第240話 その呼びかけに応じる者は
100パーセント成功する暗殺が失敗に終わってしまい、グラファは内心、動揺を隠しきれずにいた。
しかし、そんな感情を相手に気取らせるわけにはいかないと思い、表面上で冷静なさまを装いながらブルクハルトに声をかける。
「お、お父様……これはですね……」
「ようやく……尻尾を出してくれたな……偽者め」
「――っ!?」
ブルクハルトのその言葉を耳にした瞬間、アウラムは瞬時に理解した。自分の正体がブルクハルトにバレていることに。
「に、偽者……? な、なんのことだか……」
「殺気もなく、私を殺そうとしてきたのには正直言って驚いたよ……。なにも知らされてなかったら危うくあの世に逝っていただろうな」
(し、知らされていた……だと?)
その妙な言葉にグラファの額から冷や汗が流れ落ちる。
実際のところ、この暗殺は失敗する可能性は低いと想定していた。
それもそのはず。
長期間にわたる成り代わりにより、オルディスの国民はもちろんのこと、家族すら騙し通せていたのだから油断や隙を作ることなど造作もなかった。
それだというのに、結果はこのざま。
グラファ自身、未だにこの事実を受け止められずにいた。
「お前がアトランタから送られてきた間者だということは分かっている。……まあ、初めてそれを聞かされたとき、そんなはずはないと思って、警戒する程度に留めていたが、まさか本当のことだったとはな……」
(オレの正体が向こうにバレているだと……。いっただれだ……。真っ先に思い浮かぶのはアルカディアの連中だが、奴らは難攻不落の離宮に監禁していて脱出など不可能のはず。……それなら、いったいだれだというのだ! ……オレのジャマをした奴は!)
自分の変装能力は誰にも見破ることはできない。
絶対的な自信をグラファは持っていたため、この状況は彼にとってまったくの想定外のことだった。
「ア、 アウラムお兄様……。なにをして……」
「お前たち! このアウラムは偽者だ! すぐさま拘束に取り掛かれ!」
突然のアウラムの行動に動揺するリーシアたちに、ブルクハルトは声を上げながら指示する。
「――っ!? ……ハハハ、やられたよ。初手で失敗してしまうとはね……。すぐに逃げるべきだったかな……?」
「……オイオイ、偽者さんよう? アウラムの振りはやめたのか?」
「……タネがバレてしまったというのに、それを無視して続けるのは愚行というものでしょう?」
「そりゃあ同感だ。……だったらよう、このまま大人しく捕まって、お前の素顔を拝ましてくれてもいいよな」
「それは無理でしょうね。……あなたはもうすぐ死ぬんですから」
「……腕を掴まれてどうやって殺すつもりだ。油断している状況ならともかく、警戒しているこの状況でやられるほど私は甘くないぞ」
現状、ブルクハルトに腕を掴まれているせいで、距離を取ることも反撃の糸口さえ見えない。
しかし、そんな袋小路の状態に陥っているというのにグラファは落ち着いた様子でいた。
「フフフ……。オレの暗殺があれだけで終わりだと本気で思っているのか?」
「負け惜しみのつもりか! お前の悪事はもうここで終わりなんだよ!」
「……だったら、あの世で後悔しながら逝きな!」
「――お父様っ!」
そのとき、後ろのほうでマリアーナの叫ぶ声が耳に入ってきた。
その声に驚き思わず後ろを振り返ると、そこには剣の形を模した黒いエネルギー体が空中に浮かんでおり、その切っ先はブルクハルトを狙っていた。
「……あ、あれは!?」
突然の事態にブルクハルトの反応が一瞬遅れてしまう。
そしてその隙をつくように、空に飛来していた黒い剣が凄まじい速度で向かってくる。
「ウ、《ウルティマ――》がはっ!?」
攻撃魔法で迎え撃とうとするが、その途中で突如脇腹に激痛が走り、詠唱が中断されてしまった。
「今一瞬、オレから意識を逸らしたな。……本当に単純な人ですね」
「き、キサマ……!」
ブルクハルトに迫る脅威のせいで、ほんの一瞬だけグラファから目を逸らしたせいで、反撃の隙を許してしまった。
グラファが取り出した短剣が脇腹に深く突き刺さってしまい、もはや向かってくる黒い剣を対処することも防御することもできずにいた。
(――くっ! こ、これは……避けられない!)
回避は不可能だ、そう感じ取り、ブルクハルトは覚悟を決めたようにそっと目を閉じた。
「……ガアァッ!?」
(……さ、刺された……が、致命傷になるほどの……痛みではない?)
目を閉じ、避けられない運命を甘んじて受けようと思ったが、ブルクハルトに襲い掛かったのは、腹部に伝わる衝撃と軽い痛みのみ。
その痛みからおおよそ、死に至らしめるほどの威力ではないと、ブルクハルトはそう察する。
(……いったい、なにが起きたんだ?)
この予想だにしない状況を確認するためにブルクハルトは一度閉じた目を再び開けた。
「……なっ……あぁ。……ガゼット……お前……」
「ぶ、無事か……。オヤジ……」
ブルクハルトの眼前には、自身の体を盾としながら前に立つガゼットの姿があった。彼の腹部にはグラファが放った黒い剣が突き刺さり、その傷口からはおびただしいほどの血がいまもなお流れ出ていた。
(そ、そうか……。ガゼットが間に立ってくれたおかげで私は……命拾いをしてしまったのか。……くそ!)
ガゼットのおかげで命は救われたが、自分の子どもを犠牲にして命を繋いだともなると、ブルクハルトは素直に喜べずにいた。
「ガゼット!」
「お父様!」
死角からの奇襲を受けた二人のもとにリーシアたちが声を上げながら駆け寄っていく。
すぐさま治療に当たるが、ガゼットもブルクハルトも重傷に近いダメージを受けており、即座に治すことはできなかった。
特にガゼットのほうは傷の具合から一番の重傷だった。
出血が激しくこうしている間にもみるみるうちに体力が削りとられていた。
「ガフッ! ガゼット……お前……」
「お父様、動いてはいけません! 傷に障ります」
マリアーナからの制止の声に耳を傾けず、ブルクハルトは続けて言う。
「……なぜ私を助けた? いや、少し前からお前は私のそばを離れようとしなかったが……まさか知っていたのか?」
「……え、ええ。オヤジも知っていたなんて驚きましたよ……。オレたちは前から勘づいていて……でもだれも信じてくれないだろうからずっと黙っていました……」
「……オレたち……か。……なるほどな。私を守るように言ったのは……セレネか……」
「……はい。あいつに言われてオヤジに降りかかる脅威から守ろうとしていたんだが……どうやら守れたようです……ね」
大怪我を負ったというのに、ガゼットは苦しむどころか父親を救えたことに喜んでいる様子だった。
「ああ、お前のおかげだ……。助かった……」
ガゼットの身を挺した行動によって脅威は去った。
そう思われたが、これで終わりではなかった。
(……まだ生きていたか)
ブルクハルトの生存にグラファは心底悔しがっていた。
先ほどの二度目の暗殺のどさくさに紛れて拘束を振りほどき、身を潜めていた彼は標的が生きていることを知り、もう一度暗殺を実行しようと企てていた。
(このままだと、コーラルからの依頼が失敗に終わってしまう。オレのプライドにかけてそれだけは阻止しないと……)
これまでも非合法な依頼を受け、そのすべてを遂行してきた彼にとって失敗は許されないことだった。
今回の依頼も達成するためにグラファは最後の攻撃に出る。
「――っ! お父さま、危ない!」
幸か不幸かグラファが前に出た瞬間、その光景をリーシアに見られてしまい、暗殺の道が遠のいてしまう。
「ラムダ! 私はお父様たちの治療に専念しなくてはならないので手が離せません! 撃退は……無理でもお父様たちに近づけないようにしてください」
「任せろ! あいつめ、性懲りもなく来やがって! ここで潰す!」
「……お前ごときが……オレを止められるとでも?」
「ウルセェ! これ以上オヤジたちを傷付けさせてたまるかよ!」
もう二度と先ほどのような惨劇を起こしてはならない。
そう強く願いながらラムダは迎え撃つ。
「……なかなかの心意気だが……残念。オレを捕まえることなど不可能なんだよ」
「……っ!?」
するとどういうわけか、突然グラファに靄のようなものがかかったかと思えば、次の瞬間、霧のようにその姿が消え去ってしまった。
「あ、あの野郎っ! 一体どこに行きやがった!」
(フフフ……オレは幻竜種だぞ。この程度の幻術など造作もない)
幻術によって再び姿をくらましたグラファは、必死になって探しているラムダをあざ笑いながら静かにブルクハルトがいるほうへと近づく。
「あわわ! ど、どどうしましょう!」
「お、落ち着きなさい! リーシア!」
「くそ! あの野郎がっ!」
どこかへと姿を隠してしまい、それを見破る術など持ち合わせていなかったリーシアたちは、ただ顔を右往左往するしかなかった。
このままでは再びブルクハルトが狙われてしまう。
それだけはなんとしてでも阻止したいが、打つ手がなかった。
(ハア……ハア……こうなった以上……もう……呼ぶしかないようだな。……本当なら、最初私が狙われたときに呼ぶべきだった……。そうすればガゼットも、あんな大怪我をすることもなかったのに……私のくだらないプライドがそれを邪魔してしまった……)
ガゼットほどではないが、大きなダメージを受け、すぐに戦闘に参加することができなくなったブルクハルトは、この危機的状況の中、ふとそのようなことを考え悔いていた。
「……あ、あれは?」
己の過ちに後悔していると、上空になにか飛んでいるのが見えた。
(……あれは、映像を投影する魔道具だったか? 奴め……私が死に行く様を国民全員に見せつけるつもりだな)
アトランタが使用していた魔道具の存在とその意図に気付いたが、傷付いたブルクハルトにそれを止める手段はなかった。
(……こうなってしまった以上、もう恥も外聞もない。この状況を救えるのは……もはや彼らしかいない……)
ブルクハルトは、アウラムが偽者だと教えてくれた情報提供者が言っていた内容について思い出していた。
(……そうだ。あいつらは情報をくれただけでなく、こうも言ってたな。「もし俺たちの力が借りたいなら声を上げて助けを求めろ」と。)
そしてブルクハルトは、部外者である彼らに一縷の望みに託しながら声を上げる。
「亜人国家アルカディアに救援を要請する!」
「っ!?」
「今すぐに我が国オルディスに加勢してこの戦いに勝利をもたらしてくれぇぇぇ!」
ブルクハルトの叫びは、その場にいたリーシアたちだけでなく、映像を通じてオルディス全域にまで広がった。
「……海皇と恐れられた男が他国に命乞いか? ……だが残念。そいつらがここに来ることは絶対に……ないんだよ!」
戦場に響き渡る必死な叫びがこだまする中、無情にもグラファの短剣がブルクハルトに襲い掛かろうとしていた。
ドドーン。
瞬間、大きな音を立てながら海のほうから滝のような水柱が上がる。
「……っ?」
誰もが、グラファでさえ、その音に驚き目線が海のほうへと移る。
「その要請、確かに受け取ったわ!」
「――なっ!?」
そのときグラファの脳裏には、つい先ほど自分が口にした言葉が浮かんできた。
あの監獄のような場所からはだれも抜け出すことはできない。
それなのに、それを否定するかのように彼女たちは現れた。
「要請通り、これより俺たちはオルディスに加勢して、この戦いに勝利をもたらす!」
(なぜだ…………なぜお前らが……ここにいる。…………)
「アルカディアァァァッ!」
この切迫した状況に救いの手を伸ばすように紫音たちアルカディアが颯爽と現れた。
そして紫音たちの参戦を機に、この戦争が思わぬ方向へ運ぶこととなる。
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