドに座ると。


「あ~…でも確かに…無理かも。」


 圭司はアンプの電源を落としてギターを置いた。


「神、かなり自分を追い込むぐらい走るから。」


「…どうして?」


「どうしてって…それが神のやり方なんだろうから。」


「…アスリートじゃないんだから…」


「まあ、そうなんだけどさ…瞳ちゃん、シンガーなら分かるんじゃないの?」


「…何が?」


 あたしの答えに、圭司は少しキョトンとして。


「…シンガーとして、気を付けてる事はない?」


 首を傾げた。


「…でも、千里はタバコ吸ってるじゃない。」


「まあ、ストレス発散も兼ねてるよね。」


「説得力ない。」


「でも、あいつ事務所でも時間空いたら着替えて走りに行ってるし…ボイトレも毎日やってるよ?」


「毎日!?」


 さすがに…驚いた。

 千里って、いつもだるそうで…動かないイメージの方が強い。

 天才って言われる部類の人間だと思ってた…

 だから、そんなに努力してるなんて…思いもよらなかった。



「神はね、自分と闘ってる最中なんだよ。」


 圭司は手にしたピックの曲線を指でなぞりながら言った。


「…何で自分と?」


「…高原さん、神の事を世界に出したいって思ってるみたいだけど…俺らとセットじゃ無理なんだよね。」


「……」


 その話は…あたしもパパから聞いた事がある。


 千里を世界に出したい。

 だけど…TOYSじゃ無理だ…って。



「本当は世界に行きたいんだと思う。だけど、俺らを置いてまでって気持ちもあって…あいつ、変に義理堅い所あるからさ…」


「…そうだよね…」


「バカだなあって思う反面、神に応えたいって気持ち…俺は強いんだけどね。神は神で…」


「…神は神で?」


「あ…気にしたらごめん。」


「何?」


 圭司は鼻の頭をポリポリとかいて。


「…知花ちゃんのバンドが、凄すぎるじゃん?」


 あたしの顔を、少しだけ遠慮がちに覗き込んだ。


「……」


 それは…すごく納得のいく話だった。



 千里は世界に出たくても…そう出来なくて。

 だけど、彼女は…バンドで世界に向かった。

 しかも、自分を捨てて。

 千里にしてみたら…そりゃあ…色々もどかしいはずだ。



「…自分を捨てた彼女が成功するって…辛いんだろうな…」


 あたしが小さくつぶやくと。


「え?何でそういう事になってんの?」


 圭司が目を見開いた。


「…だって…千里、すごく落ち込んでたじゃない。」


「まあ、そうだけど…知花ちゃん…行きたくないって言ったらしいよ。」


「……え?」


「神の事好きだから、離れたくないって。」


「……」


 な…何なの…この…甘い話は…


「そ…それなのに、何で離婚なのよ。」


「そこは…お互いの考えの相違って言うか…」


 急に圭司の歯切れが悪くなった。

 あたしの目を見ない。


「…あたしが関係してるの?」


 目を細めて問い詰めると…


「え…いや…」


「教えてよ。ハッキリ言ってよ。」


 ズイズイと圭司に詰め寄ると…


「……知花ちゃん…神と瞳ちゃんが付き合ってたって思ったままだったからさ…」


「…………は?」


「神…瞳ちゃんとは何でもないって…言ってなかったみたい…」


「…………はあ!?」


「高原さんも、ずっと誤解したままでしょ?それで…あの…ちょっと…もめたみたいで…」


「……」


 …ちょっと…ちょっとちょっと!!

 バカじゃないの!?


 パパにはともかく…

 妻にまで嘘つく必要ないじゃない!!


「ああ…もう、千里が分かんない。」


 頭を抱えてしまう。

 ほんっと…千里…バカだ…


「んー…神からしたらさ…」


「…何。」


「瞳ちゃんとの約束は、それ、なんだよ。知花ちゃんとのこれ、とは違うところだから、言いたくなかったんじゃないかな。」


「……」


「…分かる?」


「…分かんないわよ。バカ。」


 分かんないよ…本当。

 確かに千里は、そういう人よ。

 だけど…どうして大事な人にまで…


「…圭司。」


「ん?」


「千里…あたしの事、好きだって言ってた?」


「……」


 圭司が、あたしを見てる。

 だけどあたしは、スタンドに立ててあるギターを見てた。


「正直に言って。」


「…好きになれたらいいと思うって言ってた。」


「……そっか。」


 たぶん…千里はそんな事言わない。

 圭司、嘘が下手だな。



 きっと千里は…あたしへの恩とかで…そういう気になったんだ。

 だって、好きになれたらいいって思うなら…

 今夜だって、続きはしなくても…手を繋ぐぐらいしてくれたって良かったと思う。


 千里は、あれからあたしに触れない。

 …何が、彼女だって思っていい…よ…



「…圭司。」


「ん?」


「あたし、調子に乗り過ぎたかな。」


「……」


 圭司は、少しうつむいたあたしの頭をポンポンとしながら。


「調子に乗れる時は、乗った方がいいんだよ。」


 泣きたくなるような…優しい声で言ってくれた。

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