第242話 不可視の竜の攻略法
そして時は再び戻り現在。
ブルクハルトの要請を受け、救援に来た紫音たちアルカディアは、暗殺を企んでいるグラファの討伐に取り掛かる。
「ティナ! 奴の位置は!」
「ハ、ハイ! ……ええと、3時の方向。国王さまの斜め後ろです」
「リンク・コネクト――《竜人武装》!」
メルティナの魔眼から得た情報を聞いた紫音は、その身に竜人族の体を宿しながら突撃する。
羽をはばたかせ、メルティナが指示した方向へと一直線に飛行し、攻撃を仕掛ける。
「グラファッ! 覚悟しろ!」
「――っ!?」
「《炎竜崩拳》!」
拳に竜の炎を纏わせ、グラファがいるであろう場所に向けて、強烈な一撃を打ち放つ。
「ガハッ!?」
(……手ごたえ……あり!)
拳から伝わる感触から攻撃が通ったと確信し、紫音は思わず口角を上げた。
そしてそのすぐ後、誰もいないはずの甲板からなにかが叩きつけられたような音が鳴り、甲板の一部が破損した。
「――っ! そこか!」
(な、なんだ……今の一撃は……? 今まで喰らった中で一番重い攻撃だったぞ。……いや、それよりもなんだあの姿は? あの羽に体から生えた鱗。あれではまるで……オレと同じ竜人――っ!)
ほんの一瞬の間にいろいろなことがありすぎて一度整理しようとするが、紫音がそれを許すはずがなかった。
気が動転しているグラファのもとへ一直線に紫音が向かっていく。
(――くっ!)
こちらに向かってきながら振り上げている拳を見て、先ほどの攻撃がまた来る思い、グラファは急いでその場所から退避する。
「…………外したか」
振り下ろした拳が空振りする。
無駄打ちをしてしまったが、着々とグラファを追い詰めている、紫音はそう感じていた。
(あのニンゲン……どうやってオレの位置を? さっきのはオレがバラしたようなものだからいいとしても、最初の攻撃のときは一目散にこっちに来たぞ。……っ? そういえば、あのエルフの女……)
「シオンさん、次は11時の方向です」
「了解!」
グラファがなにか掴みかけようとするが、その前に紫音が前に出てきた。
(……落ち着け、大丈夫だ。さっきは驚いて反応が遅れたが、あのスピードなら十分目で追える。奴が来たらもう一度躱して態勢を整えて反撃に出るか)
そう反撃の機会を窺おうと画策するが、
「縮地気功術――『地』」
「き、消え――なっ!?」
それを覆すような予想外の出来事が起きる。
紫音の姿が消えたと思った次の瞬間、グラファの目の前に瞬間移動でもしたかのように突然現れた。
「シ、シオンさん、そこです!」
「《炎竜破山脚》」
拳の次は脚に炎を纏わせながらかかと落としの要領で脚を大きく蹴り上げてから振り落とした。
「――っ!?」
反射的に障壁を張って防御しようとするが、衝突した瞬間にその障壁は簡単に破られ、そのままグラファの脳天に重い一撃が入れられる。
「ガァッ!」
甲板はその衝撃に耐えきれず、大きな破裂音を鳴らしながら甲板が破壊され、その場にいたグラファはその勢いのまま船内へと落ちていった。
「今度は逃がさねえぞ」
船内へと落ちたグラファを追撃するように、紫音は続けて攻撃する。
「《竜炎砲》!」
手のひらに竜の炎を収束させ、溜めた炎を光線のように伸ばしながら放つ。
「……っと」
先ほどの攻撃でさらに船に被害が出たためか、グラリと船が揺れた。
「ちょっと紫音! 一応こっちにはケガ人がいるんだから少しは気を遣って戦いなさいよね。それか、外に追いやってから思いっきりやりなさい!」
「そんなことしてたらあいつに逃げられるだろうが!」
「メルティナがいるんだから、ちょっとぐらい逃げられても追跡できるわよ。……ねえ?」
「……ハ、ハイ。が、がんばります……」
少し尻込みしながらもフィリアの問いかけにメルティナはそう答えた。
(……あいつら舐めやがって)
そんな会話をしている間に船内から甲板まで密かに上がってきたグラファは恨めしそうに紫音たちを眺めていた。
(……だがこれで確信した。あのエルフの女、どういうわけかオレの幻術を見破っているようだ。オレの魔力か気配かどちらを頼りに判別しているかはまだ分からないが、それくらいならやりようはある)
メルティナの眼に対する対処法を見つけ、すぐさまグラファはそれを実行する。
「幻想舞踏――《イリュージョン・ダンス》」
「――なにこの数!?」
紫音たちの目に映るのは、数え切れないほどたくさんのアウラムの姿。
おそらくこれらすべて、グラファは作った幻術なのだが、どれが本物なのか紫音には分からなかった。
「ティナ! 本物はどれだ?」
「わ、わかりません……。どの分身にもオーラが視認できていて、これじゃあ判別のしようが……」
青ざめた表情をしながらメルティナは困惑していた。
魔眼の穴をかいくぐられ、グラファに反撃の機会を与えてしまったが、紫音の目はまだ諦めていなかった。
「スウ……ハア……」
精神統一をするようにゆっくりと呼吸しながら目を閉じる。
(プロとして、なんとしてでも任務を遂行しなくては)
暗殺や隠密のプロとしてプライドを持っているためか、グラファにとってこれ以上の失態は許されないことだった。
幻術で生み出した分身の影に隠れながらブルクハルトに着々と近づいていく。
(……もらった!)
そしてついに、射程圏内に入ると、グラファは躊躇いもせずに懐に忍ばせていたナイフを取り出しながら暗殺を仕掛ける。
「――見つけたっ!」
そう言いながらかっと目を見開かせ、紫音は一目散にある場所へと向かった。
(お、お前……。なんでオレの位置が……)
「言っただろ? 逃がさないって……」
その場所とはグラファが潜んでいる場所。
ちょうど暗殺に取り掛かろうとしていたグラファのもとにまたもや紫音が現れた。
グラファが驚くのも束の間、次の瞬間、紫音の拳がグラファに直撃する。
「《炎竜崩拳》!」
「グアアアァァッ!」
紫音の攻撃を受けたグラファの体はそのまま後方へと吹き飛ばされていった。
「な、なんだ……?」
「だ、だれ?」
(……っ? なんだ、あの様子は?)
リーシアたちから聞こえてくる怪訝な声に首を傾げるが、その答えはすぐに判明した。
(……っ! こ、これは……オレにかけた不可視の幻術が解けている……?)
ふと自分の体に目を向けてみると、先ほどまで隠していた姿が表に出てしまっていた。
(あ、あのニンゲンのせいか……。ダメージによって負荷がかかりすぎて維持ができなくなったのか……)
たった数発の攻撃だけだが、それだけで自分にかけた幻術が解けてしまったようだ。
「やっと……」
「……っ?」
「やっと、素顔を晒したな」
「っ!?」
さらにバレてしまったのは姿だけではなかった。
今までずっと隠し通していたアウラムという仮面が剥がれ、本来のグラファの顔が露見してしまっている。
(……素顔を晒した以上、もう暗殺など不可能だ。いったん、態勢を整えて出直すしかないな。……しかし、こいつらと対峙しながら果たして逃げられるか……)
現状、グラファがこの場から離脱する可能性はほぼ皆無である。
単純に数という目線でも分が悪いだけでなく、敵側にはグラファの幻術を看破することができる魔眼の持ち主がいる。
(……それなら)
一度竜化して空から逃げるという案が頭の中に思い浮かんだ瞬間、グラファの体に巨大な黒い影が差し掛かる。
「……こいつら、意地でもオレを逃がさないつもりか?」
上を見上げると、そこには竜化したフィリアがグラファに向かって睨みを利かせていた。
さらには、いつでも
「逃げようとしても無駄だ。……おとなしく観念するんだな」
「フフフ……。前と違って、オレを追い詰められたせいか、ずいぶんと上からものを言うってくれるな」
「会話で時間稼ぎをしようとも無駄だぞ」
「そうかよ……。だったら一つ聞かせてくれねえか?」
グラファは冥途の土産を頼むような言い方をしながらメルティナに向かって指をさす。
「そのエルフの女がオレの幻術を見破ったのはなんとなく分かったが、お前はどうやって見破ったんだ? オレの見立てじゃ、最後はその女にも判別できなかったはずだが?」
おそらくグラファが生み出した大量の分身のことを言っているのだろう。
グラファからしてみれば、誰にも見破れられるはずのない幻術だったのに、それをあっさりと破ったのだから、気にならないはずがない。
「……なんでお前に種明かしなんかしなきゃいけないんだよ。自分の手の内を晒すようなマネを敵に向かってするわけねえだろうが?」
帰ってきた答えは当然と言えば当然の答えだった。
しかしその後紫音は、「しいて言うなら」と付け加えながら話を続ける。
「お前と会う前に他の幻術使いと会ったせいだろうな。そいつにはずいぶんと苦戦したから幻術については多少なりとも知識はあるんだよ」
「……それだけで、オレの幻術を見破る術を見つけられたと?」
「簡単に言えばそうだな。あのときは幻術のせいでひどい目に遭ったからな。同じ轍を踏まないためにもあれからずっと幻術に対する対処法を模索していたんだよ。……それで自己流だけどようやく見つけたってわけだ」
紫音にとって前回のルーファスとの戦いはずいぶんと印象に残っていたようだ。
次に再戦をするような場面が訪れたときのことを考え、紫音はエルヴバルムの一件からずっと幻術について学びながらそのうえで対策も講じていた。
経緯はどうあれ、紫音の努力は思わぬところで実を結ぶこととなった。
「オレとは違う幻術使いですか……。それはずいぶんと面白い話を聞かせてもらった」
「もう満足だろ? さっさと敵の情報でも吐いてもらおうか?」
「……勝った気でいるところ残党だが、オレがどうやってここに来たと思っているんだ?」
「……なに?」
「答えは……これだ!」
次の瞬間、グラファの足元から魔法陣が出現する。
(あ、あれは……)
その魔法陣に描かれていた術式には見覚えがった。
(あれに描かれている術式……確か初めてグラファに会ったときに見た転移の魔法陣に……あっ! まさか……)
その魔法陣はグラファの策略にまんまと引っかかったときに見た転移の魔法陣と似た術式が描かれている。
「逃がさないわよ!」
「フィリア! お前じゃ間に合わない! 俺がやる!」
上空で待機していたフィリアが攻撃を仕掛けようとするが、その前に紫音が制止の言葉をかける。
(そう何度も使える手じゃないからこの手はあんまり使いたくなかったがしょうがない。今は一刻も早くこの場から離脱するのが先決……っ?)
転移して逃げようとしたところ、グラファはある異変に気付く。
(……アマハとか言ったか? あんなところから剣を構えて……届く……はず……あっ、あああぁぁっ!)
刀に手を添えている紫音の姿を見て、グラファの脳裏にある光景がよぎると同時に腹部に痛みが走る。
(は、早く作動しろ! このままではまたあの斬撃が……)
「神鬼一刀流・壱ノ型……」
(……早く)
切実に願う中、鞘に納めていた刀身が姿を現す。
「――『飛炎』!」
刀身が姿を見せた瞬間、その刃から炎の斬撃が放たれ一直線に飛来する。
炎の斬撃は凄まじい速度で前へと進み、未だ転移が起動していないグラファのほうへと襲い掛かっていく。
(行け!)
胸中でそう願いながら炎の斬撃の行く末を見守っていると、その斬撃はついにグラファに直撃するほどの距離へと追い詰める。
……しかし、
「……くっ!」
紫音の決死の攻撃がグラファに届くことはなかった。
直撃するかしないかという微妙なタイミングでようやく転移が起動してしまい、グラファの姿は一瞬にして消えてしまった。
そして残された斬撃はというと、そのまま通り過ぎていき、空の彼方へと消えてしまった。
「……逃がしたか」
心底悔しそうな顔を見せるが、すぐに切り替えリーシアたちのほうへと駆け寄る。
「まったく紫音ったら、やるならちゃんと決めなさいよね」
「悪かったよ……。いけると思ったんだけどな。……それで? ブルクハルト王の容体は?」
一度上空にいたフィリアとも合流しながらブルクハルトの様子を窺うと、マリアーナが答える。
「……あなたたちがアルカディアの人たちね。リーシアたちから話は聞いているわ。……お父様だけど……あまりよくないわ。ガゼットのほうも重傷ね」
二人とも息はあるものの血を流しすぎている。
「今は回復魔法で治療しているけど、動けるようになるにはまだ時間がかかるわ」
「それなら一度、みなさんは下がって治療に専念してください。しばらくの間なら俺たちで時間を稼ぎますから」
「……任せていいのよね?」
「安心なさい。なんの策もなく加勢に来たわけじゃないし、ちゃんと手は打ってあるわ」
不安そうな顔をするマリアーナを安心させるようにフィリアは自信満々に言ってのけた。
「……ハア……ハア……。すまないが……あとは……頼んだ……」
意識が朦朧としながらも、ブルクハルトは掠れる声で紫音たちに後を託した。
「ええ、任せなさい」
「……あっ! そうだ、シオンさま! どうしましょう……。お母さまが……」
一難去ったところで母親のことを思い出したリーシアが声を上げながら紫音に詰め寄る。
「敵にやられてしまって……。どうか、助けてくれませんか?」
「……それなら俺たちも見ていた。ツラかったな……」
「シオンさま……」
「……だが、安心しろ。一人、強力な助っ人をオルディスのほうに向かわせたから」
「……す、助っ人?」
「ええ……。小生意気な助っ人がね……」
笑顔で言う紫音とは対照的に、どこか不満げな表情をしながらフィリアはオルディスの方角に目を向けた。
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