第2話『落雷と海底都市』
キマリとソマリの乗った一艘の小舟が嵐の海の中にいた。
「今日は嵐になると言っただろう! だから私はこんなところに来るのは嫌だったんだ!」
「まぁまぁ我々が高波に攫われたとて、塩水で壊れることはないではないか」
舟に空いた穴を慌てて塞ぐソマリに、落ち着いた様子のキマリが水をかき出していた。
「このままじゃ転覆もしくは沈没する!」
「そうなったら海底を歩けばいい。頑丈なだけが売りなこの体が、水圧でペシャンコになることもない。お前は何をそんなに焦っているんだ?」
確かに二人の体は防水仕様にもなっている。金属だらけの母星にあまり必要のない機能だったが。
「私は水に入ったことが無いんだ。作業後の洗浄は高圧のシャワーだったし、風呂にも浸かったことはない」
「大丈夫だ、陸上とそこまで変わらんよ。少し体の動きが制限されて鈍くなるだけだ」
波は今にも小舟をひっくり返す勢いだ。果てしなく広い黒々とした海は、二人を飲み込もうと、猛然と荒れ狂う。
「自然の力というものは凄いな。この星が膨大なエネルギーで出来ているのが分かる」
「暢気なことを言う。私の一番の心配事は海に沈んでいる海底都市の場所が分からなくなったことだ。こんな果ての無い海で何を目印に探せばいい」
「それこそ最終的には歩いて探すことになるんだ。遅かれ早かれ水には浸かる。海面上昇で沈んだ都市だ。そう陸地から遠く離れているということもあるまい。それより私は雷が心配だな。こんな何も遮蔽物のない所では格好の的だ。1億Ⅴなら喰らっても毀れることはないだろうが、果たしてどのくらいの衝撃があるのか」
キマリは笑みを浮かべた。その笑みはどこか不適だった。
「その割に楽しそうではないか」
「地球で最も強いエネルギーの一つでもある。一度でいいから体感してみたいところではある」
恐ろしいことを言う。
「不吉を呼び寄せるようなことを言うな」
その時、黒雲から、真っ直ぐこんな小さな的に、迷いなく目がけてくるように、物凄い轟音と共に稲光が舟に落ちた。ソマリの視界は光で一杯になったが、雷がキマリを包んだのがハッキリと見えた。船はバラバラに弾けて、ソマリも海に投げ出される。二人は暗い暗い海の底に沈んでいった。キマリは、水が自分を占めてくる初めての感覚に、底に落ちるまで眼が開けられなかった。その感覚は、高波のように押し寄せる、と表現するのが、ぴったりだった。足が海底に着地する頃には、かなりの時間が経っていた。
―――また、はぐれてしまった。
キマリは体が軽くなったのか、それとも重くなったのか訳の分からない、不可解な心境のまま、キマリを探した。ヘッドライトを点ける。光は暗闇に溶け、あまり意味をなしていなかった。こんなに広いところで離れ離れになって、再び会うことは、奇跡でも起こらない限り到底無理に思えた。涙が出るなら泣いていただろう。
―――まだ、砂の海の砂漠に行っていない。マグマという火の河だって見ていない。蒼白い氷山だって、地割れで出来た崖だって。
暗闇はソマリの心を一人きりにした。一人でいることはなんと心細いことか思い知った。マザーベースを出る時にソマリが言っていた言葉を思い出した。
「どんな時もどんな場所も二人で見よう。世界がどれほど美しいことを知ることには確かな意味がある」
冒険に出るのはいつもキマリだった。しかしその投げかけられた言葉に、ソマリの冒険心が確かに震えた。旅立つ時、仲間には馬鹿にされたが、キマリの誘いを断る理由にはならなかった。あいつに並ぶだけのものはあるのか。そう思ったこともあるが、機械の癖に大雑把なキマリに、几帳面なソマリは恰好の相棒だった。
―――あいつは私がいないといけない。……私もあいつがいなきゃ何もできない。私はあいつと共にもっと旅がしたい。
暗闇の先にソマリがいることだけを考え、一歩一歩確かに踏みしめて進む。その時、光が見えた。眩いほどに耿々と輝く光が見えた。その光に向かって歩を進めた。
「おう、ソマリ。しばらく」
「お前、当然のように現れるなよ」
発光していたのは、キマリだった。
「それより見てみろ、雷のエネルギーが私の発電システムを活性化させている」
「帯電しているのか? しかし凄い光だな」
「それでもこの暗闇を晴らすことは出来ないな。海底都市を探すのは辺りが明るくなってからの方が良いな。今度は離れないようにロープで体を縛ろう」
「大丈夫なのか、それだと私も感電しないか?」
「慣れれば結構心地の良いものだぞ」
そう言ってキマリは手を差し伸べる。ソマリはしぶしぶ手を掴むと、体に物凄い衝撃が走った。
「はははっそら気持ちいいだろ」
「お前というやつは!」
「いや~でも見つかって良かった。一人じゃ心細かったんだ。それに先に目的地に着いたら約束を違えるからな」
「……全く。もういい。私は少し眠る。間違っても起こすなよ」
ソマリはキマリから渡されたロープを、バンケットヒッチに固く結ぶと、ぶっきら棒にそっぽを向いた。自分の体も光っているから、何となく居心地は良くなかったが、今はこれ以上に、ソマリの顔が見ていられない。キマリはやれやれと嘆息すると、自分もロープを結んでスリープモードに入った。
しばらく経って、海に光が差し、二人が目を覚ますと、そこは美しい青が織りなす幻想的な絶景の中だった。目的地の海底都市。そこに二人は流れ着いていた。朽ち果てたビル群に目を奪われる。錆びだらけの自動車。水圧で脆くなったコンクリートが、緩やかな潮の流れに、柔らかく揉まれて、ゆっくりと崩れ落ちていく様は、灯りを消した時の寂しさに似た郷愁をそそる。確かな文明があった跡を、時間が長い時間をかけて海が削っていた。
「潜って良かったろ?」
「水の中も案外悪くないな」
二人はその景色を、しかとメモリーに焼き付けた。生き物のいない世界でも、美しいものはやはり美しいのだ。時間は変化を伴うが、それだけは不変だった。
明日はどこへ行こうか。
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