第245話 それぞれの戦場へ

「ローゼリッテさんがお母さまの救出に? ……だ、大丈夫なんですか? あの人がマジメに働いているところなんてわたし見たことがないんですけど……」


 普段のローゼリッテを知っているためか、ローゼリッテがティリスの救出に向かっていることを知ってからというもの不安そうな顔を表に出していた。


「心配するなって。あいつはやるときは真面目に働く奴だ。この非常時に手を抜くようなマネをするほど、あいつもバカじゃないさ」


「でも向こうには、教会の最高戦力とも言われている聖杯騎士がいるんでしょう? あっさりとやられてなきゃいいんだけどね」


「フィリア……お前な……」


 あまりにもあっさりとした態度をとるフィリアに、紫音は呆れてしまい、大きくため息をついた。


「大丈夫よ。もしなにかあっても、あのバカの仇はちゃんと取ってあげるわよ」


「そういうことを言っているんじゃないんだよ……俺は……」


 意地でもやられることを前提で話しているフィリアをいったん無視して、紫音は本題に入ることにした。


「と、とりあえず……向こうはローゼリッテに任せて、俺たちもそろそろ移動したほうがいいな。いつまでもこんなところにいても意味ないし」


「そうだわ……。早くお父様とガゼットを安全なところに運ばないといけないわ」


「マリアーナ姉さん、親父はオレに任せてくれ。それと、セレネ。こんな大事なときにいままでなにをやっていたのかとか、いろいろと聞きたいことはあるが、それは後だ。いまはこっちを手伝え」


「ハイハイ、分かりましたよ。……ラムダ兄さん。まったく……こっちはこっちで、いろいろと大変だったのに……」


 ブツブツ言いながらも、セレネもブルクハルトたちの介抱に向かう。


「それじゃあ、俺たちも行くとするか」


「ああ、それについてだけど一ついい?」


 そう言いながら、フィリアはお願いをするような言い方で話しかけてくる。


「紫音が取り逃がした竜人族だけどさ……」


「なんだかトゲのある言い方だな……。まあ、いいけどなに?」


「あいつの相手は、私に任せてくれない」


「確かに、あいつを放っておくと、なにをしでかすか分からないから願ってもない提案だけど、どうしたんだ急に?」


「同族として放っておけないのよね。それにこのままだと、竜人族にありもしない悪評がつく恐れもあるからね……」


「フィリア……」


 仮にもフィリアは竜人族の王族の生まれ。

 祖国のことを思って、このような提案を口にしたのだろう。


 紫音はその言葉を聞いて、不覚にも感心をしてしまった。

 しかし、次に出てきた言葉を聞いて、その感心は無駄だったと後悔することになる。


「……でも一番許せないのは、この私に手を出したことよ! よくも何日も監禁してくれたわね、あの男……。この屈辱は絶対に晴らしたうえで私の前に跪かせてやるんだから」


「……完全に私怨じゃねえか。感心して損した……」


 しかし、動機は不純だがグラファの討伐に関しては紫音も同意するところだった。

 グラファのような厄介な敵を野放しにはしておけないため、早急に制圧する必要がある。


「……分かった。フィリアはグラファの相手を頼む。ティアにも頼みがあるんだがいいか?」


「ハ、ハイ……。なんでしょうか?」


「お前、グラファのオーラは覚えているよな? フィリアと同行してグラファの奴を探し出すことはできるか?」


 フィリアだけでは闇雲に探す羽目になるため、メルティナの魔眼を使ってグラファの居場所を探ろうとする。


「た、たぶんですが、できると思います……。あの人のオーラは特徴的で印象に残っていたので、空から見渡せばおそらく……」


「決まりだな……。フィリアもいいよな?」


「ええ、私はいいわよ」


「じゃあ、俺もそろそろ――」


「シオンさま! お願いがあります!」


「お、お前もか……?」


 各々の次の行動が決まったところで、今度はリーシアが声を上げて紫音に詰め寄ってきた。


「わたしをお姉さまがいるところまで連れて行ってください!」


「リーシア、なにを言って――っ!」


「お父様、そんなに声を荒げないでください。傷に触りますよ」


「マ、マリアーナ、私はいい。今はそれより、あのバカをすぐに止めろ」


「言われなくても止めますよ」


 無茶苦茶なことを言うリーシアを止めるため、マリアーナが二人の会話に割って入ってきた。


「リーシア、悪いことは言わないわ。バカなマネはやめなさい」


「マリアーナお姉さま、なんでですか! ずっと行方不明になっていたエメラルダお姉さまが、ついさっきまでそこにいたんですよ。この戦場にいるとわかった以上、捕まえるチャンスはいましかないんですよ!」


「だからこそよ! 戦場に出たこともないあなたにこれ以上、危険なマネをしてほしくないのよ! エメラルダお姉様についてはこの戦いが終わった後に考えるから、あなたもお父様たちと一緒に後方に下がっていなさい!」


 リーシアを心配して口にした言葉だろうが、今のリーシアにその想いが通じるわけがない。

 頬を膨らませ、不満そうな顔をしながらリーシアは声を上げて言う。


「話したことだっていっぱいあるのに、そんなことをしてたら逃げられちゃいますよ! マリアーナお姉さまはそれでもいいんですか!」


「あのね、今はそんなことを言っている場合じゃないことぐらいリーシアにも分かるでしょう? そりゃあ私だって、お姉様に聞きたいことはたくさんあるわよ。でも今は戦いの真っ最中なのよ。身内一人にかまけている余裕なんかないのよ!」


「そ、それはわかってるけど……でも、それとこれとは……」


「ちょっと落ち着けお前たち」


 さすがにこれ以上見て見ぬふりもできないと思い、仲裁に入る形で紫音が話に入ってきた。


「ええと、マリアーナさんですね。ちょっとお話いいですか?」


「あなたのことはリーシアから聞いています。この状況ですので、正式な挨拶はできませんですが、改めてリーシアを保護してくれてありがとうございます」


「それについては気にしないでください。こっちもリーシアには助けられてきたので……。それで話というのはですね、リーシアのことなんですが……」


 マリアーナとは初対面だが、話したいことを優先にしてさっそく本題に入る。


「あいつの好きにさせてはくれませんか?」


「あなたも私の話は聞いていたはずです。それがどんなに危険なことは分かっているんですか?」


「それは分かっているつもりです。……でも、こうなったリーシアはテコでも動かないことぐらいマリアーナも知っているはずですよね?」


「……っ?」


「それに、無理やり後方に連れて行ってもあいつのことだし、家出したときみたいに他の人の目をかいくぐってお姉さんを探しに行くと思いますよ。それでもいいんですか?」


「そ、それは……ありそうな話ですね……」


 本気になったときのリーシアを止めることなど不可能だということを改めて痛感したが、それでもリーシアの行動を黙認することはできずにいた。


「ですが、リーシアの身になにかあったら……」


「そんなに心配ならマリアーナさんも一緒に行ってあげたらどうですか?」


「……え?」


「それなら、リーシアを監視できますし、こっちも護衛として何体か付けますので危険なこともないと思いますよ」


「そういうことなら私も行くわ」


 マリアーナを説得していると、先ほどまで不満げな顔をしていたセレネが顔色を変えながら入ってくる。


「そこに、私のゴーレムも加えれば大抵の敵と遭遇してもなんとかなるはずよ」


「セレネ、あなたにはお父様たちを安全な場所に連れていくという役目があったはずですが?」


「それならラムダ兄さんとここにいる騎士たちで十分でしょう? ゴーレムの操作は私にしかできないだろうし……どう?」


 ここまで来てしまうと、もはやリーシアの提案を否定することなど無理な話。

 悩んだ末、マリアーナはため息をつきながらリーシアに言った。


「……分かったわ。エメラルドお姉様を探しに行きましょう」


「マリアーナ……お前……」


「お父様、安心してください。危ない状況になりそうになったらすぐに離脱して、お父様たちのところに行きますから、どうか今だけは勝手な行動を見逃してくれませんか?」


「……必ず無事で帰ってきなさい」


「お父様、ありがとうございます。リーシアもそれでいいですね?」


「もちろんですよ! さあ、早く行きましょう!」


 許しが出たと分かった途端、リーシアは目を輝かせながら一目散に海に飛び込んだ。


「まったく、現金な子ですね。……ご迷惑をおかけします、シオンさん」


「気にしないでください。どうせ俺も戦場に出て引っ搔き回すつもりだったので、そのついでにリーシアを送り届けるだけですから……」


「そういえば、先ほど護衛をつけさせると言ってましたが、いったいどこにいるのですか? まったく見当たらないのですが……」


 紫音たちの周りには、もう別の目的地が決まっている人ばかりで他に戦力になりそうなひとなど見当たらなかった。


「それなら、ずっと近くにいるじゃないですか。だいたい、俺たちがどうやってここまで来たと思っているんですか?」


 軽く笑い声を上げながら紫音は海面に指をさしながら言う。

 それにつられて、マリアーナも海のほうへと視線を移す


「――っ! こ、これは……」


 驚くべき光景がマリアーナの目に映り、思わず唖然としてしまう。


「まあ、これだけいればなんとかなるだろう」


 マリアーナの驚いた反応を見て、紫音は満足そうな顔をしていた。

 そうして、紫音たちはそれぞれの目的を果たすために反撃に打って出るのであった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


(……くっ! なんでこう思い通りに進まないのよ! 何年にも渡って計画を練りこんできたのに、まだなにも達成できていないじゃない!)


 場面は変わり、アトランタとオルディスが熾烈な戦いを繰り広げているカルマーラ海域。

 その戦場の中をアトランタの呪術師であるコーラルが、クラーケンに乗りながら突き進んでいた。


(お父様の暗殺は失敗し、その後に現れたアルカディアの連中に妨害されてグラファは離脱。さらに最悪なことに、その一連の映像が魔道具を通して戦場に流れてしまったことだわ。本来なら、あそこでお父様の死を目撃したオルディス軍の士気を下げるはずだったのに……これじゃあ下がるどころかむしろ上がる恐れがあるわ)


 度重なる想定外の状況の発生により、計画はもう修正不可能な状況にまで進み、もはや断念するしか道はなかった。


(閉じ込めていたはずのアルカディアの連中が戦場に現れたのも想定外だったけど、一番の問題はグラファだわ。今回の一件で、完全にオルディスに目をつけられてしまったうえに暗殺対象であるお父様にも容易に近づけなくなってしまった。これではもう、暗殺なんて不可能ね……)


 協力者のグラファもこうなってしまっては、頼りにすることなどできず、強力な人材を一人失ったような感覚を襲われる。


「……グラファはもうあてにならない。そうなると、私が動くしかないようね」


 最後に信じられるのは自分だけだと悟り、コーラルは大きく深呼吸をしながらある決心をする。


「これは最後の最後まで取っておきたかったけど、計画を無理やり進めるためにはこれしか方法がないわ」


 もはやなりふりなど構っていられないほどの状況に陥ってしまい、苦渋の決断を下すしかほかに道はなかった。


 その決断を胸に掲げ、コーラルは一度、パトリックたちがいる後方へと戻ることにした。


「パトリック様、ただいま戻りまし――っ!」


 パトリックが乗っている船に戻り、その足で帰還の挨拶をパトリックにしたところ、その途中でなにかが頭に飛んできた。


 パリンという音ともに頭に痛みが走る。

 下に目をやると、割れたグラスが破片とともに床に転がっていた。


「コーラル……お前、なに勝手なことをしてくれたんだ!」


 詳しい状況を把握する前に、怒りをあらわにしたパトリックの声が船内に響き渡る。


「映像魔道具を勝手に持ち込んだうえに、なんだあの映像は! 妙な映像を流してくれたおかげで人魚どもが調子づいてしまってはないか!」


(ああ、やはり士気を上げる結果になったのね……)


「それに僕は、オルディスの王の暗殺など許可した覚えもないし、聞いてもいないぞ。それでも成功するなら大目に見てもよかったが、あろうことか失敗しただと……。この無能がっ!」


 絶えず浴びせてくるパトリックの怒号がコーラルに重くのしかかる。

 コーラルは、今もなお耳に届いてくる非難の声に耐えながらあることを胸中で考えていた。


(潮時ね……。計画の一つである戦争にまで持ち込めた以上、この男はもう……用済みだわ)


 パトリックに取り入る理由もなくなったためか、コーラルはパトリックとの縁をこの機会をもって捨てる決心を胸に抱くのであった。

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