第243話 立ちはだかる吸血鬼
場面は変わり、再びオルディス王城前。
そこでは戦場に映像を流し、オルディスの人魚たちを絶望の淵に叩き落としたローンエンディアが次の行動に移ろうとしていた。
(これで人魚どもの戦意も削がれることだろう。……この女も用済み……いいや。人質や交渉の材料にまだ使えるわね。……騎士道に反してしまうけど、亜人相手ならまあいいでしょう)
ティリスの長い髪を乱暴に掴み取りながらそのまま引きずるように歩きながらローンエンディアは王城へと入ろうとする。
「……っ?」
ローンエンディアの前に立ちはだかるように王城の門の前にはある少女が立っていた。
「……何者ですか? 見たところ人魚族ではないようですが……ああ、アトランタから借り受けた亜人奴隷の誰かですね?」
「…………」
「私はあなたが立っている向こう側に用があるのでさっさと退いてくれませんか? ……邪魔するようでしたら、この剣の餌食になってしまいますよ」
「……で? 言いたいことはそれだけ?」
「っ!」
「勝手にベラベラとしゃべり始めるから黙って聞いていたけど、なにその野蛮なセリフ? 見た目騎士だけど、もしかして中身は蛮族じゃないの…………ぷっ!」
小馬鹿にした少女の言葉にローンエンディアの表情が険しいものへと変わっていく。
「……私に対してその舐めた態度……なるほど、どうやらあなたは奴隷じゃないようですね」
「ええ、もちろんよ。奴隷なんか二度とゴメンよ」
「それではあなたは? いったいなんの目的で私の前に現れたの?」
「アタシ……? アタシの名前はローゼリッテよ。覚えておきなさいニンゲン。……目的はそうね。そこにいる女王の回収ってところかしら」
そう言いながらローゼリッテは、ローンエンディアに捕らわれているティリスに向けて指をさす。
(女王の回収……? それは無視できない案件ね。でもそれなら、遠慮する必要もないわよね)
ローゼリッテの目的を聴き、見過ごすことができないと判断し、ローンエンディアはそれを阻止するために一度納めた聖剣を再び抜く。
「教会から与えられた任務を邪魔するのなら少女だろうと容赦なくいかせてもらうわ」
「あーあ、熱くなっちゃって。やりにくいったら、ありゃしないわね」
面倒くさいといった態度を見せるローゼリッテだったが、それでもローンエンディアは構わず攻撃に出ようとする。
戦闘の邪魔になるであろうティリスを地面に置き、聖剣を後ろに構えながら前に出た。
「《スラッシュ・エイジ》」
刀身に絶対零度の氷を纏わせた斬撃がローゼリッテに襲い掛かる。
「――っ!」
「……ふっ」
攻撃を終えたローンエンディアは、ローゼリッテの様を見て満足そうに笑った。
ローゼリッテは先ほどの攻撃を躱すことができず、そのまま斬撃を受け、右腕が斬り落とされてしまった。
右腕は上空を舞いながらローンエンディアの近くへと転がり落ちていった。
(……拍子抜けね。あれだけ啖呵を切ったのだからもう少しできると思ったけど、思い過ごしだったようね)
相手の実力を見誤ってしまったと、少し残念そうな顔をしながら聖剣を納めようとすると、
「……
「…………ガハッ!?」
突然背後から鋭利な刃が現れ、ローンエンディアを貫いた。
(……い、いったい、なにが……?)
まったく気取らせず襲い掛かってきた攻撃に、ローンエンディアは混乱するもその正体を探るため後ろを振り返る。
(な、なに……あれは……?)
後ろを見ると、地面に転がるローゼリッテの右腕と、その切り口から伸びる鋭利な刃物がローゼリッテの目に映っていた。
(ま、まさか……あの右腕は義手……? いいえ、斬った瞬間、出血したところを見る限りそれはないはず……。なら、あの右腕は……?)
初めて受けるタイプの攻撃にローンエンディアは激しく取り乱していた。
そしてその隙をつくようにローゼリッテが動き出した。
「
ローゼリッテから創り出された一つの赤黒い球。
それは両手に収まるほどの大きさであり、そこまで速くないスピードでローンエンディアに向かっていく。
(……なにこれ? とりあえず、いいものではないでしょうから、無難に避けたほうがいいわね)
またもや正体不明の攻撃が繰り出され、直感的に危険を察知したため回避に徹することにする。
「逃がさないわ……」
しかしいくら回避しようと、まるで追尾機能でもあるかのようにどこまでも追ってくる。
「それなら……!」
これ以上回避に余計な労力を消費するわけにはいかないと思い、ローンエンディアは正体不明の球を破壊しようと、聖剣を取り出す。
「ハアアァァッ!」
聖剣を振り上げ、そのまま一刀両断をする勢いで振り下ろす。
「……ふっ。《
――ドオオオオォォン。
「――っ!?」
正体不明の球に斬りかかろうとした瞬間、その球から爆発が発生した。
その爆発に巻き込まれたローンエンディアの体は、衝撃に押されながら後方へと吹き飛ばされていく。
「……まさか、あれだけで終わりじゃないわよね?」
爆発に乗じて、ローンエンディアを遠くに追いやった後、ローゼリッテは自分の右腕を回収しながら元通りにくっつける。
「……まあいいわ。いまのうちにアタシの仕事をしなくちゃね」
くっつけた右腕の具合を確かめながらローゼリッテは、横たわっているティリスのもとへ向かう。
「……ちょっとアナタ、まだ生きてる?」
ティリスのもとまでたどり着くと、上半身を屈みながら念のため生死を確認する。
「……あぁ、あなたは……アルカディアの……」
「ああ、どうやら生きてるようね。……しゃべらなくていいから黙って聞いてなさい。ついさっき、アタシたちアルカディアはオルディスとともに戦うことが決まったわ。その際にアンタの救出を指示されたもんだから、こうしてわざわざ来てやったのよ」
(まったくシオンったら、人使いが荒いんだから。……まああとで、タップリと血をくれるって言ってたからしかたなく従ってあげるけど……)
始めからティリスの救出を視野に入れていた紫音は、オルディスと共闘することを見越してローゼリッテとは別行動をとっていたようだ。
結果的に予想した通りの展開となり、ティリスを無事救出することができた。
「……助けていただき……感謝……いたします……。このお礼は……必ず……」
「重傷なんだから無理に話さなくていいわよ。とりあえず、あの女はアタシが抑えておくからアナタは早くここから離れなさい」
そう言うとローゼリッテは、ストックしていた血液を操作すると、その血は大型のオオカミの姿へと変化していった。
ローゼリッテは、そのオオカミの背中にティリスをそっと乗せながら指示する。
「こいつを乗せて、城内にいる王子たちのもとまで運んでいきなさい。……ああそれと、重傷みたいだから振り落とさないように注意もしておきなさい」
いくつか注意事項を伝えた後、オオカミはティリスを乗せながら城内へと走り去っていった。
そして残されたローゼリッテはというと、少し困った表情を表に出していた。
(さあて、このあとはどうしようかしら? シオンの指示は女王の救出だけで、あの騎士を相手にしろとまでは言われてないのよね……)
自分に与えられた任務はここで終わりのため、正直言ってこのまま紫音たちのところに合流してしまおうかと考えていた。
すると、爆発で吹き飛ばされていたはずのローンエンディアがこちらへと歩いてきているのが見えた。
「……あら? やっぱり、あれくらいでやられるほどヤワじゃなったようね」
などと、軽口を叩いて相手を煽ってみせるが、ローンエンディアはその煽りには乗らず、静かに笑みを浮かべていた。
「……っ?」
「先ほどの攻撃は効いたわ……。でもおかげで、ようやくあなたの正体が掴むことができました」
ローゼリッテとの短い戦闘で得た情報をもとに観察した結果、ローゼリッテが何者なのか分かったようだ。
「血を武器にして戦う技術には見覚えがあります……。あなた、吸血鬼族ですね?」
「へえ……。『血流操作』を知っているってことはアタシの同族と会ったことでも?」
「ええ、任務で何度か。もちろんすべて討伐しましたけどね」
(アタシと同族なら下級種でもただのニンゲンに負けるはずがないけど……やっぱりそれだけの実力を持っているようね)
吸血鬼をこれまで何度も倒してきたというローンエンディアの主張にローゼリッテは大して焦った表情を見せず、毅然とした態度をとっていた。
「不死の体に血を使った妙な戦闘法には苦戦もしましたが、対処法さえ分かってしまえばずいぶんと楽な仕事でしたね」
「……なんですって?」
「亜人の中でも上位種とされている吸血鬼族でしたが、どうやらあれはデマだったようですね」
「……ハア?」
「どうせ相手をするなら戦場にいたあのドラゴンと戦ってみたかったわ。あれを倒せてしまえば、騎士としての
まるで目の前にいるローゼリッテなど眼中にないといった態度をとるローンエンディアの姿にふつふつと怒りが込み上げてきていた。
(……よりにもよって、あんなトカゲと戦ってみたいですって……。高貴なるアタシを前にしてナメた態度を……)
日常的にフィリアを敵視しているせいか、それと同族である竜人族の話を出されてしまい、ローゼリッテの怒りは有頂天にまで昇って行く。
(……計画変更。脆弱なニンゲンごときが、よくもアタシを下に見てくれたわね。このまま帰ってしまおうとも思ったけど、それじゃあアタシの怒りが収まらないわ)
ローンエンディアの一挙手一投足に屈辱を味わい、このまま放っておけずにいた。
「……いいわ、ニンゲン」
「……っ?」
「そこまで言うなら存分に味わっていきなさい。アタシが受けた屈辱の分、吸血鬼の恐ろしさ、そしてその偉大さを特別にアナタに見せてあげるわ」
怒りのせいか、珍しくやる気を見せたローゼリッテは、自分の実力をひけらかすためにローンエンディアとの戦いに打って出る。
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