第255話 不可視の炎

 フィリアが放った高火力の炎は、周囲の小島を巻き込みながら辺り一帯を焼き尽くしていた。

 メラメラと燃え上がる炎を目の当たりにして、メルティナは少し驚いたような顔を浮かべていた。


「す、すごい……。熱気がここまで伝わってきています」


「当然よ。今の私に出せる最大火力の炎をお見舞いしてやったんだから」


「も、もしかしてですけど……これならあのドラゴンも……」


「それは無理ね」


 今の攻撃でグラファを倒せたとメルティナが思っていたところ、フィリアがすぐさま否定の言葉を投げかける。


「仮にも竜人族があの程度の不意打ちでやられるとは到底思えないわ。……でもまあ、それなりのダメージは与えられたんじゃないかしら? ……あっ、ほら来たわよ」


「……え?」


 突然フィリアがそのような言葉を漏らしてきたので、思わず火の手が上がっている場所にもう一度目を向ける。


「お前の仕業かぁぁっ!」


 すると羽根をはばたかせ、怒鳴り声を上げているグラファが、猛スピードでこちらに近づいてきている姿が見えた。


「フィ、フィリアさんの言う通りでしたね。あれほどの炎を浴びたのに元気に飛んでいますよ」


「でもさすがに無傷とまではいかなかったようね。ほら、あいつの身体を見てみなさい。ところどころに火傷の跡が見えるでしょう。ちゃんとあいつにダメージを与えられた証拠よ」


 そんな話をしていると、腹を立てた様子のグラファが二人の前に現れた。


「どうやって見破ったか知らないが、いきなり炎を浴びせに来るなんていったいどういうつもりだ!」


「そりゃあもちろん、同族としてあなたに制裁を与えに来たのよ」


「制裁だ? ドラガイア帝国のお姫様がオレにか? ハッ、笑わせる」


「その口振り、私のことを知っていたのね」


「同族なら知っていて当然だろ。アンタもアンタの父親も竜人族の中では有名人だからな」


「だったらこれ以上言うことはないわね。誇り高き竜人族がニンゲンどもの戦争に加担するなんて、面汚しもいいところよ。おとなしく私の制裁を受けるといいわ」


 声に凄みを入れながらグラファに問いかけるが、当の本人は鼻で笑いながら小馬鹿にした態度をとっていた。


「長年、鎖国状態の国を出たアンタに言われても説得力ねえな。だいたいお前も他の亜人種とつるんでいるじゃねえか」


「私はいいのよ。だって私のは、一国の王として多種族を導いているんですもの。あなたとは大違いなのよ」


「……一つ訂正させてもらおうか。オレはな、いたずらに引っ掻き回しているわけじゃねえんだよ」


「へえ、それならいったいどういうつもりでこんなことをしたのかしら?」


「……ただ単に退屈だったからだよ」


「……退屈?」


 予想外の答えにフィリアは眉をひそめながら聞き返した。


「あの国にいたならお前だって痛感しているはずだぜ。先の大戦以降長らく鎖国状態が続き、他国への侵略行為すらしなくなったあの国になんの面白みがないってことをよ。刺激のない毎日を過ごすくらいなら国を出て世界に出たほうがマシってわけだ」


「……あなたの言い分はちょっとだけわかるわ。私もそう感じていたしね。……でも、それとニンゲンどもに手を貸したことは関係ない話でしょう」


「そうでもないぜ。国を出たおかげでオレはあいつに出会ったんだからな」


「……あいつ?」


「……そうだ。それまでのオレは、ただ退屈を紛らわすためにしなくてもいい戦いに明け暮れていた。時には魔物が住処にちょっかいをかけたり、ニンゲンどもの国を襲ったりしたこともあったな」


 グラファは当時のことを思い出しながら話を続ける。


「そんなときだ。オレが暇つぶしに奴隷に落ち、剣闘士としてコロシアムで戦っていたときにコーラルのヤツにスカウトされたんだよ」


「コーラル……あの女ね」


「あいつはオレの正体やオレが刺激を求めていることを見抜いていたようでな。オレの力を見込んで今回の計画に引き入れようとしてきたんだよ」


「……それであなたは要求を呑んだってわけね」


「ああ、興味本位でヤツの誘いに乗ってやった。だが実際にやってみると、なかなか面白かったぜ。他国に潜入して王子に成り変わるスリルやオレたちの意のままに動き、戦争を仕掛けたバカなニンゲンどもの姿。今でも思い出すだけで笑いがこみ上げてくるぜ」


 自分のしでかしたことにまったく悪びれる顔を見せないグラファに、フィリアは不快感を覚え始めていた。


「……もういいわ。聞いているだけで耳が腐りそうだわ。あんたが異常だってことはよーくわかったわ。このまま放置してまた引っ搔き回されたらたまったもんじゃないから、ここで引導を渡してあげるわ」


「お前が、オレを倒すってか? それはなにかのシャレか冗談か? 成人もしてねえガキにオレが負けるかよ」


「大人のくせにびくびく隠れていたあなたに言われたくないわね」


「……そんな挑発に乗るかよバカが。どうせやるならお前なんかじゃなく、向こうで暴れている同族と手合わせ願いたいものだな」


 そう言いながらグラファは、グリゼルが戦っている方角に目を向けた。


「……あなた伯父様のこと知ってるの?」


「当たり前だろ。緑樹竜グリゼルも王族の一人だ。知らないほうがおかしいだろ。噂では現国王の炎竜王より強いって話だ。お前みたいなガキよりあっちのほうが楽しそうじゃねえか」


「言うじゃない……。だったら思い知らせてやるわ。あなたは今から、散々なめていたガキに無様にやられるってことをね!」


 その言葉を合図に、フィリアは炎の息吹を放ち、攻撃を仕掛ける。


「そう何度も不意打ちにやられるかよ!」


 対してグラファは、羽根を広げながら迫りくる炎を躱していく。


「意外と攻撃は単調だなお前。炎を吐くことしかできないのか?」


「あいつめ……言わせておけばいい気になって」


「フィリアさん、向こうの挑発に乗ってはいけません。きっとわざとフィリアさんを怒らせて自分の幻術に引き込もうとしているはずです」


「まったく……面倒な相手ね。じゃあどうすればいいのよ」


「そ、それは……」


「オイオイ……戦いの最中になに呑気に話してんだよ」


「っ!?」


 すると、これまで仕掛けてこなかったグラファに動きが見えた。

 フィリアと同様に体内の魔力を集め、口を開きながら炎を吐き出す態勢を取る。


 ……しかし、


「なんなのあいつ? なにか来ると思って身構えたけど、ただ口を開けているだけじゃない」


 フィリアの言う通り、てっきり息吹が飛んでくると思っていたが、そんな様子もなく、ただ口を開けているように見えた。


「――っ!? フィリアさん! 違います! もう向こうは仕掛けています!」


「――なんですってっ!?」


「今すぐ上に逃げてください!」


「くっ!」


 フィリアに急かされ、羽根をはばたかせながら急上昇する。


「――うっ!?」


 上に飛んでいる最中、ふと足元になにかが当たる。

 しかし、それほど痛みもなかったので、フィリアは気にせず上へと逃げた。


「間一髪……でしたね。大丈夫ですか、フィリアさん」


「……飛んでいる最中、なにかが後ろ足に当たったような感触はあったけど、今のところ問題はないわね」


「そ、そうでしたか……。すみません、もう少し早く教えられたらよかったのですが……」


「気にしないで。……それで、いったいなにが見えたの?」


 メルティナの魔眼で見えたものについて気になったフィリアは、後ろに目をやりながら尋ねる。


「フィリアさんには見えなかったようですが、あの竜人族の男が口を開いた瞬間、そこから収束された魔力の色が見えました。そして、その魔力が勢いよく放出されてくるのが見えたのでフィリアさんに避けるよう教えたのですが……間に合いませんでした」


「なるほど、そういうことだったのね。さすが、幻術使いね。炎まで見えなくしていたなんて驚きだわ」


 見えない攻撃を仕掛けてきたグラファに、少しだけ焦りの顔を浮かべていたところ、攻撃をしてきた張本人がフィリアたちの前に現れる。


「初見でよくオレの攻撃を見破ったな……。確か前にもこんなことがあったような気が……」


「ふん、あんな痛くも痒くもない攻撃で私を倒せるとでも思ったのかしら?」


「その言い方だと、完全には避けられなかったようだな。……だが、それで十分だ」


「……なんの話?」


「その理由は……身をもって知るんだな……」


「なにを言って――っ!?」


 グラファがなにやら意味深な発言をする中、突如としてフィリアの身にある異変が起きはじめる。


「キャアアァァァァッ!?」


「フィ、フィリアさん急にどうしたんですか!」


 突然、フィリアが悲鳴声を上げ、苦しんだ様子を見せながら暴れ始める。

 そのせいで身体のバランスが崩れ、飛ぶことすら難しくなり、メルティナを巻き添えにしながら急降下していく。


「フィリアさん、しっかりしてください! このままだと海に落ちてしまいます!」


「……くっ! こ、この!」


 気力を振り絞り、飛ぶことに意識を集中させることで、どうにか海に墜落していくという最悪の事態を回避することができた。


「フィリアさん、いったいどうしたのですか?」


「……私にもわからないわ。急に足元に激痛が走ったのよ」


「足ですか……? ――っ!? フィリアさん……あ、足……」


 フィリアの足元に目をやったメルティナの声が急に震えた声へと変わったので、気になり、自分も見てみると、


「な、なによこれ!」


 痛みが走った足から火傷を負ったような跡が突然現れていた。


(火に耐性があるこの私が……やけど? 生まれてこの方、やけどなんかしたことないのに、いったいなんで……)


「どうだ……? 痛いだろう」


 混乱しているフィリアのもとに、こちらを見下ろしながらゆっくりと降下していくグラファがそのような言葉を吐きながら近づいてきた。


「……あなたの仕業ね。いったい私になにをしたのよ」


「なにをだと……? お前もすでに気付いているはずだろう?」


「……さっきの見えない攻撃のこと」


「そうだ……。あれは幻竜種のみ扱える不可視の炎だ。その炎自体に痛みも熱さも感じないが、触れた相手に対して幻痛を与えることができる能力がある」


「幻痛……。それでさっきから痛みが走っているのね」


 絶えず痛みが襲い掛かってくる足に目をやり、フィリアは悔しそうな顔を浮かべていた。


「油断したわ……。まさかあれにそんな力があったとはね」


「その痛みは術者であるオレの意思によって、痛みの度合いも変わる。痛みを失くすこともできれば、死ぬほどの激痛を走らせることも可能だ」


「まったく……でたらめな能力ね」


 別の見方をすれば、いつどこにいても遠隔でフィリアにダメージを与えられるようになったとも言える。

 幻術に加えて、不可視の炎を喰らってしまい、今のフィリアは戦いにおいて、不利な状況へと追い詰められていた。


「……どうする? 降参するなら今のうちだぞ」


「ここで引き下がれるわけないでしょ! あなたを倒すって言った手前、ここで降参でもしたら紫音に合わす顔がないわ。……だからあんたはここで、私が必ず倒す!」


 声を上げながらそう宣言し、フィリアは幻術使いのグラファに再び攻撃を仕掛けていく。


「アハハ! バカの一つ覚えみたいに突撃して来やがって。いっそのこと、死ぬほどの痛みを感じて苦しみやがれ!」


「メルティナ! しっかり捕まっていなさい!」


「えっ! あ、ハイ!」


 突然の行動に驚くものの、メルティナはフィリアの言う通り、身体にしがみ付いた。


「――うぅっ!?」


 そしてそのすぐ後に、フィリアの足元から今まで感じたことがないほどの激痛が走る。

 しかしフィリアは、その痛みに必死に耐え、グラファとの距離を詰めていくと同時に身体全体に炎を纏っていく。


「な、なぜまだ動ける! ――ハッ! ヤ、ヤバい!」


 激痛のせいで苦しむ素振りも見せず、果敢に迫ってくるフィリアを見て呆気にとられていたせいか、回避するタイミングを失ってしまった。


「とびっきりキツイのを喰らいなさい! 《紅蓮煌炎刃ぐれんこうえんじん》!」


 真っ赤に燃え上がる炎を纏った状態で自分を見下ろしているグラファのみぞおちに突撃をすると同時に強烈な一撃を叩き込む。


「ガハッ!?」


 回避をすることも防御をすることもできないまま直撃を喰らい、グラファの顔から苦悶の表情が現れる。


(こ、こいつ……いったいどうやってオレの炎から……)


 なぜあれほどの痛みを喰らって動けるのか、その理由が分からず、ふとフィリアのほうへ目を向けた途端、すべての謎が解けた。


(こ、このガキ……自分で舌を噛んで足の痛みを紛らわせたのか?)


 フィリアの口元から血が流れているのが目に入り、その光景からグラファはそのよう推察を頭に思い浮かべていた。


「……ハア……ハア……どうかしら? 舐めていたガキに一発入れられた気分は?」


 強烈な一撃が決まり、フィリアは得意げな顔をしながらグラファにそう問いかけた。

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