World End TourS

柳 真佐域

第1話『流星街』

 星が降った夜、地上には無数のクレーターが出来た。生き残った人々によって街がクレーターのリムに沿って再建されたが、二度目の流星群が落ちて復興の灯火が消えた。それからも度々、人のいなくなった街を目がけて星は降ってきた。

 街は星降る街として観光化もされたし、降ってきた星の成分を研究調査する科学者達もいたが、現在は水を打った静寂が支配していた。そこに二人の人影があった。旅人のキマリとソマリだ。二人は機械の身体をしたアンドロイド。星の降った街の姿を見たくてやってきた。

「ややっ、随分と盛大に落ちたものだ。これではとても人が住むことは出来ないな」

「文明が滅びたのも頷ける。人が生きていけないほどに、環境というものが過酷さを増したか」

 額に着けたヘッドライトの光が右往左往する。まだ新しいリムに沿って月明かりに照らされた二人の影が細く長く伸びる。二人は、乾いた二つの砂煙を巻き起こして、クレーターの中心部に滑り降りた。

「一度は目にしておきたかったが、これが隕石というものか」

「こんなものが何十と降ってくればその破壊力たるや凄まじいな。ちょっと削ってみよう」

 隕石の大きさは、二人の小さな身体とは比べものにならないほどに大きい。

 キマリは高圧カッターで隕石の表面を削る。胸のシェルホルダーにあった試験管のような容器に、大事そうにその破片を入れて蓋をした。そして肩下げ鞄から出した、上部に出っ張りのある幾何学模様の描かれた正方形の小さな箱を取り出した。でっぱりを押すと、箱は輪郭を保ったまま膨張した。そして試験官が入るのにちょうど良い穴が現れる。キマリは空洞に試験管を挿入した。ソマリは隕石に抱き着き、胎動を聴くよう耳を当てた。手に持っていたハンマーでコツコツと隕石を叩く。

「冷たく響くな。中に音が反響している」

「成分が出た。該当例はない。やはり地球上に存在しない物質のようだ。しかし、美しいな」

 葉脈や波紋のようにも見える、黒々とした隕石には、赤が混じっていたり、青や緑、いや、青は蒼、緑は翠かもしれない。こんな小さなヘッドライトに照らしていることがもどかしかった。早く陽の光の下でその全容が見たい。隕石の表面にキマリは感嘆を洩らした。

「流れ星は大きいものは、黄金を運ぶ竜とされて、特に明るく輝く大きなものほど大量の黄金を持っている竜だと認識された時代もあったそうだぞ」

 ソマリが言う。

「龍!あのトカゲに似た伝説の生き物か!何故金は存在するのに龍は存在しないのだろう。惜しい、実に惜しいぞ」

 キマリは悔しそうに地団駄を踏んだ。

「しかし、こんな美しいものでも生命を易々と滅ぼす。古代の恐竜も隕石で絶滅したというし」

「隕石に生命の尊厳を説いても始まるまい」

 星はただ流れ、落ちる。そこに意味ない。物事に意味を見いだすのは人の役割だ。何の理由があれ、何が尊ばれたところで自然の摂理には関係がない。

―――コポコポ。

「腹が鳴った。食事にしよう」

「今、コーヒーを淹れる」

 二人は食事の準備を始めた。キマリが食べ物を、ソマリが飲み物を用意する。機械の体に食事は必要ない。しかし世界を旅する者にとって、食事は一つの儀式であり、憧れの表れだった。

 人が地球という世界にいなくなって、1000年が経っていた。『神から見放された星』今ではそう呼ぶ者も多い。人自身が滅びへ歩んできたとも言えるし、星に拒絶されたとも言えた。終わりの見えない戦争の果ての自然災害の猛威は、星に修復不可能の爪跡を残した。

 もう世界の終わりを嘆くものも、歌うものもいないこの星で、二人は旅をしていた。取ってつけたような目的しか二人にはない。思いつくがまま、ただ見ること、聞くこと、知ることの旅だった。

 二人は乾燥したクラッカーを咀嚼しながらコーヒーを啜る。食事はかつて人間が旅をしていた時にしていたものの真似事だ。二人のエネルギー源は光。豆電球のような光でさえ、僅かにでも浴びれば、1日稼働出来るのに十分なエネルギーを作ることが出来る。機械の体は睡眠を必要とはしないが、夜の時間も緊急事態ではない限りは休息の時間にあてている。

「せっかく流星が降る街に来たんだから一つくらい流れるのを見てみたいものだ」

「確かにそれは旅の思い出になるな」

「昔の人は流れ星が流れ落ちる前に、3回願い事を唱えるとその願いは叶うとされていたらしい」

「流れ星が流れることを願うのなら何に願えば叶うのだ?」

 二人は腕組みをして考えた。

「お供え物をしてみるか?」

「供えるものがなかろう。最早光害などない世界だ。眺めていれば一つくらい流れるだろうよ」

 二人はライトを消すと、寝転んで、満天の星空を望んだ。確かに降ってきそうなほどに近い空だ。

「星が流れたとして何を願う?」

「そうだな……旅の無事などでは面白みがないな。新たな生命の襲来、なんてどうだ?」

「それは面白い。私の願いもそれにしよう」

「機械の我々なんぞの願いをたれが叶えてくれるかわからんがな」

―――神はいないのだしな。

 と、ソマリは言わなかった。自分たちを作ったものはいる。マザーベースという母星と呼べる場所も二人にはあった。ただ、その中での自分の役割に疑問を感じた二人は、示しを合わせて旅に出た。まるで人が生きる意味を探すように。

「なぁソマリ。私の一歩とお前の一歩は同じ距離しか歩めない。人というのは互いの歩く距離が違うから互いを思いやれたのかな」

「それはお前や私に思いやりというものが存在しないといいたいのか? 哲学的なことを言うな、お前は。それでも自ら滅びの道を行った人に、結果から見れば思いやりが欠けていたというのが答えじゃないのか?」

「結果からしかものを見れないのは穿っていると私は考える。滅びを嘆き、泣いた人類も確かにいたのだろう。いやもしかしたら大多数はそうであったのかもしれない。力を持った少数の人間が物事を決めて突き進んでしまったのだと私は考えたい」

「心を持っていたら我々もそうなるのかな。この旅で何か発見できるといいな」

「……星は流れそうにないな。今日はもう休むか」

「そうしよう。明日はどこへ行こうか」

二人は電源をスリープモードに切り替えた。


『エマージェンシー! エマージェンシー! 空より飛来する物体有! 急速にこちらに接近!』

 月が沈んだ頃、二人は自己の内部についている警報で目を覚ました。すぐに空に目を凝らす。大きな流星がこちらに向かって流れてくる。その光は儚い美しさを湛えていた。

「きた! 新たな生命の輝きを、新たな生命の灯火を、新たな生命の……」

「馬鹿! 願い事などしている場合か!? 逃げるぞ、急げ!」

 手を組んで星に願うキマリをソマリが担ぎ上げて走り出す。流星はすぐ傍まで迫っていた。凄まじいエネルギーをぶつけて、星がまた哭いた。キマリとソマリは放射状に広がる衝撃波に呑みこまれ、散り散りになった。それから互いの発信機を頼りに、互いを探し当てたのは丸一日かかった。お互いに修繕の必要がないか体のあちこちを調べて、落ち着いた頃、また食事をとった。目的のない旅だったが、衝撃波に呑まれた時に、これで終わりとは少し惜しいと思った。再会した時また一緒に旅が出来ると嬉しくもなった。

 明日はどこへ行こうか。二人は終わった世界で旅をする。

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