第241話 託した想い

「ハア……ハア……。本当に……来てくれたの……だな……」


 未だ絶えず続く痛みに耐えながらブルクハルトは、ふとあることを思い出していた。


 それはブルクハルトが本陣を離れ、戦場に赴く前に起きた出来事だった。

 全体の総指揮を務めながらアウラムたちとともにアトランタの侵攻に対処していると、ブルクハルトのもとに秘匿回線を通して通信が送られてきた。


 通常、このような特別な回線は秘密裏に話したいときや誰かに聞かれるとマズいときにしか使われない。

 そのため、突然送られてきたこの通信にブルクハルトは警戒しながら繋いだ。


『……私だ。いったい、どうした?』


『……ああ、私の声が聞こえていますか……ブルクハルト王よ』


『……誰だ。お前は?』


『失礼ですね。少し前に顔を合わせてお話ししたじゃないですか』


『…………っ?』


『私ですよ……。アルカディアの国王――フィリアです。もう、お忘れですか?』


 秘匿回線の通信を送ってきたのは、行方不明になっていたはずのフィリアからだった。

 一時期は国を挙げて捜索を行ったが、結局見つからず難航していたというのに、思いもよらないところから現れ、ブルクハルトは混乱するばかりだった。


『なぜ、お前がこの回線を……? まさかお前ら……アトランタと結託してこの国を乗っ取ろうとしているのだな!』


『……はい?』


『とぼけても無駄だ! オルディスが突然浮上したのはお前らが奴らに協力したからだろ。あれほどの大規模な仕掛け、内部に協力者がいない限り不可能だ!』


『こ、この私がどうして人間ごときの国に協力しないといけないのよ! あなたたちは黙って私の要求を呑めばいいのよ!』


『な、なんだと――っ!』


『このバカッ!』


『――イタッ!』


 通信越しになにかを殴ったような音が聞こえてきた。

 そしてそのすぐ後、フィリアに代わって今度は別の者がブルクハルトに話しかけてくる。


『すいませんね、うちのバカが……』


『イッタイわね……。いきなり頭を叩くなんてどういうつもりよ!』


『お前はどうしていつもケンカ腰で話すんだよ! いちいち突っかかっていたら話が進まないだろうが』


『向こうが勝手に勘違いして文句を言ってきたから返しただけじゃない。先にケンカを売ってきたのは向こうのほうよ』


『……もういい。後は俺に任せてお前はいったん引っ込んでろ』


 などという話を終始聞かされた後、ようやく本題へと入ることとなった。


『先ほどは失礼しました、ブルクハルト王よ。ご無沙汰しております。私、紫音と言います。つい先日、お会いしましたが、覚えていますか?』


『……君か。ああ、覚えているよ。……それで? 一応君たちには、リーシアを保護してもらった恩があるからな。話だけでも聞こうじゃないか』


『……ありがとうございます。最初に言っておきますが、俺たちはアトランタとはなんの関係もありません。……ですが、協力者という線はあながち間違ってはいません』


『……それは、どういう意味かね?』


『言葉通りの意味ですよ。アトランタの間者がオルディス内にすでに潜伏していたんですよ』


『なにっ!?』


 紫音の口から発せられた衝撃的事実に、思わず目を見開くほど驚いた。


『これは決してウソではありません。だって俺たちは、その間者の手によって今まで監禁されていたんですから』


『監禁だと……。そうか、それで見つからなかったのか……』


 どうりで必死に探しても見つからないわけだと、ブルクハルトはいまの話を聞き、得心がいった。


『……それで、いったい誰なんだ。私たちを騙し続けている裏切り者は……?』


『隠すつもりもないので正直に話しますが……約束してください』


『……っ?』


『俺がなにを言っても決して周囲に動揺を気取らせずに平静を装ってください。その人はブルクハルト王のすぐ傍にいるはずなので』


 念を押すように忠告する紫音のその言葉を聞いた瞬間、ブルクハルトから緊張感が漂う。


『……いいだろう。たとえ、誰の名前が飛んで来ようと決して動揺したりしないと約束しよう』


『……その間者というのは…………アウラムです』


『……なんの冗談だ?』


 予想だにしなかった名前が耳に入り、一瞬ブルクハルトの思考が止まった。


『ああ、誤解しないでください。アウラムと言ってもあなたの息子さんではありません。正確にはアウラムに化けた赤の他人という意味です』


『ふざけるな! 冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろうが!』


『あの……』


『アウラムに成りすましているというのなら、私が気付かないはずがない。実の子どもの変化に気付かない親がどこにいる!』


 すぐ近くにいるアウラムが実は偽者だと言われ癪に障ったのか、ブルクハルトが声を上げながら否定する。


『……まあ、そういう反応をするのは想定済みでした。どうせこれ以上なにを言っても聞く耳を持ってくれそうにもないので、証拠を出しましょう』


『証拠だと……。通信越しでどうやって見せるつもりだ?』


『……父上、エリオットです。今までご心配をおかけしました』


『エリオットっ!? ……そうか。エリオットが証拠だと言いたいのか?』


『……いいえ。一応私の口から帰還のあいさつをするために代わっただけです。父上も私が説明しただけでは納得しないと思うので、別の者に説得させます』


『……っ?』


 そう言って、再び通話の主が変わり、ブルクハルトに話しかけてきたのは、


『…………お久しぶりです、お父様。不覚にも敵の手に落ち、連絡が取れずにいましたが、彼らの協力を得て帰還してきました……アウラムです』


 本物のアウラムだった。

 ブルクハルトは咄嗟にすぐ近くにいるはずのアウラムに目を向けると、確かにそこにはアウラムの姿があった。


 そして、今ブルクハルトと話しているのはアウラム。つまりは今この場に、アウラムが二人いることになる。


『……本当に、アウラム……なのか?』


『ええ、本当です。……ようやく、お会いできました』


『……じゃあ、まさかここにいるアウラムは本当に偽者……なのか?』


『すぐには信じられないでしょうけど、これだけは言えます。アルカディアは信用に値する国です。どうか彼らを信じてください』


『お前がそこまで言うほどの奴らなのか?』


『……そうです。彼らとは監禁されていた場所が一緒だったこともあり、数日ほど共に過ごし、そのおかげで彼らの人となりも十分把握できたので、その上で言っています』


 アウラムも明確な根拠をもって発言していることもあり、ブルクハルトは素直に受け止めることにした。


『……いいだろう。ひとまずお前たちアルカディアのことを信じることにしよう』


『お父様、ありがとうございます』


『……話はそれだけか? もっとあるはずだろ? わざわざ戦闘中の最中に連絡を寄こしてきたんだ。偽者の件以外にも用があるんだろ?』


 先ほどフィリアが口走った「要求」という言葉が耳に残っていたため、催促するような形で紫音たちに声をかける。

 すると、ブルクハルトの問いかけに応えるように紫音が通信に出てきた。


『ええ、お察しの通りです。……ただ、用と言ってもお願いのようなものであって、それを強制するつもりはありません。すべての判断はブルクハルト王にお任せします』


『……聞かせてもらおうか』


『はい。時間もないので省いて言いますが、現状オルディス側はかなり不利な状況です。こちらが事前に用意していた援軍を投入していますが、それでも盤面をひっくり返すほどの事態には発展していません』


(……援軍? まさか、突然現れた海賊やドラゴンのことを言っているのか?)


 戦場に現れ、アトランタの敵に回っている一味のことを思い出しながら再び紫音の話に耳を傾ける。


『それに敵も一枚岩ではなく、オルディスを乗っ取る以上のことを企んでいる様子です』


『長々と言っているところ悪いが、君は結局なにが言いたいのだ?』


『簡単な話です。俺たちに協力を求めてみませんか? この前も城内で言いましたが、俺たちはオルディスとともにアトランタと一戦を交えてもいいと思っています。この劣勢の状況の中、少しでも多くの戦力が欲しいと思っているのならなおさらです』


『…………っ』


『すぐに答えを出さなくても構いません。あなたのほうから一度断られているので、こちらとしては、ブルクハルト王の口から協力を求めてこない限り、動くつもりはないので……』


『お願いをしてきた割には、私次第なのだな……』


『だから最初に言ったじゃないですか。すべてはブルクハルト王の判断に任せると……』


 戦力の追加という意味においてならすぐにでも欲しいとブルクハルト自身、そう思っていた。


 しかしその相手が、他国であるアルカディアというなら話は変わってくる。

 むやみに他国の手を借りるなど一国の王として、すぐに承諾することなどできなかった。さらに一度はその要求を「必要ない」と言って一蹴したこともあり、プライドが邪魔をしてなおさら言えずにいた。


『お父様、失礼ながら申し上げますが、彼らの力を借りるべきです。彼らの力は本物なので、きっと私たちの力になってくれます』


『……アウラム』


『ちなみに、先ほどお母様にも同じ話をしましたが、答えは私と同じでした』


『なにっ!? ティリスとも話したのか? あいつは今どこに?』


『お母様なら私に司令部の指揮を任せて、城の防衛に向かうと言って出ていかれました』


『……そうだったか。しかし、ティリスが……』


 ティリスがアルカディアに協力的だったことを知り、ブルクハルトは少しの間、頭の中で考えを巡らせていた。


『……申し出はありがたいが、やはりすぐに返事は出せない。あくまでもこの戦いは、二国間で行われている戦いだ。そこに第三者を介入させるわけにはいかない』


『お父様……。お言葉ですが、奴らは教会の連中と手を組んで戦場に赴いています。もはや二国間との戦いという前提からすでに外れている状況です』


『アウラムの言い分も分かるが、こちらとしても人魚族としての誇りがある。……だが、そうだな。仮に私たちが、危機的状況に陥ったときなら救援を求めることにしよう。そのときなら誇りよりも皆の命を優先するだろうからな。まあ、そんなことにはならないと思うが……』


『いいですよ。こっちはその間に加勢する準備を進めておきますので、必要とあればいつでも呼んでください』


『それではもう切るぞ。これ以上話していると、偽者に感付かれそうだからな』


『ええ、それではお待ちしてますよ』


 その会話を最後に紫音たちからの通信が終わった。

 ブルクハルトはここ数分の間で聞かされた数々の事実を少しずつ自分の中に受け止めながら偽者のアウラムに目を向ける。


(あれが偽者……。どう見ても本物にしか見えないが……ひとまず警戒だけはしておくとしよう。……そしてアルカディアの救援については……まあ、そんな事態にはならないだろうし、頭の片隅にでも置いておくか)


 結果として、すぐにでも紫音たちからの救援を受けるべきだったと後悔することとなった。

 このときに判断を見誤ったために、この後ブルクハルトは重傷を負う羽目になる。


「……勝手だと思うが……どうかこの国を救ってくれ……。任せたぞ……アルカディアよ」


 自身の呼びかけに応じて、救援に駆けつけてくれた紫音たちの姿を見て、ブルクハルトはこの戦いの行く末のすべてを彼らに託した。

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