ドゥカーレ宮
サンマルコ広場の一角に宮殿がある。
ドゥカーレ宮は、その名の通り、法と政治を司る総督の屋敷である。
その絢爛豪華な内装は天井の金細工まで及び、全面に描かれた絵画などは見る者を感嘆させるのだった。
「まだ狐の正体は掴めないのか?」
「は……我ながら情けなく思います」
総督はドゥカーレ宮の執務室で、側近に話を訊く。
こんこんと扉を叩く音がした。
招き入れてみると、行商が新しい品物を持ってきたという報せだった。
総督はすぐに行商を部屋に通し、並べられた珍しい品物を前にそれを検める。
「……お好きですね」
総督の姿を見ながら、軍人らしく手を後ろに回した姿勢のいい立ち姿で准尉が言うと、
「これらが珍妙な道具に見えるかね、ガスパロ准尉」
品物を弄くりながら、総督は尋ねる。
准尉は瞳だけ動かして物を眺め、
「……自分には、何がどうなっているのか分からないものばかりです」
「私にとってもそうだよ」
総督は笑い、別の物を取り上げる。
「……だが、こういったガラクタの中にもたまに本物がある。あの箱を見つけたときのようにな」
「はあ、確かにあれには驚きました。総督でなければあれの用途には気づかなかったでしょう。なぜ……総督はそういったものがおわかりになるのでしょうか?」
准尉は総督の顔をうかがいながら聞く。
総督はなおも品物に夢中なまま、
「現代に生きているのはなにも現代の人間だけではない。――同じように、古代文明が古代の文明であるというわけでもないのだよ」
見たことのない筒を触りながら言う総督を、准尉は当を得ない様子で見つめる。
「哲学の話、でしょうか?」
「科学だ、ガスパロ准尉」
総督は触っていた筒を自分の机に置きながら言う。気に入ったらしく、これは買うようだ。
総督はまた別の商品に手をかけながら、
「科学とは、理屈を記述しそれを再現することに意義がある。つまりは高度な文明の遺産になればなるほど、理屈がわからずとも、どんな者の手でも使えるようになっているのだよ。最初に、それがなんのための道具であるかさえわかってしまえば、あとは簡単だ」
「はあ……」
この総督は、たまに聞き手を無視して自分の話したいことを話す癖がある――そう感じていた准尉は、気のない相槌で適当に総督の話を流していた。
「ん?」
総督は商品の一つに目を留める。
「これはなんだ? 古くもなければ、特に変わったところもないな」
「そのムチはクヌートというものです。失敗作ですよ」
「失敗作?」
「ええ、これは拷問用に作られたものなのですが……いかんせん強力すぎるのです」
行商人は総督の食いつきを見て、愛想を欠かさず説明する。
「これの一撃をその身に浴びればたちまち皮膚は裂け、肉はめくれ上がってしまう。相手を殺しては、拷問になりませんからね」
「面白いな。それでは確かに使い物にならん」
総督はムチを取り上げ、試しにそれを一振りしてみた。
驚く行商人をよそに、総督は満足げな笑みを浮かべて、
「このムチを使って、狐を狩るのも悪くない」
総督は行商人に代金を払うと、行商人を帰した。
部屋はまた、総督と准尉の二人っきりになった。
「この鞭を、きみならどう使う? ガスパロ准尉」
言うと、総督はクヌートを准尉に投げ渡した。
「ムチ、ですか……これでゾロを打ち倒せれば、憂さ晴らしにはなるかと思います」
「餌を撒くとしようじゃないか。罠を張るのだ。確か……モンテロ伯爵の裁判の結果がまだだったな」
「は……。伯爵を上手くかばうことが出来ずに苦労しています」
「なにもかばうことはない。なんせあの伯爵は、ゾロと繋がっているのだからな」
「はい?」
「准尉。あれはわざとゾロに襲われて、ゾロに資金を提供していた国賊なのだよ」
「……なんの話でしょうか? 彼が密輸をしていたのは、我々政府が――」
「伯爵は政府とはなんの関係もないよ、ガスパロ准尉」
総督は天井を見上げ、口の端を吊り上げながら言った。
「そうだな、
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