第231話 激突する2人の魔導師

 グリゼルとオーロットとの戦いが繰り広げられている頃。

 別れて行動していたディアナは、一人戦場の真っただ中で敵の船を沈めていた。


「……ここも外れか」


 お目当てのものが見つからず、ため息をつきながら次へと移動する。


(これだけ探しても見つからないとは……いったいどこにあるのじゃ……アーティファクトは?)


 ディアナは現在、アーティファクト探しに奔走していた。

 アトランタが所有しているアーティファクトによって、オルディスは国ごと地上へと浮上してしまい、そのうえ敵への侵攻を受けている。


 この現状を打破するためには、一刻も早くアーティファクトを回収し、オルディスを元の場所へ戻す必要がある。

 アーティファクトが発動したときからそう考えていたディアナは、こうして探し回っているのだが、一向に見つけられずにいた。


「……それにしてもおかしいのう。こんなに探しているというのに痕跡すら見つからないとは……。あれだけ強大な魔法を発動すれば微かに魔力の残滓が残るはずじゃ。……だというのに、それはおろか幻術の類で痕跡自体を隠ぺいした形跡すらない」


 もはや神隠しにでも遭遇したかのように、アーティファクトもその所有者の姿も忽然と消えてしまっていた。


「……一隻ずつ船を沈めていても埒が明かない。いっそのこと、強烈な魔法でも放ってまとめて吹き飛ばすか……いいや、やめといたほうがいいかもしれないのう」


 面倒になり力技で探し当てようとするも、一歩手前で思いとどまる。


(もしそのようなことをすれば、大幅に魔力を消費してしまう恐れがある。この体を維持するためにも魔力は少しでも節約せねばな)


 今のディアナの体は、『複製コピー』と呼ばれる魔法で創り出されたディアナそっくりの分身体。

 この体を維持する際も魔力は消費し続けるため、必要以上に魔法を使用するわけにもいかなかった。


(さて、どうしたものか……。そういえば……)


 手詰まりの状況の中、ディアナはふと先ほどのグリゼルとの会話の内容を思い出していた。


(あのとき彼奴、なにか言っておったな。……確か、俯瞰して物事を見ろとかなんとか言っておったのう……)


 他愛のないアドバイスだと思い、たいして気にもしていなかったが、なぜだか頭の中にこびりついている

 このモヤモヤを解消するため、ディアナは深く考え込むことにした。


(俯瞰……別の角度から探す……ん? 仮に……探索方法に問題があったとしたらどうじゃ? 今までは誰にも見つからないようどこかに引きこもっておると思っていたから魔法の痕跡を探していたが、それ自体が見当違いだったとすれば……それ以外の方法で…………もしや)


 すると、長く考えを巡らせていたおかげか、一つの仮説が頭に浮かんできた。

 しかしその仮説も、頭の中で思いついた机上の空論のようなもののため、ディアナはこの仮説を立証するため、すぐさま行動に移した。


(儂の仮説が正しいとすれば、どこかに綻びがあるはず……。違う……違う……)


 ディアナはアーティファクトとはまた違う別のものを探すために周囲に目をやる。

 すぐには見つからず、よく目を凝らしながら探してみると、


「……フッ。ようやく見つけたわい」


 お目当てのものが見つかり、ディアナは静かに笑みを浮かべた。


「もう、かくれんぼの時間はお終いじゃ」


 その場所まで飛び、到着した後、ディアナは杖を海上に向けながら詠唱を唱える。


「唸れ轟雷、走れ雷雨。空より降り注ぎし雷となりて敵を穿て――《ライトニング・ボルテックス》」


 杖を中心に広がる複数の魔法陣が展開され、いくつもの魔法陣から雷を内包した球体が出現する。

 バチバチと雷の音が球体から鳴り響き、それと同時に球体に内包された雷が次々と外へ放電される。


 まるで雨のように降り注ぐ雷は海を揺らし、辺り一帯を誰にも近づけない空間へと変化させた。


「……あそこか」


 雷が降る中、ディアナはある一点を見つめていた。

 その場所は、絶えず雷が落ち続けているというのに、そこだけ奇妙な落ち方を見せていた。

 まるでなにかに遮られているような不自然な光景に、ディアナはまたしても笑みを浮かべる。


「姿を現すがいい……」


 ディアナはその奇妙な空間に雷を集中放火させた。

 何度も降り注ぐ雷を与え続けていくと、その空間にヒビのようなものが浮かび上がってきた。


 そして、ディアナが放った魔法に耐えきれず、パリンという鏡が砕け落ちた音とともに、その場所から一隻の船が突如として現れた。


「――バ、バカなっ!?」


「結界が破壊されただと……」


 そこには、全身を覆うほどの丈の長いローブを羽織った魔導士姿の者たちが甲板に立っていた。


「……アーティファクトも所有者もいないか。……なら、用はないな」


 見える範囲で探し求めていたものがなかったため、無情にも甲板にいた魔導士たちに雷が直撃する。


「ギャアアアッ!」


 阿鼻叫喚の悲鳴を上げ、全身から駆け巡る雷による痛みから逃れるように、魔導士たちは次々と海へと落ちていく。


「アーティファクトはこの中か?」


 甲板の掃除が終わり、ディアナはアーティファクトの捜索に戻ることにした。

 まず先に目を付けたのは、当然ながら船の内部。上空から探してもその影すら見当たらないため船室を探すことにする。


「――っ!?」


 船の内部を捜索するため、甲板に降り立とうとする中、船のほうから炎を纏った魔力弾が放たれる。

 奇襲に近い攻撃だが、ディアナは咄嗟に障壁を前方に張ることでその攻撃を防いだ。


「まだ残党どもがおったか……。何者じゃ! 姿を現せ!」


 すると、ディアナの呼びかけに応えるように船の中から一人の魔導師が姿を現した。


(……ほう、こいつはなかなか)


 一目見た瞬間、その魔導師が発している魔力量の大きさから只者ではないと見破る。


「初めまして、魔女よ。私はアトランタ王国で宮廷魔導師を務めているクラウスと申します。何故、我が国の船を襲うのでしょうか?」


 丁寧な言い回しで問いかけてくるが、ディアナからしてみれば、こちらに探りを入れているようにも見える。


「知れたことよ。ここには強大な能力を持った魔道具があるじゃろう? 儂はそいつに用があるんじゃ。素直に渡すのなら命までは取らぬが……どうする?」


「……なるほど。あれが目当てでしたか」


「……その言い草。心当たりがあるようじゃな」


「ええ……。ですが、あなたにお渡すするわけにはいきませんので。あれは国より賜った貴重な代物です。どこぞの魔女にやれるほど安いものではありませんよ」


 クラウスも立場上、みすみすアーティファクトを奪われるなどという失態を犯したくないためか、引き下がるつもりはないようだ。


「……なら力尽くで奪うまでじゃ」


「やれるものならやってみてください」


 お互いに譲るつもりもなく、二人とも戦闘態勢に入る。


「ク、クラウス様いけません!」


「あなたにはアーティファクトの維持という大事な使命が……」


「問題はありませんよ。一定時間あなたたちが魔力を注ぎ続ければ、アーティファクトは魔法を行使した状態を維持することができます。あの魔女をこのまま放置するわけにもいきませんので、少しだけ持ち場を離れます」


 そう指示を残しながらクラウスは飛行魔法を使いながらディアナのもとへと飛び立つ。


(聴覚を強化して一部始終を盗み聞きしたが、どうやらあの中にアーティファクトがあると思って間違いないようじゃな)


 船の中にまだいた魔導士たちの姿を見て、ディアナは咄嗟に魔法で聴覚を強化させながら会話の内容を盗聴していた。

 短い会話ではあったが、得るものは多くあった。


(フム……話を聞く限り、オルディスを浮上させたあの魔法は発動させて終わるタイプではなく、発動させてからもその状態を維持しなくてはならない結界のようなものじゃったのか。おまけに維持する際も魔力が必要ときた)


 しかもその状態を維持する都合上、アーティファクトを動かすこともできない様子だった。

 この戦いでアーティファクトが使われる心配はないと知り、少しだけクラウスへの警戒が下がった。


「さて、戦いを始まる前に一つ聞いてもよろしいでしょうか?」


 戦闘が始まろうとする中、クラウスはディアナにあることを尋ねる。


「どうやって、この場所を探し当てたのでしょうか? これでも絶対に見つかることはないと自信を持っていたのですが、あなたのおかげでその自身も喪失してしまいました」


「それは悪いことをしたのう。……まあ、その詫びとして答えてやってもよいぞ」


 特に隠す理由もないため、ディアナは素直に答えることにした。


「確かにここまでの雲隠れは見事としか言いようがない……じゃが、少々隠しすぎたようじゃな」


「……隠しすぎ?」


「最初儂は、お主が持つアーティファクトから発せられた魔法の痕跡や魔力の残滓を探って見つけようとしなかったが、見つけられなかった。なぜ見つけられないのか、疑問に思ったがお主、魔法を発動させたその空間ごと結界かなにかで閉じ込めたのじゃろう?」


「……っ」


 ディアナの言葉に、わずかにクラウスの眉がピクリと動いた。


「痕跡も残滓すら隔離させられては手掛かりを失くしたようなものじゃ。見つけられるはずがない」


「……あなたの推測が仮に正しいとすればそもそも見つけられないのでは?」


「そうとも言い切れぬ。空間ごと閉じ込めてくれたおかげでマナの流れに歪みが生じたんじゃよ」


「……マナだと?」


「マナというものは目に見えないだけで空気のようにそこら中に漂っておる。じゃが、外部と隔離するためお主が創った空間によってそのマナの流れに異変が起こったんじゃよ。簡単に言えば、そこらにあるマナが、ある場所を避けて漂うようになったんじゃよ。それがまさしくここじゃったという話じゃ」


 答えが分かれば実に簡単な話だった。

 マナの流れに注視してしまえば、マナの流れが乱れていることにすぐに気づくことができた。


 ディアナの答えを聞き、クラウスは観念したようにため息をついた


「……なかなかの洞察力ですね。あなたの推理は見事正解でしたが……まさかマナの流れを視ることができる者がいるとは思いもしませんでしたよ」


 普通の人間は、マナを視認することができず、高位の魔導師でもなければできない芸当である。

 それを知っていたクラウスは、ディアナに対してより一層警戒しながら戦いに挑むことにした。


「あなたほどの逸材をここで潰してしまうのは非常に惜しいですが、これも国から受けた王命ですので、ここで退場させてもらいます」


「気にするでない……。もとより儂もこの戦いを避けられるとは思ってはおらんよ」


「……ではこれより、あなたには敬意をもって全力で挑ませていただきます!」


 そう言いながらクラウスは、宝石が散りばめられた杖を掲げる。

 すると、その杖から眩い光が溢れ出した。


「おあつらえ向きにここには大量の水があるので、あれにしましょう。ゴーレム召喚――《海魔の巨兵》!」


 眩い光が溢れ出ている杖から一つの核が生み出され、そのまま海の底へと沈んでいった。


 そのすぐ後だった。

 核が落ちた海が揺れ動き、荒波が生じる。そして、その生みの中からなにかが浮上してきた。


「……ほう」


 それは空中を飛んでいるディアナが見上げてしまうほど巨大なゴーレムだった。そのゴーレムの体は、海中の水分を媒介としており、まるで一つの海を相手にするような感覚に襲われていた。


「さあ、君の力を私に見せてくれ」


 ディアナを試すような言い回しをすると、ゴーレムが動き出した。

 拳を振り上げ、その巨体から繰り出される力強い拳がディアナに襲い掛かる。


(これほど大きなゴーレムを創れるとは驚いたわい……。じゃが、動きが単調過ぎるのう)


 力はあるが、それほど速い攻撃でもないため、ゴーレムの拳をひらりと躱していく。


「くっ!」


 意地にでもなっているのか、この後も同じ攻撃を何度も繰り返すが、ディアナを捉えることはできずにいた。


「遊びはお終いじゃ……」


 クラウスの前に立ちはだかるゴーレムを排除するため、ディアナは杖を構える。


「黒き電光よ走れ――《ダークネス・ボルテックス》」


 先ほどの白く光る雷とは違い、闇色に輝く雷が杖に集約していく。


「相手が水だから雷で対抗する魂胆か? だが、残念だったな。その程度の雷でこのゴーレムを倒せるわけが――」


「ゴーレムの対処法など熟知しておる。……こうすれば、終わりじゃ」


 杖に集約された黒い雷が一直線にゴーレムに向かって放たれた。


「――っ!?」


 一直線に走った雷がゴーレムに直撃した瞬間、ゴーレムの胸に大きな穴が開いた。


(な、なんだ……このバカげた威力は! ……だ、だが、どれだけ損傷しても核さえあれば――っ!?)


 ディアナの魔法に驚きつつクラウスはある変化に気付く。


(ゴーレムに埋め込んだ核の反応が……消えた?)


 ゴーレムの心臓部分とも言える核が消え去り、それと同時にクラウスを守っていたゴーレムが元の海の水となってあっけなく崩れ落ちていく。


「……どうじゃ? ゴーレムなど核さえ破壊してしまえば木偶人形に成り下がるだけじゃ」


「バカな! どうやって核の居場所を? あの巨体から見つけ出すなど不可能に近いはずだ!」


「これ見よがしに核の存在を儂に見せつけておいて、なにを言っておるのじゃ? 悪いが海に落ちる前にマーキングをさせてもらった。それで場所が分かっただけじゃよ」


「……くっ!?」


 よほど自分のゴーレムに自信を持っていたのか、心底悔しそうな顔を浮かべていた。


「こ、これで終わりだと思わないでください」


「ほう、次はなにを見せてくれるのじゃ?」


 余裕しゃくしゃくな顔を見せるディアナではあったが、その内側では少しだけ問題が生じていた。


(……マズいのう。魔力の残量があとわずかになってしもうた)


 放った魔法の数は少ないが、どれも威力があるものばかりだったため、その分大幅に魔力を消費してしまい、分身体を維持することができずにいた。


(一応、『複製コピー』の魔法を封じ込めた巻物スクロールを用意しておるが、それもあと二つだけ。じゃが、そのうち一つは帰還用に使う予定のもの。残り一つで倒し切れなかった場合のリスクが大きすぎる)


 たとえこの分身体が消えたとしても巻物を使えば、また次の分身体が現れる。

 しかし、予備として持ってきた巻物のうち一つは、オルディスとアルカディアを繋げるために必要なものだった。


 仮にすべてがうまくいき、オルディスとの友好を結ぶことになった際、エルヴバルムのときのように両国を繋ぐゲートを設置する必要がある。

 その際に、ディアナの力は必要不可欠なため、ここで二つとも使うわけにはいかなかった。


「……さて、どうしたものかのう」


 まだまだ相手の実力を測り切れていないこの状況で、無謀な賭けに出るわけにはいかなかった。

 こうしている間にも魔力が失われていき、着々と分身体の存在が消え失せていくのを肌で感じ取っていた。

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