第257話 決死の作戦

 不運な事故により、フィリアから離れてしまい、メルティナが宙を舞う。

 そのままメルティナの体は、重力に従いながら真っ逆さまに海へと落ちていこうとしていた。


「待ってなさい、メルティナ! 今、助けに行くわ!」


 自分が原因でもあるため、負い目を感じたフィリアは急いでメルティナの救出へと向かう。


「――っ!? フィリアさん、待ってください! 私のことはいいので後ろを――」


「……後ろ?」


 メルティナを救おうと羽を広げ、加速させながら向かおうとしていたところ、メルティナがなにかに気付いたのか、フィリアの後ろのほうに指を差しながらなにかを叫んでいた。


「グ、グラファ!?」


 後ろを振り返るとそこには、すでに攻撃の態勢に入っているグラファの姿がフィリアの目に映っていた。

 標的はメルティナに向けており、今まさにメルティナの身に危機が迫っている状況であった。


(くっ! このまま私がメルティナを助けに行けばグラファの炎の餌食になる。……かと言って、グラファのほうに行けば、メルティナにあの炎が襲いかかってしまう。……どうすれば)


 どちらに転んでもフィリアとメルティナ、両者のどちらかがグラファの炎の餌食になる恐れがある。

 そう考えると足が止まってしまい、気付けばメルティナとグラファの二人に何度も目をやっていた。


「フィ、フィリアさん! 私のことはいいので、奴を止めてください!」


 両者に危機が迫っている状況の中、メルティナは真っ先に自分を犠牲にするほうを選び、フィリアに後のことを託した。


「あ、あのバカ……。待ってなさい、アイツを倒したらすぐに行くから!」


 メルティナの想いを無下にしてはいけないと考え、フィリアはグラファのほうへ進路を変え、攻撃を止めるべく空を駆ける。


(バカめ……。今さら向かってきてももう遅い)


「やめなさい!」


 しかしフィリアの願いは届かず、無情にもグラファの不可視の炎が放たれた。


(く、来る! 怖い……けど、フィリアさんに行けって言ったんだから私が頑張らないでどうするのよ!)


 これ以上、フィリアに心配をかけさせないため、メルティナはグラファの炎に真っ向から立ち向かうことを決意する。


(あの炎は他の人からは見えないけど、本質はフィリアさんと同じ炎。完全に防げなくとも威力を殺すことぐらいは……)


 グラファの不可視の炎は決して防げないものではないと推測し、メルティナは手を前にかざした。


「精霊魔法――《風妖精の盾シルフィルード》」


 詠唱後、メルティナの前に自身を覆うほどの風を纏った巨大な盾が出現する。


(今、私が使える最大の防御魔法はこれしかない……。これだけなんとか……)


 空中で身動きが取れない状況で、グラファの炎を防ぐ手立てはこれしかなかった。

 メルティナは、自分が出した盾に一縷いちるの望みを託して、今もなお迫ってきている炎に対抗しようとしていた。


(――く、来る!)


 魔眼から映し出された光景を見てそう感じた瞬間、メルティナの周りの空気が突如として揺らぎ始めた。


 他の者からすればいったいなにが起きているのか、それすら見えずにいた。しかし、確かにグラファからの攻撃はメルティナの盾に届いており、当の本人はその攻撃に耐えながら歯を食いしばっていた。


(お、重い……。なんて、重い攻撃……なの……。少しでも集中力が途切れてしまえば盾が壊れてしまうほどだわ……)


 予想以上の威力を前にして、メルティナは早くも心が折れそうになるが、攻撃の最中で身動きが取れない状態にいるグラファを倒すにはこの瞬間しかないと、そう確信していた。

 この好機を逃さないためにもすべてをフィリアに託し、自分は時間稼ぎに徹し、この状態を一秒でも長く保つために必死に耐えていた。


(……始まったようね。メルティナの力じゃ、そう長くは持たないはず。その前に私が決めなきゃ!)


 一瞬メルティナのほうに目をやり、獲物を狙う獣のような鋭い目をしながらグラファとの距離をどんどんと縮めていく。


(まさか仲間を見捨てて突っ込んでくるとはな……。まあ、そうするしかないだろうな。なにせここしかオレに攻撃を与えることなどできないだろうからな)


 グラファ自身、フィリアが向かってくることを予測していたようだが、なぜか接近してくるフィリアに動揺すら見せず、メルティナへの攻撃を続けていた。


「アイツめ……。私なんか眼中にないっていうの。……そうやって余裕ぶっているのも今のうちよ! これでも喰らいなさい!」


 フィリアのことなど完全に無視しながらメルティナへの攻撃の手を緩めずにいるグラファ。

 そのガラ空き横腹に向けて、フィリアは高火力の炎を口から放出する。


「――うっ!?」


(当たった! ……でも)


 避ける素振りも見せず、まともにフィリアの炎が直撃し、グラファの口からうめき声が漏れる。

 しかし、両者との距離が離れ過ぎていたせいか、フィリアの炎が届くころには炎の威力が落ちてしまい、グラファへのダメージはそれほど入っていない様子だった。


(バカめ……この程度の炎でオレの体勢が崩れると思ったのか?)


「これじゃダメだわ……。やっぱり奴に近づき、至近距離から攻撃するしか方法はないようね」


 フィリアは炎の放出を一度止め、グラファとの距離を詰めることに集中しながら速度を上げていく。


(……さらに速度を上げてきたか。そろそろ遊びもここまでか)


「――えっ? こ、これは……」


 すると、突然グラファが放っていた不可視の炎の威力が上がる。

 さらに威力が強まった炎を受け、メルティナの風の盾に亀裂が生じ始めていた。


「こ、このままでは……」


 もはや風の盾が壊れるのも時間の問題という状況になり、メルティナはどうすればよいか考えを巡らせていた。


(こうなったら、イチかバチか……)


 妙案でも浮かんだのか、メルティナは覚悟を決めた顔を表に出していた。

 ……そして、


「終わりだ!」


 ――パリン。


「キャアアアァッ!」


 遂に耐えきれなくなった風の盾が割れ、グラファの炎がメルティナに襲いかかる。


「まずは一人だ……」


 グラファにとって厄介な相手を戦闘不能に追い込むことができ、自然とグラファの顔から笑みがこぼれる。


「やめなさい!」


「――ガハッ!?」


 攻撃が決まり油断していたグラファの横腹にフィリアの渾身の突進攻撃が直撃する。

 横から突然襲って来た攻撃にグラファは防御をとることもできず、横方向に突き飛ばされていった。


「よくも仲間をやってくれたわね! もう一回キツイのを……」


 先ほどの攻撃だけでは満足できず、追撃に移ろうとしたところ、視界の端に落下していくメルティナの姿が映り込む。


「…………くっ!」


 このまま追撃すれば、さらにグラファを追い詰められるが、負傷した仲間を見捨てることができず、フィリアは進行方向を変え、メルティナの救出へと猛スピードで向かう。


(まったく以前の私だったら見捨てていただろうけど、やっぱり見て見ぬふりはできないわね。それもこれも全部紫音の影響ね)


 などと皮肉めいたことを心の中で思っていたが、その顔はどこか嬉しそうな顔をしていた。


「キャアアアァッ…………あ、あれ……?」


「……ふう、間に合ったわね」


「フィ、フィリアさんっ!?」


 あと数メートルで海面に激突するという間一髪のところでメルティナを救い出し、フィリアはほっと安堵する。


「すみません、フィリアさん……。ご迷惑をおかけしてしまって……。私のことなんか放っておいてよかったのに……」


「なに、言っているのよ。あいつの幻術に対抗するにはメルティナの魔眼は必要不可欠なのよ。……それに、仲間を置いて行くほど私は薄情じゃないわ」


「……で、ですが――っ!? アアァァァッ!?」


「メルティナッ!? ――っ!?」


 メルティナの突然の叫び声に呼応するように、フィリアの身体に激痛が走る。

 慌てて痛みの発信源を確認したところ、グラファから受けた炎によって生じた火傷の跡を中心に痛みが広がっていた。


(――マズいッ! メルティナは奴の炎を全身に喰らったはず。身体の一部にしか当たっていない私よりメルティナのほうが痛みもひどいはずだわ)


 そう思い、フィリアはメルティナのほうへと視線を移した。


「メ、メルティナ……?」


 後ろを振り返ってみると、痛みのせいで悲鳴を上げているものの右腕を抑えているだけで全身に広がっている様子ではなかった。


「あなた、奴の炎をまともに受けたはずなのに平気なの? ……あ、いや、平気じゃないわよね。……でも痛みは腕だけなの? 他に痛みは?」


「だ、大丈夫です……。魔法が破壊される寸前に風の魔法を自分に浴びせたおかげで奇跡的に全身に浴びることはありませんでした。……ですが、右腕だけは避けられなかったみたいですね」


(この娘……あの状況の中でそんなことを……)


 風の魔法によって生じる風力を利用して、別方向に自身を飛ばしたおかげで直撃は避けられたようだ。

 絶体絶命の状況の中においても生き残る策を講じていたメルティナの胆力に、フィリアは素直に感心していた。


「フィリアさんは……すごいですね。これほどの痛みを先ほどから受けていたなんて……。私なんて少しでも気力が途切れれば、今にも意識を失いそうなのに……」


「意識を失っていないだけ上出来よ」


「アハハ……ありがとうございます」


 お礼を言うメルティナの額からは汗が流れており、事態の深刻さを物語っていた。


(メルティナも限界そうね。どこか適当な場所にでも降ろして、メルティナの安全を確保しないといけないわね)


 これ以上の戦闘は不可能だと判断し、メルティナの戦線離脱を本人に提案しようとしたところ、


「……フィリアさん、一つ提案があります」


 それよりも先にメルティナのほうから提案を持ちかけられる。


「……言ってみなさい」


「おそらく、私がこうして意識を保っていられるのもあとわずかのはずです。……その前に奴を倒そうと思います」


「……そう断言するってことは、当然なにか作戦でもあるのよね?」


「……ハイ。そのためにもフィリアさんにはいくつかやってほしいことがあります。それさえ実行してくれれば、最終的に私が敵を無力化させますので、そのスキにフィリアさんは……」


「その大きなスキを狙ってトドメを刺しに行けばいいのね」


 メルティナの最後の言葉を埋めるようにフィリアは続けてそう言った。


「ハイ、そうです。お願いできますか?」


「……いいわ。その作戦乗ってやろうじゃない」


 瀕死状態のメルティナからそのような提案を持ちかけられ、フィリアも覚悟を決めながらその作戦に乗ることにした。

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亜人至上主義の魔物使い 栗原愁 @kurihara-syu

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