第249話 望まぬ再開
(……くっ! さっきから私が想定していなかったことばかり起きている。いったいなんの冗談よ。……それもこれも全部あのアマハとかいうニンゲンのせいよ!)
前方にいる紫音に威嚇するようなまなざしを向けつつ、コーラルはなにもうまくいかない現状に苛立ちを覚えていた。
(それにしても、あの魔物どもはいったいどこから来たのよ。見たところ、ここ近辺に生息しているような海洋型の魔物ばかりいるみたいだけど……そのほとんどは私の支配下に置いている……はず。いったいどこから……)
先ほどから考えてはいるものの、いっこうにその答えが見つからずにいた。
「……ヨシツグ、あいつらはまだ生きているのか?」
「……ん? ああ、あの魔物たちのことか? 深手は負わせているが、致命傷には至っていないはずだ」
「そうか……」
紫音は安心したような顔を見せながら近くに横たわっていた魔物の傍に近寄る。
「《契約執行》」
そう口にしながら紫音は魔物の体にそっと触れた。
「《ヒール》」
そして、触れたかと思ったら今度はその魔物に治癒魔法をかけ始めていた。
(……いったいなにをやっているの、あのニンゲンは? ――っ!)
紫音の謎の行動に疑問を感じていると、プツンというまるで糸が切れたような音がコーラルの中から聞こえてきた。
(い、今のは……魔物にかけた呪いのリンクが切れた音……? まさかあのニンゲン……魔物にかけていた呪いを解呪したというの!)
術者と呪いは密接なつながりがあり、仮に呪いが解かれた際は、その情報が術者に通達されるようになっている。
そのため、その知らせがコーラルのもとへ届いたことを知り、コーラルは驚きを隠せずにいた。
「……ね、ねえ、あなた? いったい……なにをしたのよ?」
気が動転していたあまり、問いかけるつもりはなかったというのに、気付けば紫音に話しかけていた。
「なにって、こいつと主従契約を結んだだけだが?」
「……しゅ、主従契約? あなた、いったい何者なの?」
「俺はアルカディア所属の
そう言いながら紫音は、呪いに侵された魔物たちと戦闘を繰り広げている場所を指さしながら言う。
「魔物使い……? ふっ……」
紫音の答えを聞き、コーラルは思わず笑ってしまった。
「バカを言わないで。ただの魔物使いが私の呪いを解くことなんかできるわけがないじゃない。それに、一人の魔物使いが使役できる数はせいぜい2、3体がいいところよ。それをあなたは……妄想も大概にしなさいよね」
コーラルが知っている魔物使いの情報と紫音の言葉とではあまりにもかけ離れているため、こちらの動揺を誘う作戦ではないかと思っていた。
「まあ、その反応は当然か……。今までの奴らもそうだったしな」
これまでも似たような反応を見てきたせいか、紫音は少しだけ呆れていた。
「悪いけど、俺はどうやら魔物使いとしては規格外でね。普通の魔物使いにできないことができるんだよ」
「規格外ですって……」
「お前だって本当はわかっているんだろう? 俺と契約した途端、こいつにかけられていた呪いが解かれていたことに」
「――っ!」
コーラルも内心ではそうではないかと予想していた。
紫音の言う通り、彼と契約したことをきっかけに呪いが解かれたため、原因は紫音にあるのではないかという考えがコーラルの頭の中によぎっていた。
「そうそう、お前にはお礼を言っておかないとな」
「……っ?」
「あんたのおかげで簡単に仲間を増やすことができたんだからな」
「――っ!? ま、まさか……あそこにいる魔物たちって……?」
紫音のその言葉を聞いて、コーラルの頭の中に最悪な答えが浮かんできた。
「お察しの通り、あいつらはみんな、お前に呪いをかけられた被害者たちだよ。……まったく、ここまで来るのに本当に苦労したんだぜ。襲ってくるこいつらを一度倒して、契約して、そして治療して……。それで、ようやく仲間にできたんだからな」
(……や、やられた。私が魔物どもを従えているのは呪いのリンクがあるおかげ……。魔物使いのように主従契約を結んでいるわけじゃないから、第三者の手によって魔物と契約することは可能だわ。……そ、それでも、呪いが解かれるわけじゃないから心配はないと思っていたけど……)
コーラルの目論見は大きく外れ、紫音に余計な戦力を与えてしまう結果となってしまった。
「まあ今は、そんなことどうでもいいけどな」
「……な、なんですって」
「俺なんかとより、あんたが話すべき相手はほかにもいるだろう……?」
「……っ?」
「あんたが話すべき相手は俺のほかにもいるだろうが……」
そう言うと紫音は、チラリと目線だけを後ろに向けた。
「……うっ」
紫音の視線の先に立っていた人物を見てコーラルは思わず目を背けてしまう。
「お姉さま! もう逃げないでわたしとお話ししましょう?」
「エメラルダ姉様……いろいろと言いたいことはありますが、リーシアの言うようにまずは話し合いをしませんか?」
リーシアたちは再びコーラルに呼びかけながら対話を望もうとしていた。
「……悪いけど、あなたたちと話すことなんか何もないわ」
「お姉さまになくともわたしにはあります! どうしてわたしになにも言わずにいなくなったこととか、呪怨事件を起こしたわけとか、こっちにはいろいろと聞きたいことがあるんですよ!」
「そんなのリーシアたちには関係ないことよ……」
頑なに口を閉ざし、リーシアたちとの間に壁を作っているように見えた。
「……では、そのフードの下にある傷跡についても関係ないことなのかしら?」
「――っ!?」
触れられたくないことを聞かれ、コーラルはフードに手を伸ばし、深くかぶり直した。
「行方不明になっていた実の姉とようやく再開したっていうのに、なんですかその姿は? あの顔を見てしまったら、関係ないと言われても引き下がれるわけないじゃないですか」
事故とはいえ、先ほどコーラルのフードの下に隠されていた素顔を見てしまってか、マリアーナは悲しそうな顔を浮かべながらコーラルを説得しようとしていた。
「……そ、それでもよ。私から話すことはなにもないわ。……ただ一つ言えるのは、これはすべてオルディス、ひいては私たち人魚族のためにしたことよ。呪いの件もこの戦争の件もすべてはそのためなのよ」
「……え? そ、それって、どういうこと……?」
言葉に言葉を重ねて、ようやくコーラルの口から事情のような話を聞くことができた。しかし、一度聞いただけではとてもではないが、すぐに飲み込めるような話の内容ではなかった。
「エメラルダ姉様……いったい、あなたはなにをしようとしているのですか?」
「もうこれ以上、私から話すことはないわ。今すぐここから立ち去りなさい。……それが嫌なら力ずくで私の視界から消えてもらうわ」
リーシアたちとの対話を拒否し、コーラルは実力行使に出ようとしていた。
「お、お姉さま……」
「リーシア、あきらめなさい。向こうはもう話す気すらないみたいよ」
「セレネお姉さま……?」
「だいたい戦場でなに悠長に話しているのよ。合理的じゃないわね。そんなことしているヒマがあったら、とっととエメラルダお姉さまを捕まえて、逃げられない状況に追い込んでから話せばいいだけのことでしょう?」
「セレネ……その発言は少々乱暴じゃないかしら?」
「なに言っているのよ。向こうだって武力で訴えようとしているのよ。それに向こうには対話の意思すらないんだから捕まえて話したほうが手っ取り早いでしょう?」
リーシアとマリアーナとは違い、好戦的な意思を見せ、コーラルを捕縛しようとしていた。
「……というわけで、シオンさんにヨシツグさん。手を貸してくれませんか? 見ての通り、ウチの姉と妹は戦闘をためらっているようなので……」
「なっ!」
「……ま、まあ俺たちもそのつもりだったから別にいいけど……」
「助かります。私一人では、取り押さえることができるかどうか不安でして……。ああもちろん、私も戦闘に参加するので安心してください」
すると、大型のゴーレムが空を飛行しながら現れ、セレネの前に降り立つ。
「……一応聞くけど、このゴーレム戦えるんだよな?」
「……戦闘に特化しているわけじゃない汎用型だからね。どんな奴らも蹴散らすことができるとまではいかないけど、基本的なスペックは高いからそれなりに戦えるはずよ」
「……話を聞いていると、少々不安になってくるのだが……それは私だけかシオン?」
「いいや……。俺も似たようなことを考えていたよ」
若干の不安を残しつつも、紫音とヨシツグを先頭にして、コーラルを捕縛しようと動き出す。
「シオン、左右に分かれて挟み撃ちするぞ」
「了解っ!」
ヨシツグの指示通り、紫音たちは一度分かれ、コーラルの両側に回り込む。そして逃げ道を塞ぎつつ、挟み撃ちにしながら攻撃を仕掛けようとしていた。
「……さあ、出番よ! あなたたち!」
「……っ!?」
コーラルがそう呼びかけると、甲板の床を突き破りながら船内からなにかが飛び出してきた。
「こ、これは!?」
「ゴ、ゴーレムッ!」
船内から地上に出てきたのは2体のゴーレムだった。
しかし、そのゴーレムたちはセレネが持っているゴーレムとは別のタイプであり、ところどころに武装が施されている
はっきり言って、セレネのゴーレムより戦闘力が高そうに見えた。
「そいつらをやりなさい」
「――っ」
2体のゴーレムは、コーラルからの命令を受け、動き出す。
目にも止まらぬ速さで移動し、あっという間に紫音とヨシツグの前に立ちはだかると、拳を振り上げ、紫音たちに目がけて勢いよく振り下ろした。
「――くっ!」
「うぅ!」
2人とも刀で迎え撃とうとするが、パワーは圧倒的にゴーレムのほうが勝っているらしく、力負けしてリーシアたちがいる方角に吹き飛ばされてしまう。
コーラルへの攻撃が失敗に終わり、横たわっている2人のもとへ、2体のゴーレムたちが追撃をしようとこちらに向かってきている。
「ゴーレム! 奴らの動きを止めなさい!」
紫音たちを守るように、セレネのゴーレムが前に現れ、追撃をしようとする2体のゴーレムの動きを大きな両腕を使いながら押さえ込んでいた。
しかし、押さえ込んだまではいいものの、数の差とパワーがあるせいで、徐々に押されつつあった。
「オイ、大丈夫なのか? このままじゃ、突破されるぞ」
「心配はいらないわ。イグニッション・ブースター始動。出力50パーセント解放!」
すると、ゴーレムの背中から噴射口が現れ、そこから勢いよく炎が噴射される。
そのおかげで前に行こうとする力がさらに増加し、コーラルのゴーレムたちの進行を食い止めている。
「おお、すげえな……。あんな隠し玉を用意していたのか……。さすがセレネさんだな……ん?」
セレネの技術力に感心し、ふと彼女のほうへ目を向けると、なぜかセレネは焦った顔を見せていた。
「どうしたんですか、セレネさん? そんな顔をして?」
「……ええと。今、気付いたんだけど、どうもあのゴーレムたち……私が作ったものみたいなのよね」
「……えっ?」
予想外の発言に紫音の口から驚きの声が漏れた。
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