第250話 盗まれた技術

「なんか見覚えのあるゴーレムかと思ったら……あれ、私のだわ」


 どういうわけか、セレネが開発したゴーレムが敵の手に渡っており、当の本人は訳が分からず不思議そうな顔をしていた。


「セレネ、いったいどういうことなの? あなたが新型ゴーレムの開発に努めていたのは知っていましたが、なぜそれがエメラルダ姉様の手にあるのですか!」


「そんな怒鳴らないでくださいよ、マリアーナお姉様。ちゃんと説明しますから……」


 マリアーナに詰め寄られ、観念した顔をしながらセレネは事情を話すことにした。


「開発当初は戦闘に特化したゴーレムを作ろうとしていたのよ。あのときはアトランタとの関係性も微妙な時期で一触即発な状況だったから、いざ戦いになったときにすぐにでも投入できるように開発を進めていたわ」


「確かにあのときは、呪怨事件や魔物の異変もなかったですが、その代わりにアトランタに妙な動きがあったという報告は私の耳にも届いていましたね」


「それで、開発を進めて実際に完成したまではいいけど、おおよそ実戦で投入できるほどのものじゃなかったのよ」


「……それって、どういうことです?」


「燃費が悪すぎるっていう欠点があるのよ。あのゴーレムは魔力を動力源としながら動いているんだけど、その消費が激しいのよ。実際に私の魔力を送って試してみたことがあったけど、少し動いただけで、すぐに私の魔力が尽きてしまうものだから、量産を見送ってもっと燃費のいい汎用型の開発に移行することにしたのよ」


 どうやら実践では使えない欠陥品を作ってしまったようだが、それでも一点、マリアーナの中に腑に落ちない点があった。


「事情は分かったけど、その戦闘型のゴーレムはどこにやったのよ? そもそも完成していたこと自体、初耳ですけど?」


「そ、それは……。お恥ずかしい話なんだけど、すっかり忘れていたのよね……」


「……はい?」


「汎用型を作るって話になったときに、頭の中がすっかりそっちのほうに行ってしまって、戦闘型のゴーレムの存在をコロッと忘れてしまっていたのよ。……確か開発のジャマになるから、どっかに押し込んだまではなんとなく覚えてはいるんだけど……よく見つけたものね」


「感心してどうするんですか! あなたの管理が甘いせいで、今まさに大変なことになっているのですよ」


 あまりにも杜撰な管理体制のおかげで、セレネのゴーレムが紫音たちの脅威となっていることにセレナは怒りを通り越して呆れ返っている様子だった。


「それにしても、どうやってあんなものを手に入れたのやら……」


「まあそれは、おそらく……というよりも、絶対にグラファからだろうな」


 グラファであれば、自由に城内を動き回ることができていたため、誰にも知られずに盗むことなど造作もないことだろう。


「……アウラムお兄様に変装していたアトランタのスパイですか。……確かに、納得ですが……セレネがきちんと管理していたら、そもそも盗まれる心配もなかったというのに」


 犯人の目星はついたものの、セレナの管理の甘さを再び思い出し、大きなため息をついていた。


「マ、マリアーナ姉様……。お叱りは後でいくらでも聞きますから……。それよりも今は……」


 そう言いながらセレナは、コーラルのほうへ目を向ける。


「ねえ、エメラルダ姉様? 一つ質問なんだけど、後学のために教えてくれませんか?」


「…………ええ、一つだけね」


 長い沈黙のあと、これまで静観していたコーラルが口を開き、セレネの言葉に返してきた。


「さっきも言ったと思うけど、そのゴーレムたちは性能に関しては申し分ないけど、膨大な魔力を消費し続けなければ動くことすらできないはずよ。……それなのに、どうやって長時間も動かすことができているのかしら?」


(……確かに、さっきセレネもそう言ってたな)


 紫音は先ほどのセレネの言葉を思い出しながら、今もなお、ぶつかり合っている3体のゴーレムに目を向けた。


「簡単な話よ……。外部からの魔力供給数を増やしたのよ」


「……それはおかしな話ね。そのゴーレムに手を加えていないのなら、あらかじめ登録していた一人にしか、魔力は注入できないはずよ?」


「そこは少しズルをさせていただきました」


「……ズル?」


「私の呪術は少々特殊でしてね。私の呪いに感染した者は術者である私と間接的な繋がりを持つようになります」


「……っ?」


 まったく別の話が出てきてセレネは首を傾げるが、そんなセレネを無視してコーラルは話を続ける。


「先ほど、そこの鬼人族の彼にも見せましたが、私の能力を行使すれば呪いに感染した者の体を操ることが可能です。ではもし、体以外にも操作できるものがあったらどうです?」


「……ま、まさか、呪いに侵された人たちの魔力を供給したというの!」


「私と感染者たちは呪いという深い関係性で結ばれています。そしてその主導権は術者である私にあるのです。魔力を奪うことなど私にとっては簡単なことなんですよ」


「ヒドイことをするもんだな……。被害者の魔力を奪ってゴーレムの動力源にするとはな。いったい、今までどれだけの犠牲者がいることやら……」


 表には出していないが、紫音は呪いの感染者をまるで道具のように扱っているコーラルに怒りを覚えていた。


「ヒドイ……? 果たしてそうでしょうか? 私が魔力を奪ってきたのはすべてアトランタのニンゲンですよ。ニンゲンごときに憐れみを抱くなんて、おろかなことを考えるものですね……」


(……初めて会ったときから思っていたが、こいつ人間に対して異常なほどに憎悪を抱いていないか? 似たような奴とは何度か会ったことはあるが、こいつのは底が知れない……)


 コーラルから感じ取られる膨大な憎悪に紫音は驚きを隠せずにいた。


「エメラルダお姉さま……本当にいったいなにが――」


「無駄話はもういいでしょう。……もう私は、あなたたちに構っている暇はないの。……それに、時間稼ぎをする必要ももうなくなったからね」


「――っ!?」


 すると、先ほどまでヨシツグにやられ、麻痺状態に陥っていた兵士たちが一斉に起き上がってきた。


「し、しまった! あの女の狙いはこれか……」


「どういうことだよ、ヨシツグ! こいつら倒したんじゃないのか?」


「こいつらは倒れても倒れても復活する。だから、体を痺れさせて動きを封じていたのだが……どうやら切れてしまったようだな」


「あなたたちの戯言に付き合ってあげていたのはこのときのためよ。さあ、あなたたち……『武器を取りなさい』」


 アトランタの兵士たちはその命令を受け、武器を取り、攻撃の準備に取り掛かる。


「シオン……一応聞くが、奴らの呪いは……」


「……無理だ。魔物とか亜人相手なら可能だけど、俺の能力は人間相手には通用しない――って、来るぞ!」


 そうこうしている内に、敵が動き出してきた。

 武器を構え、声を上げながらこちらへと突撃を仕掛けてくる。


「またあの数を相手にせねばならないのか。シオン、今回は手を貸せ」


「言われなくても。セレネさんも、そのゴーレムで加勢してきてください」


「ええ、任せてちょうだい」


「もうなにをしても無駄よ……」


 迎撃の態勢に入る、紫音たちを見て、コーラルは狼狽えることなく、敵の討伐に入ろうとする。


「さあ、僕たちよ。強大な力をもって敵を討ちなさい。呪歌――破滅の序曲・第二節ルインフォース・フォルテッシモ


 新たな呪歌が歌声となって、周囲に響き渡る。


「――っ!? さっきの妙な歌だ。気を付けろ、聴きさえしなければ影響はないはずだ」


「……え? そうなのか?」


 呪歌の影響など受けない紫音は、その対処法を聞いてもまったくピンと来ていない様子だった。


「…………ヨシツグ、これは一体どういうことだ?」


「……いや、私にもなにがなにやら……」


 見ると、呪歌は聴こえてくるものの、紫音たちになんの影響も見られなかった。

 それどころか、前進してきた兵士たちもその歩みを止め、なぜかその場で立ち尽くしている。


「どうやら、効果があったようですね」


「マリアーナさん?」


「今が好機です。リーシアの聖歌がエメラルダお姉様の呪歌を打ち消している間に攻撃を仕掛けましょう」


「リーシアの……あっ」


 マリアーナにそう言われ、リーシアのほうへ目を向けると、コーラルに対抗するようにリーシアも負けじと聖歌で歌っていた。


「でもなんで、奴の呪歌を対抗できているんだ?」


「お父様の助言です。お父様と離れる際に、こう言われたんです。『呪歌に対抗できるのは聖歌だけだ』と」


「……ブルクハルト王は、呪歌のことを知っていたのか?」


 先ほどの話を聞いていると、ブルクハルトは最初から呪歌のことだけでなく、それに対抗する力すら知っているように思える。


「それは私にも分かりませんが……いつまでこの均衡が保たれるのか分からない状況です」


 マリアーナは、そこでいったん言葉を止め、紫音とヨシツグに向かって手をかざす。


人魚魔法マギア・セイレーヌ――《海龍の加護》」


 マリアーナの手から海色の光が現れ、その光に紫音とヨシツグの体が包み込まれる。


「力が溢れて……。それに、魔力も……」


 強化魔法を与えられたときと同じ感覚が紫音とヨシツグの体に現れる。


「人魚魔法における強化と回復を兼ねた補助魔法です。私は前線に立つことはできないので、あなた方が頼りなのです」


「はい、任されました」


 そう意気込み、紫音はヨシツグを連れて、敵のもとへ走り出した。


「それで、シオン。なにか手はあるのか?」


「……うっ。とりあえず、倒して無力化しようかと……」


「奴らは何度でも復活するんだぞ。その手は却下だな。……やはり、再起不能にまで追い込むか、それとも命を取るか」


「待て、早まるな! それは最後の手段だ」


「それなら、どうするつもりだ?」


 ヨシツグに再度問いかけられ、一度考えを巡らせながら紫音はある結論に至った。


「……決めた。このまま突っ切るぞ」


「兵士どもに挑むという意味か? だが、それでは……」


「可能なら兵士たちも倒すつもりだが、本命はコーラルだ」


 そう口にする紫音の目は、アトランタの兵士ではなく、コーラルのほうへ向けられていた。


「あの呪術師の女か……」


「ああ、見たところあの歌を唄っている最中は動けないようだし、この隙にコーラルを倒す。そうすれば後に残るのは、浄化の効果があるリーシアの聖歌だけになる」


「……なるほど。呪歌さえなくなれば、奴らにかけられた呪いは浄化していくという流れか」


「これが最善の手だと考えているんだが、どうだ?」


「よかろう。その案に乗るとしよう」


 戦いの段取りを二人の中で決めると、そこから紫音とヨシツグの動きは実に迅速なものへと変わっていった。


 立ちはだかる敵を最小限の攻撃で打ち倒していき、徐々にコーラルとの距離を詰めていく。


(……狙いは私か。予想していた展開ね。……でも、残念)


 こうなることも想定していたコーラルは、紫音とヨシツグの前にゴーレムを差し向ける。


「こいつは、さっきのからくり人形か」


「……マズいな。ゴーレムにも俺の能力は通用しないんだよな」


「私に任せなさい!」


「っ!」


 その声とともに紫音とヨシツグの頭上をセレネのゴーレムが通過し、そのままコーラルが放ったゴーレムを押さえつけた。


「セレネさん」


「あんたたちの狙いは分かっているわ。そいつは私が抑えておくから早くエメラルドお姉さまのところへ……」


「いや、まだだ。……まだ、一体残っている」


 セレネの助力のおかげでゴーレムの動きを封じることはできたが、もう一体残っていた。


「仕方ない……。私が前に出る」


「いいえ、そのまま先へ進んでください」


「……え?」


 突然、後ろのほうからマリアーナの声が聞こえてきたと思ったら、


「《海牢獄》!」


 もう一体のゴーレムを囲い込むように水の檻が出現し、ゴーレムはその中に閉じ込められてしまった。


「後はお願いします」


「……シオン、行くぞ」


「……ああ!」


 セレネとマリアーナの助けを借り、紫音とヨシツグは前へと進んでいく。


(よ、余計なことを……うっ!?)


 突如として、頭に激しい痛みが襲い掛かり、コーラルの体がふらつく。


(い、意識が……)


 体だけでなく、今度は精神にまで異常をきたし始めていた。


 しかし、こうなってしまうのも無理はない。


 今のコーラルは、呪歌に加えて、兵士の指揮とゴーレムの操縦も担っている状態。

 一人で行うにはあまりにも膨大な処理能力が必要となるため、体が悲鳴を上げ始めていた。


(このままでは、あのニンゲンたちに討たれてしまう。それだけは避けなくてはいけない……)


 この状況にまで来てしまうと、今さらマリアーナたちの妨害を振り切ってゴーレムを向かわせても間に合わないだろう。

 絶体絶命に追い詰められたコーラルは、ある決断を下す。


(こうなったら……アレを実行するしかなさそうね)


 まだなにか奥の手を隠しているコーラルのもとへ、紫音とヨシツグがようやくたどり着いた。


「シオン、合わせろ!」


「分かった!」


 紫音とヨシツグは互いに刀を構え、コーラルに攻撃を仕掛けた。


人魚魔法マギア・セイレーヌ――《海皇の鱗盾》」


 ギイイィィン。

 二人の攻撃は、寸前のところでコーラルが展開した盾に阻まれてしまった。


(防がれた!? ……だが、これで呪歌は途切れたぞ)


 このまま時間稼ぎ、あわよくば捕獲にまで至れば、この戦況も大きく変わるだろう。

 ……しかし、


「あなたたちが悪いのよ……」


「……っ?」


「何度も何度も私の邪魔をして、おかげでこの手を使うしかなくなっちゃったじゃない」


 コーラルは盾を出現させた状態で、そっと手を前に出した。


(――っ!? なにか来る!)


「シオン! 下がれー!」


「……もう遅いわ。《呪縛牢》――起動っ!」


 瞬間、見えない力に押し返され、紫音とヨシツグの体は大きく後方へと吹き飛ばされていった。

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