第256話 まやかしを見破る眼

 序盤から敵の策略に嵌まり、幻痛という消えない痛みがフィリアの中に刻まれ、不利な状況へと陥ってしまった。

 しかし、そんな中でも戦いは続いていき、


「いい加減……落ちろ!」


「……っ! 同じ技をそう何度も喰らってたまるもんですか!」


 グラファが放った不可視の炎に対してフィリアは、メルティナの指示に従いながら躱していく。

 そして、攻撃を回避すると同時に大火力の炎をお返しと言わんばかりにグラファに向けて放った。


「グワアアアァァッ!?」


 炎の放出に意識が向いていたせいか、反応できずに直撃を受けてしまう。

 悲鳴声を上げながらグラファの身体は降下していくが、途中で意識を取り戻し方のように身体を起こし、体勢を立て直す。


「……チッ! ガキ一人になんてざまだ」


 炎の痛みに耐えながらグラファは自分の不甲斐なさに嘆いていた。


(そもそもあのガキはなぜまだ動ける。オレの炎を浴びてさっきからずっと痛みが走っているというのに、なぜああも平然と動けているんだ?)


 グラファは一度フィリアに幻痛を送ってからというもの、絶えずその力を振るっていた。

 常人であれば、すでに気を失うほどの痛みがフィリアの身体に走っているが、当の本人はそんな状況でも平然と動けていることにグラファは驚きを隠せずにいた。


(それだけじゃねえ……。さっきから偶然かと思ったが、間違いない。アイツ……オレの幻術を見破ってやがる)


 先ほどから繰り広げられていた戦いの中でもグラファは何度も幻術を使い、フィリアの目を欺きながら奇襲攻撃を仕掛けようとしていたが、そのすべてがことごとくと潰されてしまっていた。


(ありえねえ……。オレの幻術がそう簡単に見破れるはずが……)


 頭では分かっていてもやはり認めたくないという気持ちが前に出ているせいで、もう一度幻術を使って攻撃に出ようとする。


(敵を欺くためには……まずは物量だ!)


「――っ!? ふ、増えた……?」


 フィリアの視界に突然数え切れないほどのグラファの姿が現れる。

 そのおびただしい数のグラファの集団は一様に同じ動きを見せ、次の瞬間口を開け、炎を放出するような構えに出た。


「く、来る――っ!?」


(そうだ……。それでいい。せいぜい、オレの幻術に翻弄されて無駄な攻撃をするがいい。その間にオレは死角からお前の息の根を――)


 幻術にフィリアの意識を向けさせながらグラファは、フィリアの背後に忍び寄り、奇襲をかけようとする。

 ……しかし、


「フィリアさん! 後ろです!」


「――そっちだったのね!」


 メルティナの声を聞き、すぐさまフィリアは後ろを振り返りながら紅蓮の炎を放った。


「な、なにいぃぃっ!」


 またもや、グラファの幻術が看破され、防御することも回避する時間すら与えられないまま、フィリアの炎をまともに喰らってしまう。


「お、おのれええぇぇっ!」


 フィリアの炎に耐えながらグラファは、いったん後ろに下がりながら距離を取る。


「ハア……ハア……」


(くっ! 認めたくはないが、やはりオレの幻術が通じてねえ。いったいどういうわけだ。……そういえば、これと似たようなことがつい最近もあったような)


 ようやく、自分の幻術がフィリアに通用していないことを認めたところ、この状況にグラファはある既視感を覚えていた。


(……そ、そうだ! あのニンゲンとやり合ったときと同じ状況じゃねえか!)


 そこでグラファは、ほんの少し前に遭遇した紫音との戦いの記憶を思い返していた。


(だ、だが……あのニンゲンとあのガキは別物だ。……アイツにそんな力はないはず……。原因はほかか……ん?)


 ふとグラファの視界にあるものが映った。


(あのガキの背中に乗っているヤツ……。始めはただのお荷物のエルフかと思ったが……よくよく思い返してみると、オレが幻術を使った際、決まってアイツの声が聞こえていたような……)


 一度芽生えた疑念は徐々に増幅していき、グラファの中である結論に至る。


(……まさかあのガキじゃなく、全部あのエルフがオレの幻術を見破っていたのか? それで、本物の居場所をあのガキに伝えていたからオレの奇襲がことごとく潰されてしまっていたというのか?)


 それしか答えは見つからず、グラファは一度その仮説を頭に入れることにする。

 しかし、それでもまだ腑に落ちない点があった。


(だが、だとするとあのエルフはどうやってオレの幻術を見破り、なおかつ本物の居場所を特定できているんだ? そのカラクリがまったく思いつかねえ)


 幻術攻略の鍵を握っているのがメルティナだということにたどり着いたものの、肝心の方法が分からず、グラファは頭を抱えていた。


(ただの勘か……気配? いいや違うな。そんな不確定な要素より、もっと明確な違いを見つけて、見破っているような……)


 いろいろと考えを巡らせてみたが、結局のところ正解を見つけられずにいた。


(……仕方ねえ。どんな方法で見破っているか知らねえが、まずはあのエルフを排除するか。ついでに攻め方を変えて、少しでも情報を集めねえとな)


 標的をフィリアからメルティナへと変え、幻術の妨げとなる障害を排除しようと動いた。


「……っ? 証拠にもなく自分の分身を作ってこっちに突っ込んできているわね。メルティナ、本物はどれ? 二体いるようだけど……」


「ハ、ハイ! え、ええと、本物は……あ、あれ?」


 いつものように、魔眼で本体を見分けようとするが、どういうわけか急にメルティナが慌て始めていた。


「ど、どうしたのよ、メルティナ?」


「わ、わかりません! なぜか本体の魔力が、あの二体のドラゴンの中に行ったり来たりしていて見分けがつきません!」


「なっ!? どういうことよ! 本物はどっちか一つのはずよ」


「で、ですが……私の眼にはそう映っていまして……私もなにがなんだか……」


 理由は知らないが、どうやら本体の魔力は二体のグラファの中にしきりに移動しているらしく、判別が困難な状況に陥っているようだ。


「どっちも偽者という可能性はないのでしょうね?」


「そ、それはないかと思います。私の経験上、本人の魔力を複製することは絶対にできません。似たようなものなら作れるかもしれませんが、それなら私が見逃すはずもないですし……」


「……そうなると、一つの可能性が出てきたわね」


「フィリアさんはなにかわかったんですか?」


「ただの憶測だけど、もしかしたらグラファの奴は自分が作った分身との位置を交換できるのかもしれないわね。こっから見ていてもそんな素振りは見えないけど、メルティナの魔眼を信じるとすれば、そうとしか考えられないわ」


「そ、そんなことが可能なんですか?」


「幻術について詳しくないからただの推測だけどね。……でもこんな芸当ができるなら最初っから使えばいいものに……。あいつめ、始めから手を抜いていたのね」


 グラファがまだまだ本気を出していないことを知り、悔しさと怒りが込み上げてきた。


「ど、どうしましょうか?」


「いったん距離を取って迎撃するわ。どのみちどっちかは本物なんだし、一体潰してしまえば、おのずと本体の居場所もわかるはずよ」


「ハ、ハイ!」


 フィリアはそう言うと、羽根をはばたかせながらさらに上空へと飛んでいく。


「逃がすか!」


 するとグラファは、フィリアたちを逃がさないため今度は分身と分かれながら追いかけていく。


「――くっ! こ、こいつ速い! やっぱりさっきまで手を抜いていたのね」


 元々の能力の差が大きいせいか、徐々にグラファとの距離が縮まっていき、しまいにはフィリアたちの左右に回り込まれ、挟み撃ちをするような形で陣取られてしまった。


 そして逃げ場を潰した後、二体のグラファは一様に口を開き、攻撃の態勢を取り始めた。


「メルティナ、どっちかわかる?」


「い、今のところは右のほうにいますが……いつ入れ替わってしまうか……」


「それなら攻撃が来ると同時に位置を教えなさい。絶対に躱して見せるわ」


「わ、わかりました」


 フィリアたちの間に緊張感が漂う中、グラファの攻撃が始まった。


「――っ!? 左です! 左のほうから攻撃が来ます!」


「やっぱり別方向からきたわね!」


 フィリアはすぐさま下方向に急降下させ、グラファの攻撃から回避する。


「なんとか躱せたわ……。でも、ここからどうするか……」


(い、今のは……)


 グラファの炎が空を切る中、メルティナはある違和感を覚え始めていた。


(あの炎の射線……フィリアさんに当てるつもりなら少し位置が高いような。ただ狙いが外れただけ……。でもあの位置なら……)


「メルティナ! なにボーっとしているのよ!」


「えっ!? ……ハッ!?」


 少し考え事をしていると、突然フィリアの大声が耳に入り、現実に引き戻される。

 そして辺りを見渡してみると、いつの間にか、フィリアたちを囲うように二体のグラファに追いつかれ、危機的状況に陥っていた。


「くっ! しつこいわね……」


 休む暇もなく、迫りくるグラファの攻撃に嫌気がさしていると、グラファは腕を振り上げ

 る動きを見せる。


「フィリアさん、右から来ます!」


「わかったわ!」


「――っ!? ち、違います! フェイクです! 逆方向から――」


 振り下ろそうとした瞬間、本体の位置が入れ替わり、左のほうから鋭利な爪を立て、メルティナごとその爪の餌食にしようとしていた。


「メルティナには……手を出させないわ!」


 身体をひねり、無理やり本体がいる方向へ身体を向け、迫りくるグラファの攻撃に対して、こちらも腕を振りながらその攻撃を弾いていく。


 そして弾いたと同時にすかさず大火力の炎を放出し、追撃していく。


「ガアアアァァァッ!?」


 再びフィリアの炎を浴びたグラファから悲鳴が上がり、フィリアたちはその声を聞きながら後ろへと下がり、安全圏に移動する。


「す、すいません……フィリアさん。助かりました」


「気にしないで……。それにしてもフェイントをしてくるなんて、ずいぶんとやり方を変えてきたわね」


「そのことなんですけど……」


 そう言いながらメルティナは、ずっと気になっていたことをフィリアに伝える。


「もしかしてですけど……向こうの狙いは私かもしれません……」


「……なんでメルティナがあいつに狙われるのよ。戦闘にも参加していないのに」


「おそらく、私が幻術に対抗する手段を持ち合わせていることに向こうが感付いてしまったのかもしれません」


「……それは確かなのね?」


「え、ええ……。先ほどから、攻撃の数々が私ばかり狙っているような気がするんです」


 炎の不自然な射線に加え、先ほどのメルティナもろとも襲い掛かってきたグラファの行動をもとにメルティナはそのような疑念を抱いていた。


「……まあ当然ね。戦闘に参加していないとはいえ、ずっと後ろで指示をしていたらさすがに気付くわよね」


「フィリアさん……。わがまま言ってすいません。今からでも遅くはないはずなのでどこかに私を置いていってください」


 最初は共闘してグラファを倒そうと思っていたが、このままでは足手まといになってしまうと考え、メルティナはそうフィリアに提案する。


「……今さらなに言っているのよ。ここまで戦った以上、メルティナには最後まで付き合ってもらうわ」


「……で、ですが」


「それに今さら降りられても、私にはあいつの幻術を見破る手段がないのよ。あいつに勝つためにイヤでも付き合ってもらうわ」


「……あ、ありがとうございます。私……がんばります!」


 フィリアに必要とされ、元気を取り戻したメルティナは、もう一度フィリアとともに戦うことを決意する。


「……話し合いは終わったか?」


「――っ!? い、いつの間に!」


 二人が会話に割って入るような形で突然グラファが現れた。


「そのエルフ……こっちに渡してもらおうか?」


(……っ!? メルティナの言う通りだわ。こいつの目的は、自分の障害となるメルティナの排除。そうとわかればみすみす好きにはさせないわ)


 メルティナに手を伸ばそうとするグラファの手を掴み取り、フィリアは声を上げて言う。


「どこ見てるの? あなたの相手は私でしょうが!」


「オレのジャマをするつもりか……? なら、力づくで押し通るまでだ!」


 掴まれたフィリアの手を振り払い、複数の分身を作りながらメルティナを排除しようと画策する。


「また幻術……」


「ダ、ダメです……。さっきからずっと分身の間を移動し続けていて、位置の特定ができません!」


「アハハ! まさかそこまで理解していたとは恐れ入った。ご明察の通り、オレは幻術で作った自分の分身ならその位置を入れ替えることで瞬間移動のようなことができる? 果たして、お前らにオレが見つけられるかな?」


 絶対の自信があるのか、自分の手の内を明かしながらフィリアたちを追い詰めていく。


「こ、こいつめ……来るなら早く来なさい!」


「フィ、フィリアさん……。少し落ち着いてください。ムキになっていたら敵の思うつぼです」


「そうは言ってもね……そこか!」


 前方から手を伸ばしてくるグラファの姿が見え、反撃に出るが、偽者だったらしく、触れた瞬間、グラファの姿が霧散していく。


「残念……。外れだ……」


「――今度はそこね!」


「フィリアさん、そっちは偽者…………えっ?」


 フィリアがまたもや偽者に攻撃する中、事件は起きた。


 突然フィリアが強引なやり方で身体の位置を変えたせいで、メルティナのバランスが崩れ、フィリアの身体から手を放してしまう。


「キャアアアァァッ!」


 メルティナの体はそのまま勢いをつけた状態で降下していく。


「し、しまった! なにをやっているのよ私は!」


 フィリアは、自分がしでかしたことを悔いながらメルティナの救助に向かう。


「……まさかこうも簡単に動いてくれるとはな」


 追いかけるフィリアの姿を見下ろしながらグラファは不敵な笑みを浮かべる。

 そして、この状況を好機と捉え、グラファは今度こそメルティナを排除しようと動いた。

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