二人の違い

 潮の音と、赤い色に染まった街。

 アドリア海の夕陽に包まれながら、ロリタとフランチェスカは船に乗っていた。


「……すっかり嫌われちゃったみたいですわね」


 フランチェスカが小さく呟くのをよそに、ロリタは黙々と船を進める。

 返答のない気まずさは、街の景色と風が消してくれた。

 しばらく、街を見つめていたときだった。


「……嫌いになったわけじゃありません。距離が分かったんです」


 急に言葉を放ったロリタに、フランチェスカは耳を向ける。


「あなたとあたしは全然違う場所にいる――だから、こちら側の声があなたには届かないんですね。あなたが言うように、遠く離れているあたしたちはお互いに全然なんの関係もない」


 フランチェスカはロリタから視線を外すと、遠くの街並みを眺めながら、


「距離が遠いわけじゃありませんわ。あなたとわたしは平行線だったのです」

「平行線?」

「ええ。わたしもやっと分かりました」


 フランチェスカは眩しそうに目を細め、


「存在を隣に感じていても、時が経つにつれて埋められない隙間があるということに気がついてゆく……そして、わたしとあなたの違いがなんであるかも、今日のことで分かったような気がします」


 フランチェスカはロリタに微笑み、


「あなたは、ベルナルド侯爵を信じているのですね。きっとそれがあなたの強さだと思いますわ」


 言われて、ロリタはそっぽを向く。


「あなたには……自分が信じているものはないんですか?」

「わたしはあなたと違って疑うことしか出来ないのよ、ロリタ」


 夕陽がフランチェスカの顔に差す。

 フランチェスカはロリタにまっすぐ向き合って、


「正義は悪を悪だと証明できるけれど、自分の行動が正義であるかどうかは判断できない。だから、善人ほど自分の行いに悩むのですわ。けれど悪は違う。悪は、正義を悪だとも証明できるし、自分が正義であることも証明しきってしまうの」


 フランチェスカは横を向き、遠くを見つめながら続ける。


「……知ってた? この世界のことを考えてみれば、悪は正義よりも強いのよ」


 ――ロリタは、フランチェスカの顔に見惚れていたことに気づいてハッとする。

 頭を一度振ると、


「……じゃあ、あなたも総督を悪だと思っているんですか?」

「要は使い方ですわ。総督も上手く国を動かしています。むしろ、清濁合わせ飲む姿勢が国を統べる者に必要なものなのかもね。一本気に正しいことばかりを言っても世の中は回らないのですわ」

「一人で回そうだなんて思うから無理なんです。だからみんなが集まって政治は作られるんじゃないんですか? ……もう、あなたに協力しろなんてことは言いませんけれど」

「――あなたは強いのね。なんと言っていいのかわからないけれど、あなたのそういうところが嫌いじゃありませんわ」


 フランチェスカは独り言のように言うと、視線を落とし、


「……わたしはあなたと違って弱いのよ、ロリタ」


 誰にも聞こえないような声で、ひっそりと呟いたのだった。

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