第244話 進化する能力

「楽しみだわ……。いったいどうやって、このアタシを倒すつもりなのかしら?」


 最初はドラゴンを引き合いに出され、怒りの感情を表に出していたが、いざ戦闘となると、意外にも冷静な態度を取りつつ相手の出方を窺っていた。


「まあ、いいでしょう。どうせあなたを倒さない限り先へは進めないようなので、このまま押し通らせていただきます」


 そう言うとローンエンディアは、聖剣を前に出し、その刀身に手を当てた。


(……剣になにかを付与している?)


 刀身に手を当てた瞬間、聖剣がまばゆく光り出す。

 そのすぐ後、刀身に白く光る膜のようなものが覆われているのが見えた。


「驚きましたか? これが吸血鬼の倒し方の一つです」


(なにを付与したのか見当もつかないけど、いつまでも相手の出方を窺っていたら勝てるものも勝てないわ)


 そろそろ待つのをやめ、こちらから仕掛けようと体を前に乗り出す。


創成クリエイト――《ブラッディ・セイバー》」


 血を剣の形状へと変化させ、赤黒い血の剣を構えながら地面を蹴る。


「やはり向かってきますか。……そうでしょうね。不死身の体なら多少のダメージを受けてもすぐに再生してしまいますからね」


 言葉に反して、ローンエンディアは不敵な笑みを浮かべている。

 その笑みを見てローゼリッテは、なにか嫌な予感を覚えていた。


「ハアアァァッ!」


(――来る! どうする? 斬られる覚悟でこのまま行くか? ……いいえ、やっぱりあれはマズいわ!)


 瞬時に思考を巡らせたのち、その光り輝く剣に危機を感知したため攻撃から回避へと切り替える。


「――くっ!?」


 しかしほんの少しだけ切り替えのタイミングが遅かったため、剣の切っ先が腕をかすめてしまった。

 それほど大きな傷ではなかったものの、傷口からは血が流れ、ポタポタと地面に落ちていた。


(……でもこのくらいなら…………アレ?)


 そしてローゼリッテは、自分の体に起きている異変に気付いた。


(キズが……再生しない? おかしい……。こんなキズ、いつもならすぐに治るのにどうして? ……っ! まさか……)


 あまりの治りの遅さに困惑したが、ローゼリッテはその原因に心当たりがあった。


(……あの剣のせいか? 剣になにかを付与していたけど、もしかしてそれのせいでアタシの体がおかしくなった……?)


「どうかしましたか?」


「……フッ。よく言うわ。アタシになにかしたくせに、なにしれっとした態度をとっているのよ」


「ああ、やはりバレてしまいましたか。でも、どうでしたか? 神聖力を込めた聖剣の斬り味は?」


「神聖力……? なるほど……そういうことね」


 会話としては短かったが、それだけでローゼリッテは答えを見つけ出したようだ。


(アンデッドや魔族と近しい体の構造をしているアタシたち吸血鬼にとって、聖なる力が込められた神聖魔法は害でしかないわ。要はその弱点を突いてきたってわけね)


「あなたにも神聖魔法は効くようですね。まあ、再生自体を完全に無効化することはできませんけどね」


「でも、再生を遅らせるなら大きなスキは生まれるでしょうね」


「おっしゃる通りです。……前に戦った吸血鬼も再生すらできないまま、私の手によって葬られていましたよ」


 ローンエンディアは、自信満々に過去の実体験をひけらかしていた。


 しかしこれで、ローゼリッテも不利な立場に立たされることとなる。

 不死身であるがゆえに相手よりも優位に戦闘を進められていたはずだが、吸血鬼にとって天敵とも言える神聖魔法を使われてしまっては、その優位性も崩れ落ちてしまう。


(まあ、いいわ。だったら、相手の剣の間合いに、入りさえしなければすむことよ!)


 近接での戦闘は分が悪いと判断し、血流操作を使用した遠距離での攻撃で攻めることにする。


創成クリエイト――《ブラッディ・ランス》」


 手に持っていた血の剣を一振り槍に変化させ、それを上空に掲げる。


「さあ、行きなさい!」


 ローゼリッテの支配のもと、血の槍をローンエンディアに向けて投げ放った。


「……舐められたものね。この程度の攻撃が私に当たるとでも?」


 一直線に向かう攻撃をローンエンディアに直撃するわけもなく、その前に横に飛び、軽やかに回避する。


「残念だったわね。アタシの攻撃から逃れられるわけないでしょう?」


 言葉通り、あさっての方向に行ってしまった槍は突然進路を変え、再びローンエンディアへと狙いを定める。


(なるほど……やはり何度見ても厄介ね。吸血鬼特有のあの能力は。形状の変化だけでなく、完全に支配下にも置いているわ)


 これまで何度も吸血鬼との戦闘の経験があるためか、『血流操作』の能力を危険視しているようだ。


(ですが、それも昔のこと。その能力の攻略法を私はすでに編み出しているのですよ)


 するとローンエンディアは、手を前に掲げながら向かってくる血の槍に対して魔法を唱える。


「《ヘイル・ストーム》」


 前方に放たれた絶対零度の吹雪が血の槍に直撃し、一瞬にして血の槍が氷漬けになってしまった。

 氷の塊と化してしまった槍は、そのまま力を失くしたように飛来する力も失い、ドンという音を立てながら地面に墜落していく。


「残念だったわね。吸血鬼ご自慢の能力は封じさせてもらったわ」


「へえ、こんな手を使って同族を倒してきたのね」


「ええ、そうですよ。あなたたちのその血液を操る能力は確かに強力ですが、操れるのは血液そのものという条件があります。そのため血液に不純物が混ざってしまうと、操る力も弱まるということがあなたたちと戦って知ることができました」


 どこか得意げな顔を見せながら話を続ける。


「それさえ分かってしまえば、簡単なことです。あなたたちが操る血液を凍らせてしまえば簡単に封じることができてしまうのです。この方法を編み出してからというもの、吸血鬼退治は本当に楽になりましたよ」


「たしかに……これじゃあどうしようもないわね」


「負けを認めるなら今のうちですよ。今なら神の慈悲のもと、一瞬で葬って差し上げます」


 絶体絶命のピンチがローゼリッテの前に降りかかってしまう。


「ええ、本当に……」


 しかし、危機的状況に陥っているというのに、ローゼリッテは余裕の笑みを浮かべていた。


「……アタシ以外なら通用したんでしょうね」


「……っ?」


 すると、地面に転がっていた槍がガタガタと動き出す。


(ば、馬鹿なっ! 血液を凍らせてしまえば、あいつの能力は発動しないはず。それは、吸血鬼を相手に何度も検証したから間違いないはず……だが……)


 今、ローンエンディアの前で行われているのは、その検証を否定するかのような光景だった。

 そして、先ほどまでガタガタと動き出していた槍は再び空を舞い、ローンエンディアへと襲い掛かる。


「――くっ!」


 突然の事態に回避は間に合わず、聖剣を前に出しながら防御する。


「さっきみたいにかわさないのね。だったら遠慮なく行かせてもらうわ!」


(そしてもう一度、さっきの魔法を使ってくれないかしら)


 相手に反撃の意思がないのを見て、ローゼリッテは連続で攻撃を繰り出す。

 槍による乱れ突きが立て続けにローンエンディアを襲い、徐々にその防御が崩れ落ちていく。


(……なんというていたらく。あれしきのことで動揺をしてしまうとは。なぜ動けるのか、その原因はまだ分からないけど、今は立て直すことが先決)


「へえ、なかなか耐えるわね。だったら、これも追加ね。創成クリエイト――《ブラッディ・レイン》」


 血の槍を操りながら今度は上空に大量の血の短剣を出現させる。

 その血の短剣は、円形状に広がっており、中心地にはちょうどローンエンディアが立っていた。


「さあ、これはどう対処するのかしら? アタシに見せてくれない?」


 挑発するように言いながら大量の血の短剣が一斉に降り注いだ。


「どうやらなんらかの対策を講じて操れるようにしたんでしょうけど、果たしてあの数が一斉に凍結してしまっても同じことができますか?」


 絶えず襲ってくる槍の攻撃を受け流しながらローンエンディアは上空に向かって手を掲げる。


「《ヘイル・ストーム》」


 絶対零度の吹雪が今度は上空に吹き荒れる。

 あれほど大量にあった血の短剣もローンエンディアの魔法の餌食となり、一本残らず凍ってしまう。


 そしてその短剣たちは、槍のときと同じように力を失い、急降下していく。


「……ムダよ」


 しかしその光景も数秒だけのことだった。

 すぐに上空で力を取り戻し、狙いをローンエンディアに向けながら先ほどと同じように降り注ぐ。


(――この数を凍らせても操れるのか! ……ハッ! マ、マズい!)


「《ホーリー・エリアシールド》」


 全方位からの攻撃に対抗する術はなく、ローンエンディアはドーム状の障壁を展開しながらその攻撃から身を守る。


「――っ!」


 最初は防げていたが、立て続けに来る攻撃を前にその障壁は限界を迎えようとしていた。

 障壁から次第に綻びが生まれ、その綻びから血の短剣が貫通し、ローンエンディアを襲う。


「へえ、まだ耐えるんだ……」


 ローゼリッテの怒涛の攻撃も終わり、あとに残ったのは鎧のあちこちが損傷し、傷だらけとなったローンエンディアの姿だった。


「ハア……ハア……」


「ずいぶんとお疲れね。……いいのよ、エクストラ・ポーションってのを使っても。それとも神格化ってのになって一気に勝負をつける?」


(この発言……。どうやらこの娘、先ほどの戦闘を見ていたようね)


 こちらの手の内がバレているようだが、わざわざそれに乗るつもりない。

 ローンエンディアはポーションを取り出し、それを一気に飲み干す。ティリスのときに見せたエクストラ・ポーションより一つランクが落ちる代物だが、それでもこの傷を治すには充分な効力を秘めている。


「それにしても……驚きましたよ。まさかあの方法が通用しないなんて……。もしかして、あの方法ではあなたたちの能力を封じるなんてできなかったのですか?」


 少しでも情報を得るため、ローンエンディアは観念したような顔を見せながら問いかける。


「……いいえ。アンタの着眼点は間違っていなかったわ。普通なら氷漬けにされた時点でもうその血は使えないわ」


「……だったら」


「でもね……。アタシにはもうそれ、通用しないのよね」


「……なんですって?」


「少し前のアタシなら、さっきのでお手上げだったけど、その前に克服して能力が一段階レベルアップしたのよ」


「……っ?」


「ニブイわね……。アタシはね、前にアンタと似たような方法を使われて能力を封じられたことがあるのよ」


 ローゼリッテは当時のことを思い出しながら話を続ける。


「あのときは海水を混ぜられてアタシの支配が弱まってしまったのよ。……でもそのときに気付かされたのよ。この能力の可能性をね」


「……可能性?」


「血を操る能力ゆえに、そこに別のものが混じり合うとたしかに支配力が弱まってしまうわ。でも、操れなくなったわけじゃない。要はそれを上回る力でねじ伏せてしまえばいいのよ」


「そ、それだけのことで克服したとでも……?」


「口で言うなら簡単そうに見えるけど、意外とそうじゃなかったのよね。おかげで珍しく本気を出す羽目になったわ」


 嫌なことを思い出したためか、ローゼリッテは大きなため息をついた。


「でもおかげで、不純物が混ざっても支配下に置くことができたわ。しかもそこまでの域になると、周囲にある不純物も巻き込んで支配下に置けるようになったわ。だから、氷漬けになっても動かせたってわけ」


 実はアルカディアで人魚との戦いを経て能力を一段階上に開花させてからというもの、密かにローゼリッテは研鑽を積んでいた。

 自分ですら知らなかった能力の秘められた可能性、そしてその力に魅入られてしまい、いつもはニート気質のローゼリッテも今回ばかりは本気になっていた。


 そしてオルディスに出発する前には完全に開花させた能力を自分のもの仕上げてきていた。


(……これで私に残された手は神聖魔法による弱体化のみ。でもそれだけだと、いまいち決め手に欠けてしまうわ。いっそのこと、神格化で短期決戦するのも一つの手ね……)


 一瞬、そのような考えが浮かんだが、すぐにその考えを頭の中から取り払う。


(いいえ、それは得策じゃないわね。こんな敵がいる以上、今後のことを考えてなるべく力は温存すべきだわ。……ああ、本当に)


 恨めしそうにローゼリッテを睨みながらローンエンディアは胸中でこう思った。


(……過去最高に一筋縄ではいかない相手だわ)


 楽勝だと思っていたのが一変、苦戦を強いられることになりそうなこの戦況を見て、ローンエンディアは一度気を引き締めながら再び聖剣を構えた。

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